第94話 銀憂団襲来
俺、クロコ、ジェイク、沙羅、エリの5人は事務所の中で睨み合った。ピー助は水を飲んでいる。
「革命!」
「うっそだろ!」
大貧民である。2と1ばかりの俺はビリが確定した。
「やっちまったな、ヒロシ。」
すっかり頭の良くなったピー助にまでなじられた。
なんだかんだ、エリは俺達に慣れていった。
サンドラと同じ歳だ。
恋愛相談にのってもらったりもしたが、自由恋愛の世界でもキープ君という概念は要らないとエリが力説し、俺はサンドラに頭を下げることにした。
通信先でアレクサンドラは「初めからキープとか思ってませんでしたわ。」と笑った。
俺はその手のことは10代女性よりも未熟であるらしい。
「それより、自分を卑下する癖は治ったかしら?」
「プライドくらいは持ったよ。」
「そうでしょうね。私の恋人ですもの。誇りに思って当然になって。そうそう。
「へぇ、それは良いね。」
「でしょう?貴族としてだけでなく、もっと知識や見聞を持たなくてはと思いまして。それから、その、弟が生まれましたわ。」
「弟ぉ!?」
「そうですわ。弟。お父様は家名を売る話が破綻してから、お父様とお母様のDNAを掛け合わせた弟を培養しましたの。家を売らないなら、いっそ息子をつくって継承させる。インヴィクタスから後継者育成基金や支援金がおりる話になって、そういうことになりました。私を大事にするといいながら、家名も続かせたくなったみたいで。戦中世代の考えは大胆ですわね。」
「君のお父さんは、ぶっ飛んだ事を考えたね。」
「でしょう?でも、子どもの少ない貴族の家庭では、意外とよくある話らしいですわ。又聞きですけど。」
アレクサンドラは話題を変えた。
「最近、同級生の間で、銀河憂国連合団という危ない人達の話題が上がってますの。なんでも、親が危険な目にあったらしくて、社会に出た時に貴族だからと狙われると皆戦々恐々としていますわ。」
銀憂団は海賊のニュースに代わって、宇宙中のマスメディアがホットトピックスとしてあげていた。
否定的な意見が多いが、中には愛国心からの暴走ということで肯定感のある意見も存在する。
帝国残滓である貴族出身者の目には脅威にうつるだろう。
「オリビアは気にしてないみたいですけどね。」
「それはまた何で?」
「アッシェンナハト家が、銀憂団や反貴族から貴族達を守ってきたから、何を今更という気分らしいです。そうそう、オリビアは結婚はしないけど子供は培養で欲しいと言ってまして…」
それからしばらく、雑談が続いた。サンドラは機嫌が良かった。
硬いソファで寝るくらいなら、宇宙船の中のベットを使いたい。
そう思った俺はクロコ達には船の点検と称して用もなくチップドワキザシに乗り込み、久しぶりに配信目的でなくネットを漂流した。
漂流ついでにスペースニートをエゴサーチする。様々な噂が飛び交い推す人々もアンチもいた。その中に銀憂団がいる。そう思うと少し気が重い。
ニート同盟はニートギルドと名前を変えて、求職や就職支援、貧者への寄付もやる非政府組織みたいになっていた。俺がヒールコスモスに出た事で、そういう路線になったらしい。
バンド、マイナスワンの仲間たちはギターとして元引きこもりの少女をメンバーに加えて活動を続けている。
出世したのは躁鬱病のヴォーカルで、躁鬱病支援団体のアイコンになっていた。脳と精神の問題ゆえ今でも難治な躁鬱病についての啓発活動をやっている。
俺の人気は下火になりつつあったのだが、海賊同盟の解散と、俺が解散の立役者になった情報が流れて、人気が再燃したらしかった。
次はネオインペリを倒してくれ。
そういう声があった。
今の宇宙大統領は元貴族の議員らと距離があるのだが、ネオインペリの手先という情報でスペースネットの中は賑やかになっていた。
大統領選挙を前に、先進惑星の代表らが対立候補としてあがっていたが、それよりもトンコル星人はマイトレーヤ・アハトを大統領に選出し、宇宙大統領選挙に出すべきだという主張があちこちであがるようになった。
裏では銀憂団のニュースで『目覚めた』人々が、マイトレーヤの熱烈な信者になっていると考えられた。
パニ。
俺はいつか野心を抱きすぎたパニと戦うことになるのだろうか。
それは嫌な気分がした。
通信が入った。クロコからだ。
「ヒロシさん!すぐ来てください!」
俺は急いだ。
宇宙港から事務所につく。
遠くからでも分かるような、ファンタジーのドワーフみたいな髭を生やした連中が、事務所のあるビルの前に立っていた。
銀憂団か!
