第36話 モンテ・シュラグ伯爵

「グラディアートル!命知らずのケントゥーリオたち!グラディアートル!死を恐れぬ者たち!」

「ケントゥーリオニュース。まずはこちらのニュースから。」

 早速、マスコミのニュースにあがっていた。

『ヤヌス王家を名乗る少年兵』というトピックだ。

 ナカモトが用意したアカサカのロゴマークを背景に、トッドがマスコミの取材に応じた映像が流れる。

「僕の目的はヤヌス王国を取り戻し、ファンタジオに自由と平和をもたらすことです。アンブロ・ジャンは王家を、家族を皆殺しにしました。許されることではありません。僕たちはこの戦いに勝利して、ファンタジオの独立を目指します。」

 画面外で皆で叫んだ。

「リベルタ、ファンタジオ!パクス、ファンタジオ!」


 辛口戦争評論家みたいな奴が皮肉な表情を浮かべる。

「まず第一に、この少年は本当にどこの馬の骨か分からない。ヤヌス王家を名乗っていますが、何せヤヌス王家はジャン氏によって滅ぼされてますからね。真偽は疑わしいと言わざるを得ません。次に彼が載っているグランバインが戦争におけるレギュレーション違反になっていないかも懸念されますね。ヤヌス王家が残した機体といいますが、どこかにアカサカやその母体のスティーブコーポのロゴマークが入ってそうです。」

 バタ臭い男の物言いに腹が立つ。


「ふざけるな、前から思っていたが、この男は何様のつもりだ!」

 テレビ型の投影機を壊しそうになるカーサを押さえつけた。

「まぁまぁ。武勲をあげれば人は黙るから。人は結果しかみないから。」

 俺はニート生活で得た真理を口にした。

「そうですよ。初めはこんなもんです。インパクトを与えただけですから。次は勝利でよりインプレッションを与えましょう。」

 ナカモトが目をグリグリ動かしながら、脳内で書類を作成する。

「参加できる戦場は、村から1キロ離れた丘ですな。敵は数は多いですが、コンガーが多く左程強敵という訳では…」

「コンガーを馬鹿にするな。」

 コンガー乗りのオンドが気を悪くした。

「強敵という訳ではありません。皆様の武勇を祈ります。」

「機体状態はバッチリしあげた。問題ないはずだ。」

 ゴトウが口の片方の端を上げた。

「よし。出撃するぞ!」

「おう!」

 カーサが決め、皆で腕を上げた。


 戦場に向かう俺達を、村人が応援していた。

 賑々にぎにぎしく送られた訳だが、丘の上には10や20そこらの機体が待ち構えていた。

 アンブロ・ジャンの軍隊の前衛といった所だ。

「抜剣!」

 俺は片手剣を抜いた。小さな盾を掲げる。

 コンガーにセントール、ブエイの強化版のミノスにラミアまでいる。

 その中で一際目立ったのが、逆関節の脚の赤い機体だ。認識ではラソーというらしい。金の縁取りをした盾を構えていた。

「グラディアートル!決闘開始デュエルスタート!」

 まるきりゲームだ。

 下らない。だからこそ勝たなければ意味がない。そんな命のやり取りゲーム。


 こっちは散兵的だが、向こうは群れでやってきた。

 俺はセントールの槍を小盾で脇にどけると、深く切り込んだ。剣で胸を突き刺す。

 剣で切ってきた相手コンガーを、抜いた剣で応じ、盾で相手を殴りつけた。

 よろけた所を蹴り飛ばし、距離を置く。

 手汗がどっと出るが、汗は宇宙服の中に消える。俺は操縦桿をしっかりと握った。

 焦るな、前世の俺をうまく使うんだ。

 俺は小盾を突き出し、剣を肩に担ぐように引いた。

 相手は小盾と剣を突き出す。

 俺は剣で一撃を狙い、相手と正対する。

「おおおお!」

 横でグランバインが豪快にソードを振り回した。

 マイクを切っていない。

 グランバインを脅威を感じた相手が離れようとする。

 人体を模しているなら、人体が放つ技も真似できるはずだ。俺は動作を真似するマスタースレイブというシステムをオンにして、足元で独特の歩法を再現した。

 すり足のように重心を殺さない歩法で敵に近づく。切ってきた相手の剣に俺は剣を合わせ、手首で剣をこじった。

 剣の起動が変わり、敵の顔を剣が切り裂く。人間ならここで出血を起こしているが、これはグラディアートルだ。

 俺は頭部から胸部へと狙いをかえ、思い切り突き刺した。

 コクピットを刺されて中の人が絶命し、動きが止まる。


 俺が2機を仕留めている内に、敵が組んでいたフォーメーションが崩れ、その場その場の戦いになっていた。

 グランバインはたくさんの戦闘パターンから最適化された動きをトッドに提供していた。トッドはラソーと戦っている。何事か問答を叫びあっていたが、緊張しすぎて聞き取れない。

