第4話 遊園地(第一部) 1 計 画
「この度は申し訳ありませんでした。巡視船に邪魔をされましたが、相手組織と特に問題は生じておりませんのでご安心ください。いずれ機会を見て実行いたします。今回のご相談は――」
首領が座っているソファからかなり離れたところで勘左衛門が喋り始めた。テンガロンハットが飛んでくるのを警戒しているのかもしれない。井口も勘左衛門に呼ばれ、首領室に入っていた。
「ご相談? どの顔がそんなことを言ってくるのだ。仕事を成功させてからしろ。成功させてからだ!」
首領は当然のように機嫌が悪く、捲し立ててきた。
「その仕事が安定的、継続的にできる方法を考えてまいりました」
「また、何か造るんじゃないだろうな?」
「はい、遊園地です」
「遊園地? プールはどうするんだ?」
「引き続き社員の訓練用に使いますが、遊園地の一部としても活用できます。遊園地ではメリーゴーランド、大観覧車、ジェットコースター、それに子供が喜ぶお猿の電車など」
「お猿の電車とは古いな。運転席に猿が座っているやつだろう。もうどこにもないんじゃないか。それでどうするのだ? いや、認めたわけじゃないぞ。とりあえず聞くだけだ」
井口は、遊園地? と首を傾げるが、首領は興味を持ったらしい。
勘左衛門は前に進み出る。
「遊園地を建設し、開園に合わせて各国から子供を招待するのです。招待は親善事業として実施しますが、ここが肝心なところです。はい」
調子が出てきたようだ。一呼吸おいて、
「子供たちが我が国に向け出発する際、彼らにお菓子の入った青と赤、二つの袋を渡します。青い袋のは飛行機の中で食べてもよいが、赤い方はこちらの空港を出てバスに乗るまで食べてはいけませんと教え、良い子はちゃんと約束を守りますねと念を押します。勿論、赤い袋は子供では開けることが出来ないよう、しっかりと紐で結んでおきます」
「その袋にはお菓子の代わりにブツを入れておくのだろう」
笑みがこぼれ、首領の機嫌が戻ってきたところで、例のテンガロンハットが投げられた。テンガロンハットは帽子掛けではなく、またもや勘左衛門の方に飛んでいく。今度はそれを左手で受け止め、勘左衛門は素早く帽子掛けに向けて投げた。帽子はくるくる回転しながら飛び、見事、帽子掛けに収まった。
「それで」首領は不機嫌に戻ってしまった。
勘左衛門は素知らぬ顔で、
「先ほど申しましたことは相手国側の組織に子供たちへのプレゼントということでうまくやってもらうのですが、青と赤の袋は始めから子供たちに持たせておきます。そうすれば子供たちの持ち物ということになりますので税関を通過する際、係官に調べられることはまずないと考えられます。赤い袋は到着して空港を出るときに回収し、別のお菓子を与えます。如何でしょうか?」
「子供を使うというのは――」
「気にはなるのですが、この仕事が成功すればそのことに誰も気が付かないのですし、子供たちの心を傷つけることもありません」
「まあ、そうだな」
首領は一応納得したようだ。
「但し、遊園地の建設となると多額の費用が掛かり、少々、借金もしなければなりません。それでもよろしいでしょうか?」
「招待状はモナカ王国にも出してくれるのか?」
井口には意外であった。首領が費用や借金の件に触れず、別のことを訊ねたからだ。しかし、勘左衛門はあっさりと答えた。
「承知しました。首領がおっしゃるのなら出すようにいたします」
「それならば建設することにしよう。モナカ王国への招待状を忘れないように」
先ほどの件で嫌気がさしたのか、今度はテンガロンハットは飛ばなかった。
共に所長室に戻り、勘左衛門からあとで打ち合わせをと告げられた井口が部屋を出ると、階段のところから顔を覗かせている月組長に気が付いた。手招きをしている。何か? と返すと月組長は人差し指を自分の口に立てた。黙ってこっちに来いということのようだ。
組長室に入る。六畳ぐらいの広さで、古びたスチール製のデスクと書類がほとんど入っていないキャビネット、そして縦長の一人用ロッカーが置いてあった。花や観葉植物はなく至って殺風景だ。井口は立てかけてあったパイプ椅子を取り、デスクを挟んで月組長と向かい合って座った。
