第4話 カンガルーのマーチ
家を出るギリギリまでコンビニに寄って行くか悩んだ。
……今日はどのお菓子にしよう。私は棚に並べられたお菓子たちとにらめっこを始めた。
*
「
人の少ない、朝の
いつもの怠そうな感じは一切無い。相変わらず目に光はないけど、いつもと違う雰囲気に私は固まる。
落ち着け。いつも通り、クラスメイト
「お……おはよう」
「おはよう。あのさ……大丈夫?」
「え?」
島君の心配そうな表情に目が点になる。
「昨日とか遅かったじゃん。全然来ないなーと思って……。もしかして体調悪い?」
私のことを気に掛けてくれていたことに驚く。
「う……ううん!寝坊しちゃってさ……」
「そうだ、これ」
そう言って島君が手渡してくれたのは……
「サクサクマのキーホルダー!」
それはコンビニでお菓子を買うと付いてくるおまけだった。私が鳥永さんから貰ったものと同じだ。
「雨宮さんってお菓子あんま好きじゃないんでしょ?だからキーホルダーならいいかなと思って」
「えっ?そっ、そんなことないよー……」
慌てて誤魔化す。てか、嘘だってバレてる。
餌付けしてくる変な奴だと思われたらどうしよう……と思ったら島君は穏やかな口調で続けた。
「いつもそんなに食べないし。味も気にしてないみたいだったからさ。でも俺、毎朝救われてたんだ。雨宮さんのお菓子に」
「救われてた?」
島君の口からそんな言葉が出てくると思わなくて、瞬きをしながら島君の顔を見上げる。やっぱり島君は輝きを失った疲れ切った瞳をしていた。
「うち、親からのプレッシャーすごくて……。二年生のうちから大学受験に向けて力入れてんだ。学校終わったら夜まで予備校にいんの。学校も遠いし、毎日眠いし怠い。
だから学校と予備校の宿題も朝やんなきゃなんなくて。コンビニに寄る時間も、何なら飯食う時間も惜しいんだ。
毎日疲れて腹も減ってさ……。そんな時に朝、雨宮さんがお菓子貰って……がんばろって思えたんだ」
初めて聞く島君の事情。ああ、だからあんなにクラスメイトに塩対応だったんだ。いつも怠そうなのも。毎日猛勉強して疲れがたまっていたからだ。
「だから……昨日、本当に心配した。一日、頭の中雨宮さんのことだけ考えてた」
「え……」
島君の光を失った目。いつもならほっこり癒されるのに、今日は違った。何だか……いつもと違って大人っぽく見える。そしてなぜか私の心臓が騒がしい。
「全然話しかけるタイミング
「そ……そう、なんだ……」
ちょっと待って欲しい。島君、恥ずかしい事言ってるよ!それと美園さんが同じ予備校仲間であったことに安堵する。思い返してみればあれは塾の講義の話しをしていたのだ。
体温が上がり、変な
「元気そうで安心した」
島君の陽だまりのような柔らかい笑みに私はぼんやりする。
あれ?お菓子を食べてないのに、心なしか島君の瞳が輝いてみえた。それどころかいつもの「この世の終わり」という雰囲気もない。
「あ……あのっ。これ……」
照れくさいのを誤魔化すために慌てて鞄からお菓子を取り出そうとして、何かが床に落ちた。
「これって……」
島君が拾い上げたものを見て私は悲鳴をあげそうになった。
それは鳥永さんから貰ったサクサクマのキーホルダーだった!
なんて最悪のタイミング!せっかく島君がプレゼントしてくれたのに。私が同じものを持っていると知ったらどう思うだろう……。
びくびくしていると、島君が笑い声を上げた。
私が今まで聞いたこともない、心から楽しんでいるような笑い方だった。
「あははは!やっぱり雨宮さんも持ってたんだ!」
「う……うん」
「そしたらこっち。俺が貰っていいかな?」
「え?」
私は頭の中で隕石の衝突が起こる。だってそれって……お揃いってことじゃん。
またそんな自分を奮い立たせるように、私は島君の目の前にお菓子を突き出す。そうすれば私の赤くなった顔を見られることはない。
「これ、今日のお菓子……食べる?」
「あ!『カンガルーのマーチ』だ!懐かし!」
島君の瞳が眩しく輝く。私も、この時だけは自分の笑顔を意識しないで、自然に笑えた。
『カンガルーのマーチ』というのはチョコレートが入ったビスケットのお菓子で、ひとつひとつにカンガルーの絵柄がプリントされているお菓子だった。
「どうせ『カンガルーのマーチ』も絵柄を見ないで食べるんでしょ?雨宮さんは非情だから」
「非情じゃない!」
「ほら!この子供のカンガルーだけの絵柄、レアなやつだよ」
「へえ……そうなんだ」
得意そうにカンガルーのマーチを見せつけて来る島君は小さい子みたいでやっぱりかわいい。
「うん!おいしい!安定のうまさ」
島君の幸せそうな顔を見た後で私もひとつ、口に入れる。
甘い。
だけど嫌いじゃない。優しい甘さだった。
暫くの間、このオカシな関係は続きそうだ。
オカシな関係 ねむるこ @kei87puow
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