第13話 まだ、お話は終わらない
レジャーランドの開業に併せて株式会社MZレクリエーションでは組織の再編を行い、井口は取締役技術部長となった。花組長は同じく管理部長に、月組長が同じく営業部長に就任した。そして勘左衛門は社長を補佐する立場で総支配人という肩書が与えられた。井口が聞いたところによると、首領は会長あるいは副社長就任を要請したそうだが、役員になることを拒んだ勘左衛門はホテルが完成し、レジャーランドが軌道に乗るまでという条件で総支配人を引き受けたのであった。
ホテルは当初の予定を変更して新たに建設することとし、全密連本部を改装して新社屋とすることになった。レジャーランドに隣接してホテルの建設が始まり、本部は当面、MZレクリエーションの現地事務所としての機能を持たせながら改装を進めていくことにされた。
「井口部長さん、週末に奥さんや子供さんが来られたんですって?」
郵便物の仕分けをしながら江梨子が話し掛けてきた。
「ああ、遊園地で一緒に遊んできたよ」
駅に迎えに行ったとき、妻や子供たちは小走りで駆け寄ってきてくれた。本当に久し振りでその笑顔が眩しく、井口は居所最善で頑張ってきて良かったと思った。勘左衛門は皆がカタギになってから呼ぶのがいいと考えていたのだろう。
「奥さんの感想はどうでした?」花組長が首を向ける。
「遊園地の評判は向こうでも凄いらしい。ホテルや新社屋まで計画しているのかと感心していたよ」
「そうですか。この本部の改装、早くできるといいですね」
花組長は新社屋としての完成を心待ちにしているのだ。と言うのも花組長たっての願いで改装の暁にはエレベーターが設置されることになっていて、もう階段を転げ落ちることはないと大喜びだったからだ。
「あら、モナカ王国から郵便です。何かしら?」
江梨子が誰にともなく言って封を切る。
「嘘! 大変だわ!」
書状をかざしながら小走りに社長室に入っていったが、しばらくして言い争いながら出てきた。
「そんな。社長が決めて下さい」
「それは出来ない」
「井口部長、何とか言ってくれませんか」
江梨子が助けを求めてくる。
モナカ王国からの礼状で、カワ王子が世話になり得がたい経験をしてとても満足して帰ってきた、また停電の際にも世話になったので、お礼として望みのものをプレゼントさせていただきたい、と書いてあったそうだ。江梨子は酒盃にしましょうと言ったのだが、首領は、井口や内藤、江梨子に対するお礼なのだから当事者が決めるべきだと聞かないとのことであった。
「望みのものを贈るって、本当なの?」
井口は突然の朗報に驚き、江梨子に確かめた。
「ええ、如何様なものでも、とまで書いてます」
両陛下のご好意なのだろう。トンガリコーンの酒盃というのはとんでもないお願いのように思えたが、井口は甘えることにした。
「社長、酒盃でいいではないですか」
内藤も、賛成、と手を挙げる。
「いや、君たちで決めてくれ」
首領も酒盃が欲しいに決まっているのだが言い出した手前、引っ込みがつかないのだろう。
「分かりました。酒盃にさせていただきます」井口が答えた。
「俺は何でもいいんだぞ」
まだ、そう言って社長室へ戻っていった。少し目が潤んでいるように見えたが照れ臭かったのかもしれない。お礼とトンガリコーンの酒盃を要望する旨の文案を井口が作成し、了解を得るため現地事務所にいる勘左衛門のところへ向かった。
勘左衛門は、「社長もお喜びだろう。お陰で気懸かりだった酒盃の件が片付き、私も一安心だ。本当によかった」と顔を綻ばせた。
そしてその日の夜、内藤は西の国へと旅立つことになった。空港まで見送りに行った井口と江梨子は保安検査場の前で内藤と肩を抱き合い、別れを惜しみながら大きく手を振った。彼の新たな一歩が始まったのだ。
「行っちゃった。淋しくなるわ」江梨子はセンチメンタルになっているようだ。
「内藤君が選んだ道だから彼の健闘を祈ろうよ」
「そうね。私も頑張らなくちゃ。幸せになるわよ!」
突然の江梨子の宣言だった。何事かと井口は江梨子の顔を覗き込んだ。
*
首領は進捗状況を確認しようと改装中の本部を訪れた。廊下にはまだシートが敷かれていたが足元に気を付けながら、まずは二階の新たに社長室となる首領室に向かう。室内(なか)に入ると新しい建材の汚(けが)れていない独特の匂いが漂っていて、お気に入りのワインブラウンのデスクや応接セットは既に所定の位置に置かれていた。
「あと少しだな」と呟き、デスクに近づこうとしたとき、
「あの――」
突然、後ろから声を掛けられた。驚いて振り返ると作業員がぬうっと一枚の写真を差し出した。改装工事の際、この部屋の古い書棚と壁の間から出てきたものとのことだった。首領の目は写真に吸い寄せられていった。
そこには共にテンガロンハットを被った創業者と、丸眼鏡の若かりし勘左衛門が並んで写っていた。後に聞いた話では、勘左衛門は勤めていた会社が倒産し、路頭に迷っていたところを創業者に拾われたのだそうだ。優れた手腕を発揮し創業者の右腕とまで言われたが、二十年勤めたところで病に臥せった妻の看護をするため止む無く全密連を辞めたとのことであった。当時、首領はまだ小さかったせいか、彼のことは記憶に残っていなかった。
勘左衛門は先行きが怪しくなった全密連を真っ当な会社に再生させようと来てくれたのだ。窓の外に広がるレジャーランドを眺めながら、首領は目頭を熱くしていた。自分は本当に幸せ者だと思った。取り立てて良いことをしてきた訳ではないのに。これからは世話になった人々にお返しができるよう頑張っていかなければと決意した。
*
ホテルも完成し、いよいよ新社屋のお披露目を兼ねたレジャーランド・グランドオープンの日を迎えた。偶然にもその日の朝、トンガリコーンの角で作られた特製の酒盃がモナカ王国大使館の書記官によって届けられたのであった。
井口たちが見守るなか、首領は小豆色のビロードの箱をゆっくりと開ける。中から透き通った白磁のような酒盃が現れ、うぉ~、というどよめきが上がった。井口が見たところ、高さは八センチぐらい、飲み口が僅かに広がっている口径五、六センチの、脚が短めの小さなゴブレットのような形をしていた。手に取った首領は感激に堪えないといった風で、掲げるようにして見せて回った。
「皆のお陰だ。グランドオープンのパーティではこれで乾杯するぞ!」
声高らかに宣言した。
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