第4話
「希海さんの料理、今日もとても美味しいです……」
目の前に出された料理を食べる大翔は自分の目の前にある料理を作ってくれた雪音家の母。
既に亡くなっている沙月の父親の奥さんであり、沙月の母である希海へと料理の感想を告げた。
「ほんとっ! うちの実家とは大違い!」
そして、それに瑞稀も続く。
「大翔くんも瑞稀ちゃんも、いつも褒めてくれてありがとう。そろそろうちの味に慣れてきたんじゃないかしら?」
「はい、だいぶ……」
「私も……」
「ははは、そうだろうね。そうか、もう2人を引き取ってから1ヶ月も経つのか、早いもんだな」
雪音家の現当主であり、瑞稀の兄でもある涼は大翔と瑞稀を引き取った日の事を思い出しながら呟いた。1ヶ月というのは案外長く、すでに大翔と瑞稀の2人は、家族の一員として馴染んでいた。
大翔と瑞稀の方も、まだ本当の両親のように甘えることはできていないが、それでも出会ったばかりの頃に比べたら心の距離はだいぶ縮まった気がする。
「いつもありがとうございます、本当に。今の僕たちがいるのは雪音家の皆さんのおかげです」
「うんうん。それに雪音家のみんなは私の実家よりも優しいし、まるで天国だよぉ~」
既に何処に何があるかを覚えたようで、瑞稀は手慣れた手付きで冷蔵庫から冷えた麦茶の入ったポットを取り出した。思えば、瑞稀の笑顔を見る機会もだいぶ増えた気がする。
昔は、もっと笑わない女の子だったはずだが、こっちに来てから大きく変わった。どちらの方が良いか聞かれたら、間違いなく後者と回答するだろう。
だが一方で、大翔の方はまだ、あの地獄のような暮らしをしていた頃の記憶が抜けずにいた。
「これ、お母さんに作って貰いたかったな……」
「お兄ちゃん、どれのこと?」
「この煮付け・・・・・・」
大翔はじゃがいもを一つ箸で掴みながら答えた。今までにもじゃがいもは何度か食べた事があるが、こんなに美味しいじゃがいもは今日初めて食べた。
思えば、雪音家に来てからの一番の変化は、食事を楽しいと感じる事かもしれない。少なくとも、名前すら知らないこの食べ物をこのようにまた食べたいと思うような事は今まで無かった。
「それは『肉じゃが』と言うのよ」
「これ肉じゃがって言うんですね・・・・・・」
「どう? 気に入った?」
「はい、とても。凄く美味しいです・・・・・・」
希海さんに教えられて、大翔は初めてその名前を知った。鳴海家にいた頃に食べていたあの不味いご飯とは、明らかに違った。雪音家の食卓に出てくるご飯はどれも美味しく、そして暖かった。この暖かさは、何度も僕たちの心を癒してくれた。
「僕のお母さん、僕にご飯を食べさせてくれた事ないから」
「大翔くん・・・・・・」
「気にしないで下さい、もう済んだ事ですから」
「でも・・・・・・」
「本当に、大丈夫です」
そう言った大翔の表情は、無理やり作った笑顔のような気がした。
それを見た涼は痛ましく思うと共に二人へとしっかりとした愛を教えていこうと再び決意を固めた。
■■■■■
雪音家に引き取られてからも、僕たちは陰陽術の鍛錬を続けた。鳴海家が陰陽師の家であったように、雪音家も陰陽師の家であり、雪音家のみんなはほぼ全員がそれぞれ陰陽術をマスターしていた。雪音家のみんなは無理しなくて大丈夫だと言ってくれたが、役立たずのままではいたくないと考えていた僕たちは、諦めずに鍛錬を続けた。
そんな僕たちを、雪音家のみんなは一つ一つ丁寧に教えてくれた。鳴海家にいた頃とは違い、みんなとても優しかった。
「あぁ・・・・・・また失敗だぁ」
「ダメだ・・・・・・」
