第38話 クラガの戦い

 俺は宇宙のネットにつないでひたすらアンブロ・ジャンのことを調べていた。敵を知り己を知れば何とやら、だ。

 ダークブラウンの髪と整った髭の白人系の偉丈夫がアンブロ・ジャンの姿だ。堂々とした顔つきに見えたが、裏では侯爵である身分に飽き足らず、まずは公爵と組んで王家の直系を皆殺しにした。次に、王家の血筋である公爵が玉座に座るのかと思いきや、最後は公爵を毒殺し玉座を手に入れた。

 毒殺はあくまでも疑いが持たれている程度だが、やるとなったらやる真っ黒な野心家だった。王家の内紛に見せかけて国を乗っ取った手腕だけは、敵ながら凄いと思う。それ以上にゲスなものを感じたが。

 俺はポールと連絡をとった。

「アンブロ・ジャンのパーティーに潜入してきたぜ。海賊同盟と関係してるってんで特務課と動いて、架空の会社の金持ちにふんしたんだ。やるだろ。」

「それで、どうだった?」

「ジャンの野郎、アカサカや親会社のスティーブコーポと敵対する会社や不満因子をかき集めて、大々的に支援の輪を広げてやがった。官軍の輪だったかな。最新鋭のグラディアートルとパイロットのケントゥーリオを集めて、近々大規模攻勢をかける予定だそうだ。」

 大規模攻勢か。戦場と日時を決めた果たし所を送り、それを受理されて交戦になる。極めてコントロールされた戦争だが、交戦状は断れない。

「攻勢につかう機体がどんなのとかわかるか?」

「コンガーとかいう弱っちいのをやめて、マドックってのに全て変えるらしい。えーと、それと。」

 グラディアートルに詳しくないポールが通信しながらアンチョコを見た。

「メドゥーサ、ミノス、ケンタスとかだってさ。どんなのかわかるか?」

「ああ、従来の機体の最新バージョンだ。とんでもないな。」

「それと、風神エンリルという四本腕の機体が戦力の目玉にあがってた。ヤバいか?」

「雷神アッドゥと対を成す新型じゃないか。マズイな。戦って生き延びれるか怪しくなってきた。」

 俺は目眩がした。

 戦いは金と物と人だ。どんなに人が優秀でも物量には敵わない。

「それと、資金投資についてなんだが、ビビるなよ、クリストフが会社の名前で出資を決めた。」

 クラクラする。死ぬ。次の戦いで全滅してしまう。

「これはダチとしてだが、ヤバいってんなら全滅する前に逃げることを勧めるぜ。そこまで義理はないだろう。スペースニート。」

「だが、死ぬようなものだと分かっていても、どうにかしてやりたいという思いはある。アカサカのナカモトに伝えてみるか。」

 俺はナカモトやシュラグ伯爵に大規模攻勢のことを伝えると、シュラグ伯は眉毛を寄せたが、ナカモトはあくまでも冷静だった。

「それならば、我々はブシンやムサシの導入を早めるのみです。グラディアートルは人型兵器の見本市ですから、コンガーが弱ければカスタムパーツでマイナーチェンジするのもいい。最近、興味深い流れがありましてね。アカサカと提携を結んで兵器の売り込みを行う社もあるのです。そこから機体を引っ張ってくるというアイデアもあります。ちょっと失礼。」

 ナカモトは本社に陳情に行った。

「伯爵はどう考えますか?」

「私は、後ろ盾が用意する機体をなるべく早く導入するために、我々を支えんとする貴族に出資を募りましょう。資金難ではありますが、痩せても枯れても我らは王家にお仕えする貴族。各地で蜂起したグラディアートル乗りの貴族とも合流し、力を合わせて大規模攻勢とやらに打ち勝つつもりです。逆に勝ちをもぎ取ってやりましょう。」

