第93話 エリ

 宇宙港。ロビー。

 スーツケースを引きずりながら、黄色い髪を帽子で隠し、サングラスをした少女がやってきた。

「スペースニートさん。ですよね?」

「本物のエリさんだ!」

 俺が反応するより早く、ついてきたクロコが目を輝かせた。

「おいおい。」

 俺は思わずツッコミをいれる。


 クロコは、三人組のエレクトロポップグループの『ペタル』のファンだったらしい。エリはペタルの最年少で、14歳でデビューし、今年で17歳になる。


 宇宙ではミュージシャンは星の数ほどいる。ペタルがムーランドの星系のアトラ星のアトラ国でそれなりの地位だったとしても、スペースミュージックボード略してSMBにランクインしなければ、宇宙で知名度があるとはいえなかった。

 ホリゾンタル・ソフィストもかつてSMBにランクインしていた。ジェイクの凄さが分かる。


 ちなみに、今は地球の古代音楽リバイバルブームが起きており、マイケル・ジャクソンのBeat itのカバー曲がSMBチャート1位という異常事態が起きている。

 海賊から逃げろ、という意味に聞こえるからだと音楽評論家は言うが、数千年前の宇宙語でもない音楽が人の心を捕まえたのだから、世の中何が流行るか分からない。


「なんでもいいけど、早く連れて行って。」

 クロコの反応にエリが戸惑う。

「とりあえず、車で事務所に向かいましょう。」

 最近、いろんな乗り物のペーパードライバーになった俺がモビルカーを運転する。

 ペーパードライバーの運転は2つ。完全アシスト付きか、いっそ完全自動運転かだ。

 アシスト盛り盛りで運転して事務所につくと、エリはスーツケースを俺に引かせながら事務所の中をキョロキョロ見回した。

「エリが泊まる所ってどこ?」

 自分のことを名前で呼ぶ人間か。あまり好きではない。

「ヒロシさんの部屋を使います。あ、綺麗に掃除してありますから大丈夫ですよ。」

「ああ、そう。」

 特に感慨もなく、エリがソファに座る。

 サングラスをとると、赤と黄色のオッドアイだった。両親が遺伝子をいじったのだろう。

 俺がスーツケースをエリの近くまでコロコロ運ぶ。

 エリは棒のついた丸いキャンディを口にすると、コロコロと舐めた。

「とりあえず、エリさんの位置がバレてなければそこそこ安全だから。」

「そこそこ、ね。」

「海賊なんかは多分ムーランドのこの事務所知ってるけど、一度も狙われたことがない。その点だけでも他より安全だと思う。」

 襲われたことがないのは、多分俺の評判だけじゃなく警備隊に協力しているからなのだが、見栄をはった。

「ふーん。ま、エリのことを守ってよ。」

「まかされた。コホッ。」

 俺は拳を口にあて、喉の調子を整えた。

「さて、到着して早速で悪いんだが、スタッフにネオインペリがいて、事務所が大変だったって?」

「そう。事務所スタッフのミゲラさんがネオインペリの集団のメンバーだったの。警察も入ったし、銀憂団って人達から脅された。でも、それだけじゃない。」

「どういうことだ?」

「ライブやったんだけど、チケットの買い占めをやられて。きた人が全員、銀憂団だったの。それをマスコミが闇営業とかいってスクープ調に書き立てて。激しいバッシングと炎上で、社長の家族まで狙われて、うちのプロダクションが音を上げたの。所属する皆を別の所に移すか、エリたちみたいに活動休止にした。近々、倒産するのかもね。」

 エリは感情をおさえながら話しているようだった。

「ネオインペリと銀憂団については検索したり調べた。ネオインペリの方はもう銀河帝国とか関係ないテロリストみたいな人達だったし、銀憂団は見るからに海賊だった。」

「見るからに?」

「ライブにいた客が、皆髭面のおじさんばっかりだったの。」


 なるほどね。


「ネットの方だと、ネオインペリはテロばっかりなんだけど、銀憂団は海賊だけじゃなくて、情報に振り回された陰謀論者とか、未確認情報を鵜呑みにする人達も一杯いるみたい。」



