第48話 布教
「ありがとう。本当にありがとう! 今日、この場でピートモスの皆さんに私の想いを伝えられる時間を私は忘れることはないでしょう」
即席で作られた壇上には司祭服を身に纏ったアルフレドが立つ。
雑に切られた髪はしっかりと香油で固められ、普段は頼りないな印象を受けるアルフレドも司祭服も相まってか貫禄がある。壇上の前には町の南部から集められた百を超える人々が思い思いの表情を浮かべている。
「私は短い時間ではありますが、この街で過ごすうち南部の人々の心を支えているものに気付きました。
それは瑞穂の国で培われた穏やかな国民性と誇り高い人々であると確信しました。私の前に立っているのは貴方たちも知っている紫紺我衆の戦士たちです。彼らが私に瑞穂の民の気高さと熱い想いを伝えてくれました。私はこの出会いを光栄に思います。そしてこれこそデモゴルゴ神のお導きだと信じています」
住民の何人かがアルフレドの言葉に頷いている。予めナグモやコテツが根回しした者達であろうか、頷いている住人の表情は一様に明るい。
「私のような異教の者が町に来た時はさぞ不安に思ったでしょう。ましてや、それが失われた邪神族の教えを教える者達が来たのです。私が町の住人であれば震えあがったかもしれません。
しかし、私は紫紺我衆の方々と語り合ううちに一つの真実に気付きました。それは、かつて瑞穂の国を支えていた神教とデモゴルゴ教の親和性です。土地を敬い、人を敬い、命を尊ぶ。一つの神のみを信じるのではなく、万物を支持し、多くを敬う、その姿勢を見つけた時。
私はデモゴルゴ教と神教が偶然ではなく必然性を持って出会った宗教であると理解しました。私はデモゴルゴ教の種族の垣根を超える博愛的精神と万物に神が宿るという神教の概念を元に、新たなデモゴル教を想像し、デモゴル神に伝え、布教の快諾を得ました」
小さく歓声が起きる。自分たちの信仰を否定するのではなく、はっきりと肯定している。
ピートモスに移住して以来、否定され続けた住人にとって、アルフレドの言葉は蜂蜜のように甘い言葉であった。そんな満足気の表情をした住民たちを見て、蛍が自分の事のように自慢げに頷いている。
「私はフヨッドというここから数日歩いた村に住んでいました。産まれてから一度も村を出たことはありません。デモゴルゴ教と出会うまでは字も読めず、日々の生活に押しつぶされるようにして生活してきました。しかし、神との語らいを憶えた私は、素晴らしい仲間に囲まれ、このような場を設けてもらいながら百を超える人々の前で話をしている。数年前の私が今の私を見れば恐らく現実として受け入れられないでしょう」
「私はこのような素晴らしい体験を皆さん共有して貰いたい。その一心でここに立っています。金銭はいりません。見返りも求めません。ただ、我々と同じ神を称え、世界に感謝する。その手伝いをしたいのです」
アルフレドの話に耳を傾ける者が多い、一方で根強く反発する者も存在する。比較的若い集団の内の一人が声を荒げる。
「嘘をつけ! 俺たちを惑わすためにやって来たんじゃないのか? 俺たちはここで育ち、静かに暮らしてきた。独りよがりの布教は止めてフヨッドに帰れ! 俺はお前の言葉を信じない! お前みたいな若造に一体何ができるというんだ!」
瑞穂の国に住んでいた記憶が短く、神教の教えが根付いていない者からすれば、ピートモスでの生活が全てであり、青年にとってアルフレドは生活を脅かすペテン師に見えるのであろう。
青年の言葉を聞き一部のものから続いて抗議の声が上がる。アルフレドは抗議の声を上げる住民に対し優しく手で制する。
「確かに、私は二十に満たない若者です。しかし、神教の多くと混ざりあったデモゴルゴ教の草案をご覧になって頂ければ、私が皆さんに語り掛けている言葉に、嘘、偽りがないと分って頂けるはずです。そして、私達に同意してくれる頼もしい者がここに来てくれています。そう、ヴァシジです!」
アルフレドが手を聴衆の外に向けると、森の中から颯爽と現れたヴァシジが紫紺我衆の面々の横に並び立つ。全身の毛が陽の光を反射し、堂々と立つ姿は聴衆を圧倒する。
「私は神教の象徴ともいえるヴァシジに、生まれ変わったデモゴルゴ教の教義を伝え、受諾を得ております。ヴァシジは今後もデモゴルゴ教の為に新たな信者の為に尽くしてくれるはずです」
ヴゥオォォォォォォ!
ドラミングと共にヴァシジの雄たけびが聴衆の間を駆け抜ける。
アルフレドの声に否定的な者は耳を塞ぎ、視界を逸らす。それとは逆にかつての神教の復活を望んだものは希望に満ちた少年のような表情を浮かべる。ピートモスで生を受けたばかりの子供たちもこれから何が始まるのだろうかと身体をウズウズさせている。
「私は世界中にこの素晴らしい教えを広めたい。生まれも、身分も、地位も、種族さえも超えデモゴルゴ教を世界中の方々に信仰してもらいたいのです。私は若く、未熟です。皆さんの助けが必要です。どうか私と共に歩みデモゴルゴ教を支えて欲しい!」
パチッ……パチ。
蛍がアルフレドを見つめながらゆっくりと手を叩き始める。続いて、紫紺我衆の四人が手を叩き始めると、かつての神教信仰の者が続いて拍手を重ねる。その人数は瞬く間に聴衆に広がり、その熱は話を聞いていた男の何人かを焚きつける。
青年の一人が大きく声を上げると。すぐさま声は重なり合い、その声に若い女や子供、老人の声が混ざり合ってゆく。
「「オオォォォォォォ!」」
凄まじい熱気が場全体を包む。アルフレドは両手を上げ、聴衆の声に応えると大きく頭を下げ、前を向く。
「ありがとう! ありがとう!」
アルフレドは場を収めよとその場に留まってみるが、場の声援と拍手が鳴りやむことはない。アルフレドは込み上げる涙を押さえつつもう一度頭を下げると、後ろ髪を引かれる思いで壇上を後にした。
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