第11話 遊園地(第二部) 5 招 待

「井口部長、綾瀬さん、本当にご苦労様でした」

 首領室に入るや満面の笑みの首領が握手を求めてきた。月組長はまだ来ていなかったが、定刻となり会議を始めることになった。まず井口が、国王に会うことができ、招待を受諾してもらったことを報告した。長くなるので国王のお好みやジャのミッチーのことなど詳しい内容は話さなかったが、首領の期待に応えられたことを井口はうれしく思った。

 そこへ月組長が現れた。

「おお、待っていたのだ。酒杯はどうなった?」

 席に着くのも待たず、首領が問い掛ける。

「相手組織は酒杯を密かに隠し持っている奴を探してくれていたようです。早く何とかとせっついたのですが残念ながら見つけるところまではいきませんでした。申し訳ありません。王宮や王立博物館にはあるらしく、この際、盗み出しますか?」

「馬鹿なことを言うな」勘左衛門が一喝した。「それで彼らはどうすると?」

「わざわざモナカまで来ての願いなので、何とかするべく引き続き努力すると言ってくれました。酒杯が無理ならこれも難しいようですがトンガリコーンの角を探してみるとのことです」

「角の方が有り難いかもしれない。こっちで加工すればいいんだろうから。本当に何とかしてくれるのだな。必要なら私がモナカに行くぞ」

 首領の声が少し弾んでいるように聞こえた。

「まずは待ちましょう。急いては事を仕損じると申しますから」

 勘左衛門の言葉に首領は意外とあっさり、そうするかと了解した。角の入手を目指すという前向きの話が出てきたことが効いたのかもしれなかった。

 会議が終わり首領室を出たところで井口は勘左衛門に声を掛けた。妻とのことを相談したかったのだ。二人で階段を上り所長室に入る。これまでの経緯を説明し、今すぐ妻に来てもらうようにしたいと告げた。

「遊園地の仕上げの段階で君を含めてみんな忙しいし、来るのは開園してからでどうだ?」

「それでは離婚になりかねません。仕事は全力でやりますから何とか」

「この時期はいろいろあって片付いてからの方がいいのだが――そうだ。私から奥さんに話してみようか」

「電話に出てくれるかどうか分かりませんよ」

「君の携帯だと駄目かもしれないが、私のなら大丈夫だろう。ちゃんと話をつけてやるから」

 そこまで言われると仕方がない。妻の電話番号を教えた。

「奥さんですか? わたくしは井口君の上司で石尾勘左衛門と言います。実は――」

 とりあえず妻は電話に出てくれたようだ。遊園地建設の仕事でとても役に立っていること、安アパートで質素な暮らしをしていて女気など全くなくあり得ないことなどを一生懸命、説明してくれている。女気が全くあり得ないと言われるのもどうかと思うが致し方ない。

「もし嘘だったら、そのときはこの勘左衛門の舌を引っこ抜いてください」

 妻がどう答えているのか分からないけれど、話題はこちらに来る時期に移っていった。

「井口君はすぐにでも呼びたいと言っているのですが、今はとても忙しくできれば遊園地が開園してからにしていただければ有難いのです。それまで井口君のことは私がしっかり監視しておきますから」

 妻が何か言ったのだろう。勘左衛門は続けて、

「開園後だとお子さんもご一緒に如何ですか? 楽しんでいただけますよ」

 それが決め手になったようだ。電話を替わると妻の方から謝ってくれた。

「わたしが勝手に誤解していたみたい。ごめんなさい」

「いや、悪いのは俺だ。少しぐらい忙しくても来てもらえばよかった。申し訳ない。開園のスケジュールが決まったらすぐに連絡するから。楽しみに待ってるよ」

 うれし涙の井口は勘左衛門に繰り返し礼を述べた。


 モナカ王国から招待受諾の文書が届き、三月下旬の開園まであと一ヶ月少しとなった。遊戯施設は全て完成し、工事は外構の一部を残すのみとなり、井口は追い込みに汗を流していた。試運転を始めたジェットコースターはコースター側面に格納式の翼を設けるなどの変更を行い、コースの途中で翼を出して空中を飛ぶという名実ともに『空飛ぶジェットコースター』として整備された。

 ところで、と井口は内藤に話し掛ける。

「遊園地や妻とのことで失念していたけど、進学するんじゃなかったっけ。入学試験は?」

「実は西の国の大学に留学するつもりなんです。もう出願してあります」

「海外留学!?」

「ええ、モナカ王国との関係を知るなかで、我が国が国際社会のなかでどう生きていくかを考えることが大事だと思って。大学は九月からですが、その前に進学のための資格試験に合格しないといけないんです。事前手続きなどもあって遊園地がオープンして少ししたら向こうに行くつもりです」

「自分のやりたいことが見えてきてよかったね。応援してるよ」

 井口は正直、内藤の成長に驚いていた。

 一方、総務部は子供たちの受け入れ準備とマスコットグッズの製作にてんてこ舞いで、とても井口が話し掛けられるような雰囲気ではなかった。

「子供たちへの土産の手配は?」

 花組長が叫び、コピーをしていた江梨子は大声で返す。

「ホテルの予約は確認しました。お土産はこれからで~す」

 早めに、と花組長が言い掛けたところで電話が鳴った。

「はい、MZレクリエーション総務部――」

 受けた花組長が受話器を江梨子に差し出す。「海外からだ」

「サのミッチーさんからで、カワ王子が子供たちと一緒に来ることになったんですって。空飛ぶジェットコースターに興味を持たれたそうよ。こちらの外務省には連絡済だと言ってました」