俺はモビルカーのドアを開けるなり、ビルへ急いだ。
「あっ!」
俺を見た髭男の一人が、急いで事務所の中に入っていく。
「何だ、あんたらは?」
俺は低い声で男達に詰め寄ると、男の一人が前に出た。
「俺達は愛国者だ。この売国奴め。ペタルのメンバーを匿ってるだろ。」
「とっとと去れ。」
「ふざけんな!この売国奴が!」
前に出た男とは別の男がイキがりだす。
「いいから、去れ。警察を呼ぼうか?」
「やってみろ。出来ないくせに。」
やれやれ。俺は耳たぶを触りながら、大声を出した。
「…、もしもし、ムーランド警察の方ですか。私はスペースニートの鬼灯と申しますが、事務所の前で怪しい風体の男どもの居座りがありまして。ええ、ええ。」
俺の声に、男達が舌打ちする。
「おい、中のやつ呼んでこい。今日のところは帰るぞ。」
芝居だと分かろうが分かるまいが、警察を呼ばれると困るみたいだ。
中からぞろぞろと男達が出てきた。
「スペースニート。てめぇの国家への反逆行為は許されぬ域にある。」
「海賊退治のスペースニートを捕まえて、何が国家への反逆だよ。それなら、あんたらは居住権への侵害だよ。住民である俺や仲間に不安を与えた。」
「不安だと?」
馬鹿にした笑いが起こった。
「この不安はデカいぜ。海賊同盟だったら解散するくらいにな。」
「俺達が海賊に見えるのか。」
「むしろ海賊にしか見えないんだが。その髭。」
「んだ、てめぇ。」
凄んでくる男への対応は一つ。ビビったら負け。
俺は堂々と胸をはった。
「この事務所に二度と面を見せるな。次は警告じゃ済まない。」
俺は脅しをかけた。
「おい、帰るぞ。」
リーダー格らしい茶色の髭のタンクトップマッチョ男が声をかけると、男達は去っていった。
これは、また来る可能性があるな。
俺はハエドローンを飛ばした。
事務所では、拳銃を手にしたジェイクとクロコが、エリを庇って立っていた。
「遅いぞ。ヒロシ。」
「すまない。まさか事務所に来るとはね。」
俺は3人の無事を見て、軽く息を吐いた。
「連中の行方をドローンが追いかけてる。アジトを割り出せたら対処しやすいだろ?」
「ま、スペースニートなら当然それくらいやるよな。」
ジェイクはリボルバーを手に物置き部屋へ戻った。
「ヒロシさん。」
「クロコ、連中はここに来た。海賊でも来なかったのに。髭は生やしていたが、海賊とは違うみたいだな。人の家に来るやつは、許せるものではない。」
「ヒロシ、かおこわい。」
ピー助に言われてハッとなった。
凄い顔をしていたらしく、エリが俺を怯えた顔で見ている。
保護してる子を怖がらせてどうするんだ。
俺は
ドローンからの映像を見る。
「奴等、解散したらしい。方向はバラバラだ。ドローンの操作が効いてる内に、一人に絞ってつけてみる。ここはクロコに任せた。」
「はい。気を付けて。」
クロコの手には、9ミリが握られていた。
リーダー格と思われる茶色髭の男を追いかける。
追いついたが、男は俺の存在に気づいていない。
男は時折キョロキョロと周りを見渡したが、俺は建物や看板の影に隠れ、ドローンの目を通じて男をつけた。
しばらくそうしていると、どんどん旧倉庫街へと入っていった。
嫌な予感がする。
旧倉庫街の第三倉庫。
ヨトゥンのいるサザンカヨンパウロのシマだ。
この男はギャングの一員なのか?