 敗北を避けるではなく、勝ちを掴むというシュラグ伯の姿勢に、俺の臆病が薄らいだ。

「何であれ、話し合いの時間です。会議を重ねるのはタダですからね。」

 シュラグ伯はそういって片目を閉じた。俺の癖の真似だ。女性がトキメキそうなウインクだった。俺は苦笑した。


 保守的なカーサの騎士たちがコンガーのカスタムパーツ交換だけを頼む中、俺はナカモトが推すブシンに乗ってみた。兜に飾りのない武家甲冑みたいなデザインで、無駄がないと言えば無駄がないが、何か物足りなかった。

 コクピットは普通で、素人でも操縦できるようにアシスト機能がついている。

 会議を重ねてナカモトが志願兵を集める案を主張するのも分かる。動かしやすいからだ。

 だが、戦場では剣で食っている人々だらけだ。俺も前世がなければ役に立たなかった。高い金でケントゥーリオを雇うのか、安いが死にやすい志願兵の話を復活させるのか。もどかしいところであった。

「ブシンはどうだ?」

 ミノスの出力エンジンを搭載してパワーが増したカーサのブエイが肩を回す。

「扱いやすいな。コンガー使いなら乗り換えても大丈夫じゃないか?」

「そうはいかない。命がかかると新しい機体にそうそう手を出せなくなる。信用問題だな。それに、高機体だから死なないとは限らないからな。」

「だが、敵よりも高性能な武器を使った方がいい。試乗会でもやってみるか?」

「とにかく、格闘の模擬戦といこう。」

「わかった。」

 俺はいざ組まんと手を広げた。


 訓練が終わった。

「お前はどう思う。貴族とお抱え騎士が合流すれば、我らの戦力でジャンの首をとれると信じているが。」

 カーサが片頬を上げた。

「俺はそこまで楽観的にはなれないかな。大規模攻勢では二百機を優に超える機体が入り乱れての戦いになるだろうし。」

「そんなにか。」

「そんなにだ。奴らは正々堂々と物量で潰して来ようとしてる。機体を買い替え、質も高い。ジャンを暗殺するのではなく、正面から首をとるのが戦争の勝利条件なのだとすれば、俺達にできる事は、四の五の言わずに兵隊を集め、より強いと思った武器や機体に乗り換えて勝ちをとることだと思う。」

 俺は暗にコンガーやブエイの力不足を示唆した。スペックが露骨に出る世界だ。俺はさらに踏み込んだ。

「それに志願兵を集めるべきだと思う。手は何でも打った方が良い。」

「騎士や貴族でなく、か弱い平民をグラディアートルを乗せることになるが、大義のためにはやるしかないのか。」

「ああ。やるしかない。」

 俺は頷き、カーサはうつむいた。


 志願兵を募集した。賊軍と呼ばれていた俺達は『ファンタジオ解放軍』と耳障りのいい言葉で自らを表現した。給金も出すが、ケントゥーリオより安くすむ。主に戦争で田畑を荒らされた農民が集まり、理想を持つものから生活のために軍に加わろうとする者まで並んだ。

 アカサカの機体ブシンは、慢性的な戦争で消費された熟練パイロットの穴を埋める役割を発揮しようと設計されていただけあって、動かしやすい。

 志願兵に操縦してもらい、動きが良かったりこれはと思ったものを身分に関わらず採用した。

 貴族や騎士が戦うという特権を、平民に譲ったことになる。ファンタジオでは画期的なことだった。

 志願兵はアカサカに協力するケントゥーリオの派遣会社謹製の短期間での訓練プログラムを受けることとなった。派遣会社から教官がやってきて、志願兵を鬼のように鍛えた。

 コクピットの中で寝泊まりし、悪夢に震えるほど鍛えられた時、彼らの練度は目に見えて上がっていった。



 そして、大規模攻勢のXデーが来た。

 俺達はギリギリまで調整し、準備していた。

 俺はブシンの上位機体ケンシンに乗った。カスタムされたコンガーの騎士ラルゴと共に、ブシンの部隊を率いる。

 剣と盾を構えて密集させ、前後2列の戦列を組んで戦う。左手に盾を構える性質上、一番右の者が不利になるのだが、前列右端に俺、後列ではラルゴが入ることでカバーしていた。

