第96話 生体戦士

 宇宙港からパーマナに出ると、刺すような日差しが俺の頭を焼いた。宇宙服の冷房調節機能を働かせるが、顔は日焼けするだろう。


「ここからは汚名返上でやらせてもらうよ。」

 通信で、張り切ったユウが断言した。

「なら、お手並み拝見といこう。」

 俺は暑いから働きたくない、とは口に出さなかった。


 ヒナの操作する小型ドローンにより、敷地内の見取り図と警備、目標を捉える。

 俺のドローンがハエサイズなら、2人はモスキートサイズのものを大量に持っていた。商売として、偵察はお手の物らしい。どこで売ってるのか。


 リクーム邸は庭付きの広い建物で、庭には犬が何匹も放し飼いにされている。ポメラニアンとかではない。知能の高いウルフドッグのブラック種だ。

 警備はマフィアの銃を携帯している構成員が庭をブラブラと散歩するついでに警備している感じだった。

 油断はしているが、随所に監視カメラがあり、死角は少ない。


 スイートハートが調べている間に腹ごしらえだ。俺はレンタルしたモビルカーの中でブラッドオレンジジュースとサワークリームののったタコスを食った。サワータコスはここの名産だ。


 宇宙服姿でも、レンタカーの中なら目立ちにくい。

 宇宙服で旅すると、目立つことは目立つが、現地の服を着れば良いかといえば、俺は宇宙服を選択する。

 理由は簡単だ。宇宙服は弾除けの装甲が多少ついてても目立たない。便利だし。

 そのためなら観光客然とした宇宙服姿でいることに全く問題はなかった。


 ちなみに、パーマナは観光惑星でもある。宇宙からくる客相手に外資を稼ぎたいわけだが、政府と犯罪組織が癒着して、観光客カタギが犯罪に遭わないようにしていた。

 そのへんのゴロツキに至るまで徹底されており、客にカツアゲ強盗しようものなら、警察官よりもマフィアの下っ端構成員が駆けつけて止める有様だ。

 それが良いことなのか悪いことなのかは、投票権を持っているパーマナの現地人が知るのみだが、健全とは言えないと俺は思った。


 宇宙港近くにマフィアの邸宅がどうどうとあるのは、地域の役に立ってますと言わんばかりの見栄だった。


 邸宅が郊外にでもあれば人目も減るのだが、町中にあれば下手に中に入りづらい。監視カメラにも映るし、死角も減る。


 さて、どうするか?


 レンタカーの中にスイートハートが乗ってきた。

 ヒナしかいない。

「あれ?ユウさんは?」

「ユウなら一人で何とかなるって、さっきリクームの所に行ったわ。」

「おいおいおい、一人で行ったのか?」

「ユウは生体戦士バイオードなの。単独での潜入はお手の物よ。」

 いきなりニンジャがどうとか言われた気分になった。

 生体戦士だって!?


 生体戦士は人体強化改造処置を受けた特殊強化兵の一つだ。戦争時代に諜報活動から暗殺に至るまで活躍したと言われているが、実在したとされる資料が残っていない。


「ウチダ一族はニンジャの家系で、生体戦士として連邦に仕えてたんだって。戦後200年は経つけど、今でも子孫は訓練を受けて世の中に出てる。だから、ポッと出のスペースニートに色々言われて、プライドを傷つけたのかもね。」

