第2話 パスタグミ
「
「貢いでるって……そんなホストみたいな言い方やめてよ。私のは推し活だから!」
「……どっちも同じじゃね?」
昼休憩。私は親友の
凪は大人っぽくて私の憧れているクールビューティな女の子だ。ウェーブがかった黒髪が良く似合う。取っつきにくい雰囲気だけど、話してみるとさっぱりとしていて姉御肌なのがまたいい。かれこれ親友二年目に突入している。
そういう私は髪型はポニーテール。かわいい系とも綺麗系とも言えない平凡な女子高生……だと思う。凪からは「あんた柴犬って感じ」というよく分からないというイメージを教えてもらったぐらい。
私はお母さんが作ってくれたお弁当を。凪は購買で売っていた菓子パンにかじりついている。
「皆は気が付いてないかもだけど、
「生き生き?殆ど机で寝てるような島が?」
凪が信じられないというように
「ほんと、ほんと!見せたいけど……いや、駄目。凪が島君にハマっちゃったらやだし」
「何それ。だから……島はアイドルかなんかかっつーの」
凪がじっとりとした目で私を見る。
「そうだね。アイドルかも」
迷いなく答える私を見て凪は大げさに机に寝転んだ。
「あんな目の死んだアイドル……いないでしょ」
「そんなことないよ!島君は自分のポテンシャルを自覚してないんだよ!お菓子を前にした島君を見ればみんな好きになるって!」
「あんた何言ってんの……。てかアイドルのプロデューサーか」
私の熱弁にも凪は鼻で笑う。笑いながら今度は自販機で買ったイチゴ牛乳を飲み始めた。
「そんなに好きなら島と付き合えばいいじゃん」
「それは違う!」
つい熱くなった私は否定まで力強くなってしまう。その返答に凪がさっきよりも険しい表情をしていた。
「島君は推しだから。アイドルとかマスコット的存在なの。付き合うとかは……違うんです」
「マスコットは酷い」
「じゃあアイドル。だから私はお菓子を食べてもらう以上の関係は求めてない!」
「ふーん」
凪はストローを噛みながら私を見る。楽しそうに目が笑っていた。こういう時は大抵私を揶揄うネタを見つけた時なのだと一年以上の付き合いから分かる。
「じゃあ、他の誰かが島にお菓子あげてたらどう思う?」
「それは……嫌、かも」
あれ?私、急にしおらしくなってない?急に恋する乙女みたいになってんの?
恥ずかしくなってお弁当から顔を上げると、凪がニヤニヤしている。
「本当に推しなのかー?」
「推しです!あるいは……癒しを求める……勉強に疲れた女子高生だよ!」
パニックになって出した私の答えに凪は噴き出した。
「ウケる!陽向は疲れた社会人か!」
私は凪が大笑いするのを眺めながら最後の卵焼きを口に放り込んだ。
ちょうど昼休憩を終えて帰って来た島君を見て私はほうっと息を吐く。男子生徒の中に混じる、眼の輝きを失った島君。恐らく休み時間が終わって授業が始まるから虚無になったんだろう。私もそうだけど。良かった。私達の会話、聞かれなくて……。
そうそう。私は勉強に疲れて島君に癒しを求めるただの疲れた女子高生なんだ。これは断じて「好き」なんていう感情ではない。
*
「今日はどれにしようかなー」
いつものコンビニ。私は腕組して思案顔をする。
今日は何を買って行こう。昨日はチョコだったから違うのが良い。
「グミとかも結構種類あるよね……」
その中で私は面白いお菓子を見つけた。
「これは……面白いかも」
私は目を輝かせて喜ぶ島君の顔を想像してワクワクする。ちょっと飛び跳ねながらレジに向かった。
*
島君が「この世の終わり」みたいな雰囲気で英語の参考書を眺めていた。相変わらず目に生気がない。そこで私はガサガサとグミの入れ物を取り出して見せる。
すると島君がちらりと私の方に視線を寄越した。あまりにも反応が良くて笑ってしまう。
「良かったら食べる?」
島君が静かに首を縦に振る。その姿がまた可愛くて自然と口元が緩む。おっといけない、かわいい感じに笑わないと……。
「面白いの見つけたから買ってみたんだー」
「これ、コンビニで見かけたことある。けど、買ったことない」
島君が私が掲げたグミのパッケージをまじまじと眺める。そこもまた可愛い。
「『パスタグミ』だよ。モチモチ食感がパスタの麺みたいなんだって。色んな麺の形してて面白いよ」
そう言って私は自分の掌にコロンとひとつ出して見せる。たちまち島君の瞳が少年のように輝いた。
「ツイストだ!」
わあ~。素敵な笑顔頂きました~。今日の憂鬱な体育と数学の時間も生き抜いていけるほどの笑顔だ。心の中で手を合わせて島君の笑顔に感謝する。
私が手にしていたお菓子の袋を自然と手に取った。私は手を離し、島君の自由にさせてやる。
「他にもペンネ、シェル、カール……スペルチーニもあるのか!」
「ペン……?スペル?え?……なんて?」
聞き馴れない単語に私が難しい顔をしていると島君が無邪気な笑顔で言った。
「パスタの麺の種類だよ!俺、シェルがいい」
「あ……うん。いいよ」
私は島君の指示された形のグミを取り出すと掌に置いてやる。どうやらシェルというのは貝殻みたいな形をしたものらしい。
「おいしー。生き返る―」
さっきまでの世紀末感はどこへやら。砂漠の中、ようやく水場に辿り着いた旅人ぐらいに大袈裟な反応に心が跳ねる。
私も島君に続いて『パスタグミ』を口にする。そして驚いた。
「アップル味……なんだ」
色合い的にパスタっぽい味でもするのかと思った。口の中に広がる予想外の甘さに心の中で顔をしかめる。少し酸っぱいからいいものの、予想外の甘さに脳がびっくりしてしまった。
「知らずに買ったの?相変わらず面白いなー
クスクスと小さな男の子のように笑う島君。
はいっ。苗字呼びと可愛い笑顔、ありがとうございます。
私は心の中で深く
「急いでてよく見てなかったから……」
「食べるのに味とか見ないことある?慌てすぎだよ。もっと朝ゆっくり来たらいいじゃん」
「えーそれは無理。もう体内時計がそうなってるから」
「なんだそれ」
私は笑顔で島君と雑談しながら思う。
だって私が食べるために買ってるんじゃないんだもん。島君が食べることを考えて買って来たんだから。それでも味はちゃんと気にしよう……と指摘されて思った。
それと、この時間じゃないと島君と一対一でじっくり話せない。他のクラスメイトの目もあるし、島君は殆ど男子グループの中にいる。だからゆっくり登校するのもごめんだ。
当の本人は自分のために準備されたお菓子だと知らずに楽しそうに『パスタグミ』を眺めている。
その横で私も『パスタグミ』を口にする。
甘酸っぱい、爽やかなリンゴの風味が口の中に広がった。
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