髭男は入り口のギャングと挨拶したあと、ヨトゥンのいる倉庫に入っていった。
俺は勇気を出して、ヨトゥンの事務所に向かった。
「スペースニート。ボスは今取り込み中だ。来るなら、アポをとって来な。」
「髭男に事務所を襲われてね。後をつけてみたら、ここだった。あの髭はあんた達の仲間か?」
「さぁな。答える義理はないね。」
「仲間なら遠慮なくここで暴れさせてもらう。そうでないなら事務所の件はあんたらとは関係ない話だ。警察への情報提供にも関わってくるだけに、大事な質問だと思ってほしいね。」
「ケッ。」
ギャングの一人が横を向いた。
「あの髭はオリゴってんだが、俺等の仲間じゃ無ぇ。銀憂団って名乗ってるバカ集団の一人だ。」
「銀憂団なら知ってる。入り口でオリゴを待っててもいいか?」
「ちょっと待て。」
ギャングの一人が階段を上がっていく。
「一言、通信すればいいのに。」
「ボスは電脳じゃないし、通信機器音痴でね。ここで待て。」
「そうかよ。」
俺は腕を組んだ。
しばらくと言わず、オリゴが階段を降りてきた。
「つけてくるとはな、ニート野郎。」
「二度と家にこないように、決着でもつけようかと思ったんだが、どうかな?」
「何をするつもりだ?」
「さぁ?ゲンコツで殴りっこでもするか?」
「どこまで舐めた態度とってんだ?てめぇ。」
オリゴが髭ごしに苛ついた顔をした。
「やるなら、別の倉庫前でやれ。でないと、オリゴ、あんたも出禁にするぞ。」
「クソッ。こっちだ。スペースニート。」
俺たちは場所を変えた。
「ここでなら、人も見ていないな。」
俺が呑気そうな声を出した。
「ギタギタにしてやるから、覚悟しろ。スペースニート。」
ゴリマッチョと小太り。普通ならゴリマッチョが強いわな。
これでも引き締まってきた方だ。スラッとはいかないが、格闘技の型練習やヨガで体重は落ちていた。
「ま、いいや。とっとと終わらせるか。」
無限俺の辞典をめくりながら、どんな技をかけてやるか考える俺がいた。
顔を腫らし、関節を痛め、打撲だらけになったオリゴが白旗をあげるのに、それほど時間はかからなかった。
「まぁ、見かけ倒しだったかな。」
「く、そ、やめてくれ。」
「まぁまぁ、人の家に押し入ったんだ。もう少し罰を食らってくれ。」
俺はオリゴの割れた腹筋を浸透するようなブローパンチをかました。
顎は意識とんで天国へ行く。腹は内臓を揺られて地獄へ行く。そういうものらしい。
つまり、息を忘れるほど悶絶しているオリゴは、いま地獄を経験しているわけだ。
「二度と俺の家に来るな。集会もするな。中の者を狙うな。それがよく分からないなら、格闘技を使った海賊でも泣いて謝る拷問をしてやるよ。器械なしの骨延長手術っていうんだ。」
文言で俺は脅しをかけた。
「わ、かった。もう分かった、から、許して、下さい。ごめんなさい。」
途切れ途切れに謝罪を口にするオリゴを聞いて、俺はオリゴの肩を叩いた。
「今から質問に答えてもらおうか?お前ら、元海賊なのか?」
「海賊のメンバーもいますが、俺は銀憂団でも
その髭面でスーツ着て、会社のタイムカードを機械にかざすタイプには見えないんだが。
「なら、その髭なんなの?」
「始まりの航海士達って絵の真似をしてるだけです。すみません。」
太陽系外に出た初期の宇宙飛行士の中には、髭を剃る時、空気中に細かな髭を毎日飛散させるリスクを回避するために、わざと口髭を蓄えた飛行士がいたらしい。
髭を剃らない適当な言い訳だ。面倒くさいだけだろうと子供心に思ったことがある。
宇宙史学の初等教育の教科書に載っている絵画像の真似をする奴等だったのか。
どうやら、ミーハー極まりない連中らしい。その軽薄さとフェイクでも情報を鵜呑みにする危うさが、組織を形作ったわけだ。
「なるほど。分かったから去れ。約束は守れよ。それと貴族なのはファンタジオでの戦争で生き延びたからだし、第一、愛国者かネオインペリかの二択で世の中回ってるわけじゃないからな。」
「はい。すみませんでした。」
オリゴはヨロヨロと去っていった。
さて、報告に戻るか。危うく守れなかったという汚点を、名誉挽回できるかも知れない。
銀憂団。そこには裏表に海賊がいる。情報戦でも何でも潰さなければ。
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