第37話 曇天は濃く
志ある貴族がスポンサーをかってでるようになった。
四本腕のアシュラ型の最新モデルの雷神アッドゥを操るニンガル・シン辺境伯まで駆けつけ、マスコミと企業、母星を名乗る他の星は大いに慌てた。
何せトッドの目的は独立と平和である。戦争やファンタジオを利用したビジネスが成り立たない。
そういう芽は、早めに摘んだ方がいいと考える奴らが出てくるはずだ。俺はトッドの暗殺に気を揉みながら、操縦の腕を磨いた。負けるのは死を意味するからだ。
次の戦地に向かった時には、華美な装飾のある機体が並んだ。
貴族お抱えの騎士もおり、貴族や騎士に寄生して生きる吟遊詩人が王子の歌を歌い上げた。
俺は遊戯にトランプカードを持ち込んだ。皆と親善を深めるのが目的だったが、それだけで一気に仲良くなった。カードやって花札やって、その日のおかずをかけて遊んだこともある。
カードを通じて仲間の絆が強くなった。ちなみに、一番強いのはシュラグ伯だった。
ファンタジオの戦禍に苦しむ人々は、初めて芽生えた終戦への希望に熱狂したが、ニュースでは冷ややかだった。全てはスポンサーのプロモーションと放言する競合他社企業の評論があり、労働や搾取や兵役から児童を守る慈善団体がトッドのあり方に反対したことで批判が加速した。
普段正論と善意で溢れた団体が声を上げたのは、スポンサー企業の圧力でも受けたのだろうか。俺には分からない。
後に批判を撤回したが、ネットワークでみて、俺は正直ショックを受けた。ハイアースのコンビニで会計の時、団体の寄付箱に数クレジットほど小銭を入れたことがある。それだけメジャーなところだったからだ。
当然、アカサカも黙ってはいない。トッドの生い立ちや戦争の背景、悲劇の王子のロングインタビューをのせたドキュメンタリーを放送し、ファンタジオのヤヌス王国についての正当性を問い、『戦争を終えるため、僕は戦う』というキャッチコピーで大規模なイメージ宣伝をうったのだ。
『恒星の勇者』グランバインの見目も良かった。グラディアートルを模したフィギュアの中で売上上位に食い込んだ。
「相手の戦法として、グランバインに集中攻撃をかける事例が多くなりました。グランバインには付加価値があります。後方につけて、王子自らが戦うことによるリスクを減らすべきです。」
ナカモトはグランバインをバラしたらどうかなんて言っていたが、企業価値があるとなったら今度はグランバインを大事がった。
「僕は臆病じゃない。」
思春期真っ只中の目付きで、トッドが拒否した。
「グランバインは殿下の機体です。それを守るのも臣下の務め。私達からもお願いします。」
シュラグ伯が頭を下げた。
「でも、皆のために前に出て戦うのも王の使命だ。」
「グランバインと王子は我々の勢力をまとめる全てです。貴方を失えば、全てを失う。」
「でも…。」
「王様は玉座に座って、臣下や仲間に全てを任せる度量も必要だ。その練習だと思って、前に出るのを控えて欲しい。俺達の腕を信用してくれ。トッド王子。」
俺はシュラグ伯の言を継いだ。
「皆もその意見か?」
「賛成だ。アンブロ・ジャンを倒すまで、私達が貴方をお守りする。」
リジーが腕を組む。
「前線にでるなとは言えない。グランバインは最大の戦力だからな。しかし、王子のお命には変えられない。後方で控えつつ、戦局をみながら加勢するように戦われるべきかと。」
カーサにも
本当はいっそトッドがグランバインに乗らないのがいいのだが、俺はその言葉を引っ込めた。
戦地での勝利は陣地戦になる。ある陣地に移動し、戦い、撃破するとまた次の陣地へ移動する。
この繰り返しだ。連戦連勝だった。
グランバインはヤヌス王国が建国する前の王国の技術の粋を集めており、自国防衛の象徴として創られた機体だった。強いにも理由がある。
グランバインは強いが、敵の目標になる。後方に下げた作戦で敵が露骨にグランバインに殺到するのを、横から切り込む作戦はうまくいった。
グランバインの横にはニンガル・シンの雷神アッドゥが控えている。2機に勝てる機体は中々無かった。
「貴族に負けるかよ!」
黒に塗装した人型量産機コンガーを操るオンドの片手斧が、敵セントールの頭部を両断する。
「うわっ!」
斧をセントールの頭に残し、下半身がヘビ型のラミアがオンドのコンガーに絡みつくと、刺剣エストックがオンドのコックピットを貫いた。
「オンド!」
カーサの両手斧がラミアの背中を打ち据え、装甲を切り裂き破壊した。
「畜生!」
死者が出たが、俺は眼の前の敵に集中した。中型の騎士盾で敵の剣戟を受け流すと、盾を水平にして胴を殴りつけた。
相手の機体を揺らしてコントロールを奪うと、胸に思い切りブロードソードを突き刺す。
「オンド!」
カードのババぬきではいつもジョーカーばかり引いていたオンドの死に、俺は駆けつけることも出来ず、声だけでオンドの名を呼んだ。
「よくもやりやがったな!」
片盾に短槍をもったカーサ騎士団のガンガのコンガーが、敵の残骸を乗り越えセントールにトドメを刺した。
そこにミノスの斧が振り回され、ガンガの機体の腕が切られる。
「焦りや怒りは禁物だ、騎士達!」
シュラグ伯が、金色の人型兵器ゴルデンがミノスにレイピアをふるった。
