第44話 眩い光の後に

  得体のしれない大男、ファー。


全てを見通しているわけではないが、あの男の力は確かなものである。鉤紐による拘束術は見事であり、遠目から見た限りでは紫紺我衆の副官をしていた自分でも見切ることはできない術であった。


 しかし、光に包まれる瞬間、確かにヴァシジの豪腕は拘束を破り、アルフレドとファーにその拳を振り下ろしていたのである。ヴァシジの拳は大岩であれば粉砕し、人であれば即席のひき肉ができる。


 辺り一面が紅い光から解放される。コテツは薄れゆく紅い光を膝をついて途方に暮れ俯いていた。その時ーー


「アルフレドさん!」


 高い声が響く、蛍がアルフレドの元にたどり着いたのだろう。しかし、コテツはその声に違和感を憶える。コテツが予想したような、後悔や絶望といったような感情が含まれていないのだ。まさかと思い、コテツが顔を上げるとその先にはアルフレドに抱き着く蛍。さらには両手を仰ぐように上げ、駆け寄るナグモの姿も見受けられる。


「こ、これは」


 コテツが目線を転じる。そこには膝をつき不満そうに腰を下ろすヴァシジがいる。大男のファーはアルフレドの後方に無言で佇み、何事もなかったように辺りを見回している。ヴァシジの攻撃を受けた当人のアルフレドといえば呆けた顔で蛍とナグモに好き放題されている。


 コテツの元にナグモの部下が駆け寄る。コテツの身体を心配して駆け寄ってきたようだ。コテツは問題ないと一言伝えると歓喜の声の上がる三人の元へと歩き始めた。


 ~~~


 祭壇を囲みながらお互いの無事を喜ぶ。誰も欠けることなく、大きなけがをすることもなかった。ヴァシジに目線を転じれば不承不承といった様子ではあるがこちらの言う事に素直に従う。


 今後の南部での布教にヴァシジは欠かせない存在である。しかし、アルフレドはヴァシジ捕獲にいまいち実感が湧いていなかった。


(祝詞の意味は確かにあった。しかし、ヴァシジの豪腕は止まることなく私へと向けられたままであったはずだ。あの光は一体? ファーが原典を何故持っていたのかという疑問もある。しかし、あの光でヴァシジに何かが起きていなければ私は肉塊になっていたであろう)


 ヴァシジを改めて見る、どこも怪我をしている様子はない。私と目を合わせようとしない。


(あのヴァシジが異常な事態とはいえ光などに怯えるか? ましてやその光に屈するようなことがあるわけがない。結果だけみれば原典に助けられる形になった……後であの原典を調べなくては)


「アルフレドさん! 私とナグモはこのままヴァシジについて行こうと思います。ヴァシジの住処に他にも何かあるかもしれませんし。アルフレドさんは引き上げる準備ができ次第、蛍と神殿へと戻って下さい」


「だ、大丈夫ですか? 危害を与えてこないとはいえ、まだ安心といえないのでは?」


「安心してください。私もナグモも以前のヴァシジは知っています。今のヴァシジは怒りで濁った目はしていません、協力してくれる姿勢を見せてくれています。それにヴァシジが暴れたとしても逃げるだけでしたら問題ありません」」


 アルフレドはコテツとナグモに押し切られるような形で返事をすると、三人は森の中へと姿を消してゆく。蛍は興奮が覚めないのか相変わらずテンションが高い。アルフレドに腕を絡ませると鼻歌交じりに帰路へと着こうとする。


(ことは上手く行ったわけだし、今日は流れに身を任せよう。まだ一歩踏み出したばかりだ、考えなければならない事は山積みだ。明日からは忙しくなる)


 アルフレドは蛍をなだめつつ、明日からの事を考えながら帰路へと着いた。


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