第39話 カイン小隊

 クラガの戦いには勝った。しかし、死傷者は多かった。残骸が転がり、液体燃料が血のように地面に染み渡った。

 燃料は可燃性だが爆発的に燃え広がることはない。戦場の再利用のために石油ではなく、より安定した有機化合物が使われている。その赤茶けた色はオイルよりも死を感じさせた。


 グラディアートルの残骸回収屋がやってきて、敵味方の遺体以外を持っていく。

 農民が諦めた顔で遺体を埋めていくのを、俺はただぼんやりと眺めていた。

 生きているのが不思議だ。埋められる中に自分がいてもおかしくなかった。

 通信が入る。

「ようスペースニート。グラディアートルチャンネルの実況中継で見てたぜ。大活躍だったな。」

「そんな気分ではないよ、パイレーツキラー。」

 俺はポールにそういうと曖昧な笑みを浮かべた。

「謙遜するなよ。飛んではねての大活躍だったじゃないか。お前のケンシン。中々目立ってたぜ。」

「目立ってたら駄目だろう。これでも狙われてる身だ。」

 曖昧な笑みから、苦笑に変わった。

「奴ら、この戦いにかなりの予算を費やしてる。投資の他にヤヌス王国の国庫をあらかた使ったみたいだ。グラディアートル1機で旧時代の戦車が何台も買える。それを100機というんだから、一体幾ら使ったんだ?」

「それはこっちも同じだよ。仲間を沢山失って、何ていうか、今は何もかも嫌な気分になってる。」

「何だよ、さっきから勝った側のコメントとは思えないな。」

「生き延びたコメントととっておいてくれ。」

「そうか。ま、あんたには死なれちゃ困る所だったしな。よく生き残ってくれたよ。」

 ポールなりの気遣いの言葉に、俺はまたスマイルを浮かべた。頬筋を収縮させたといっていい。

「それで、奴らはどうなってる?」

「敗北した側だからな。損失の補填に回ると思う。しばらく攻撃するのは控えると思うんだが、分からない。」

「そうか。」

 俺は考えたが、何もいいアイディアが浮かばなかった。クタクタだ。


 その夜、久しぶりに肉が出た。ローストビーフやパテやソーセージ。この星の動物のものだという。酒も出た。この星のブドウから採れたものだという。

 戦勝のパーティーだ。まずは亡くなった戦友へ酒を掲げ、次に勝利に乾杯した。王子の意向で無礼講になり、必死に肉にかぶりつく農民から、食欲の出ずに酒だけを飲んで酔う俺みたいなのまで様々に盛り上がった。

「リベルタ、ファンタジオぉ〜!リベルタ、ファンタジオぉ〜お!いざ進めよ!」

 音楽に乗って陽気に踊ってみせる者が笑いと失笑をかう。貴族同士の会話にナカモトが混ざり、意外にも泣き上戸なリジーが、シュラグ伯爵に絡んでいた。

「スペースニート。飲んでるか。」

 カーサが金属杯を掲げた。俺も木の杯を掲げる。

「厳しい戦いだったな。騎士団長。」

「あぁ、仲間が皆やられた。ラルゴやガンガ、立派な最期だった。ダナンはコクピットを切られたが、中で足を切断されたぐらいで命だけは助かった。しかし、もう戦いは無理だろう。」

