第50話 北部対策の前に
「落ち着いてください。セントにはいずれ受けるべき罰を受けてもらう予定です。それにいまコテツさんがセントを殺しに行ってしまったら私は契約の効力で死んでしまうかもしれない」
「なっ!? 契約ですと?」
アルフレドはセントとの出会いから魔術契約書を結ぶ過程、契約内容のやりとりをかいつまんで話す。
「セントも同条件で契約を結んでいます。セントに対して、私の意識下で直接的な妨害はまずいんです。お互いがお互いにフェアに契約を遵守しつつ、契約外からお互いの知らないところで相手を妨害することはグレーで許される。私はそんなニュアンスで契約を結んでいるんです」
「ぬぬっ。アルフレド殿に危害が加わるようでは元も子もない。取り乱して申し訳なかった。しかし、それでは……大丈夫だろうか?」
コテツがアルフレドに詫びを入れ、すぐに不安そうな表情を浮かべる。
「我々からも一つご報告差し上げたい。当初、我らもギルドよりセント殿の依頼と思われる指示に従い動いておりました。しかし、アルフレド殿の崇高な想いとデモゴル教の素晴らしさを知って以降、セント殿の依頼はナグモへと引き継ぎ、ナグモはセントへの報告をデモゴルゴ教の不利にならぬように報告しております」
「えっ! それはまずいですね。コテツさんとナグモさんがこちら側について動いているとなると、私に契約違反のペナルティが起きるかもしれません。幸い、まだ何も影響が出ていないので、契約違反の対象ではないのかもしれませんが……。今後はナグモさんにセントの仕事を降り、関わらないように伝えてください。しかし、私の為にそのようなことをしてくれているとは……皆さんには頭が上がりません」
アルフレドが頭を下げるとコテツが慌てた様子で頭を上げてくれと声を上げる。
「何をおっしゃっているのですか! アルフレド殿の言う通りさっそくナグモに連絡を入れたいと思います。それにしても、私達の行為が裏目に出ずに良かったと肝を冷やしております。しかし、こちらから攻めることができないとなると、こちらは防戦一方になるのではありませんか?」
「その点はすでに手は打っております。デモゴルゴ教第一の信者マリアナが、セントに対する何らかの手段に出てくれているはずです。魔術契約の関係上、私が情報を得ることはできませんが……」
「左様ですか。それではマリアナ殿を信じるしかありませんな」
「はい。彼女は優秀な錬金術師です。今、私のガードをしてくれているファーと同等の力を持ったモアという人物が一緒にいます。モアも全力でマリアナをサポートしています。きっと良い結果をもたらしてくれるはずです!」
コテツは腕を組み、一瞬、深刻な表情を浮かべたが、アルフレドの落ち着いた声色を聞いて口元を少しだけ緩ませる。
「アルフレド殿にそこまで言わせるとは羨ましい人物ですな。早くお会いしたいものです」
「……そうですね。いろんな意味で心強い人物ではあります。しかし、会って感銘を受けるような人物ではありません。あまり期待しないでください」
(私は今後の教団運営において、貴方たち三人のようなまともな方が入信してくれたことを何よりも感謝している)
アルフレドはコテツ、蛍、ナグモに心の中で感謝すると、フヨッドに置いてきた仲間を思い出す。自分の精神と肉体を限界まで追いつめた暴力主人、狂った頭の赴くままに自分の快楽を求めた貴族、そして、マッドサイエンティストの信者第一号マリアナ。
「はぁぁぁぁ」
(ドールは魔族であるがまともである。しかし、主要メンバーの狂人三人衆は曲者ぞろいだ。いずれ顔合わせをしてもらうつもりだが、コテツと蛍はあの三人と上手くやっていけるだろうか?)
思わぬところから新たな悩みがあらわれたアルフレド。顎に手を置き考えに没頭し始める。
「――フレド殿! アルフレド殿!?」
黙り込んだアルフレドを心配したのかコテツが声を上げながら肩を揺する。
「あ、すいません。ちょっと考え込んでしまいました」
「疲れているのでしょう。話し合いは後日にされますか?」
「いえ、大した考えではありません。話しの続きをしましょう」
話し合いは南部の布教から北部への布教について話しは移ってゆく。
フヨッドのこれからについて、話がまとまり始めたところで、狩猟小屋の扉の先から声がする。アルフレドがドアを開けると、その先には息を切らせている蛍。どうやらかなり急いでこの場所まで来たようである。
「アルフレドさん。お話が!」
「は、はい。さあ、中へ入って」
奥から現れたコテツが携帯していた水を蛍に渡すと、よほど喉が渇いていたのか蛍はその水で一気に飲み干し喉を潤す。
「ぷはっ! す、すいません。女神が。女神教が動き始めました!」
考えが追い付かない二人から数瞬の間を置いて驚きの声があがる。
蛍から聞かされた報告はタチアナ国最大宗教の女神教が、デモゴルゴ教に対し諜報活動を始めたという信じられない報告であった。
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