「一言相談してくれよ。」

 俺の嘆きを余所に、屋敷の方で警報が鳴った。

「いつでも出せるようにしておいて。」

「わかった。」

 レンタカーのエンジンボタンを押す。

 リクーム邸から、リンとリクームを両肩に担いだユウが、犬と部下に追われながら短距離走の速さでこちらにやってきた。

 なんて馬鹿力だ。

 モビルカーの後部座席を開ける。

 ユウはリンと気絶したリクームを文字通り後部座席に放り込むと、あいている席に身体を躍らせた。


「宇宙港までぶっ飛ばして!」

「行くぞ!」


 俺はレンタカーのアクセルを全開にした。


 レンタカーは電脳運転対応だ。

 頭の中で詳細な画像データと共に操作ができ、精密な運転を可能にする。

 つまり、速度を出しながら、どこかぶつからないように運転できるというわけだ。

 クラクションを派手に鳴らして信号を無視すると、頭の中で一斉に警告警報がなった。


 リクームの部下の黒塗りの車がやってきて、窓から部下が銃を撃ってきた。

「車に傷がついたらどうすんだ!」

 俺は思わず本音を叫んだ。

「ヒナ!」

「任せて!」

 ヒナが助手席の窓から身を乗り出し発砲した。

 射撃の腕は祖父譲りだ。撃ってきた男たちにパラライズの弾を当てる。

 銃を実弾モードに変え、車のフロントガラスに弾痕をつけた。

 相手は防弾ガラスらしい。


 それなら、俺の出番だ。


 俺は敵の車のタイヤに念動した。自在鎌がタイヤを切りつけ、パンクを起こす。

 思わぬ一撃に車のハンドルを切り損ねたか、相手の車はくるくると回転しながら、アスファルトに煙とタイヤ痕をつけて住宅にぶつかっていった。



 宇宙港につくなり、ユウはリクームを担ぎ、俺はリン・ユーの手を引いて宇宙船へと駆け出した。

「あの、貴方スペースニートよね!?」

「話は宇宙船に乗ってからだ。リンさん。」


 宇宙港は自治権が働く。例外はあるが、犯罪者とはまず取引しない。


 スイートハート号とチップドワキザシ号は、追いかけられるよりも早く宇宙に飛び出した。


 スイートハート号と通信をとる。

「リクームはバウンティに引き渡すから。リン・ユーさんの方はよろしくね。」

 ヒナはコロコロと笑った。

「無茶な仕事してくれたもんだよ。」

「無茶は、成功した時は無茶とは言わないんだよ、スペースニート。」

 ユウの軽口に、俺は、はいはい、と応じるに留まった。

 うまくいったのは事実だ。



「生体戦士としてのプライドってやつか。」

 通信が切れたあと、俺はぼそっと独り言を呟いた。


「あの…。うまく巻けた?」

「ええ。」

 声をかけたリンと向き合う。

 リン・ユーは黒縁の眼鏡をかけ、ドレスに似たワンピースを着ていた。着させられていたに近い。逃げるとき目立つし、この格好では思い切り運動しづらい。

 監禁されている割に小綺麗だ。乱暴されてなくて安心した。

「改めて自己紹介します。俺はスペースニート。鬼灯博です。アール・コデさんの依頼で貴方を救助に来ました。」

「コデさんが?」

 リンのイントネーションが柔らかくなる。

「はい。銀憂団について取材していて、メンバーズに捕まったと。」

「その通りよ。」

 リンが頷いた。

「潜入取材は危険だけど、手に入れる情報量が段違いで多いの。私は黄色系地球人型だから、イエローデビルズマターに怯える一市民として銀憂団に参加できた。」

 なるほどね。

「貴方の知っている銀憂団について、お話できればと思います。」

「それより、貴方のことが知りたい。スペースニートさん。」

「俺ですか?」

 リンは俺が手渡したプラ容器のジャスミンティーを口にしながら、マスコミの顔をした。

「コデの強力な情報源である貴方について、興味があるの。」

「興味っていったって。」

 俺は困惑した。

「マスコミ嫌いで、表に出ないくせに、コデの取材には素直に応じてる。コデに何か弱みでも握られてるの?」

「信頼しているくらいですよ。情報を扱うのに、俺の家族や親類が危なくなるような話題は出さないし、ルールや節度を守ってくれてます。」

「それだけ?」

「それを守らないメディアが多すぎるんです。本人的にはアウトなんだけど、メディア的には痛い目を見ないギリギリのラインを自分たちで勝手につくって、横暴な報道をする人達が多いでしょ?」

 秘匿していた自宅に突撃取材を敢行して、引っ越す羽目になったスポーツ選手とか、子供の行事に親として出席した所を激写された芸能人とか、例を挙げればきりがない。

 プライバシーどこいった。

「それはどうかしらね。」

 この態度から、俺はリン・ユーのことを警戒した。この人も人の節度を顧みず、自分のモラルで動くタイプだ。

「海賊同盟を追いかけていて、貴方の噂は絶えなかったわ。脅しに屈せず、射撃は一流。超能力を使うなんて噂もあって、海賊同盟の罪を白日にさらした無敵の無職ニートとして有名な人に興味が沸かないことないじゃない。」

「褒められてるような、そうでないような。」

「褒めてるつもり。ねぇ。コデさんのついででいいから、今度から私の取材にも応えてくれない?」

 リン・ユーが上目遣いに俺の瞳を見てきた。


 胸の大きな女性が上目遣いをすると、やたら色っぽく感じる。

 いや、俺にはサンドラがいる。恋人いるから平気だ。


「銀憂団について、どの程度教えてもらえるかにもよると思います。」

 俺は平静を装った。

「ギブ&テイクってわけ?わかった。」

 リン・ユーはパッと上目遣いをやめて、サバサバした雰囲気になった。


 わざと、か。

 ニートで童貞だからと秤にかけてきやがった。


 俺はお茶を飲むついでにため息をついた。

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