第3話 じゃがスティック チーズ味
「いつもありがとうね!あめちゃん。これ、おまけしとくから」
「これって……」
「今お菓子を買うとついて来るおまけだよ。本当はお菓子三つ買うと渡してるんだけどね。あめちゃんはお得意さんだからつけとくよ」
そう言って笑顔でビニール袋に入れてくれる。
本当はそんなにお菓子は好きじゃないんだけど……。という言葉を飲み込んで笑顔で受け取った。
もらえるものはもらっておく。雨宮家の教えでもある。
「ありがとうございます」
私は頭を下げると足早に学校に向かった。
さて。今日のお菓子に島君はどんな反応をするんだろう?
*
「あの講座分かりにくくない?」
「だからもう一個の動画の方がいいんだって」
教室から聞き馴れない声がして、思わず忍び足になる。もう一つの声は島君の声、あともう一つは……。
そっと教室のドアから覗き込んだ。浮気現場を押さえた探偵のような気持ちになる。いや別に付き合ってもないし。好きでもないんだけど。
「それは
「いや、マジで分かりやすいから」
驚いた。座っている島君の隣に立っていたのは……。
「
私達の学年で可愛いと噂されている、隣のクラスの美園さんだった。黒い髪に薄い前髪。ウェーブがかったヘアスタイルは韓国のアイドルのようだ。
か……かわいい!同じ性別である私もうっかり惚れそうになるぐらいに美園さんは華やかな見た目をしていた。
そんな美園さんと島君が楽しそうに会話している。相変わらず目に光はないけれども、明らかにいつもの島君と違った。美園さんが立ち去る気配がないので私はとりあえず、女子トイレに避難する。
「お菓子……どうしよ」
私はリュックサックの中に入れた『じゃがスティック』を眺める。
というか島君、美園さんと仲良かったんだ。クラスメイトには素っ気ないのに美園さんとは結構良い感じだった……気がする。
まあ、あれだけかわいい子に話しかけられたら誰だって舞い上がるよね。私だってああなる。
ちょっと待ってよ……私は何で勝手にいじけてんの?ただ島君に餌付けしてるだけの疲れた女子高生なはずでしょ。
気が付いたら朝礼が始まる時間までトイレの個室に座っていて、私は慌ててトイレを飛び出した。
先生が入室すると同時に私も自分の席に着く。ふと、隣に視線をやった。
もしかすると島君が声を掛けてくれるかもしれないと思ったから。「今日遅かったね」なんて、言ってくれるかも……と期待した。
島君は机に突っ伏して寝ていた。
そして、机の上には参考書と……『チョコロコロ』というお菓子が置いてあった。ボール状のビスケットにチョコがコーティングされたお菓子だ。恐らく美園さんがあげた……と思われる。
隕石が衝突するほどの衝撃。私の心をへし折るのに十分すぎる威力だった。
ああ……今日の物理の授業は耐えきれそうにない。
「朝のミーティング始めるぞー」
担任の教師の声が遠くに聞こえる。
今日はもう帰りたい。
*
「これ。
「ああ……ありがと」
昼ごはんの菓子パンを食べ終えた凪に私は『じゃがスティック』を差し入れる。凪は受け取りながらじゃがスティックの蓋を開けた。
「どうかしたの?元気ないけど」
「さすが凪様。私、推し活するの止める……」
「
凪がポリポリとじゃがスティックを頬張りながらツッコミを入れる。
「やってることは餌付けだけど!世間体的には推し活ね!」
「なんかあったの?」
凪は真剣な表情で私のことを見る。私はじゃがスティックのパッケージを眺めながら打ち明けた。
「それがさ……島君。他の人からお菓子貰ってたんだよね」
「ふうん」
「しかもめっちゃ可愛い子から。結構仲良さげだったんだ……」
「……美園優和とか?」
凪がずばりと言い当てて来るので私は机に突っ伏した。名前を聞いて再び私の心に隕石が降り注ぐ。
「ほんと……そういうの鋭いよね」
「女の勘で生きてっから」
悪びれもせずに言い切る凪。相変わらず良いキャラしてるなあと思いつつも惨めな自分と比べて虚しくなる。
「もう島君の笑顔が見られないと思うと……辛いけどさ。これからは遠くから時々。たまにでもいいから見れたらいいかなーって」
私がヘラヘラした笑顔を見せると、じゃがスティックを食べながら凪が呟いた。
「あんたはずっと島の『部外者』でいいの?」
「え?」
凛とした凪の言葉に私は作った笑顔を引っ込める。
「勝手にアイドル化して推しだとか言って……。島との間に線引いてさ。私には「好き」を誤魔化してるようにしか見えないんだけど」
「!」
凪の吊り上がった目に刃物のような鋭い光が宿る。
不思議なことに恐ろしいというよりも綺麗だなと思えたのは、凪が私のことを考えて言ってくれたからだと思う。
私の心の中にまた特大の隕石が降って来た。
そうだ……私。「好き」という感情から逃げてるんだ。
照れくささもある。自分の自信の無さも。本当は自分のビジュアル的に島君の隣に立つのにふさわしくないんじゃないかと思ってたりも……する。私が島君と一緒にいたら周りの子達はどう思うだろう、なんて考えたりもした。
「推し」という言葉は便利なもので。「好き」という感情から逃げることができた。そうすれば周りの子達にからかわれないし、島君に拒絶されることもないし。誰も傷つかないから気が楽だった。
「いいじゃん。好きなら好きで。好きになったら必ず告白しなきゃなんない、彼氏彼女の関係になんなきゃならない。なんて決まり、ないんだし。あ、付き合いたかったら話は別だけどね」
凪がふっと息を漏らす。私は気まずくなって俯いた。正直……この「好き」をどうしたらいいか分からない。
「ただそんなつまんないことで人間関係に線引きするようなことはやめたら?
最近うんざりすんだよね。「推しだから」って言って『部外者』装ってさ、自分が傷つくのを避けるやつ。素直に「好き」でいいだろって。
「好き」っていうのはそういうもんなんだよ。相手に拒絶されるかもしれないっていう不安が常に付き纏うもんなの。その不安から現実逃避すんな。『部外者』面すんな。人との関りを避けるなよって思うよね。
難しい事考えずに、島と話したいことがあるなら話す。一緒にお菓子を食べたいなら食べればいい」
そう言って凪はじゃがスティックをひとつ手に取ると、私の前に差し出した。
「凪……」
私の気持ちは軽くなっていた。
そうか。私は……島君が好きで、こんな風に一緒にお菓子を食べて笑い合いたいんだ。
「ありがとう。目が覚めたよ。凪師匠……」
「ほら。これでも食べて元気出せ」
「……それ、私があげたお菓子だから」
ふたりで笑いあいながら凪とじゃがスティックをシェアする。
パリパリとした程よい硬さ。
しょっぱい、バターの味が口の中に広がる。
いつもは苦手なお菓子だけど、今日ほどおいしいと思えたことは無い。それにじゃがスティックは甘くないから良い。
昼休憩が終わるチャイムと共に、島君と他の男子生徒が教室に戻って来る。
いつもならそのまま真っすぐ自分の席に戻って眠りにつく島君が、その日は驚いたように私と凪のことを見ていた。
まあ、私じゃなくて……じゃがスティックを見ていたのかもしれないけどね。
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