第92話 台頭する悪意と侮蔑

 溺死液ソーンのもっていたファイルには、膨大な海賊の違法行為や情報記録が残されていた。

 大規模な警備隊や周辺の軍の介入と破壊により、複製体は破壊されたが、本体のソーンは逃げおおせた。

 政府により溺死液は危険人物に指定され、バウンティでは本体殺害に1億クレジットがかけられたが、溺死液の行方は分からなかった。


 銀河連邦政府はクリストフの資産をジャックダイアン名義も含めて凍結。シノギコーポレーションは破産し、競合他社に合併吸収された。

 連邦政府はとうとう海賊同盟を名指しして、解散命令を口にした。海賊同盟を排除する流れにはなったが、海賊そのものの撲滅には至らなかった。

 それもこれも銀河連邦政府がかつて銀河帝国との戦争で、海賊と組んでいたという暗黙の了解や経緯があり、メディアがこれを『必要以上に取り沙汰しない』ことで政府の圧力やら自分たちの利権やらを守ろうとしたためだ。

 長生きすると意地汚く生きようとするのは、人の命も業界の生命も同じらしい。

 俺は何となく、それを察しながら指摘も出来ずにギタープレイを配信し、オヒネリを貰いながら運搬仕事に明け暮れた。


 クロコは何も言わなくなった。どうしたのだろうと思ったが、ムーランドでの税制改革に伴う徴収の改変というのに追われて、俺の言うことやることに一々ツッコむのが馬鹿らしくなったらしかった。

「今度から警備隊でなく、キャプテンズギルドの仕事を受けましょう。その方が報酬がいいです。」

「はい。」

 俺は素直に頷いた。事務でも何でも、本当は俺がやらねばならない業務だ。食っていくのは難しい。



「よう。世話になるぜ。」

 ジェイクが瓶ビール片手にふらっと事務所を訪れた。事務所といっても、今は採算が合わないというクロコの主張からよろず相談はやっていない。

「海賊同盟を倒した英雄様の顔を拝みにきたぜ。スペースニート殿。」

「こんな顔で良ければ。」

 俺が苦笑すると、ジェイクがニヤリと笑った。

「警備隊により、幹部達は逃亡か逮捕。その裏では無職ニートが働いていた。マジで凄えよ。」

「ありがとう。ジェイク。」

 ジェイクはソファに座ると、ギターケースを脇に置いた。

「やっぱ、落ち着くぜ。灼熱惑星でライブしたんだが、クソどもに尻を焼かれる所だった。」

 ジェイクはまた敵性音楽禁止の惑星でライブしてきたらしかった。

「なぁ、ヒロシ。酷く嫌なニュースがある。」

「どんな?」

「海賊同盟の奴等が解体して、海賊団の連帯が無くなったのは良かったんだが、新しく銀河憂国連合団、銀憂団って組織が台頭してきてる。」

「なんだ、そりゃ。」

「中身は連邦の保守の過激派って感じなんだが、実質は元海賊が構成員になっているらしい。極右の愛国宇宙会だの、ボーイズオブギャラクシーオナーだのを吸収して肥大化してるらしい。一応、帝国残党やネオインペリが敵ということになっているが、さからう奴らは皆ネオインペリという滅茶苦茶な理屈を振りかざす連中ということだ。お前の金魚のフンしてるアール・コデって記者がそう話していたぜ。」

「コデさんが?」

「気合いの入った記者が命狙われてるって言ってた。」

 帝国残党の本来の帝国主義とは別に帝国にくみする過激思想のことを新帝国主義ネオ・インペリアリズムといい、その思想を持つものは大きくネオインペリと呼ばれていた。

「そうなんだ。」

「お前も無関係じゃないぜ。海賊退治のスペースニート。奴等の中じゃ、海賊を退治したあんたは国家を信奉する愛国者だって言い方と、爵位をもらって貴族共に成り下がった売国奴だって言い方とで評価が分かれているってよ。」


 ゲッ。その辺ほっといて欲しい。

 俺は動揺した。


 ハイアースから出てない時の俺なら、銀河連邦の保守的高まりに沿って、愛国無罪を半ば信じてる馬鹿になっていたかもしれない。でも、俺は国や銀河連邦の駄目な所も見てる。マイトレーヤ・アハトの野心的な姿も見てる。

