第10話 戻った翼

西暦1946(昭和21)年1月7日 日本国静岡県浜松市 浜松飛行場


 この日、空を1機の航空機が、金切り声にも似た甲高い音を響かせながら、蒼空を舞っていた。


「少数の試作機と3か月程度の設計で、よく形に出来たものだ」


「ええ…貴国が十二分に支援を行ってくれたお陰です」


 地上の滑走路にて、二人の男は静かに空を見上げ、軽やかに舞う1機の航空機を見つめていた。片やヨーロッパ系の顔立ちをしており、片やアジア系の出で立ちをしている事、そして英語で会話を行っている事から、出身国が異なる事は明白であった。


 サクソニア共和国の出現以降、〈トニトゥルス〉ジェット戦闘機の活躍は『雷』の名に違わず、各国の航空戦力運用部隊に電撃にも似た衝撃をもたらしていた。特に割と近しい立地にある日本国は早急に防空体制を復活させねばならず、現状は生産途中となっていた機体の完成と、試作中であった航空兵器の量産化を急ぐ事となった。


 その最中、アメリカはサクソニア空軍の重爆撃機の性能がB-29〈スーパーフォートレス〉重爆撃機に比肩すると分析し、P-80〈シューティングスター〉ジェット戦闘機の供与を決定。〈トニトゥルス〉は性能こそ優秀であったが、航続距離においてレシプロ機に劣っている関係上、重爆撃機の護衛戦闘機は旧来型の水冷エンジンを採用したレシプロ機となっている事が判明しているため、現時点でアメリカが保有しているジェット戦闘機でも、防空程度には十二分に活躍できると踏んでいた。


 他方、日本も米軍の駐留拠点提供をダシに技術供与を求め、アリソン社製のJ33ターボジェットエンジンを獲得。川崎重工業におけるリバースエンジニアリングと、〈橘花〉攻撃機の開発時に製作されたネ20ターボジェットエンジンの技術も加え、ネ30ターボジェットエンジンを開発した。そしてそれを搭載する航空機はどうするのか議論がなされ、局地戦闘機の試作機である〈震電〉に白羽の矢が立てられた。


 元々エンテ翼を採用している関係上、ジェットエンジンを装備しやすい形状であったのも助けとなり、製作途中の試作機を流用した試作は順調に進行。こうして今、試作1号機が初飛行を迎えたのである。


 最高速度は時速926キロメートル。アメリカより供与された〈シューティングスター〉に劣る程度ながら、国産機としてはまずまずの性能と言えた。量産化に関しても、アメリカは一切の横槍を入れる事はせず―アメリカの航空産業自体が、〈トニトゥルス〉に対抗できるジェット戦闘機の開発と生産準備で忙しすぎるのが理由だが―、三菱重工業と川崎重工業にて少数生産されるという。


「航続距離に関して不安はあるが、本土防空を徹底する方針であれば、高高度より迫る敵重爆を墜とすぐらいの大活躍は間違いなしだろう」


「フム…ところで、貴国では新しい戦闘機の開発がすでに始まっていると聞きますが、如何なるものとなりますかな?」


 アメリカ軍技術士官の問いに対し、日本軍技術士官は少し唸ってから答える。


「ううむ…何せ一つの『完成系』が目と鼻の先にいますからね…〈P-80〉も参考に、こんな感じの奴を作る事となるのではないでしょうか?」


 日本人技官はそう言いながら、メモ帳に簡単なイラストを描く。そしてある程度完成してから説明に取り掛かる。


「まず、機首は〈P-80〉のそれを鋭くした感じにし、その内部には夜間の飛行と戦闘用のレーダーを装備します。主翼もテーパー翼をベースに、後退角度を付けて二等辺三角形に近しい奴にします。これなら翼面積と翼内の燃料タンクを増やせるでしょう」


「さながら、三角デルタ翼だな。武装はどうする?」


「重爆撃機の防御力はそこそこあるでしょうし、30ミリが基本となるでしょうね。貴国の戦闘機も、同じ感じの設計で開発される事になるでしょうな」


 日本人技官の言葉に、米軍技官は頷いた。


 実際、この4年後に日本は旧来のレシプロ機を置き換える防空戦闘機として、五〇式戦闘機〈征電〉を開発。少数が朝鮮戦争にて大活躍を見せる事となる。そしてこの〈征電〉と、新たなエンジンを手に入れた〈震電〉が、戦後の日本ジェット戦闘機の雛形として長らく影響を与えていく事となる。

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