第45話 悩み

 アルフレドが森から帰りしばらくすると、ピートモス南部では町全体が驚きの声で満たされていた。かつて瑞穂の国を守護していたヴァシジの存在感は想像以上である。


 森に潜み、旅人を襲う魔物と化していると考えられていたヴァシジ。しかし、今は南部の町を悠然と闊歩している。傍らには元紫紺我衆の副長を務めていたコテツもおり、ヴァシジはコテツの言うことに対し従順に従っているように見える。


 最初は、恐る恐るコテツに話しかける町の人々であったが、ヴァシジが神教を引き継いだデモゴルゴ教の神獣になったと聞くと、皆一様に驚き、住人たちはデモゴルゴ教に興味を抱いた。


 なかでも、かつて神教を深く信仰していた年配の者達には、ヴァシジの堂々とした姿を見て感涙する者まで現れ、娯楽の少ない町では子供たちも声を上げて喜んでいる。


 しかし、ピートモスでの生活に切り替え、今を生きる者達にとってはもろ手を上げて喜ぶといった様子ではなく、これからの街がどのように変化していくのかという不安の色が強く浮き出ていた。


 そんな中、アルフレドは神殿内に引きこもり三つの悩みに頭を悩ませていた。


 一つ目は、かつてのヴァシジを知らない若者を中心とした、町へ不穏な空気をもたらす者への対応。


 二つ目は、ヴァシジがこちらの傘下に入ったという情報を得たセント陣営の妨害工作への対応。


 三つ目は、これから南部で積極的に布教するにあたり、デモゴルゴ教の在り方を町の南部の者にどのように説明をすれば良いか、である。


(神教を引き継ぎデモゴルゴ教に編纂したのは良い。デモゴルゴ教と神教は根本的に似ている。邪神を奉るといえば聞こえは悪いが、邪神族が果たしてどのような者達だったかなど今では明確には分からない。


 しかし、一番の問題はフヨッドに残してきたインプ達のことをどう話すかである。彼らはまごうことなく魔族で、インプである。人の死体に寄生するという行為は人族であれば受け入れがたい)


 この町には布教ついでに死体をゲットできれば、などと考えていた自分もおり、改めて考えると自分の計画性のなさにアルフレドは頭を抱える。


(仕方な――)


 アルフレドが決意を固めたところで唐突にドアがノックされる。ドアの先には複数の人の気配が感じられる。ドアを開けると、その先には町を取り仕切るナグモが一人で立っていた。


 アルフレドが笑顔を向け、室中に入るよう促す。


「お休みでしたか?」


「いえ、そんな事はありません。少し考え事をしていました。それで、どうされました?」


「いくつかお話しておきたいことがございまして、まずはヴァシジです。聞いているとは思いますが住人にヴァシジは概ね受け入れられています。かつて神獣だった存在感は健在で、一部の者は神のように敬っているものさえいます。


 しかし、一部の者に戸惑いが見られます。すぐに何かを起こすような事態にはならないとは思いますが北部の流言に煽り立てられ、呼応でもされたら面倒です。明朝にでも、ヴァシジの説明と、デモゴルゴ教の正式な勧誘を行いたいと考えます。


 そこでですが、正式な使者であるアルフレドさんにデモゴルゴ教の勧誘をお願いしたい」


 蛍から町の状況は聞いてはいたが、まさか北部の妨害工作と繋がるとは考えていなかった。町の不穏な雰囲気に対し、アルフレドが考えている以上に早急の対応が必要のようだ。


「はい。それでは明日の朝に町の住人を広場に集めて貰えますか? もう一つ、ヴァシジを捕える際に協力してくれた部下の方とナグモさん、コテツさん、それに蛍の五人は今夜神殿に集まって頂けないでしょうか? 大事な話があります」


「今夜ですか? もちろん構いませんよ。残りの者達にも伝えておきます」


 ナグモは特に気にすることなくアルフレドに背を向けると神殿を後にする。


(デモゴルゴ教の全てを受け入れてもらえるだろうか……)


 アルフレドは深いため息をつくと、扉を後にするナグモの背をしばらく見守りながら、ゆっくりと扉を閉めた。

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