第11話 ドール夫妻

 部屋に戻ったアルフレド。慣れない司祭服を脱ぎながら椅子に勢いよく座り込む。


「はぁぁぁぁぁ。人生で一番緊張したよ」


 住民に対し無関心から話しを聞かせるまで持っていくことができた。寅之助時代にごくたまに商談でゾーンに入ることがあったが、まさしく今日がその日であった。


「この集落を観察していたから、相手のウイークポイントを上手く突くことができた。さらに有言実行となれば私への信頼も一気に高まるというものだ」


「さすがデモゴルゴ様が見込んだアルフレドね。で、この後はどうするの? 人体を集めると言っていたけど当てはあるの?」


「ないこともないが。できれば協力を仰ぎたい。マリアナはその、なんだ、この世界でいう錬金術師なんだろ? ……ファーやモアもお前が作ったんだろ?」


「そうだよ! ファーとモアは生きている人間だけど、いくつもの人間を組み合わせてできているの! 例えばファーは獄長と呼ばれた処刑人の腕を切断してファーに付けたの。亜人の血が混ざってた獄長の腕は拒絶反応が凄くてすぐに――」


「わ、分かった! その話はまたの機会にゆっくり聞かせてくれ。私が言いたいのはその死体とかを手に入れる伝手でもないかと思ってさ。ひょっとしてまだストックとかないかな?」


「うーん、どうだろう。家は燃えちゃったし。奴隷商人は全部殺――いなくなっちゃったからね。一応、ファーに地下を見てもらうけど期待しないで」


 発言に気になる所があったが、聞かなかったことにする。マリアナが合図を出すとすぐにドアを後にするファー。特に準備もせずに向かってしまったが大丈夫なのだろうか? いや、今はそんな事はいい。私を拘束する人物が一人減ったのはありがたいことだ。後は……


「でも、良かったね。アルフレドはとりあえず使者として認めてもらえたんじゃない? 私が人体提供に協力できるかは分からないけど、アルフレドは他に人体を用意するプランはあるのかしら?」


「マリアナを頼れないとなると、あまり気は進まないが私の考えを行動に移すしかないか。しばらく村を離れることになる。私は長のドールにしばらく村を離れると伝えてくる。マリアナとグルは数日出かけられるだけの準備をしておいてくれ」


「了解! 行くよ、モア、グル」


 マリアナが二人を連れ納屋へと向かっていく。私は隠しておいた自分用の荷物をベッドの下から引っ張り出すと急いで背負う。マリアナはこれから村での地位を築くために、死体狩りをすると考えているのだろうが、そんなつもりは毛頭ない。私はこの瞬間を待っていたのだ。ゴブリンは怖いが沢を下って迂回していけば森を通らなくてもピートモスには向かうことができる。


 私はカモフラージュを兼ねて村長の家に向かって走り始める。村長の家の裏手から、沢へはすぐだ。これからが本当の自由の始まりだ。


 ~~~


 おぼつかない足取りで家の扉を開ける老婆。手の盆にいくつかの器がある。湯気がのぼり、優しい匂いが伝わってくる。人間でいえば八十を超える年齢であろうか、顔には深い皺を刻み、目はうっすらと白く濁っている。体はやせ細り、服の上からも肉体の衰弱が激しいのが分かる。扉の先には老婆を心配そうに見守る集落の長ドールがいた。


「レゼント無理をするな。食事なら私が作ると言っただろう」


「何を言ってるの? 貴方がお仕事をして、私が貴方を支える。貴方が食事まで作ったら私は何をすればよいの?」


「いや、俺が言っているのはそういう事ではなくてな!」


「ほっほっほ。分かっていますよ。私もこの肉体を依り代にして五十年ほど経ちます。最近、実は私は人間だったのではないかと錯覚するほどです」


「何を言っているレゼント。お前はインプだ。次に人間の女の身体が手に入れば集落の掟でお前に体を渡す手はずになっている。それまでは今の体を大切にして、少しでもその体の寿命を延ばすのだ」


 心配するドールに向かってレゼントは目を細める。顔全体の皺がクシャッと集まると、人の好さそうな老婆の笑顔を作り出す。


「前に手に入った女性の体は五年も前の話ではないですか。体を必要とする者は他にもいます。インプとしての生は短いかもしれませんが、私はここで命が尽きても満足ですよ」


「な、何を言ってるんだ! 俺はお前と共にまだまだ暮らしたい。頼む、俺を一人にしないでくれ」


  優しく笑うレゼントに対しドールは肩を落とすと、跪き、消え入りそうな声で生きてくれと懇願した。

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