 カーサのブエイが斧で頭と胴体を両断すると、マイクをオンにした。

 「トッド殿下をカバーするぞ!」

 俺はグランバインの元に急いだ。

 ラソーは形勢が悪くなったと見て、「退却!」と叫んだ。戦が上手い。引く時には即座に引く。

 逆脚のラソーは、飛び跳ねて距離を稼ぐと、「小僧!次はないぞ!」と負け惜しみを言った。

 俺はマイクをオンにした。片手剣を突きつけて叫ぶ。

「おとといきやがれ!」


 勝利で飾ると、マスコミがたかってきた。 

 彼らは戦場カメラマンや戦場ジャーナリストの後継だ。命がけで戦争の実態を訴えてきたジャーナリズムが、スポーツの試合後のインタビューくらいに萎んでしまっていた。

 実質の初陣に興奮するトッドを脇に、俺は素直に喜べなかった。

 生き延びた。生き延びたはいいが、ここまで付き合う必要はあったのか?


 通信が入った。ボールだ。

「よう、勇ましいケントゥーリオ。」

「臆病なスペースニートのままだよ。パイレーツキラー。」

「ニュースでチラッと映っててビビったぜ。なんでまた戦争ごっこなんてしてるんだ?」

「密航してきたのが、この星の王子様でな。情が動いて成り行きで戦う羽目になった。」

「密航者が絶世の美女だったら、なんて艶話があるが、まぁ、お前らしいな。」

 ポールが苦笑する。

「でも、グラディアートルは良い線いってるぜ。銀河狼コスモウルフの野郎がグラディアートルの戦争に熱を上げていて、情報によると奴の死んだ親父が出資したところの一つにヤヌス王国の現国王アンブロ・ジャンがいるんだ。ジャンは裏では海賊とも手を組んでたみたいでな。」

「そりゃ奇遇だな。ますます負ける訳にはいかなくなった。」

「お前が戦争やってる間に、ジャンは軍の資金を集めるパーティーをやるらしい。それで思ったんだが、俺はそのパーティーに潜入して、海賊や大物を調べて金の流れとかを追ってみるつもりだ。そうそう、特務課と相談してな。俺、特務課所属の候補生になったんだ。就職だぜ。」

