第10話 遊園地(第二部) 4 国王庁
翌朝、食事を終えた井口は国王庁へ出掛ける準備を始めた。井口たちも月組長と同じく二十時三十分発のロイヤル・モナカ航空の便で帰国することにしている。たとえ、回答が『ノー』であったとしても国王にまで会ってお願いした結果であり、もうどうしようもないことであった。首領も理解してくれるだろう。スーツケースはフロントに預けていくとして、今日はどの服を着ていこうかと思い悩んでいるとドアをせわしく叩く音に続いて、私です、と江梨子の声がした。
「サのミッチーさんから電話で」と喋りながら入ってくる。
「イエスかノーか?」
押さえ込んでいた井口の期待が頭を持ち上げてきた。
「そのことについては何も言わなかったけど、出来るだけ早く来てくれですって。それから平服でいいと」
昨日の出来事が何か関係しているのだろうか。どうして早く来いと言ってきたのか気になるが、いずれにしても国王庁に行かないことには話が始まらない。
総務課のドアを開ける。
「お待ちしておりました」
サのミッチーに案内され、昨日と同じソファに座った。
課長は相変わらずの仏頂面で、挨拶もなくいきなり質問してきた。
「お二人は昨日、ここを出てからどこへ行かれましたか?」
変電所の職員も知っていることであり、井口は、「ラシット通りにある変電所です」と正直に答える。
「どのような服装で行かれたのですか?」
「ここにお邪魔したときと同じです」
「間違いありませんね」
はい、と答えたが刑事の尋問のようで不安が高まってくる。
「そこで何をされましたか?」
北の大国の技術者がクレームを付けてきたのだろうか。手のひらに汗が滲んできた。
「変電所の職員の求めに応じて、停電の原因を調べるため変圧器や遮断器などを調べました」
職員の求めに応じて、というところを強調する。
「ところで、もう一人おられたようですね」
井口は飛び上がりそうになった。(いよいよ本題か)ジャのミッチーの身元がばれたのかもしれない。平静を装いながら、
「直接は知らないのですが、モナカ王国への飛行機の中で知り合った人の知り合いのようで通訳をしてもらいました」と曖昧に答える。
納得したとは思えない。課長はおもむろに立ち上がり部屋を出ていった。なかなか戻ってこず、もうしばらくお待ちください、とサのミッチーも自席に戻ってしまった。それこそ針の筵に座らされたような気分であった。三十分ほどしてやっと課長が帰ってきた。
「嘘!」江梨子が声を上げた。
どうなったのだろうか。ちゃんと通訳しろよと井口は江梨子を睨みつける。
「ごめんなさい。びっくりしちゃって。課長がおっしゃるには遊園地への招待を受諾するって」
「嘘、ではないのだな」
胴体転がりの刑も覚悟していた井口は思わぬ展開に全身から喜びが込み上げてきた。
「有難うございます」深々と腰を折った。
笑顔となった課長は、外国人の技術者が助けてくれたと電力公社から連絡があり、それがあなた方かどうかを確認させてもらった、と釈明し話を続けた。
「王子殿下のご誕生パーティが無事、開催できたのはあなた方のお陰です。そのことを王宮に報告したところ、招待を受諾することになったのです。両陛下からもお二人に宜しくとのことでした」
「畏れ多いことです。モナカ王国の子供さんたちは本当に遊園地に来ていただけるのですね」
井口は念を押した。
「その通りです。受諾の文書は後日送付します。ご苦労様でした」
見送ってくれるサのミッチーに、『ありがとう』はモナカ語でなんと言うのかを教えてもらった。『イルギナエ』とのことであった。
「イルギナエサンボン」
井口はサのミッチーと別れの握手をした。
警備員詰所にも立ち寄り、迷惑を掛けたことを謝罪して二人は正門を出た。
「丁寧ですね。井口部長」
「礼儀正しくという所長の方針のせいかな」
両陛下にお会いできて良かったと、改めて王宮と国王庁に眼を遣った。
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