 電話を終えた江梨子が興奮気味に内容を報告する。

 一分も措かず、外務省から電話が掛かってきた。花組長によると、王子への対応に粗相がないよう万全を期してくれとのことだった。まだ一ケ月も先なのに細かいことまで指示してくる、とぼやいている。

「いずれにしても開園に王族が出席してくれるとは凄い。王族だぞ――やばい、警備が厳しくなる」

 行き先も告げず、花組長は事務所を飛び出していった。

「わぁ~」叫び声とともに階段を転げ落ちる音が響いてきた。

        *

 勘左衛門が本部二階の首領室に向かって下りていくと、深刻な形相の花組長が脇目も振らず階段を上っていった。三階の研究所に用でもあるのだろうか。見上げる勘左衛門の足元に、今度は階段を下りてきた花組長が、「わぁ~」と転がり落ちてきた。

「所長! ここにおられたのですか。大変です」

「大変なのは君の方だろうが。大丈夫か?」手を差し出し引き起こす。「月組長から緊急の用件だというので首領室に行くところだ。君も一緒に来給え」

 勘左衛門がテーブルに着くと、月組長が喋り始めた。

「前回の打ち合わせのあと、金は何とかするから出来るだけ早く酒盃なり角を確保してくれとモナカ側に伝えておいたのですが、今頃になって」

「何か言ってきたのか?」首領が心配そうな顔を見せる。

「モナカ王国の可愛い王子が行くので」

「カワ王子です。遊園地に来られるという連絡がありました」花組長が口を出す。「だから大変なんです」

「二人が喋ったのでは分からなくなるじゃないか。まず月組長から話してくれ」

「その王子も行くことになったので、子供たちにブツを持たせることが出来なくなったと――」

「何故?」

「万々が一、見つかったときに王子もいるとなると、首がいくつあっても足りないと相手組織が嫌がっているのです」

「ばれる筈はないし、そんなに心配なら王子にはブツを持たせなければいいじゃないか」

 首領は納得しない。

「次の機会には何とかするからと――」

「それではモナカから子どもたちを呼んだ意味がない。ところで向こうは酒盃か角を手に入れてくれたのか?」

「すいません。まだのようです」

「何をやっているのだ! そっちも駄目なのか。何とかしてくれ!」

 首領は声を荒げ、月組長は黙ったまま下を向いた。

「首領、我慢しましょう」勘左衛門が間に入った。「相手の言うことも一理あります。モナカの組織とうまく繋がったのですから――」

「みなまで言うな。ここで相手と揉めるより、しかるべき早い時期にちゃんと実行してもらう方がいいというのだろう。仕方がない。今回は諦めることにしよう」

 首領の冷静な判断に勘左衛門は、しっかりしてこられたと喜んだ。

「他の国は大丈夫なのだろうな? 月組長」

「はい、ばっちりです。首領」

「では、花組長」

「ですから、モナカ王国の王子が来られるのです。名誉なことですが当然、空港でのチェックも厳しくなり、やばいのではないでしょうか」

「そうかもしれないが何のために遊園地を建設したのか。諦めないで必要な対策を考えないと。話はそれだけか?」

「いえ、外務省から王子への対応についての要請がきております。対応方針は私の方で作成しますが、空飛ぶジェットコースターがお気に入りとのことですので、遊園地でのアテンドは内籐君にやってもらおうかと思うのですが、如何でしょうか?」

「よいのではないか。何しろ発案者だからな。いずれにしても準備は抜かりの無いよう頼んだぞ」

 首領は力強く締め括った。トップとしての自信が深まっているようだ。

 その後、勘左衛門は両組長を引き連れ所長室に戻った。首領の指示も踏まえ、花組長には子供たちに満足して帰ってもらえるよう細やかな配慮を行うことを求め、月組長からは今回取引をする各国の組織の状況を確認した。

        *

 準備万端整い、いよいよ子供たちを迎える日が来た。東の国からの便を皮切りに、順次、各国から到着する予定となっている。

(東の国の子供たちがそろそろ税関を通過する時刻だ。うまく行ってくれるとよいのだが)

 勘左衛門がそう念じた矢先、ドアが乱暴に開けられ月組長が駆け込んできた。

「所長、首領を連れて早く逃げて下さい。密輸がばれました!」

「そんな筈は――どういうことだ?」

「説明はあとで。例の隠れ家へ急いで下さい。遊園地に行っている井口部長にも連絡を入れますから」

 部屋の外では、「密輸がばれた!」という声とともに本部から逃げ出す足音が響いていた。勘左衛門は取り敢えず月組長の言葉に従い、首領とともに本部を出ることにした。外はいつの間にか雨になっていて、二人はずぶ濡れになりながら隠れ家に辿り着き、月組長から事の顛末を聞いた。

 東の国からやってきた子供たちが税関を通過する際、検査は順調に進んでいたのだが、場内を走り回ったり、大きな声を出したりする子供がいて、それを一人の男の子が注意していたという。税関の係官がその子に英語で、『君、えらいね。良い子だね』と褒めたところ、『うん、だからバスに乗るまで開けちゃいけないって言われてる袋は開けてないよ』とポケットから赤い袋を取り出したというのだ。係官はその袋を手に取って――。

 首領は天を仰ぎ、勘左衛門は、まさか、と呟いた。


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