第3話

 一時間目休みのあの調子に拍子抜けしたのか、はたまた諦めたのか、追及の声と圧は嘘のようになくなった。


「んーっ……今日も疲れましたなー」

「相変わらず真面目だよなぁ……寝てそうな雰囲気してるのに」


 その日の放課後。いつものように、ボクと言也は教室で駄弁っていた。言也のバイトが入っている日を除けば殆ど毎日話してるけど……意外と話題が尽きないもので。特にこの時間に言也から噂話を聞くことが多い。今朝のような感じが例外中の例外。


「失礼な。ボクだって目的があって勉強してるだけで、別に問題ないなら寝てるとも」

「堂々と宣言することでもなくね?」

「いや睡魔に負けかけることもしばしばあるし多少はね?」


 ちなみに今も眠い。夜更かしは控えるよう心がけてるけど、この時期はどうも寝る前に見る映画の再生開始時間が深夜帯になって……観なきゃ解決じゃん。そしたら勉強疎かにするけど。

 そんな事情を察してか、堂々と授業中に爆睡こいてた言也が呆れた目を向けてくる。


「ホントお前の生活って映画中心だよなぁ。お兄さん心配になっちゃう」

「誰かの迷惑になってるなら一考するけど、今のところ趣味でそういうのは聞いたことないので変えることはないです。というかボクのが生まれは早いんですけど?」

「あっはっは。女っ気のない友人の心配をして何が悪い。ぶっちゃけ、今日の噂は血祭りじゃないが、事実なら1回分くらい映画奢ってもよかったんだぜ」

「マジかよ今から嘘でも肯定しとくわ」

「それはやめとけ」


 いや、やらないし……しかしそれを知った後だと少しだけ正直に話したことを後悔してる自分がいるのも確か。まあ過ぎたことだし一回奢りは確定だから別にいいけど。


「映画は何時行く? というか観たいのある?」

「んー、オススメは?」

「〇イマスの……シャイニーカラ〇ズ? ってやつの先行上映してる」

「オーケーそれで行こう。つーかそれも貸しになりません? というかしてもらってもいいくらいなんだが」

「んー、ボクも事情があって土曜日は無理だからトントンってことで」

「来週もか?」

「土曜だけ予定入ってるんだよねー」

「珍しいこともあるもんだ」


 いや最近はずっとなのよ? まあ言也には言ってなかったし、趣味の延長なんだけど。


「今週の日曜は……午後なら空いてる。よし、そん時観ようぜ」

「オーケー。となると13時からと17時半からのだけになるけどどうする?」

「うわぁ……けどまあ急いでも仕方ないし、そんな遅くなるわけでもねーからな。17時半からのでいいか」

「じゃ、予約諸々はしとく」

「おう。任せたぞい……で、土曜の用事ってなんだ? もしやガチのコレか?」


 そう言いながら言也は小指を立てる。

 どうしよう。真偽はともかくとして無性に中指立て返してやりたい。


「そんな感じ」

「ほー? 噂の真偽はともかく、内容はガチってか?」

「かもねー……ってか、一日中そればっかね」


 朝のような折檻はなかったけど、事あるごとに言也が噂のことを出してくるから、ぶっちゃけウンザリしてる。いやまあ言也の言い分は知ってる。というか分かるからいいけどさ。


「火のない所に煙は立たない……いやぁゴラクにも春が来たようでなによりだぜ」

「氷河期明けの人にゃ言われたくない。何時に成ったら萌えるやら」

「お、俺にだって女っ気くらいあらぁ!」

「しかし全員友達止まり、と」

「何でかなぁ……こう、友人的な好意は持ってもらってるんだけど、それが恋愛的な好意にまでは成ってないんだよな」

「無駄に聡いから告白もせず、と」


 「なんでだろうなぁ~、やっぱ中学棒に振ったからか!?」と喚いているが、残念なことにガリ勉時代は関係ない。寧ろ高校デビューして色んな人と接して――「優良物件だけどコイツ恋人出来たら化ける」と囁かれて淑女協定が結ばれて現在に至っていたりする。ちなみになぜそれをボクが知ってるかと言えば、ボクに言也に恋人が出来ないよう抑えてろと淑女協定を結んでる一部女子から頼まれているからだ。断じて腐った妄想に巻き込まれた訳じゃない。


「そして俺はゴラクと付き合ってるなんて噂をされると」

「よっしゃ喧嘩だな? いいぜ法廷で会おう」

「何人の女子が裁かれるのやら……」


 知らね――と雑談をしていると、突然法螺貝の笛の音が教室に鳴り響いた。


「あ、俺だ」

「なんつー着信音してるのさ。出撃するの?」

「マク〇からの電話だからなぁ」


 そうぼやきながら言也は慣れた様子で電話に出る。

 うわー、何か働いてる人って感じするわ。ボクも数年後には働かないとなんかねー。嫌だなぁ。


「――スマン。バイト入らないといけなくなった」

「ピンチヒッター?」

「おう」

「ま、頑張れー」

「じゃ、先帰るんで。じゃあな!」


 言也は走って教室を出ていく。先生いたら怒られそー。


「……ボクも帰ろ」


 大きく伸びをして、机の横にかけていた昼飯と財布、スマホくらいしか入ってないトートバックを右肩にかけて、教室の電気を消す。二学期が始まった頃はこの時間でも明かりはつけなかったけど……日が短くなったなぁ。

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