第95話 宇宙ミーム

 暫くは平和だった。暫くは。

 あれだけ念を押すようなことをしたのだ。そうでないと困る。


 俺は暴力をふるっては、かつて前世達がしたように反省していた。

 だが、良いやり方、より良い選択肢をその場その場で的確に選べていたら、人生は皆うまくいっている。

 他に選択肢はなかったかと思いつつも、俺は暴力という安易な方法を選ばざるを得ない世界にいた。



 敵を知り、己を知れば百戦危うからずという。

 ネット以上の情報を求めて、俺はアール・コデに連絡をとった。

 コデはグッドタイミングと言わんばかりの声色で俺と通話した。

「実は、銀憂団のことでスペースニートに折入ってお願いがありまして。詳しくは会ってお話したいかと。」

「分かりました。ムーランドの事務所まで来てください。」


 アール・コデが事務所にやってきた。

 挨拶もそこそこに、コデは本題に入った。

「無茶な頼みというのは承知の上でお願いをしたいのですが…」

 コデはグレイ型の大きな目の下に真っ黒なクマをつくっていた。声も憔悴している。

「仲間の記者なのですが、銀河憂国連合団に捕まっています。助けては貰えないでしょうか?」

「銀憂団に、ですか?」

「ええ。奴等はほとんどが情報に踊らされたニオファイトという陰謀論信者なのですが、上役としてメンバーズという連中がいます。そのメンバーズの大半は元海賊同盟や海賊の構成員でして、バウンティから賞金がかかってるような連中が銀憂団をまとめているんです。それを記事にしようとした記者がメンバーズに捕まってしまいました。」

「ふむ。」

 クロコ達はエリの保護で手一杯だ。俺一人で何とか救出しないといけない。

 多少、人手が欲しい。ポールや特務課を動かすわけにはいかないだろうし、他に知り合いは…。

 いるにはいる。相談してみよう。

「わかりました。お助けしますので、具体的な話にうつりましょう。」

「良かった。さすがスペースニート。警備隊にも頼れなかったので、助かります。」

「まず、その記者について順を追って話をしてくれませんか?」

「はい。彼女の名前はリン・ユーといいまして、海賊同盟を専門に追いかけている記者でした。リンは解散命令を受けた海賊同盟構成員のその後を追跡取材していたのですが、先ほど申しました通り海賊が銀憂団のメンバーズとなっていたことを突き止めたのです。」

 コデはクロコが淹れたお茶に口をつけた。

「それを記事にしようとしたのですが、大手ニュースメディアに記事や動画の掲載を打診した所、証拠映像や資料に乏しく情報の裏付けが不十分だとかいう理由で記事が差し止めになりまして。躍起やっきになった彼女は偽名を使って、銀憂団の内部へ潜入取材を試みたのです。」


 コデは目線を落とした。


「ベテランでも潜入取材は危険すぎるからやらない。だから、仲間の一人として彼女にもやめるように言ったのですが、彼女の決意はかたくなでした。その後、彼女は偽名や記者であることがバレたのか、行方不明になりました。」

 コデは客用の湯呑みに浮いた茶柱を眺めた。

「私は彼女を探しました。生存と死亡の両方を視野にいれて調査した結果、メンバーズの手によって惑星パーマナに拉致監禁されているという情報を手に入れたのです。」

「警察や警備隊は仕事をしないんですか?」

 俺が尋ねると、コデは七三に分けた髪を撫でた。

「相談はしました。しかし、パーマナにいるという情報はソースを提示できない伝聞のものでしたし、彼らは情報が確定するまでは、銀憂団に捜査介入できないと言ってきたのです。裏取りして容疑を確定したいという趣旨は理解できますが、それを待っていたらリン・ユーは奴等に殺されてしまう。」