 俺もネットで調べたクチだが、エリの評価はおおむね正しいと言えた。


 宇宙のネットでは大小様々な未確認情報アンアイデンティフィド・インフォメーションが飛び交っている。

 曖昧な情報が多いのがネットの世界の基本だ。

 単純なウソ大げさ紛らわしい話に真実とリアリティをひとつまみ混ぜて人を混乱させるのは、地球に情報革命が起きた頃からの常套手段で、悪意によるものも多くたちが悪いのは古代から現代まで変わらない。


 かつて情報を取り扱う会社が人工知能を使って、こうした情報の確からしさや安全性を数値化して色分けしたことがあったが、人工知能が戦争のフェイクニュースを見極められず、結果、本当に戦争になったことがあり、人工知能は安全性どころか信頼性を失った。

 それ以来、人間の情報リテラシーを上げることが重要とされたが、情報の一次ソースに辿り着くのが困難であることが多く、情報というものがかえって人を迷わせるとしてネットを制限したり禁止にする惑星が続出した。故郷のハイアースでさえ、そうだった。


 それがかえって情報の危険性を先鋭化させることもある。情報というのは厄介なものだ。


 ムーランドの情報規制は緩いので、銀憂団についての情報を手に入れることができ、それで断片的な情報を集めて銀憂団の思想を把握はしたのだが、彼らの言い分は妄想に近かった。


 まず、銀河連邦の上に宇宙会議なる上部組織が存在し、連邦政府に密かに指示をしている。宇宙会議はネオインペリで構成され、宇宙の覇権を握って権力を欲しいままにすることを企んでいる。

 ここで、正義の味方のように、とある政治家が宇宙会議に立ち向かっていることになっている。その名前がなければ、俺も妄想を妄想と一蹴することが出来た。

 トンコルがうんだ少年政治家、マイトレーヤ・アハト議員。彼はカーンの息子と呼ばれた悲劇の少年から、カーン引いてはネオインペリ共と戦う政治家として日夜活躍していて、彼が銀河連邦を束ねる宇宙大統領になったあかつきには、宇宙会議を打倒し真の民主主義が訪れるだろう、というストーリーで完結している。


 アハト派が宣伝工作をしている…?俺は別の視点で銀憂団をみた。


 アハト派はカーン派の貴族議員派閥だった連中だ。一つ間違えばネオインペリと同一とみなされ叩かれそうな彼らが、宇宙会議などというデマを流すだろうか?その点は疑わしい。


 エリの証言で俺は確信したが、銀憂団は元海賊だ。マイトレーヤが話した通り海賊同盟が新しい組織になると思えば、海賊同盟から銀憂団に看板を替えた可能性が高い。


 マイトレーヤ・アハトを中心に帝国残党の貴族と銀憂団が裏で手を組んで、銀河連邦愛国者の名のもとに新しい政府をつくろうとしている。

 字面だけをみれば、これも立派な世迷言に見えた。



「喉が渇いた。誰か飲み物ちょうだい。」

「いいですよ。」

 クロコがプラに入ったほうじ茶をエリにニコニコと差し出す。

「あなた、エリのファンなの?」

「ペタルの曲が結構好きで聞いていました。CAPSULEとか好きで。」

「ふーん。」

 エリがほうじ茶を飲むと、ニヤッとした。

「貴方、名前は?」

「クロコと言います。」

「クロコさん。これからよろしくね。」

「はい。」

 嬉しそうな態度をとるエリに、どういうことかイマイチよくわからなかった。CAPSULEという曲が好きだというクロコに好意でも持ったのかな?


「じゃあ、もう一人、物置き部屋にいるのだけど。時々事務所に住んでるジェイクを紹介するよ。」

「面倒くさいことするなよ。ヒロシ。」

 物置き部屋にいるジェイクに顔を出してもらうと、超有名人の登場にエリは叫声をあげて驚いた。

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