「首領と所長はどんな話をしていたんだ?」
声を潜めて訊いてきた。
「私の口からは言えません」
「別の密輸方法でも考え出したのか?」
知っているのか、それとも鎌を掛けたのかは分からないが、井口が黙っていると、「やはりそうか」とほくそ笑んだ。
「次の機会と言いながらその後は梨の礫だ。相手組織から文句が来ていないからいいようなものの所長は本当にやる気があるのか。方法ばかりで実行しないのは意味がない」
不満たらたらの月組長の話では、所長は井口たちが全密連に入る半年ほど前に直接、首領のところに雇ってくれと頼みにきたらしい。年長で信頼できそうな人物だったことから首領は相談役として勤めてもらうことにしたという。しばらくして研究所の設立を提案して自ら所長に収まったとのことだった。
「この業界とは縁がないと言っていた。ここに来てから勉強されたのかもしれないが、本当にそうなのだろうか。臨検と言う言葉も知っていた」と組長は続けた。
「臨検?」
「巡視船が不審な船などを見かけたときに立ち入り検査することだ。個人のプレジャーボートなどどんな船でもされることがあって、免許や船検証などの確認だけで終わることもある。だから知っていてもおかしくはないのだが。それに今は所長が全密連を仕切っているようなところがある」
「入所式の際、実力者は組長で、所長は首領の補佐役だとおっしゃっていたではないですか」
「来てすぐに全密連の財務状況を花組長に確認していたそうだ。敵対している組織の――いや、何でもない。もういいぞ」
呼んでおきながら最後は追い出すような言い方だった。密輸の仕事で争っている別の組織が存在しているのだろうか。所長への不信感があるようだが、自分が口を挟むような事柄ではない。井口は足早に研究室に戻った。
午後になって、三人で所長室に来るよう井口に連絡があった。江梨子は昼過ぎまで休暇を取っていてまだ出社していなかった。内藤だけを連れていく。
新2号も追っ付け来るだろうからとりあえず始めよう、と所長はパイプ椅子を勧めた。
「前回は船と泳ぐことを併せて使う方法を考えたが、それ以外のものを考えておくことも重要だ。一つだけではそれが行き詰ったときに困ってしまうからだ。そこで遊園地を建設したらどうかと考えた。これだと泳ぐ方法とは違い一度に相当の量の密輸ができる」と述べ、子供を使った密輸方法を説明した。
すぐさま内藤が反応する。
「全密連が遊園地! 凄いな。僕たちは乗り放題にしてもらえるんですか? ジェットコースターが大好きなので、落差やスピードでどこにも負けないのを造りましょうよ。コースターがジャンプして空中を飛んで、飛んだ先のレールにうまく着地して、また走り出すというのもいいな。最近はお化け屋敷もブームになってるから」
「どんな種類の遊戯施設を造るのかも大切だが、まずは誰が建設し、運営するのかを検討しよう。資金は厳しいながらも何とかなるとして全密連が表立って――あれっ、あれは新2号ではないか?」
井口も窓越しに覗いてみると、全密連の入口のところで縺れ合っている三人の姿が目に入った。入口と言っても門などは無く、敷地を囲っている有刺鉄線がそこだけ切れているだけなのだが。
「本当だ。何か揉めてるみたいですね」
月組の担当者が常時、入口を見張っていてその005号と江梨子が小突きあっている。もう一人、白髪の老年の婦人がその隙に街の方へと足早に去っていった。そして江梨子が引っ張られるようにして本部の方にやってくる。
しばらくして005号が、「失礼します」と入ってきた。
「ただいま組長室で新2号をスパイ容疑で取り調べております」
「新2号がスパイ? 言っている意味が分からん」
勘左衛門が強い調子で言い放つが、動じることなく005号は月組長の言葉を伝える。
「所長にお越しいただきたいとのことであります」
組長室ではデスクの前のパイプ椅子に、江梨子がむくれた顔をして座っていた。
「月組長、一体どういうことだ」
勘左衛門が厳しい口調で問い質す。