「焦ってはいけませんよ、御二方。全ての陰陽師は、常に冷静でいる事が求められます。そして、失敗と試行錯誤を繰り返しながら少しずつ術をマスターしていくのです」
あまりうまく行かずに倒れる僕たちに対して教師役を買って出てきている沙月さんが諭すように優し気な声色で告げる。
「わ、わかりました・・・・・・」
「はいっ! 沙月師匠っ!」
「瑞稀さん、あたしの事は師匠じゃ無くて先生と呼んで下さい」
「沙月先生と呼べばいいんですね、わかりました、沙月師匠っ!」
「直ってないですよ・・・・・・」
どんなに頑張っても相変わらず陰陽術は使えないままであったが、それでも鳴海家にいた頃とは全然違った。どれだけ待っても、怒鳴り声が聞こえて来る事も、拳が飛んで来る事も無かった。最初の方はその事に慣れずにいつも色々な人に謝ってばかりいて、逆に相手を困らせていたが、だんだんとこの環境にらも慣れ始めた。
「そういえばですが、以前御二方に出した課題の進捗はどうですか?」
「2人とも終わってます、先生」
「では教えて頂けますか?何かわかるかもしれませんので・・・・・・」
術式の詠唱と刻印は完璧なはずなのに、僕たちはいくら頑張って陰陽術がまったく使えなかった。そこで沙月先生は、僕たちにまずはどうして陰陽術が使えないのか、原因を究明するという無期限の課題を出した。沙月先生や涼さんたちが、日本陰陽本部からの直接の依頼を受けていない間、僕たちは2人で研究を重ねた。そして、ある結論に至った。
「おそらくだけど、僕は陽の力を練る事はできるけど、陰の力を練る事ができなくて」
「私はお兄ちゃんと反対で、陰の力を練る事ができる代わりに陽の力を練る事ができないんです」
「なるほど・・・・・・」
陰陽師は普通、陰の力と陽の力を衝突させる事によってエネルギーを作り出し、陰陽術を発動している。でも僕は陰の力を、瑞稀は陽の力をそれぞれ扱う事ができない。つまり片方の力しか扱う事ができない僕と瑞稀は、術式にエネルギーを流す事ができず、陰陽術が発動しないという事を突き止めた。
さらに言えば、陰陽術失敗の原因は僕達の努力が足りないのではなく、努力する方向が違ったのだ。術式にエネルギーを流して陰陽術を発動させる練習をするのではなく、僕は陰の力を、瑞稀は陽の力を扱えるようにすれば良い。しかし、物事はそう単純な話ではなかった。
「でも、その事に気が付いてから1週間ほど経つのに、まるで元々そんな機能備わっていないかのように、未だに全く力を感じ取れなくて・・・・・・」
「なるほど」
同時に僕は、僕たちの現状を説明した。お互いに、陰の力と陽の力を操る方法を説明してみたが、それでもそこからまったくと言っていいほど進歩が無かった。
僕達の報告に対して、沙月は頭を働かせた。考えられる原因をいくつか頭の中で挙げてみるが、その全てがあまりしっくり来る内容ではなかった。そもそも、片方の力しか操る事ができない双子なんて聞いた事が・・・・・・いや、ある。
「片方の力しか使えない双子、もしかして双翼の・・・・・・いや、今は情報を集めるのが先でしょうか・・・・・・」
考えるような素振りを見せた沙月先生は、その場で何やら考え始めた。その後何処かへ行き、本を数冊抱えて戻って来ると、僕たちに対して結論を出す事を保留する事を伝えた。
「この事は、後でじっくりと検討したいと思いますので、今日の鍛錬はこれで終わりにしましょう。代わりに、御二方には図書室の整理をお願いしてもよろしいですか?」
「「はい、わかりました」」
沙月さんの言葉に対して僕たちは当然の如く首を縦に振った。
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