第12話 終 章

 井口が内藤と一緒に隠れ家に到着したとき、誰もが押し黙っていて物を言えるような雰囲気ではなかった。別会社だといっても全密連の一員として罪に問われるに違いない。逃げたところでいずれ捕まってしまうだろう。自分の身がどうなるのかと井口の不安は激しく渦巻いていた。妻や子供が来ることになっていたのに――全密連に就職した自分の責任だと思うしかないのか。内藤だけは何とか助けてやりたいが……。

 首領がようやく口を開いた。

「もはやこれまでだ。全密連に働く皆のことを考えると……」

「そのことについて、私に」

 勘左衛門が遠慮がちに声を出したが、首領はそれを遮った。

「君はまだ何か言うことがあるのか。プール、遊園地、この始末は――と言ってももう終わりだが……」

 その前に確認させて下さい、と断った勘左衛門は月組長に問い質した。

「税関での様子を一体誰から聞いたのかね?」

「実は、私の甥っ子が東の国に留学していて、同じ便で一時帰国することになったのです。入国のときの子供たちの様子を観察して、変わったことがあれば連絡してくれと頼んでおきました。彼から赤い袋、ブツの入っている袋ですが、税関の係官に開けられると電話があったのです」

「開けられる? ということは実際に開けたかどうかは」

 勘左衛門が月組長に迫っていく。

「係官が赤い袋を手に取ったので急いで電話をしたと言っていました。その場からする訳にいかないので、離れて」

 月組長は後退りしながら答える。

「最後まで見てはいないのだな」

「そうかもしれません。私はてっきり開けられたものと」

「赤い袋は開けられていないと言うのかね?」

 首領が割り込んだ。

「確認のため新2号に連絡を取ってみます」

 勘左衛門は、子供たちの出迎えに行っている江梨子の携帯に電話を入れた。

「無事に出てきたのだな」

「成功したのか!」首領の顔が明るくなる。

「赤い袋がどうなったかは不明ですが、子供たちは税関を通過したようです。もう少し様子を見ましょう」

「どうして? うまく行ったということだろう」

 突然、『美少女戦士セーラームーン』のテーマソングが鳴り響いた。月組長が慌てた様子でポケットから携帯を取り出し、俺だ、と応じた。

「そんな馬鹿な、ちゃんと確認しろ。ちゃんと! ん、確認した?」

 相手は空港に出向いている001号のようで、言われるまでもなくやってます、という我鳴り声が聞こえてきた。

「一体どうなっているんだ。子供たちから回収した赤い袋の中身はブツではなくお菓子だったそうです」

 月組長の声がかすれていく。

「どういうことだ? ばれたと思ったらお菓子だと。事前の打ち合わせがちゃんと出来ていなかったのではないのか。お仕置きだけでは済まないぞ!」

 首領の叱責にうな垂れた月組長を押し退け、勘左衛門が首領の前に進み出た。

「これは月組長の責任ではありません。お菓子の件は私がやったことなのです」

「何を言っているのだ。頭がおかしくなったのか?」

 これは怒洒落ではないぞ、と言いつつ首領はがくんと首を折った。

「いずれにしても失敗したのだ。全密連は終わりだ」

「首領、プール、遊園地があります。ですから思い切って全密連の本部を」

「本部を売却して皆の退職金に充てることぐらい私も考えている」

「いいえ」と勘左衛門はさらに一歩踏み出した。「プール、遊園地が揃っていますから、本部をホテルに改装して全体をレジャーランドにしてしまうのです」

「またもや何を言っているのだ!」

「今回も含め首領が就任されてから密輸は行われていません。罪に問われることもないでしょうから、全員がカタギになって真っ当な暮らしをするのです」

「どういうことだ?」

「ですから全密連の皆はレジャーランドを経営する真っ当な会社、MZレクリエーションの社員となり、真っ当な暮らしをするということです」

「――我々に出来るだろうか」

「MZレクリエーションの社長をやってこられたし、経営の勉強もされたではないですか。皆が力を合わせれば必ずやっていけます。如何ですか」

 どこで見付けたのか、花組長がテンガロンハットを持ってきて首領に差し出した。

「理解った。レジャーランドだ」

 首領は気合を入れて放り投げた。帽子は綺麗な弧を描いて、隠れ家の帽子掛けにすぽっと収まった。髭を撫でて呟く。

「U~N、MANZOKU!」


 雨が降り続くなか全員が本部に戻り、井口たちは首領室に集まった。

 勘左衛門が発言を求め、騙したことになって本当に申し訳なかったと詫びを入れた。勘左衛門の語ったところによると、カワ王子を理由にして、取引は危険だから中止にする、赤い袋にはブツではなく菓子を入れてくれ、と各国の組織に連絡したのだそうだ。袋については以前の依頼通り、こちらの空港でバスに乗るまで開けては駄目と子供たちに伝えたところが多かったのだろうとのことだった。