 槍と盾でファランクスという密集陣形をつくって戦うやり方があったのだが、多用された挙げ句『視聴率がとれない不評の戦術』として、密集陣形でも距離をあけるように戦争の交戦規定に書かれてしまった。だから、前と前の間を後ろの機体がカバーする限られた密集陣形をとっている。

 観客がみたいのは、三十と三十の多のぶつかり合いというより一対一の試合を三十回みたいということらしい。ガチャガチャ戦うより華があるというわけだ。 

 安全圏でポップコーンを食べてる連中のリクエストなんだろうが、ここは騎士道を通すような戦場ではない。やれることは何でもやりたかった。


 ポールの情報は正しかった。敵には新型の美しい機体がズラッと並んでいた。赤いラソーが、量産されたサソー部隊の隊長をつとめていた。緑のエンリルは四本腕に斧を持っている。

 こちらも負けてはいない。レーダー以外でも敵味方の区別がつくように、ヤヌスを表すオレンジに黄色の太陽マークを機体にペイントし、士気は高かった。

 お互い最大数100機の規定一杯に兵を集めた。予想通り200機の大混戦になる。おそらくこの戦争の最大の戦いになるだろう。


「…相手は強いが、僕らはこの戦いに勝利する!なぜなら、ファンタジオの平和はこの戦いにかかっているからだ!仲間を信じ!平和を信じ!自由を信じて戦い抜こう!」

 戦いの前には、戦意のために皆演説家になる。トッドも士気を高める演説をした。

「リベルタ、ファンタジオ!パクス、ファンタジオ!」

「行くぞ!ファンタジオの勇士たち!」

 デュエルスタートの合図とともに、俺達は前進した。敵も歩き出す。

「駆け足!」

 俺達はスピードをあげる。敵もスピードをあげる。

「突撃!」

 走り込んだ兵と兵、盾と盾がぶつかり合い、いくつかは互いに倒れ込んだ。

 敵のケンタス部隊が俺達のセントール部隊と槍でぶつかり合う。敵の方が優勢だった。

 足音が怒涛のように辺りに響き、地面が揺れた。

「くらえっ!」

 コックピットに剣。俺は味方を倒したケンタスの一機を討った。

「ブシン部隊!訓練通りいくぞ!」

 通信を送る。ブシン部隊が掲げた盾に槍や斧が当たる。

「ヤー!トウ!ヤー!トウ!」

 ヤーでその場で剣を振り、トウで剣を突いて前進する。

 剣術が素人なのをカバーする苦肉の策だ。ブシン部隊は盾の扱いの方が上手かった。

 ブシンが正面で敵を抑えている内に、俺はブロードソードと盾を手に敵に襲いかかった。

 日本甲冑をモチーフにしたケンシンやブシンに西洋剣はミスマッチなんだろうが、カタナは大量生産が難しいためつくられていない。何でもありだ。

 俺が隊列の右からコクピットに穴を開けて回ると敵の勢いが和らいだ。

「今だ、一気に切り倒せ!」

 両刃槍を回転させて戦うラルゴが通信で叫び、マイクを切り忘れた志願兵らの狂った雄叫びが木霊した。

 この戦争唯一の遠距離攻撃である投げ槍を盾で避けながら、俺は猛った。

 段々と陣形や密集関係ない乱戦になっていく。

「っ。この!」

 複数の敵が俺に剣を振る。盾でいなし剣を交え蹴りを放ち空を飛んだ。

 縦横無尽に戦った俺だが、スペックの差が出たか味方の方が損耗が激しかった。

 貴族たちの豪奢ごうしゃな機体が激しい切り合いに耐える。貴族の金をかけた高性能な機体は生き延びやすかった。

 俺はグランバインを見た。硬質メタルでこれでもかと鍛えられたグランソードを振り回すトッドに敵が群がっている。敵の中には赤いラソーがいた。


 これはマズい!