シュラグ伯目掛けて飛んできた敵の指揮官機体を、俺のコンガーが空を飛んで体当りする。
「粘ってないで、とっとと引きやがれ!馬鹿野郎!」
俺は曇天を切り裂くように、ブロードソードを振り回した。
ついに、戦死者が出た。コクピットの中をみたカーサが首をふり、簡易ながら葬式になった。
曇り空で人の影が濃かった。トッドは涙を流して悲しんだ。俺は泣かないように上を向いたが、涙がこぼれて出てしまった。
銃と違って一瞬で大量には死なないが、死ぬ時は死ぬ。志半ばで死んだオンドが不憫に思えるほど、俺は仲間と近しくなっていた。
敵は残骸になった。スクラップを回収する戦場屋が来る前に、皆でラミアのコクピットの中の人を見た。憎憎しい思いだったが、女だと分かって気分が
戦地で活躍したと思いたくもない。兵士が戦地を思うも、戦争についてわざわざ語りたくないというのはこういうことかと感覚的に理解した。
俺達はついにシュラグ伯の領土を全て取り返し、次の陣地へ向かう。命があればいいが。
「次の陣地はラッカ領になりますな。こちらは味方についてはいません。気を引き締める必要があります。」
ナカモトが喋ると、シュラグ伯が頷いた。
「ラッカ伯はジャンの側についていた貴族です。彼は我々が侵略してくると思っていることでしょう。」
「何にせよ、蹴散らすだけだ。」
落ち着いた金髪で、髭を蓄えたニンガル・シンが短く返した。サーベルを持った四本腕の彼のアッドゥの技量は、戦場では畏怖を感じる強さだ。敵に回したくないとはこのことかと感じる。
「…。」
俺は使う機会のないウェーブ銃をクルクルと手遊びしながら、考えをまとめていた。
シュラグ伯が領土内外へ支援の輪を広げたおかげで勢力は強くなったが、本当の『敵地』に行く。死者を出したがゆえに不安があった。
「裏切りがないのが救いだな。」
「どういう意味かな?スペースニート。」
ボソッとした独り言をニンガルに聞かれてしまった。
「俺達は仲間として団結を強めた。しかし、ここから先はより一枚岩であることが大切になるってことさ。裏切りや王子の暗殺を狙ってる奴がいたら言ってくれ。腰の銃で撃つから。」
俺の面白くない物言いに、ニンガルが鼻を鳴らす。
「フン。貴公こそ裏切らない理由でもあるのか?」
「裏切るくらいなら、王子が密航してきた時に撃ってるさ。あの時に俺は、面倒を見てやるつもりになった。今は最後まで付き合うつもりでいる。ニンガル殿はどうだい?」
俺はニヤッとした。
「我が忠誠は鋼よりも固し、だ。」
ニンガルもニヤッとした。
仲間との絆は戦場で育まれた。疑いはないだろう。俺達の会話にリジーが横を向いた。この人は単なるツンデレだから裏切る真似はしない。カードで2番目に弱くて、死んだオンドとババ抜きでジョーカーの押し付けあいをしていた仲だった。
「私は
この中で一番信用がおけない者だろうナカモトがそういうと、会議に出席した貴族諸侯が何か言おうとして黙った。
「では、団結をより強くした所で、ラッカ領の戦場について会議を重ねることにしましょう。」
シュラグ伯が口角を上げた。
焼け野原ばかりのシュラグ領と違って、戦火を免れてきただけあってラッカ領は森が多い。
入領と同時に、村人らしき人々が投石してきた。
「帰れ!疫病神。」
「こっちにくるな!帰れ!」
自分の村近くが戦場になる。誰だって嫌だ。
俺達は黙った。
グランバインに石が当たった時に、馬車でついてきたスポンサーの貴族が色めきたったが、トッド王子は気にする様子も見せず戦地へ移動した。
程なく、ラッカ男爵が馬車でやってきた。
馬車から降りると、ラッカ男爵は礼もしないで書状持ちに言葉を紡がせた。
「この領土はアンブロ・ジャン国王陛下により賜った土地である。ジャン王家によれば諸君らは賊であり、賊軍と呼ばれている。賊軍は速やかに引き返せ!繰り返す!この領土は…」
「おっと失礼。」
ゴルドンに乗ったシュラグ伯が、金色の脚で馬車の後部座席を踏みつけた。
「あー、何すんじゃい!」
ラッカ男爵が叫ぶと、シュラグ伯爵はフフッと返した。
「身分不相応な大きな馬車だったので、ついつい足の置きどころを間違えてしまいました。堪忍下さい。男爵殿。」
普段どちらかといえば温厚なシュラグ伯の行為に、俺は貴族の上下ってヤバいなと戦慄した。
「シュラグ伯爵。自分の畑を荒らされたからといって、
「畑を踏み荒らした賊共の仲間をしている男爵の言い分とは思えませんな。被害者ぶらないで欲しい。」
男爵の批難をポイッとゴミ箱にでも捨てるように返した。
「そうだそうだ!」
「グランバインの邪魔をなさるな!男爵!」
聖戦についてきた聖職者みたいな気分のスポンサー貴族らが、グランバインに合わせた青い馬車から声を上げた。
「ぬくくくくくっ!」
顔を赤くして怒るラッカ男爵は、さりとて言い返す力もなく、馬車を壊されたので馭者に手綱を引かれて馬で去っていった。
「あれでいいんですか?」
俺はシュラグ伯に尋ねた。
「ええ。ただの商売人が貴族を名乗っただけですから。」
コックピットでもニッコリとした笑いが透けて見えた俺は、貴族って怖ぇー、とブルった。
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