「では、俺はパーマナに向かい、リン・ユーを助けだせば良いわけですね。」

「ええ。」

「メンバーズの名前や、詳細な場所などを教えてください。」

 俺は話を詰めた。


 コデの話をまとめると、リン・ユーはメンバーズである海賊のゾッド・リクームと配下によって、パーマナの豪邸にとらえられているのだという。

 豪邸と言ったが、リクームはパーマナマフィアの幹部をしている。言い換えるなら、パーマナマフィア宇宙支部の支部長って所か。


 海賊同盟に所属して宙域のシマを得て海賊活動し、利益をマフィアに納めることで出世してきた。

 同盟解散を受けるまではクリストフ印の薬物を売りさばいてもいる。立派に悪党だった。




 コデの依頼を受けた後、俺は通信した。

「はい。スイートハートのユウとヒナです。」

「お久しぶりです。スイートハートのお二人さん。」

「スペースニートのおじさんじゃん。」

 ユウが笑顔になる。

「また、お爺ちゃんに何か言われたの?」

 ヒナが警戒する。

「いや、全く別の仕事だ。銀憂団に誘拐された記者を助ける。誘拐した相手のボスの名前はゾッド・リクーム。賞金首だ。」

「それで、リクームを捕まえればいいの?」

「捕まえてくれても構わないが、依頼としては記者を助けることを最優先とする。報酬は俺が出す。」

「私たちは何でも屋ジャックスじゃないんだけど。」

「ブルドッグから聞いたぜ?バウンティだけじゃ食っていけないって、バイトを始めようとしてるらしいじゃないか。」

「ゲッ。そんなことまで。」

「スリーサイズは知らないけどね。」

 俺は片目を閉じた。これは、そう、親父のセクハラだ。

「うわ、最低。スペースニートまでそんなこというの?」

「悪かったよ。おじさんは口が止まらないんだ。それで、この額を見積もってるんだけど。」

 俺が金額を提示する。

「燃料はこちらもち。弁償が発生したら自己責任。リクームを捕まえたら賞金はそっちにやるよ。リン・ユーを助けることが最低条件だけどね。」

 コデから貰った詳細なリクーム邸の地図をユウとヒナが睨む。

「記者のリンって人はどこにいるか目星はついてるの?」

「惑星についたら、ドローンで偵察をやる。」

「監視はどのくらいついてるか、リクームの家のセキュリティはどうなっているか、そういうのも不明か。」

 ユウが唇を軽く噛んだ。

「分かった。受けるよ。」

 ユウの言葉にヒナが頷く。

「借りは返すよ。スペースニートのおじさん。」

「ありがとう。」

 俺は頭を下げた。


☆☆☆


 惑星パーマナまでチップドワキザシとスイートハート号で並走した。

 ジャンプすると、人間の居住区を意味する青い星が見える。


 惑星パーマナ。ムーランドより気温が高く、常夏の星だ。治安は銃さえあれば誰も因縁をつけてこない程度にはいい。


 漂流ネットという、宇宙空間に無料で垂れ流される音楽や演説や雑音に混じって、ひときわ大きい音楽が流れてきた。


「ミーツバ ミツバ ミーツバ オイッオイッ!ミツバミツバで高収入〜 ミーツバ ミツバ ミーツバ オイッオイッ!ミツバミツバでアルバイト〜」


 宇宙を漂うミーム、『ミツバのバイト』だ。


 ワンランク上のアルバイトと称して、人に水商売をさせる人類の恥広告だった。

 水商売だけでなく、詐欺や売春の片棒を担いでいたため、株式会社ミツバは上層部が軒並み逮捕され倒産した。

 だが、倒産して停波しても、超素粒子通信は響き合うらしく、この陽気な音楽とあるはずのない会社のCMは、おそらく人類が滅んだ後も続いていく。

 超素粒子通信を発信した発明者のグラハム・ボットの試験運用でのボソボソとした声と共に、人類史に尊卑なくコスモタトゥーを入れたことになる。


 人類は技術を手に入れた。後は倫理の問題だ。


「うちゅーじーんにも、コデコーラ!」

「ナント ナント ナーント ナントエース〜」

「頭痛にナノブローック!」

 この辺は地球から発信された超素粒子通信が届いているらしい。


 かつて地球では通信開発初期に企業が競うように音声情報通信をばら撒いたらしく、未来の世界で迷惑を被るぞと予言した科学者の言葉通り、宇宙の人類生存圏を騒がしくさせていた。


 技術進歩して人類変わらず、だ。


 核兵器を戦争のおもちゃにするのをとどまる程度には知恵のついた我儘わがままな猿、というのが旧地球人への歴史家の感想らしい。


 では、自分たちはどうか?


 鳥人や虎人やグレイ型を人種差別し、白人系地球人型を真の人類と呼んだ。

 その筆頭のカーンが倒され、人種差別もない世の中になると信じていたが、黄色系地球人型が宇宙を狙っているというイエローデビルズマターで黄色系地球人型が差別され始めている。他にもマキンチンやドラゴノイド、エルフやグリーンマン達少数人種への差別と偏見の盛り合わせで世界は倦んでいた。


 人類は何も変わっていない。馬鹿は死んでも変わらない。

 ジェイクの歌ではないが、誰かが馬鹿のお尻を拭くことをせねばなるまい。


 それは、働いてない俺みたいな男が適任らしい。

 銀憂団なにするものぞ、だ。


「パーマナについたら、調査確認から始めよう。」

 俺はスイートハートの2人に通信した。

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