第46話 違和感の正体
今宵は新月である。
窓から入る僅かな月明かりもなく、神殿の中は数本のロウソクの明かりのみである。アルフレドも以前のような電気のない世界には慣れたが、相手の表情がギリギリ見える程度のこの暗さにはえもしれぬ不気味がさが漂うと感じていた。
しかし、神殿内に集められた者達はアルフレドの胸の内のなど理解する者などない。皆、前祝いでもするかの如く呑気な雰囲気を醸し出している。
「こんばんは!」
また一人、晴れ晴れとした声を上げて建物中に入ってくる者がいる。蛍である。片手には瓶の入った袋を持っている、恐らく葡萄酒が入っているのだろう。
建物が狭く、椅子の数も足りないため何人かは立ってテーブルを囲んでいる。アルフレドは蛍に席を譲って立ちあがると皆の見える中心へと移動する。
「こんばんは。先日は皆さんありがとうございました。コテツさん、ヴァシジに問題ありませんか?」
「はい。夜になると自分の巣穴に戻りますが、朝になると私の家の前に必ず姿を現すようになりました。ヴァシジと意思疎通が取れ始めて数日ではありますが、大きな問題は起きていません」
「蛍。町の情報を逐一報告してくれて感謝しています」
「いえ、私もデモゴルゴ教に、いや、アルフレドさんに仕えると決めております。これからはより厳しくして下さい」
まるで英雄を見るような目でアルフレドを見上げる蛍。薄明りで表情がはっきりと見えない中でも、尊敬の眼差しを向けられているのがはっきりと分かる。
そんな蛍を見てアルフレドの胸が騒めく。これから話すことにより自身を拒絶され、デモゴルゴ教を見限られてしまったらと考えると胸が苦しくなるのだ。
「最後にナグモさん。私もすぐに行動を起こさなくてはならないと考えていました。しかし、考えが堂々巡りとなり結論が中々出すことができませんでした。そんな中ナグモさんの話を聞くことにより、全てをハッキリとしなくてはならないと決意することができました。ありがとうございます」
「何を言ってるんですか。日々を何となく過ごし、半ば諦めていた信仰を取り戻し、ヴァシジを神獣として迎え、瑞穂の矜持もとりもどすことに成功しました。礼を言うのは私です」
出会った当初と同一人物とは考えられないほどの態度の変わりようである。ナグモの言う通り、気持ちの変化により人柄に温かみが増した。よく考えれば、デモゴルゴ教に入るまでがやさぐれていたのがたまたまであって、今のナグモが本当のナグモの可能性も考えられる。
ナグモが礼を言うと、アルフレドは後方に佇むナグモの部下にも礼を言い頭を下げる。ナグモの部下もコテツやナグモがこのような穏やかな表情を浮かべるのは久方ぶりだったようで、元部下としてこの状況は好ましく感じているようである。
その場にいる者に感謝の言葉を伝えると、アルフレッドは一呼吸おいて神妙な面持ちとなる。
「……皆さんに話さなければならないことがあります」
四人の視線が一斉にアルフレドに集まる。蛍はこれから何が始まるのか期待するような表情であり、コテツとナグモに至っては崇拝に近い感情をアルフレドに向けている。また、ナグモの部下二人も好意的な態度で聞いている。
「デモゴルゴ教の母体であるフヨッドでは、人間の死体を使ったインプが人間に擬態し生活を送っています。私は今後ともインプの為に人間の死体を供給し続けたいと考えています」
~~~
紫紺我衆からの付き合いで、今でもナグモの部下をしているアズマは久方ぶりの高揚感に酔いしれていた。
影での仕事が多かったとはいえ、かつては誇りを持ち、武人として生きてきた。
しかし、瑞穂を追われ、財も地位も家族も失ったアズマは、日々の生活をただ生きていくためだけに仕事をし、ギルド員の末端に落ちぶれていたのだ。
それがこの異教の教主が来て以降はどうだろうか? ナグモに生き甲斐を与え、武人として働きながらかつての象徴ともいえるヴァシジを神獣として迎え入れることに成功した。一瞬ではあるが瑞穂が復活したような錯覚さえ覚えたのだ。
当初は否定的だったデモゴルゴ教ではあるが、ナグモによると現在のデモゴルゴ教は自分が信仰していた神教の教えを多く取り入れているという。アズマは自分の境遇を大きく変えようとしているデモゴルゴ教にいつの間にか本格的に入信したいと考えていた。
ここに呼ばれた五人はヴァシジ捕獲作戦に参加した者だ。ナグモの言うとおりであれば明朝に本格的な布教が行われる。今日はその前祝い、あるいはヴァシジ捕獲を労った慰労会でもすると予想していた。
(んっ?)
蛍がドアを開けて入ってくる。そのままアルフレドの近くに行くと笑顔で話しかける。蛍はアルフレドに心酔している、その行為自体は不思議ではない。アズマは一瞬視界に入った違和感を探すために部屋の中を見回す。
(何かが……変だった)
蛍の入ってきた動線をなぞるように視界を辿ってゆく。
(……)
視線がある男の前で釘付けになる。皮膚の露わになった部分に包帯を巻きつけ、光沢のある革の衣服に身を包んだ異様な男。
(アルフレドの護衛と聞いてる……違和感の正体はあのファーという男だ)
アズマはそのまま舐めるようにファーを下から上までを視線でなぞる。仮面を被っているので表情は窺うことはできず、視線がどこを向いているのか分からない。
(身なりが怪しいのは間違いない。しかし、先ほど感じた違和感は容貌ではない……そう、手だ!)
先ほどの違和感の正体に気付き始めたアズマは手の先を穴が開くのではないかと思うほど凝視する。
(分かったぞ! 手に何かを持っていた。その持っていたものが今は奴の手元にない!)
違和感の正体に気付いたアズマではあったが、ファーの両手には何も見当たらない。近くによって確かめてみたい気持ちもあるが、どうやらアルフレドが話を始めるようである。アズマはファーに注意を払いつつアルフレドの話に耳を傾けた。
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