 かといって、国が欺瞞だの政府が欺瞞だのと片付けて、宇宙市民の革命とやらを信じる気もない。それで専政政治や軍事独裁政権国家になった星々は腐る程ある。


 秩序は欲しいが、中道のつもりだ。


 要は、戦争に参加させられないで、飯が食えて幸せに一生終えればそれで良いのだ。


 俺は独身の立場として、子孫のことは子孫を残せた優秀な親に任せれば良いとまで考えている。

 お一人様の出番はないから、誰かの親になれなかったのなら静かに去りたい感じだ。

 恋人にアレクサンドラがいるが、結婚するのか、人の親になるつもりかと言われたら自信がない。アレクサンドラにはアレクサンドラの人生があるわけで、それを俺が何か理想を押し付けるのは御門違いだ、と思ってしまった。

 だから、貴族女子高生相手に婚約者でなく、自由恋愛の相手としてお付き合いさせて貰ってる。我ながら残酷な恋愛をさせてしまって、サンドラには申し訳ない。


 自由に生きる、か。

 溺死液ソーンは自由に無限に生きたかったのだろうか。


 それを考えるのは、もっと枯れた老後になってからでいいと、俺は思考を回避した。



「立ち位置間違えるなよ、スペースニート。」

「間違えるも何も、立ってるだけで精一杯だよ、ジェイク。」

「だろうな。」

 ジェイクはそういってビールを美味そうに飲んだ。何か満足したらしい。




「こんにちはー。」

 風谷沙羅がやってきた。

「クロコさーん。」

 沙羅とクロコが手を取り合う。

「沙羅ちゃん。今日はどうしたの?」

「聴いて下さいよ〜。今日Vダイバーの人とコラボしたんですけど、ヒロシさんのこと知ってたみたいで…あっ!ヒロシさん。ジェイク師匠。」

 俺とジェイクに気づいた沙羅が、俺達に笑顔を向ける。

 ジェイクは軽く腕を上げ、俺は片目を閉じた。

「ヒロシさんは知ってますよね。織兎撫おとなでココロっていうんですけど。」

「知ってるよ。警護したこともある。」

「また二人でお蕎麦を食べたいと言ってましたよ。配信頑張るからって。意外とモテるんですね。」

「そうかな。」

 俺は照れて頬を掻いた。モテるといわれたのは初めてだ。

「あ、それと。ちょっと相談に乗ってほしいことがあって。」

「何だい?」

「ムーランドとは違う星の芸能事務所なんですけど、事務所スタッフの中にネオインペリがいるってスキャンダルが出ちゃって、事務所に殺害予告とか爆弾騒ぎとか起きちゃってて。それだけじゃなくて、事務所に所属してた元後輩の子達が解雇されちゃったんですよ。ネオインペリへの闇営業疑惑とかで。そんな子たちな訳がないのに。」

「へぇ、それで?」

「それで、後輩の子達は、アイとエリとテイラーの3人なんですけど、」

 知らない名前だ。

「ペタルの3人ですね。」

 クロコが前のめりになる。

「そうそう。その3人のうち、アイとテイラーは惑星離れて別の道にいくみたいなんだけど、エリだけどうしようか迷ってて。ギンユウダンとかいう過激な団体からも命を狙われてるみたいなの。だから、お願い!ムーランドのここにしばらくエリをかくまって!」

 沙羅が手を合わせた。

「いいですよ!」

 クロコがコクコクと頷く。

「ありがとう!クロコさん。」

 沙羅がクロコにお辞儀した。

「ヒロシさん。どうせ安請け合いばっかりなんですから、ここはエリさんを助けましょう!」

 安請け合いは言いすぎだぞ、クロコ。責任をもって心軽く請け負うんだ。

「それに、ネオインペリも銀憂団もホットな話題だ。話を聞いてみるのも悪くないぜ、ヒロシ。」

 クロコの主張に思案顔になっていたが、ジェイクがクロコのアシストをした。

「まぁ、いいけど。ここ狭いよ。」

「そうでもないさ。物置きは俺が借りるぜ?片付けやって埃も掃除して、綺麗に育てた部屋を持っていかれたくない。」

 ギターを抱えたジェイクが、押入れに帰るドラえもんのように物置き部屋の中へと消えていく。

「ヒロシさんは、ソファで寝て下さい。エリさんはヒロシさんのベットで寝てもらいます。ベットメイキングしないと…。」

 俺はムーランドで寝泊まりすることはあまりないから、部屋が殺風景なくらい片付いている。丁度良いということだ。

「別にいいけど。」

 ソファで寝ると、翌朝のコンディションが…。

 そう思う俺を、大人の俺がぐっと飲み込んだ。

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