「ご足労頂き申し訳ありません。取り逃がしてしまったのですが、老年の外国人の女と新2号が暗号で遣り取りをしておったのです。外国人の女は敵対組織に関係している者かもしれません」
この新2号はけしからん奴です、と言いながらも、月組長は彼女をまともに見られないようであった。プール事件以降、江梨子はおしゃれになってきて今は胸のラインを強調するブランド物の薄手のピンクのセーターに、ぴっちりとしたビンテージジーンズを穿いていたからだ。
「何を遣り取りしておったと言うのじゃ」
「暗号ですから良く分からないのですが。おい、説明しなさい」
「はい」と005号が一歩前に出る。「新2号が入口のところに来るのを見計らったかのように外国人の婦人が近付き、二人が数字の暗号で喋り始めたのです」
「数字? 何と言っておったのじゃ」
勘左衛門の詰問が続く。
「外国人がまず『9・9・10』と言っていました。後は分かりません」
「それで、新2号は何と?」
「最初に『5と0と』と言っておりましたが、正直に認めようとしないのであります」
「新2号、どういうことなのだ」
「どうもこうもないわ。外国人が道を聞いてきただけなのに、この人『暗号で話をするな』といきなり腕を捩じ上げるんですもの。あのおばさんも驚いていたわ」
江梨子が怒りを剥き出しにする。
「だから、どういうことなのだ」
「分かりません。分かりませんが月組長さん、謝って下さい」
「何故、俺が謝らないといけないんだ。このスパイめが。あのプールの件も我々を虜にしようという作戦であったのだろう。危うく虜になるところであった」
「ええ! そうだったのですか」
内藤が思わぬ発見をしたという声を出したが、月組長は自身の言葉の意味に気が付いていないようだ。
「何があったのか順序立てて説明してくれまいか」
勘左衛門が江梨子に懇願する。
「いつものように入口から入っていこうとすると、西部訛りの英語を話すおばさんが道を訊いてきたの」
「どのように?」
「Excuse(イクスキュウズ) me(ミー). Could(クッジ) you(ュウ) tell(テル) me(ミー) the(ザ) way(ウェイ)って、郵便局への行き方を訊いてきたの」
「それで」
「Go(ゴウ) straight(ストレイト)云々って、この道を真っ直ぐ行って三つ目の角を左に曲がったところと教えてあげたわ」
「どこが数字の暗号なのじゃ?」
勘左衛門は苛立ってきたようだ。
確認ですけど、と内藤が005号に質問した。
「そのおばさん、最後に『9』とか『3・9』とか言ってませんでした?」
「私が話し終えるか終えないうちに彼が飛び掛かって来たのよ」005号が答える前に江梨子が喋り出した。「あっ、私も分かったわ」
「何が分かったのじゃ。ちゃんと説明してくれ」
「新3号さん、お願い」
江梨子は内藤に任せた。
「英語圏に行くと、Thank(サンキ) you(ュウ)やExcuse(イクスキュウズ) me(ミー)が頻繁に使われて、しかもキュウのところしか聞こえなかったりするのでキュウ、キュウ言っているみたいだと英語の先生が言っていたけど、005号さんはイクスキュウズミーのところで『9』と、クッジュウのところで『9・10』と勘違いしたんだ。暗号だと焦ってしまったもんだから新2号さんのゴウストレイトを『5と0と』と思ったんだ」
「そういうことか。新2号が英語が話せるとは驚いたが、新3号の推理力も大したものだ。さすが現役高校生だな。月組長、君たちの早とちりだ。謝り給え。それにしてもスパイが敵の施設の目の前で、しかも英語が話せるのに周りに聞かれてしまうこの国の言葉で話すかね」
月組長の所長への不信感が敵対組織やスパイだと思い込ませたのかもしれない。
「申し訳ありませんでした」と二人は頭を下げた。
すると江梨子が甘ったるい声で、
「許してあ・げ・る」と言ったものだから、月組長は耳まで赫くして自分の部屋から退散していった。
「やれやれ。結婚する気はあるようだが、あれではいつまで経っても嫁の来手は無いわ。新2号も月組長をからかうものではないぞ」
勘左衛門は呆れ果てたとばかりに大きな溜め息を吐いた。
