第6話 遊園地(第一部) 3 建 設
忙しい日々が続くなか、MZレクリエーションは足掛け二年となる新たな年を迎えようとしていた。設計業務や必要な行政手続きは概ね順調に進んでいたが、ジェットコースターの設計変更が必要となり、着工が当初の予定より遅れる見込みとなったのだ。このため井口は内藤を連れて社長室に入った。内藤が一歩進み出て説明をする。
「コースターが空中を飛ぶ際の安全性を高めるため、飛び出すときの角度、速度を変更することにしました。それと飛んだあと着地する際にレールにうまく乗せる仕掛けを再検討しています。少し時間をいただきたいと思います」
「安全は基本だ。しっかりやってくれ。ただ、空飛ぶジェットコースターはこの遊園地の目玉だから完成が遅れないように頼むぞ」
首領は内藤の肩をポンと叩いた。
報告を終え、井口たちが部屋を出た途端、今度は机をバァ―ンと叩いて江梨子が立ち上がった。
「内藤君、どうするつもりなの!」
「そ、それは、まずは角度と速度で――」
「角度と速度? 何それ? 卒業でしょ。進学なの、就職なの?」
「ああ、そっち」
「ああ、じゃないわよ。もう一月でしょ、決まってるの?」
「留年することになりました」
内藤はあっさり答えるが、江梨子は追及の手を緩めない。
「なりました? 他人事みたいに。あなたの人生でしょ」
「何をしたいのか、どうしたらよいのか、まだ分からないんだからしょうがないじゃん。それにジェットコースターの設計変更もあるし」
「あなた、今の政治家や世の中に不満があるのでしょう。だったらそれをどう変えていくのかとか考えればいいじゃない。それともジェットコースターの設計屋さんになるの?」
「分からないよ」内藤の声が小さくなってきた。
「まあ、そう責めないで。ご両親からは何か言われてる?」
井口が割って入る。
*
親とはアルバイトを辞めろ、辞めないでずっと揉めていた。
「まだ辞めていないのか。何度言ったら分かるんだ。バイトなんかすぐに辞めて勉強しろ」
仕事から帰ってきた父が僕の部屋に入ってきた。
「勝手に入るなよ。勉強してるよ」
「なら何で留年したんだ。勉強してなかったからだろう」
「……」
「卒業もできないで将来どうするんだ。このままではお前が困ることになるから言っているんだ」
「勉強はちゃんとやるよ。将来、何になるかも考えるし。だから、今やっているジェットコースターの設計や整備だけは最後までやらせて欲しんだ」
「やりたければまず勉強してからだ。バイトは辞めるんだぞ」
*
「留年したからしようがないけど喧嘩状態が続いていて、このままではバイトを辞めさせられそうなんです」
井口も心配になってきた。
「設計は会社にとって重要だが、君の将来を犠牲にする訳にもいかないだろう。自分が興味を持った事柄に熱心に取り組ことは大切で、それはいいんだけど今はまず勉強をしっかりやらないと。その上で併せて設計も出来るよう、どうやってご両親の理解を得るかだな」
「何だかややこしい話になってきたわね。内藤君、この際、勝負したら」
こんな展開のきっかけを作った江梨子が口を入れてきた。
「勝負?」
「例えばテストでいい成績を取ったらバイトを続けさせてもらう。悪かったら辞める」
「そんな」と顔をしかめた内藤だったが、しばらくして、
「分かりました。次の模試で勝負することにして両親に話をします」と決意表明をした。
これで一件落着かと思いきや、
「内藤君はやるべきことが見えてきたようだけど、それに比べて私は」と江梨子が暗い声を出した。
「どうかしたの?」
井口の問い掛けには答えず、思いに沈んだようだった。
*
昨日も夫と言い争いになった。
「お前、またブランドものの服を買ったのか?」
「また文句? 少しぐらいおしゃれしてもいいじゃない」
「家のローンはまだまだ残っているんだぞ」
「だから働きに出たんじゃない。あなたも欲しい服があれば買ったら。苦しいけどなんとかやりくりできるわよ」
「お前の稼ぎで買えというのか」
「そんなこと言ってないわよ。お給料が減ったのはあなたのせいじゃないし、二人で力を合わせればいいじゃない」
「服など俺はいらない。それよりこのところ帰りが遅いが何してるんだ」
「仕事が忙しいのよ。いい加減にしてよ」
*
「夫の収入が減ったから働いているのに文句ばかり言われて……。どうしていいか分からないわ」
以前、浮気を疑っているみたいだと言っていたが、その後も夫との関係が円滑に行っていないようで、この先、どうしようかと悩んでいるとのことだった。一方で業績悪化の会社に勤めているという夫の気持ちも分からなくはない。
「会社での苦労が多いだろうし、旦那さんには思うようにいかない苛立ちがあると思うよ。感謝していてもついつい文句を言ってしまうんじゃないのかな。男にはそういうところがあるから」
「私の方が給料が多くなって主人はやるせなくなっているのかもしれません。私、仕事を辞めた方がいいのかしら」
辞めるのは却ってややこしくなる恐れがあるから、文句を言われても大目に見てやったらと井口は諭す。江梨子は頷いたが、そんな話をしたのはこちらに来るというのを拒んだことを妻が大目に見てくれたらという思いがあったからかもしれなかった。というのもこの前の電話以降、仕送りへの礼のメールはそっけないものとなっていて電話を掛けても出なくなったのだ。仕送りは受け取ってくれているから大丈夫だとは思うのだが……。自分が向こうに行くことも考えたけれど女の存在への妻の疑念を晴らせるとは限らず、また子供たちの前で諍(いさか)いを起こす可能性もあることから諦めた。仕事の現況や妻や子供たちのことを気遣っている旨のメールをまめに送ることにした。淋しがってばかりいてもしょうがない。井口は家族とのことも仕事もやれるだけやってみようと考えていた。
三月には起工式が行われ、来年春の開園を目指して遊園地の建設が始まった。内藤は遅れて着工したジェットコースターの進捗状況の確認のため週に二日だけ、学校が終わってから顔を出すようになった。勉学に身を入れているようだ。
片や、井口は度々発生する工事トラブルへの対応に追われる日々となった。開園予定までの時間がないため突貫工事とならざるを得ず、また複数の工事が錯綜する状況となっていたからだ。遅れは何とか許容範囲に収まっていたが、これ以上の遅れは許されず施工計画の見直しも迫られていた。どうしたものかと思い悩んでいたところに、
「やりました!」と内藤が事務所に飛び込んできた。
「何、どうしたのよ?」
江梨子が驚いたような声を上げた。ジェットコースターに問題でも起こったのだろうか? 不安が井口の頭をよぎる。
「模試の結果、ばっちりだったんです。週二日のバイト続行です」
輝くような笑顔を見せた。
「やったな。これからも気を抜くな。工事の方は私がちゃんと見るから勉強優先でいいよ。それと将来のこともしっかり考えて」
良い知らせに思わず発破をかけるような口調になってしまったが、内藤は、はいと元気よく返事をした。
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