 切断された『ぐらいで』という表現は、即死よりマシというニュアンスがあった。

「騎士団はもう俺とお前しかいなくなった。」

「今回戦ったブシン隊の中で、活躍した農民を1代限りの騎士に取り立てるのはどうだ?高い理想を掲げてるし、人生が変わるぜ?」

「貴族や騎士は血によって決まるというのが、本来のあり方なんだが、外星人のお前を騎士団入りさせた時には、もうその風習はいらなくなったのかもしれないな。」

 カーサと俺はしみじみ飲んだ。

 泥酔した貴族が農民と肩を組む姿を、別の貴族が嫌そうに見ている。

 民主主義が駄目でも、高い理想と共通の敵に身分を超えて団結したから勝てたのではないか?と理想論を並べてみても虚しいだけだ。

「ま、シケたってしょうが無い。今を楽しもう。」

「じゃあ、俺は肉食ってくる。」

 やっと食欲が出た俺は、少なくなったご馳走を胃の中に片付けに行った。交戦した後よく飯が食えるなと思っていたが、腹はちゃんと減るものらしかった。


 翌日。俺達の元に手紙が届いた。

 交戦の手紙。次の戦場と参加するグラディアートルの最大数が書かれている。

「2日後に50機だと!?」

 手紙の内容に、俺達は混乱した。

 生き残ったとはいえ、装甲が使い物にならなくなったグラディアートルの換装には時間がかかる。

 ベン・ゴトウの技術者チームがグランバインの修復にあたっているが、左腕は別のパーツを流用する予定だ。

 生き残ったグラディアートルを48機完品に仕上げるのに最低でも一週間はかかる見込みだ。それができても2機足りない。

 アカサカは他の社と提携を結んでおり、ファンタジオ解放軍のスポンサーは膨らんだが、現場に物が届くには時間が必要だ。

 おまけにその物資は海賊の被害にあっていた。ジャンのスポンサーによる損耗攻撃だ。宇宙に上がって海賊船を撃ち落としてやりたかった。


「敵は波状攻撃を仕掛けてくるつもりだ。」

 カーサが唇を噛む。

「鹵獲した10数機を流用しては如何でしょう。パーツでもなんでも、使えるものは使いたい。」

「それは良いアイデアだ。ナカモト。」

 ナカモトの提案にトッドが反応した。

「第一、奴らは50機もどうやって調達するんだ?」

 俺の素朴な疑問に、シュラグ伯が首を振った。

「普通に考えれば、不可能でしょう。おそらくですが、クラガの戦いで使わなかったコンガーや旧機体を流用するつもりではないでしょうか?」


 俺は会議から抜け出し、ポールの連絡をとった。

「おかしいな。奴らに余力はないと思うぜ?」

 ポールは顎を拳に乗せた。

「50機も集めるなんてハッタリじゃないか?」

 しばらく考え込んでいたポールは、まさかな、と口にした。

「なにかあるのか?」

「これは俺の憶測なんだが、別の星のグラディアートルを使うんじゃないか?」

「別の星?」

「グラディアートルは剣だけじゃなくて、他の星では銃やミサイルを積んで戦う機体やつもあるだろう?あれに剣をもたせれば。」

「それは交戦規定レギュレーション違反じゃないか?」

「グランバインというスーパーなロボットを認めるんだ。交戦規定なんて剣士だったらなんでもいいと踏み込むんじゃないか?」

「そうか?あり得るのか?」

 俺は他の星のグラディアートルで検索をかけた。

 銃で戦うギムやマーフィー、殺人スポーツラグサッカーの選手のランナー、変わり種に現地の生物を材料にしたアーマードバグ。

 剣闘士戦争もバラエティに富んでいるが、それぞれ領分があり、交戦規定が存在する。

 これを破ってまでかき集めるというのか。


「ちょっと信じられないな。」

 俺は首を振りながらも、それを拭えずにいた。

 ナカモトに確認をとる。

 ナカモトは目をギョロギョロさせた。電脳で検索をかけている。

「星の交戦規定を破るのは戦争における卑怯行為に当たります。グランバインは調査の結果、戦いに使うには交戦規定範囲内ということでセーフだったのですが、なりふり構わず攻撃してくるということであればわかりませんね。」

 ナカモトは遠回りな表現をした。前例があまりないのだ。

「それより、協賛する企業から機体を譲り受けた可能性の方が高いと思います。貴方の情報では、あちらの物資は海賊に悩まされることはありませんから。我が社ほどではありませんが、優秀な機体を揃えた可能性を考慮すべきでしょう。」

「俺達はどうする?」

「それについて、我が社の母体になるスティーブコーポレーションから賛同を得まして、グラディという機体をケントゥーリオ付きで10機も送ってくれることになりました。海賊の脅威はありますが、即戦力がくるわけですから負担は大分軽減できるかと。もうすぐ軌道上につくでしょう。」

 俺は空を見上げた。


 宇宙からグラディをのせた輸送船がやってきた。

 グラディアートルを乗せているとあってデカい。

 中から、緑と白の汎用機体グラディが現れた。

 どことなくフェイシングの衣装を思わせたが、グラディアートルの素体の一つと言われるスタンダードな機体で、剣闘から銃にいたるまであらゆるグラディアートルの分野での交戦規定が認められた傑作機なのだという。

