第33話 (ロボット編)月に眠るグランバイン
分かったことは、クリストフは海賊艦隊を沢山持っている馬鹿でかい敵だということだ。
薬物というのは金になる。酒でさえ禁止されればギャングの資金源になる。アル・カポネを例に出すまでもない。
ニートの問題より根が深い敵を前に、ポールは燃えていた。俺もだ。こんな奴らに負ける訳にはいかなかった。
銀河警備隊特務課の力が借りれるとあって、俺達は戦略を練り直した。
どうしたら、溺死液ソーン・スワンプやクリストフを捕まえることが出来るのか?
議論だけしてその先に答えは無かった。例えるなら、それは砂の中から砂金だけをすくいとるより難しい。
この問題と同時並行に、俺はクロコから労働を強いられた。
「またチタン鉱石の運搬か。貴重な鉱石だが、どこかの星の鉱山で今取れまくってて、運ぶのに値が下がってるんだよな。リチウム鉱石なら運搬でももっと値がいいのに。」
「いいからキリキリ働きましょう。働かざる者食うべからずですよ。」
「あぁ、変に働きたくないでござる。」
「何か言いましたか。」
やりがいより義務感が目立つ。宇宙で遊んで暮らしたいと思うほど愉快な脳はしてないが、それでも苦労するために宇宙へ飛び出した訳ではない。
ムーランドの宇宙港で積荷を点検して、チップドワキザシに乗った。
宇宙空間へ出て、一息つくかと思ったとき、貨物室に向かったクロコから悲鳴があがった。
貨物室に昆虫でも紛れ込んだかと思ったが、銃を構えたクロコの先には、リチウム鉱石に紛れ込んでいた子供が這い出てきていた。
密航だ。
そう気づいてウェーブ銃を構えたが、何せ相手は子供だ。撃つのをためらった。
子供は癖の強い赤い髪を短く切った白人系地球人型の少年で、あどけない顔だが目鼻立ちははっきりとしていた。
サイバーアイなのか天然なのか、猫を思わせる黄色い瞳が印象的だった。緑の服に茶色の半袖ベストを着ていたが、シンプルというより地球の中世の服飾を思わせた。
「密航者は撃ってもいいことになっている。両手を上げたままにしてろ。」
俺が強く出ると、少年は俺を真っ直ぐに見つめた。
猫の目と俺のダークブラウンの目が見つめ合う。
「お願いです。僕をファンタジオへ連れて行って下さい。」
「ファンタジオだって?」
俺は思わず聞き返した。ニュースでよく話題になる星だ。負の意味で。
「僕の名前はトッド・ヤヌスといいます。どうか僕をファンタジオへ乗せてはくれませんか?」
「ちょっと待った。なんでファンタジオなんて星に密航してまで行こうとしてるんだ?」
ファンタジオといえば、スポーツのように語られる惑星間代理戦争こと剣闘士戦争の舞台になっている星の一つだ。勿論、そんな所に行く気はない。
「僕はファンタジオでやらねばならないことがあるのです。命をかけてでも。」
口ぶりからして、物事に聡い印象を受けた。どこがとは言えないが、パニと似ている。
なんでこの船は、意思の強そうなお子様を乗せたがるんだ?
「話だけなら聞いてやる。クロコ、念のため爆発物とかないかを確認して、トッド君に手錠をかけるんだ。」
少年とはいえ、俺は
クロコがアンドロイドの目でトッドの身体にスキャンをかけると、
「僕は抵抗しません。おじさんは無抵抗の相手を撃てますか?」
「相手と場合によるね。子供でも海賊関係だったら容赦は出来ない。」
「僕は海賊なんかじゃありません。ファンタジオのヤヌス王国の王家の者です。」
偽皇帝カーンの子供の次は、星の王子様かい。
「その王子様が、なんでまた俺の船にいるんだよ。」
つまらない労働より興味が出た俺は、ウェーブ銃をクルクルと回してリホルスターしようとしたが、クロコの冷たい視線を浴びてやめた。銃を構え直す。
「まず、軽く自己紹介といこうか。俺は船長の
「僕はトッド・ヤヌスです。」
「うん。それで、何故トッド君は剣闘士戦争のあっている星に行きたいなんていうんだ?王子だからか?順を追って話してくれ。」
「まず、僕の星は文明を捨てた惑星でした。入植直後は当時の宇宙の最先端技術が使われてましたが、文明がかつての地球を滅ぼしたと思ったファンタジオの初代王家の命により、ファンタジオは皆、農業、漁業、林業などを生業にして文明を後退させたのです。実際それで、星の生態系は保たれていました。」
おっと、惑星の昔話からか。長くなりそうだ。だが、時間ならある。
「それから、王国は外の世界と関係なく歴史を歩んできました。王家の間で戦争があったり、国が分裂したりしましたが、それは惑星の中を出るものではありませんでした。ヤヌス家は、ヤヌス王国を三百年も統治していたんです。」
「過去形だな。ヤヌス王国は滅んだのか?」
俺は
実際は地球の中世レベルまで文化退行した人々が慎ましく暮らしていた田舎の星だ。緑豊かな惑星で、星としては材木を輸出できるほどだったらしい。惑星間の代理戦争の舞台になる前は。
「王家が滅ぼされたので、そうだと言えます。ヤヌス王国の今の支配者は、アンブロ・ジャンという男です。彼は王や王家の者たちを殺害すると、ヤヌス家に成り代わって力で玉座を手に入れた。」