遊園地計画の議論を続けるため、井口たちは所長室に引き返した。
一息入れようと、勘左衛門が江梨子に茶を所望する。井口は内藤とパイプ椅子を持ち出してきて所長のデスクの前に座り、茶を入れてくれた江梨子も腰を下ろした。
「さて、全密連が表立って遊園地を建設する訳にはいかない、というところまでだったな。しからば誰が遊園地を造り、誰が子供たちを招待するのかをはっきりさせないといけない。新1号、君はどう思う?」
勘左衛門の問いに、少し思案した井口は、
「遊園地となると世間の注目を浴びますから、所長がおっしゃるように全密連が造るという訳にはいかないと思います。別途、会社を設立する必要があるかもしれません」
「なるほど。遊園地のための新しい会社か。新2号はどう思う?」
勘左衛門は江梨子の意見を求めた。
「よく分かりませんけど、所長さんもいいのであればそれでいいんじゃないですか。そうすると子供たちを招待するのも、その会社ということになるのかしら」
「そうじゃな。その方向で花組長に検討してもらうか」
井口たちが研究室に戻ると、先輩の社員が江梨子に声を掛けてきた。
「大変だったんだって」
「005号さんに腕を捩じ上げられたので、あのおばさんが警察に通報したりしないかと心配だったわ」
「英語がすごく上手なんだ。英会話スクールとかに通ってるの?」
「ラジオの英会話講座を聞いているだけで全然、上手くなんかないですよ」
江梨子は手を振って謙遜する。
「月組の人たち、ちゃんと謝った?」
「ええ」
「いずれにしても無事に済んで良かった、良かった」
「新3号さんの推理のお陰よ。有難う」
江梨子の言葉に、内藤が照れたように頭を掻く。
「今回のことやプール事件とかいろいろあって、あなたも苦労するね」
と井口が言うと、
「そうなのよ。いい服を買うと夫が文句付けるの。これまでは節約、節約っていうから安物のだぶだぶの服で我慢してたんだけど――自分のお給料の一部を少しずつ貯めて買っているのに。どうも浮気を疑っているみたい」
江梨子から予想もしない答えが返ってきた。実は井口も問題を抱えていたのだ。
妻がこちらに訪ねてくると言い出したからだ。密輸を仕事にしている組織で働いている事実が知れたら大変なことになる。井口は今は忙しいのでと延ばし続けていた。仕事の内容を説明できないことを不審に思ったのではと考えていたが、それはそれとして江梨子の話は妻が女の存在を疑っている可能性に気付かせた。送金に対する礼も電話からメールとなっていて疑心暗鬼になっているのかもしれない。仕送りがあるだけで満足してくれれば良いのだが……。
*
一方そのころ、所長室では勘左衛門と花組長が向き合っていた。
「遊園地を建設することにしたのだが、そのための新会社を創ろうと思う。急な話で申し訳ないが花組長の方で具体的に詰めてくれないか」
「かなりの投資になるのでしょう。大丈夫ですか? やめた方が――」
「確かに大変だ。しかし、長期的にはそれを上回る利益が得られるのだ」
「首領は何と?」
「勿論、了解は得てある」
花組長は黙っている。勘左衛門は押し切ろうと考えた。
「思い付きの段階だが、新会社は全密連と同じように総務部と業務部を置いて、総務部長はあなたに兼務してもらいたいと思っている。問題は業務部長を誰にするかなのじゃ。月組長は仕事は出来るがあの調子だし、ここは思い切って新1号にやらせようかと考えている。どうだろう。了承してもらえないか」
「社長はどなたが?」
「首領様にやっていただく外ないだろう」
「承知されるでしょうか?」
花組長はそんな言い方をしたが本音のところは新会社の体制に不安を覚えたのであろう。
「勿論、私も関わるつもりだが我々だけでは無理な仕事だ。足らざるところは専門の業者に依頼してやってもらうことにする。首領様も簡単に社長になるとは言ってもらえないと思う。しかし秘策はある。いずれにしても首領様に経営というものを勉強して頂きたいのだ。組長には苦労を掛けることになるだろうが宜しくお願いしたい」
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