 その割には慌てていたが、と首領から冷やかされた勘左衛門は、

「ばれたと聞かされたときには、相手が間違ってブツを入れてしまったのかと焦りました」と頭に手をやった。

「酒盃の件を首領室で話し合ったあと、相手組織のことを訊かれたのは中止するためだったのですね。皆の将来のことを考えておられたとは――申し訳なくも私は所長のことを誤解していたようだ」月組長は納得し、謝罪の意を表した。

 しかし、相手組織に連絡といっても勘左衛門は外国語が堪能だとは思えない。誰か協力者がいたのだろうか? カタギになるということは端から密輸をする気はなかったと思われるが、カワ王子が来なかったらどうしたのだろうか? また船と泳ぎによる密輸の際は? あのときは相手組織に密輸の持ちかけすらしていなかった可能性も考えられるが……。いくつかの疑問が生じたが、井口はプール、遊園地を造ってレジャーランドとしたのは当初からの計画だったのかを訊いてみることにした。

「それよりも酒盃を何とかしないといけないなあ」

 にやりとした勘左衛門は質問をはぐらかしてしまった。

「明日は遊園地での歓迎式典があります。社長始め皆さん、よろしくお願いします」

 花組長が閉めた。


 翌日は前日の雨が嘘のように雲一つない晴天となった。遊園地のエントランス前広場は招待された各国の子供たちで埋め尽くされ、その周りを関係者、警備陣、報道陣それに物見高い近所の人々が取り囲んでいた。カワ王子にはモナカ大使館からの通訳が付き、警護官が目立たない形で護衛している。歓迎式典の開始を告げる三発の花火が打ち上がった。いよいよ主催者挨拶だ。緊張した面持ちの首領は通訳の江梨子を従え、マイクの前に立った。

「え~、皆さん、こんにちは。ようこそお出でいただきました」

 空をテーマとしたスカイ・ワールド・パークを十分楽しんでもらいたいこと、出来るだけ多くの国の子供たちと友達になって欲しいと願っていることを述べた首領は、早く遊園地で遊びたがっている子供たちに配慮したのか手短に挨拶を終えた。

 開園と同時に子供たちはお目当ての遊戯施設を目指し、我先にと駆けていく。カワ王子は空飛ぶジェットコースターに八回も乗り、また、内籐が他の子供と一緒になるようにしながら遊園地を案内したため、普通の子供として楽しく遊ぶことができたようであった。

 その夜は宿泊先のホテルで歓迎会が催され、会の途中で王子が、

「僕の誕生パーティのときには、停電を直してくれて有難うございました」

 と、井口と江梨子のところに礼を述べに来た。くりくりとした目の利発そうな子だったが、深紅のイブニングドレスを着た江梨子の大きな胸を見てその目を更に大きくした。十歳の子供には刺激が強すぎたのではと井口は心配になるが、この経験が将来、お父様と同じ好みにさせていくのだろうか。今は不明であった。

 翌日の昼までパークに滞在した子供たちは首都観光に出掛け、そこでもう一泊して、先頭車両の形をした『空飛ぶジェットコースター最中』と遊園地のマスコットグッズを土産に貰い、帰国の途に就いた。

 そして、レジャーランドはまずは遊園地とプールでの開業となった。

 招待した子供たちの評判が良かったためか、世界各地から観光客が訪れるようになり、遊園地はもとより五十メートル一センチも名物プールとして人気を博した。

「皆さんの近くに社員がとても礼儀正しくて空飛ぶジェットコースターがあるレジャーランドがあったら、それは全密連形見のレジャーランドかもしれません。もしそうだとしたら、是非一度遊びに来て下さい。喜んでお出迎えしますから」

「ちょっと井口部長! 誰に話し掛けてるんですか?」

 江梨子が覗き込んできた。


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