第3話
それから30分ほどで瑞稀は目を覚まし、それとほぼ同じタイミングで屋敷の消火が終わった。あちこちに焼け跡が残る中、僕たちは来た道を引き返し、そのまま自分たちの部屋に戻った。そして、先ほどの出来事によって疲れが溜まっていた僕たちはそのまま夢の世界へと旅立った。
「……あぁ」
でも、それでもだ。
その日を境に、僕たちの生活は大きく変わった───いや、瑞稀の生活は変わっていない。変わったのは僕の生活だ。
相変わらず、殴られ怒鳴られの生活は続いた。
それでも、僕には希望があった。もしかしたら、彼女がまた僕を助けてくれるかもしれない。何の約束もしていないし何の保証もないが、その事だけが僕にとって新たな心の支えとなり、他人よがりの希望を持てるようになった僕は日々を生きるのが少しだけマシになった。
そして、彼女との再会は想像よりもずっと早かった。
「お久しぶりです、御二方」
「さ、沙月さん、どうしてこんなとこに?」
「お兄ちゃん、この人誰?」
「この人は沙月さん、あの時頭を打って気を失った瑞稀を助けてくれた人だよ」
「こんにちは、あたしは雪音家の神楽巫女、沙月です、よろしくお願いします。」
気を失っていたため、沙月さんの顔を覚えていなかった瑞稀に対して、沙月さんは簡単に自己紹介をした。今日も彼女は、先日と同じ巫女服を身に纏っており、思わず見惚れてしまうほど可愛らしい容姿をしていた。
「鳴海家の瑞稀です。あの日はどうもありがとうございました。あの、ずっとお礼を言いたいと思っていたけど、それ以来会う機会がなくて・・・・・・」
「大丈夫ですよ、あたしは別にお礼を言われたいがために助けたわけでありませんから。叶うなら、その優しさを自分の周りの人に分けてあげて下さいね」
「は、はいっ!」
沙月の言葉に、瑞稀はよく頷いた。瑞稀からしても、あの日助けてくれた相手に出会えて嬉しかったようで、僕以外には見せる事のない笑顔を沙月相手にしていた。どうやら、瑞稀の方は既に、沙月に対して心を開いているようだ。
「でも、どうして沙月さんがここに?」
「今日は、御二方に用があってここにやってきました」
「僕たちに?」
「私たちに?」
驚いた僕と瑞稀は、思わずハモりながら答えた。僕たちが聞き返すと、彼女はゆっくりとここに来た目的を話した。
僕の予想通り、火事があったあの日、ここ鳴海家の本拠地にマガツキの襲撃があったそうだ。小規模な襲来なら以前からも何度かあったが、あの日は他に類を見ないほどの大群がここを襲ったらしい。
どうしてあの場に沙月がいたのかというと、危険な呪具が大量に保管されている鳴海家本家を死守するため、鳴海家の分家である雪音家の神楽巫女である沙月さんも、鳴海家の本拠地防衛のための戦力として招集されたそうだ。その際に、僕の助けを求める声を聞いて駆けつけてくれたようだ。
「改めて、ありがとうございました、沙月さん。貴女は僕たちの命の恩人です」
「もう十分、感謝の言葉は頂きました。それよりもまだ、本題が残っていますよ」
「そうでした……」
そう言いながら、沙月さんはにこりと笑った。確かに、まだ肝心なここに来た理由を聞いていなかった。
「今日は、御二方にある選択を迫るためにやってきました」
「「選択?」」
何のことかわからず首を傾げると、沙月は2本の指を立てながら僕に2つの選択肢を与えた。
「単刀直入に伝えます。御二方の父君は、御二方の鳴海家からの追放を決定しました」
「「え?」」
思わず声が出てしまったが、いつかは言われるかもしれないと覚悟していた事であった。幸い、少しばかりではあるが貯金もある。何処か住み込みで雇ってもらえるところが見つかれば、少なくとも瑞稀を飢えさせないで済む。と、そんな事を考えていると、沙月さんは僕たちに対してある提案をした。
「落ち着いて下さい、御二方。話はまだ終わっておりませんよ。そこで我々雪音家は、御二方を引き取る事にしました」
僕は思わず耳を疑った、そんな都合の良い話あるわけがない、と。僕たちに手を差し出しくれる人なんているはずがない、と。でも、彼女は本気の顔をしていた。
「御二方には2つの選択肢があります。私の手を取らずに2人だけで生きていく道と、私の手を取り雪音家に引き取られる道、遠慮は要らないです。どうぞ、好きな方を選んで下さい」
沙月さんは、にこやかに微笑みながら僕たちにそう提案した。本当の事かどうかはわからない。でもなんと無く、彼女は嘘をついていない気がした。
思わず顔を見合わせた僕と瑞稀であったが、返事は既に決まっていた。同時に、僕たちの選択が同じである事もわかった。
「僕たちを助けて下さい、沙月さんっ! 瑞稀のためなら、僕はなんだってしますっ!」
「私もっ! お兄ちゃんのためなら何だってしますっ!」
「良い返事をありがとうございます、御二方。今日から御二方は、鳴海家の人間ではなく雪音家の人間、雪音大翔と雪音瑞稀として生きて下さい」
「「はいっ!」」
そして僕たちは、その日のうちに同じ大阪にある雪音家の本家へと移った。この出来事は間違いなく、僕たちの人生の転換点であった。もちろん、良い方向へと
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