「その、地球の中世みたいに弓とか剣とかで殺し合ったのか?」
「いえ、ムーランドのニュースでもあってましたが、彼は宇宙の商人と手を組み、グラディアートルという人型兵器を手に入れて、文明の遅れたヤヌス王国を蹂躙したのです。」
それは、石と戦車より一方的だっただろう。
「アンブロ・ジャンはある植物に目をつけました。ファンタジオに自生した寄生植物の木なのですが、体内にダイヤモンドに似た宝石をつくるのです。かつてはハグツリー、今はダイヤツリーと呼ばれています。」
そう言えば聞いたことがある。パールダイヤだっけ。体内で真珠のように薄い層構造を重ねたようなダイヤモンド
ダイヤモンドなんて高温高圧でないと作れないと思っていた俺は、その木に生命の神秘を感じていたが、ファンタジオにあったとは。俺の知識不足だ。
「宇宙からきた商人に宝石を売って沢山のグラディアートルを手に入れてからは、アンブロ・ジャンによる侵略と殺戮が起きました。周辺諸国も対抗してダイヤツリーからファンタジオダイヤを取り出してグラディアートルを買い、そのうち商人だけでなく母星を名乗る他の星が自分たちにも戦争の主権があると口を出し始めて、騎士や貴族の後ろ盾につきました。そして、戦いはどんどん見世物になっていったのです。」
トッドは首を軽く振った。
「僕は、マルスおじさんと暮らしていました。両親は病で亡くなり、戦争しているファンタジオから脱出したんだと、そう聞かされてきました。おじさんは病で亡くなる前に、全てを話してくれました。実はおじさんはヤヌス王国の騎士団長で、僕はヤヌス王家の最後の一人だと分かったのです。」
やっぱり、パニと似ている。高貴とか特別と言われる血の最後の一人という所だ。
「僕はアンブロ・ジャンを倒し、下らない戦争を終わらせヤヌス王国を立て直す義務がある。だから、僕はファンタジオに行かなければならないのです。」
「義務があるとか、ノブレス・オブリージュしてる所悪いんだが、密航してる時点で金も無ければコネもないんだろ。アンブロ・ジャンの前に宇宙港の法律が君を待っているんだが。」
俺は痛い所をついた。
「だから、お願いです。ファンタジオへ行かせて下さい。それまで何でもしますし、働きます。」
「働く覚悟は俺以上だな。」
俺が鼻からため息をついた時、クロコが嫌な顔をした。
「ヒロシさん。同情は禁物です。密航者ですよ。嘘かもしれません。」
「嘘なら王子とかヤヌスがどうとか言わないよ。宇宙百科事典に載ってた内容と大体一致してるし、本当なのだろう。」
「でも、乗せていっても何の得にはなりません。」
「こういうのは、損得で決めるつもりはないよ。少なくとも俺は、損得勘定でついてこいとか降りろとかいうつもりはない。」
俺がポソっと言うと、クロコは黙った。クロコも思えば損得抜きで連れてきたようなものかもしれない。
「お人好しは、損をしますよ。」
「まぁ、損だねぇ。」
俺はそれだけ言うと、トッドと向き直った。
「手元に何もないのにアンブロ・ジャンでも何でも倒すのは無理がある。ファンタジオについたら、どうするつもりなんだ。」
「おじさんが話してくれたのですが、ヤヌス王家には秘密があって、ファンタジオの月にグラディアートルみたいな巨大人型兵器が保存されているのだと言ってました。もし、それを取り出すことが出来れば、僕は剣闘士戦争に参加することが出来ます。」
「なまじ文明が遅れていたから、月からその人型ロボットを取り出すことができなかったわけか。面白い話だが、月で発掘作業をさせられるのは御免だぞ。」
「ヒロシさん!この子にとことん付き合うつもりですか!?」
クロコが頰を膨らませて怒った。
「月に建てたというザイオンの塔の中に、古代の遺産であるアークテックのグランバインが眠っています。」
「グランバイン、ねぇ。」
俺は考えた。密航は犯罪だ。突き出しても良し、話に付き合うも良しだ。
「宇宙船も宇宙服も行く金もないのに、星に行って国を救えとか、おじさんに無茶ぶりだけされて放り出されたわけか。」
「僕やおじさんはムーランドで魚をとって生活していましたが、貧乏でした。病気を治すお金もないくらいでした。お金さえあれば、病で死ぬすることも無かったのですが…。」
「持つべきものがないと、病には勝てないわな。」
金は命より重い。金がその人の尊厳や全てみたいになってしまったのはいつ頃からなんだろうか。
宇宙難民というか、宇宙亡命者というか。よくよくそんなのに縁があるみたいだ。
「チタンを運び終わったら、どうせ次の仕事を探すところだった。」
「ヒロシさん!」
「俺の船に乗ったんだ。運は良かったんだろう。ファンタジオと月まで連れて行ってやる。そこからどうするかは君が決めろ。」
「ありがとうございます!船長さん。」
「スペースニートだ。王子様。」
俺は片目を閉じた。前世の癖は抜けないものらしい。
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