オカシな関係
ねむるこ
第1話 サクサクマ
「えーと……。どれにしよう」
コンビニのお菓子売り場の前で私は腕を組む。
10分早めに家を出て、コンビニのお菓子売り場の前を陣取る。
「おはよう。あめちゃん。本当にお菓子が好きだねー」
「あ。
「いいねえ。お弁当だけじゃ足りないだろうから。たくさん買っておくといいよ」
このコンビニで毎朝お菓子を買うせいで店長の鳥永さんとはすっかり顔馴染みになってしまった。
悩んだ末に私は「サクサクマ」を手に取った。クマの形をしたチョコレートビスケットである。コンビニのお菓子としては定番中の定番だ。うん、悪くない。
「いつもありがとう。いってらっしゃい」
「いってきまーす」
私は頭を下げると駆け足でコンビニを飛び出す。
実はこのお菓子は私が食べるために買ったのではない。そもそも私は甘いものがあまり好きじゃない!
それなのに毎朝、真剣にお菓子を選ぶのは……全てあの人のためなのだ。
「おはようっ。
「……はよう」
何故かいつもの不機嫌そうな、素っ気ない
頭の下半分だけを刈り上げたヘアスタイルがおしゃれだった。寝ぐせだと思う跳ねた髪ですら様になっているから島君はすごい。
本人は自分の魅力に気づいていないようで、生徒の大半には冷たかった。島君のポテンシャルで愛想が良かったら女子は放っておかないだろう。
遠くから通学しているせいか、こんな風に死んだ目をしている。いつも疲れ切った顔で単語帳や参考書を開いているのだ。
私は席に着くと、鞄から『サクサクマ』を取り出した。ガサガサという音に島君がぴくっと反応する。
おやつをもらう前の犬みたいに動きを止めて、耳だけを此方に向けているのが分かる。
私はそれをみて口元に笑みを浮かべた。サクサクマの袋を開けると、島君の方に差し出す。
「良かったら……食べない?私じゃ全部食べきれないと思うから」
本当は島君のために買ってきている……とは思えないほどの自然な嘘。毎朝よくやると思いながらも島君に一度も怪しまれたことはない。勿論、他のクラスメイトも私が島君のために買ってきているなんて知らないだろう。
「いいの?!」
さっきまでの死んだ目、気怠い雰囲気はどこへ行ったのか。目の前にいた島君はお菓子を前にすると全くの別人になる。アイドルグループに所属しているかのようなイケメン……最強島君になるのだ。輝きに満ちた瞳に柔らかいトーンの声。それにプラス、子供っぽい言葉遣いがまた可愛らしい。
完全に女子が好きなやつ……。私はまんまとそんな島君にハマってしまった。
私は島君のこの反応を見たいがためにお菓子を買ってきてしまうんだ。
その場に胸を押さえて倒れてしまいそうになる……なんてことはできないのでにっこりと、なるべく可愛いと思われる笑顔を浮かべて私は頷く。
「うん。いいよ」
そう言って彼の大きな手にサクサクマを乗せた。
「サクサクマってみんな顔違うんだよなー……。これは変顔してる」
島君は白目を剥いたサクサクマをじいっと眺める。そんな姿さえ私の心を掴む。
因みに私はお菓子の模様を眺める趣味はない。あんまり甘いものが好きじゃないし。これからお腹に入るものに対して何の感傷も抱かない。サクサクマがどんな顔をしていようと、私にとってはただのチョコレートビスケットである。
それでも島君がそんな風に可愛く食べるというのなら付き合わないわけにはいかない。
「変顔珍しくない?私のは笑ってる」
そう言いながら私はサクサクマを口に入れる。
口の中で甘ったるいチョコレートが溶け、ビスケットがサクサクする。うわー……甘すぎ。口の中おかしくなりそうなんて考えていたら島君が突然噴き出した。
「ちょっと……
島君のふんわりとした笑顔を目の当たりにして私は心の中で叫んだ。
レア!これはレアな反応!男子同士でふざけ合っている時にしか見せない笑顔。ということは、相当私は面白かったってことだ。
そう思うと踊り狂うほど嬉しい……けどそんなことしたら変人だ。私は無難な笑顔を浮かべて島君に答える。
「え?そう?お腹空いてたらクマの顔なんて見てらんないって」
「クマって……!こうやって色んな顔を見るのがいいのに」
そう言って変顔のサクサクマをひとしきり眺めた後、名残惜しそうに口に入れる島君。
「甘さがしみるー」
この世の幸せを噛み締めるかのような表情に、私は心の中で両手を合わせる。あー嫌なことがぜーんぶ浄化されていく~。定番のお菓子を選んで良かったー。
「まだ食べる?いっぱいあるよ」
私の問いかけに口をもぐもぐさせながら片手を差し出す島君。可愛すぎ。
多分、心の中で私はサクサクマよりも表情豊かになってしまう。
ああ……今日もいい一日になりそうだな。
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