「グランバインを守れ!」

 俺はそう通信したが、雷神アッドゥと風神エンリルが切り結び合い、カーサ騎士団は上位機体に苦戦し、ブシン隊は貴族と合流しての戦いで手が離せない。俺は持ち場を離れる訳にはいかない。

「俺がいく!スペースニートは戦線を維持してくれ!」

「ラルゴ!」

 煮えきらない俺とは対象的にラルゴが空を跳ね飛び突っ込んでいった。

「うわぁぁあ!」

 ブシン乗りの一人が逃げ出そうとして、向けた背中を刺された。

こらえろ!引けばかえって殺されるぞ!」

 俺が鼓舞するようにブロードソードを振り回した。

 赤いラソーが剣を、ラルゴのコンガーカスタムに向ける。二人が刃を交えるも、ラソーの剣術を前にラルゴが頭を切り飛ばされ、コクピットを切られた。

 俺は腕利きのラソー使いに焦点を当て、ラルゴのしかばねを超えて切り込んだ。

 その場で切り合いになり、盾を掲げあっての対決になった。

 グランバインが降り立った時から何度も敵として見かけていた機体だ。

 逆関節の利点をいかした重い縦斬りを何度も振ってくる。俺は盾で受け止めながら突きを繰り出す。

「貴様らに興味はない!グランバインと勝負させろ!」

「それなら一列に並んで戦うんだな。蟻のように群がりやがって。」

 赤いラソーと戦っている間にも、グランバインは苦戦していた。こちらには大将首がいるが、向こうにはいない。これは決定的な不利だった。

 盾を利用した突きをかわしつつ、鍔迫り合いで出力勝負になった。ケンシンの方が上だ。

「あんたらは何の大義で戦うんだ?大した理由もないのなら、適当に戦って引けよ。給料安いんだろ。」

「ふざけたことをぬかすな。」

「おっと。やっぱりジャンにたいした義理はないんだな。」

「アンブロ王はこの星に変革をもたらした革命王だ。ヤヌスの末子が現れたとて、最早流れは変えられん。」

「諦観してる所悪いけどな。流れはまた変わったんだ。ジャンの野郎をそこまで構う理由がないのなら、あんた、ババを引いてるぜ。」

「ほざけ!」

 感情のこもった一撃を、俺は剣をこじりながら受けた。剣の軌道がそれて、相手の剣持つ手を手首ごと切り裂く。

 騎士の前世で俺は手元柔らかく剣を回しながらラソーのコクピットを狙った。ラソーは胸をそらして装甲一枚で回避する。俺の剣をかわしたラソーは、そのまま身体を回転させ背中合わせになると、戦場から離脱した。

 するりと逃げられたが、追いかけるつもりはない。俺はグランバインに向かう。

 大将はまだやられてはいなかった。敵を引き剥がしてはコクピットに剣を刺し込む。

 俺にも敵が群がってきた。

 俺は人馬ケンタスの背に飛び乗り、人牛ミノスの頭部を叩き割り、ジャンプして量産機ラソーにソードを叩き込んだ。

 俺はあらん限りの前世の技能を駆使した。ようやくグランバインへの攻撃が止まったが、グランバインは左と脇腹の装甲が破損していた。

「大丈夫か?王子。」

「危ない所だった。」

 トッドがため息のように言葉を紡ぐ。

「まだやれそうか?」

「はい。やれます。」

「なら、俺はあっちに加勢にいってくる。死ぬなよ!」

「はい!」

 俺は数を減らしたブシン部隊に駆けつける。


 忙しい戦場だったが、すべてが終わるのに3時間以上かかった。

 互いに辞め時を欠いた戦いは殲滅戦の様相になったが、トッド王子の勝利宣言を受けると敵は降伏し、俺達は生き延びた。

 つまり、俺達は勝ったのだ。ラッカ領クラガの丘での歴史的な勝利だった。

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