 中の兵は、筋肉強化個体マッソロイドの男達だった。

 白人系の個体がナカモトに敬礼する。

「カイン小隊。着任致しました。ファンタジオ解放軍の隷下に入ります。」

「ご苦労さまです。あ、サインをお願いします。」

 タブレットにサインしたカインをみて、カーサは警戒した顔つきになった。

「外星人の生物兵器か。」

 身も蓋もない表現をする。

「まぁ、今の俺達に必要なものだ。仲良くしなきゃな。」

 俺が片目を閉じて言うと、カーサはつまらないな、と呟いてその場を去った。

「トッド王子に敬礼!」

 ザッと音がするほどキビキビとした敬礼に、トッドは一瞬躊躇したが、王子の顔をした。

「味方は一人でも多い方が良い。宜しく頼む。」

「はっ。」

 …。

「えっと、なおれ。」

 トッドの言葉で、小隊は敬礼をといた。

 その姿は、訓練された軍犬に似ていた。


 喜ぶのもつかの間、彼らは銃を専門に使う部隊だった。ナイフ術や体術、軍隊格闘術は役に立つが、剣術はまた別だ。ヤートウよりマシだが、高度な戦いになるとフェイントや手のひらを返す動作一つが勝敗を決定づけることも多い。

 カーサが指導に当たった結果、投げやりと盾を持ち、腰に剣を帯びることになった。投げやりを投げ、剣と盾で接近戦闘を行う。古代ローマの兵みたいな戦い方だ。

 剣は上手かったが、盾を防御以外に使うテクニックは無かった。盾は金属の壁だ。正面で殴るも良し縁で打つも良し、攻撃をこじ開けパリィしても良しなのが盾の本分だった。それと剣との連動を覚えれば形になりそうだった。生き残った騎士や騎士団が統合されてファンタジオ騎士団となり、小隊は団長カーサ・フシの指揮下に置かれた。

 

 開戦前、俺はクロコ経由で両親のことを知った。

 父は若い頃の写真を元に全身義体になった。写真をみたら、艶々した顔の母と犬と共に笑顔で写っていた。

 俺は親孝行できたのだろうか。自立したつもりでも、どこかに働きたくない気持ちが働いて堕落したくなる。

 でも、この歳でも成長はできる。20代は10代、30代は20代までのトラウマがやってくることがあるが、40になると何も気にならなくなる。長生きした者が勝つというのは本当だろう。



 開戦。会敵したが、コンガーやセントールやラミアを使いまわしていた一方で、見慣れないグラディアートルがいた。企業が寄こした機体だろう。短い間にさらにケントゥーリオを雇い入れたみたいだ。

 俺は精一杯戦ったが、連戦で連勝とは簡単にはいかない。

 俺は正面からの攻撃を受けていたが、背中から腹を貫かれた。

「うっ!」

 コクピットの足元ギリギリまで刃物が迫った。

 俺は剣を回転させ後方を逆に刺すと、背面蹴りした。

 刺さった剣が抜けた。危なかった…。

 燃料が腹から漏れ出す。

 盾に剣を添えて構え、打ち合う時に手を返して相手を切り裂く方法で耐えしのぐ。

「僕らの勝利だ!」

 グランバインが宣言し、トランペットがなった。

 これだけで敵の士気は削がれる。

 敵がもれなく降伏するのに、さほど時間はかからなかった。


 戦いを制したら、降伏した兵士への尋問が始まる。

 敵の情報を仕入れるためだ。ケントゥーリオは傭兵が多く、降伏した時点で忠誠心もへったくれもないので何でもあけすけに話す者が多かった。

 アンブロ・ジャンは戦いに連敗し焦っていた。他の惑星との契約を振り払って蜂起する貴族らが続出し、各地の治安維持も出来ず戦力は外星人頼みになっているのだという。

 政権末期みたいな状態は喜ばしい。やっと戦争に終わりが見えたようだった。



 次はラッカ領を抜け、いよいよ城に近い所まで進軍する。

 交戦状によると最大数20機。

 俺も含めた少数精鋭で攻めにいく。

 そこで待っていたのは、外星人の群れ。

 銀河狼コスモウルフのグラディアートルを大将にした精鋭軍だった。

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