「それはおめでとう。」

「ニートしてないで、お前ももっと働けよ、ソルジャー。」

「うるせぇ。ナイト様と呼べ。」

 軽口を叩き合う。

「とにかく、パーティーの中には大物小物が来るはずだ。汚い資金があれば打撃を与えてみるから、死ぬなよ。」

「死なないように死ぬ気で頑張るさ。」


 翌日、俺達の元に続々と騎士がやってきて…来なかった。来たのはグラディアートル乗りのケントゥーリオだった。

「俺はケントゥーリオのスオミだ。俺を雇えるのは光栄だぜ、あんた。」

「俺様こそケントゥーリオのアッカーマン。と網のアッカーマンといえば俺様だぜ。」

「おいらはマサカリ使いのオットトだ。」

 アカサカの金があると見たケントゥーリオが、雇い主になってくれと詰めかける。どいつもこいつも予想通り足元を見たような高値をつけていた。

 一人だけ、支払いに妥当そうな値段をつけている女がいた。

「私は傭兵をしているリジー・ダンケ。使うのは曲剣シミター。使う機体は逆脚のコリーヌ。値段交渉はしないのでそのつもりで。」

「この値段なのはどうして?」

 トッドが聞くと、リジーは横を向いた。

「腕を安売りはしない。けれど、女だからと誰もが下に見てくる。その兼ね合いでこの値段になった。問題があるなら、あんたらは私の敵になる。」

「いいや、雇おう。」

「殿下!?」

 ナカモトが声をあげる。

「もっと強そうなのを味方につけられては?」

 耳うちしてくるナカモトを無視して、トッドが聞かれるように話す。

「戦場で戦うのに男も女もない。出来れば僕たちの掲げる自由と平和に共感してもらいたいが、雇えるなら雇いたいと思った。いけないか?」

「契約成立だな。」

 美女のリジーは腕を組んだ。水色のポニーテールが揺れる。

「他は雇うにしても値段が高すぎるな。値段の交渉が出来ないなら、お引き取り願うか。」

 俺は書面を見ながら、ため息をついた。味方でなければ、彼らは敵に回る。

 結局、味方についたのは彼女だけだった。


 逆脚のコリーヌは紫の華奢な機体だった。ゴトウたちの手入れが入る。

 俺はカーサと話をした。

「どう思う?」

「どうとは何だ?」

「俺は安値のバーゲンセールでやってきて、王子を暗殺してくるケントゥーリオとかいるのかと思っていた。戦争アニメの見過ぎかな?」

「暗殺者という話か。」

「そうだ。一番怖いのは毒を盛られたり遠くから撃たれたり。トッド王子を狙うのに正々堂々とする理由はないからな。」

「それは、殿下が一番覚悟していることだろう。」

「え?」

「村人からの食料に同じことを思った私が、同じことを危惧したら、殿下はそれでは何もできないと笑みをお浮かべになった。腹を括られているのだろう。」

「腹をくくる、か。」

 俺は身の安全のためなら嘘もついたし、臆病ゆえに安牌な選択ばかりしている。

 それでいいとか悪いではない。どうあるべきか、だ。

「人が集まらなくても進軍し、ジャンの根城を叩く。あの城はヤヌス王家のものだ。奴が玉座に君臨していいものではない。しかし、旗を振ったのに志のある味方がこないな。」

 カーサはへの字口になった。

「忠誠心という奴より、スポンサーに従うのだろう。金の魅力には勝てないのだろうし。」

「騎士は戦争屋の真似ばかりすれば、騎士ではなく戦争屋になりさがる。騎士たるものは志がなければ騎士とは呼べない。俺もそうだっただけに、集まらぬのは腹が立つ。」

「戦争で荒れた星だ。理想なんて持ち込んでも中々信じる気にはなれないのかもな。おっと、誰か来たぞ。」

 馬車に乗って、誰かがやってきた。

「お偉いさんだな。」

「あの紋章はこの辺りの領主だな。行ってみよう。」

 戦争で荒れた土地の領主か。苦労してるのかな?

 俺達は馬車の後を追うように駆けつけた。


 長い栗毛に赤いコートを来た見るからに貴族の美男が、馬車を降りてトッドの前に立った。

 手に文書を持った文官が、男を仰々しく紹介する。

「トッド・ヤヌス王子に拝するは、このシュラグの地を治めるモンテ・シュラグ伯爵に御座います。」

 シュラグ伯爵と名乗る男がつば広の帽子を取ると、トッドに向かって礼をし拝謁した。

「お初お目にかかります。このシュラグの地に降り立ったザイオンの塔と、戦場での一報を聞き及び、これはと思い馳せ参じた次第です。どうかお見知りおきを。」

「トッド・ヤヌスです。こちらこそ、宜しくお願いします。」

 慣れていないトッドは、シュラグ伯に軽く頭を下げた。

「此度のヤヌス王家の帰還。歓迎する者もいれば、そうでない者もおります。伝説のザイオンの塔が降臨したとあっては、貴方の真贋を疑うものはおります、ま、い。」

 シュラグ伯はトッドの顔を見た。正確には金色の目を見た。

「その天然の黄金の目と赤い髪。私は幼少の頃、貴方の顔を見ております。赤毛は父君、目鼻は母君に似ております。やはり、間違いない。」

 シュラグ伯のライトブラウンの目が潤む。

「よくぞ、よくぞ生きておられた。このモンテ、今よりジャンでなくトッド様にお仕えします。どうか国王陛下となってこの国をお治め下さい。」


 端で見ていた俺は、カーサを肘でつついた。

「志のある貴族がついたな。」

「当然だ。」

 カーサはそうつぶやいた。


 シュラグ伯爵を味方につけた俺達だったが、シュラグの地はヤヌス王国でも王家に近かったため、罰のように戦場にさせられていた土地だった。

「戦場は選べないはずですが、実際は我らヤヌス王家側についていた貴族の土地を使われ、荒らされております。中には土地とともに屋敷ごと滅ぼされた者も…。」

 悔しい、シュラグ伯はそんな曇った顔をした。

「トッド殿下。我々はジャンの蛮行を止められなかった罪があります。企業などに頼らず、我々の力を頼って下さい。」

「それは聞き捨てなりません。」

 ナカモトが眉間に指を当てた。

「我が社は貴方方あなたがたよりもこの方に未来を見た。その上、貴方方は戦場として領土を荒らされて力を失っております。我が社を競合他社と同じ目で見ないで頂きたい。」

「だが、我が地我が星で商売がしたいのだろう。」

「商売はトッド王子が王となった後、我々と交易を優先して結んで頂ければそれでよいのです。他の社のようにレアメタルや資源を今の段階で買い叩くつもりは御座いません。社長の期待と投資にお応え頂ければ、それで十分。」

「まぁまぁ、同じ方向を向いていれば、そいつが味方であるのは間違いないさ。パクス、ファンタジオだし、インデペンデ、ファンタジオ(ファンタジオに自主独立を)だろ?平和がゴールのピクニックの連れは、多いほうがいい。」

 片目を閉じていう俺の言葉に、争う構えをみせていた二人が黙った。

「スペースニートの言う通りだ。理想を掲げて旗の下に集まった者同士協力し合うのが良い。シュラグ伯の見立てでは、味方になってくださる貴族はどれほどおられるか?」

 カーサの問いに、シュラグ伯は品よく尖った顎に指を当てた。

「貴族にはこんな時勢でもサロンがある。私が呼びかければ、他の伯爵や男爵が味方になるはずだ。特にニンガル・シン辺境伯が力になってくれると思う。」

「雷神アッドゥか!それは心強い。」

 そのニンガルとか言う人、二つ名があるのか。

「私もグラディアートルの心得くらいある。命を惜しんでケントゥーリオにまかせていたが、命を賭けるに足るこの聖戦においては、私もまた剣を取らせて頂く。」

 貴族の腕がどれほどかは知らないが、決意は硬そうだ。


 何だか、道がひらけてきたかな。

 俺はそう思った。

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