第47話 喜び
「デモゴルゴ教の母体であるフヨッドでは、人間の死体を使いインプが擬態し生活を送っています。私は今後ともインプの為に人間の死体を供給し続けたいと考えています」
アズマは耳を疑った。アルフレドは人間の死体を使い魔族を生きのびさせているという。神教において死体を弄ぶことは禁忌とされている。もし、これが事実だとすれば神教とデモゴルゴ教の融和などありえない。アズマは一瞬アルフレドが冗談でも言っているのではないかと錯覚をおこす。
しかし、アルフレドは発言を翻すことなくそのまま話し続ける。その表情にも覚悟して話をしているのが窺える。もし、覚悟は受け入れられず、ここでデモゴルゴ教の布教が終わってもしょうがないといった表情だ。
当然、アズマはアルフレドの話すデモゴルゴ教を受け入れるのは不可能だと判断する。産まれてきたときから神教に触れてきたアズマにとって受け入れがたい提案である。もちろんここにいる全ての者がアズマと同じ判断をするであろう。
アズマは壁に寄り掛かっていた体を起こすと周りを見渡す。
「死体をですか?」
最初に言葉を発したのは蛍であった。一番アルフレドを慕っていたのは蛍である。神教の教えに反するアルフレドの発言にショックを受けているだろう。蛍がこれからどのような非難の言葉を発するのかと見ていると蛍の口から発せられたのは信じられない言葉であった。
「それの何が問題なんですか?」
(――!?)
アズマの全身に衝撃が走り、理解を超える発言に思わず体が硬直する。
「死体を得るために殺人を犯しているわけではないですよね?」
「もちろんです」
アルフレドはどういう経緯で死体を供給しているかを説明する。年老いてなくなった者や罪人で殺された者。森で逃亡奴隷の死体などを使いインプに供給するという。
しかも、その供給は森の中で仕入れた死体を使い、今もなお進行中である。もし、受け入れられるならば、今後はピートモスで死体を手に入れたいというものであった。ちなみに神教ではいかなる罪人の死体であろうと荼毘に付されるのが習わしだ。
蛍も当然神教を信仰していたはずである。一体どうしてしまったのであろうか?
「なるほど。それでは問題ありませんね」
「!?」
アズマは思わず拳に力を込めてしまう。次に口を開いたのは長年の付き合いがあるナグモ。なんとナグモも禁忌とされている死体の運用をあっけなく認めたのだ。
蛍と違いナグモは筋金入りの神教信者である。この発言は気が狂ったと判断されてもおかしくない発言だ。追い打ちをかけたのがその隣で大きく頷くコテツの存在である。コテツも筋金入りの神教信者、肯定するのは絶対にありえないのである。
「あっ……あ」
声にならない声が出る。すぐ近くにいる仲間はどうなったのであろうか? ゆっくりと視線を向けてみると自分と同じような反応をして、驚き戸惑っている。気持ちを奮い立たせ、この異常な事態に異を唱えようとした瞬間。アズマの視界に奇怪な大男が手に持つ紅い光を放つ古びた本が目に入る。
(あれは……? そう。さっきの違和感の正体だ。しかし、さっきはあのような光は放っていなかったはず)
アズマはファーの持つ紅い本がどういう意味を持つのか考えを巡らせる。
(違う! 今はこの状態を打破しなくては!)
気を取り直し、再び声を上げようと試みるがアズマの喉から声が出ることはない。自分自身の身体の変化に戸惑いを見せるアズマ。そこへ優しい言葉で椅子に腰かけるよう促すナグモがやってくる。
「ち、違……うんだ。ナグモさん」
「アズマ、なにも違わない。さぁ椅子に座れ。心を落ちつかせろ」
ナグモの言葉に従って椅子に腰を掛けると、体と共に心からも違和感が消えてくる。
「そう、その調子だ。目を閉じろ深呼吸をするんだ」
「………………」
「落ち着いたか?」
「……はい」
――自分は何に焦っていたのだろうか? 何を恐れていたのだろうか?
急速に気持ちが軽くなっていく。いつの間にアルフレドの話は終わり、仲間も椅子に腰を掛けて笑顔をナグモに向けている。
「さぁ。今日は飲みますよ!」
蛍が持ち込んだワインをグラスに開け、それぞれのグラスになみなみと葡萄酒を注いでいく。熟成された葡萄酒は良い香りを放っている。今日のような日にぴったりの酒だ。
「「乾杯」」
皆の声が重なり合う。
皆の快諾が得られたことによりアルフレドは胸のつかえがとれたような晴れやかな表情をしている。
(俺はアルフレドが死体の運用をするのに一体何をおそれていたのだろうか?)
これからデモゴルゴ教が本格的に布教される。自分が信じる神が皆に伝えられるのだ。人生においてこれ以上の喜びがあるだろうか。
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