第10話 虚偽の誠実さを打算に
その場にいる全てのインプが沈黙する。アルフレドにすれば演説をしやすい環境であるのかもしれない。しかし、心情的にはこの沈黙は酷く応える。やじの一つでも飛ばしてもらった方がまだましというものだ。人間の自分がこのインプの村の住人に一番最初に伝えなくてはいけないことは……。
大きく息を吸い、感謝の念を前面に押しだし、前向きな表情を意識する。
「私はこの集落のインプの方々と主人のグル様に心より感謝している! 人間に捨てられ、ここの住人に養って貰った。私はこの集落で慈悲を受けたのだ。ここ数年に至っては経典を通してグル様に言葉を教えてもらった。その結果、二年間の修練の末に、自分がデモゴルゴの使者である気付くことができた! 私はこの使命を通してフヨッドの方々に恩返しがしたい!」
住民の一部でざわめきが起こる。先ほどの浮かれた雰囲気とは打って変わって難しい表情をしながら、隣同士でヒソヒソと話をしている。インプにとってはアルフレドなど、ただの小間使いに過ぎない。いまはグルに金で買われ、こき使われている人間――というのがインプ全員の認識であろう。アルフレドとインプの認識の大きな隔たり。住民は沈黙から困惑という感情に移行している。
「グルよ。お前の小間使いがこんな事を言っているが本当なのか? それに異型のその二人は何者だ? 事と次第によってはお前に責任が及びかねない発言だ。お前の口からこの件を話して貰いたい」
長のドールが集落を代表して疑問を投げかける。アルフレドがグルに頷くと皆に聞こえるようにグルが説明を始める。
「この二人はデモゴルゴ教の信者。人間という括りの存在ではない。そして、アルフレド様の言っていることは本当だ。私がアルフレド様を引き取ってから二年。素質を見抜き、読み書きやデモゴルゴの経典を中心にデモゴルゴ教を説いた。修道を修め、私の域を超えた日、ついに私に啓示が降りた。アルフレドを使者にせよと!」
顔を大きく上げ、恍惚とした表情を浮かべるグルに対し、ドールを中心とする住人のインプ達は困惑の感情から、恐怖へと移行し始めている。
「グルよ。その割にはつい最近までアルフレドに厳しい仕打ちをしていたように見えたが気のせいか?」
「あれは荒行の一種です。最も底辺に位置する奴隷と化すことで、この世の仕組みを根幹から理解する。私も心を鬼にして手伝っておりました」
(無茶苦茶なことを言っているのは間違いない。あれを荒行というのは当事者である私から考えても無理がある話だ。改めて考えると、現代の日本を知っている私が、この電気も水道もない世界で使いぱっしりをしていたのは本当に過酷な環境であった。よく心が折れなかったものだ)
グルのそれらしい発言とアルフレドの微塵もぶれない態度に住民の感情がついに溢れ出る。不満の声は困惑の中から急に湧き上がった。
「おい、俺は酒を飲みに来たんだ! デモゴルゴの廃れた宗教なんてどうでも――」
「それはいけませんね! 私達魔族はデモゴルゴ様を信仰すると同時に、誇りも確認してきたはずです。その信徒ともあろう――」
集落の者から上がる不満に対しグルの説法が始まる。しかし、説法が本格化する前にアルフレドがグルを手で制し、言葉を遮る。
「皆さんの言うことはごもっともです。皆さまはこの村に安定した生活を築き、数百年の時が経っております。いまさら私のような訳のわからない者に、信仰を積み重ねなさいと言われても抵抗があるでしょう。しかも私は人間だ。異種族で且つ、かつての魔族の敵でもある人間です」
「……」
「……」
「……」
皆、アルフレドが何を言おうとしているかその答えを待っている。この先のアルフレドの答えによっては困惑や恐怖の感情は怒りへと変わるだろう。
もちろん、そうなった場合はアルフレドの命はない。
「私は皆さんに奇跡を体験して頂きたい! インプの皆さんは擬態化する際に人間の体を必要とします。しかし、人の往来が少ないこの集落では人間の体を得るのは難しい。私はデモゴルゴの啓示に従い、皆さんの新しい依り代を用意します!」
再び起きる騒めき。中にはやじを飛ばすものもいるが、大体の者は静観を保っている。アルフレドに期待はしていないのであろう。しかし、村の老齢化は確かに深刻な問題だ。アルフレドの奇跡とやらで人間の身体が手に入るなら悪い話ではない。もし、手に入らなくてもアルフレドを糾弾し、また酒を飲めば良いだけだ。話が終わると、住民は心の中で折り合いをつけ、一人また一人と酒を飲み始めた。
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