第32話 血熱病クリストフ

 惑星ダラマンはスパイスがよく取れる星だ。この惑星の代表国をつとめるサーラ王国ではコドン麻薬をスティック状にして、スパイスとして認めていた。

 犯罪者が仕切るより国が管理する方が良いという方策だが、国がコドン麻薬に高額の税をかけて売った正規の値段よりも、安く麻薬性の高い粗悪品が出回るようになり、警察が対応に追われていた。

 惑星内ではスパイスでも、惑星外に持っていこうとすれば逮捕される。宇宙港での厳しいチェックをどう切り抜けているのか興味はあったが、俺の仕事は宇宙に出てからだ。

 ポールの捜査官としての第一歩はうまくいったようだ。ブルーピン号という船の追跡をやる。

 人類が引いた道。その航路を運行する間は怪しまれることはない。宇宙は安全を求めれば、効率的で狭いのだ。


 俺の船の標識をただす文字通信が届いた。ブルーピンは海賊船を気にすることはないが、警察的な組織を気にするらしい。ただの貨物船ということにした。

 どこの惑星に行くのかまで聞いてきた。

 そっちはどこか、と尋ね返したら、惑星ワーグナーまでだと返した。


 俺はポールと連絡をとった。

「ブルーピンから文字通信が入った。連中はワーグナーって星に行くそうだ。」

「ワーグナー?あの星は普通の都市惑星だ。嘘くさいな。」

「やっぱり嘘をついている可能性があるか。返信しないと怪しまれる。ワーグナー近くの惑星を適当に言うか?」

「そうしてくれ。俺もダラマンから宇宙そらに出る。ワーグナーまでジャンプして待って、2機で時間差で追跡しよう。」

「分かった。」

 通常運航よりジャンプの方が早いのだが、燃料を食う。星から星に商品を届けるときでも、通常運航よりジャンプを使った便は割高になる。宇宙の常識だ。

 ダラマンからワーグナーへは通常運航で十分なのだが、ポールは余計な燃料代をかけてでも追跡するということだ。銀河警備隊にまだ入隊してないから、経費で落ちないけどな。


 惑星ワーグナーについたが、ブルーピンは下りる気配すら見せなかった。

 やっぱり嘘か。

 俺はポールと交代した。ポールがブルーピンを追いかけ、俺はワーグナーに下りて補給を受ける。ジャンプ代はケチらない。今回は赤字になりそうだった。


 ボールから通信が入った。

「俺もどこへ向かうのか聞かれた。はぐらかして、どこに向かうのか聞き返したら、アノーピだとよ。」

「アノーピって本体じゃなくて衛星で住んでる星だよな。」

 俺は違和感を感じた。

「普通は衛星ヴァイルとか、人が住んでる側の星の名前を言うもんだ。」

「アノーピ自体にいるのかもしれない。」

「まさか。」

 アノーピは灼熱の惑星だ。地表は流動するマグマに覆われていて、空気は勿論窒素や酸素ではない。  

 生き物を創った神様気取りの人類は、惑星をいじって住めるようにするテラフォーミングの技術の初期段階として、灼熱や極寒でも生きれるだろう生物を手当たり次第『入植』させた。

 テラフォーミングに成功した所では、そうした生き物が特産品となって食卓に上がっている。かつては金星蟹きんせいがにが食われ、今はオリオンイワシが皿の上に乗っている。

 アノーピにもカニに似た生き物が住んでいるが、溺死液がマグマの海でカニと仲良く住んでいるなんて考えにくい。

 だが、ポールは鋭かった。

「最近、マグマ惑星で独居し続ける120歳のニュースレポートがあった。健康の秘訣はウランを食う甲殻類を食べることだとよ。ダコダに海賊がいたんだ。溺死液のアジトがアノーピだとしても不思議じゃない。」

「もし、海賊同盟の連中が銀河警備隊の目から逃れられる惑星に普段住んでいるだとすれば、確かにあり得るな。」

 俺は顎に手を当てた。ありうる、のか?

「何にせよ、アノーピ付近でまた交代だ。ヴァイルに行くと見せかけて、ブルーピン号の動きを見てみよう。」

「分かった。」

 俺は目的星系へとジャンプを決めた。


 俺がポールと交代して追跡していると、ポールの予想が正しく、ブルーピンは惑星アノーピに降下していった。

「ワーグナーなんて嘘ついた挙げ句、アノーピのこの座標が奴の隠れ家というわけだ。」

「座標の地表をスキャンして確認してくれ。。」

 俺はポールに従った。惑星の一部をスキャンして拡大する。

 地表でブルーピンより巨大な船が、マグマの上に揺れていた。

「成る程。」

 船の上で生活していれば、見つかることはない。万一見つかってもすぐに逃げればいい。

「これで溺死液の居場所は分かった。後は銀河警備隊に突き出せば終わり、かな?」

「ちょっと待った。銀河警備隊には海賊のスパイがいる。」

「どういうことだ?スペースニート。」

 俺は海賊のスパイについての経緯をカクカクシカジカと述べた。

「マジかよ。」

 就職先が腐ってると分かった大学生みたいにポールは眉間に皺を寄せた。思わず天まで仰ぐ。

「クリストフの件では言いそこねてたが、俺も命を狙われた以上銀河警備隊は信用できなくなった。」

「マジか。こうなりゃ二人で乗り込んで溺死液をやっつけちまうか?」

「それは厳しいだろうな。」

「だよな。」

 結局、溺死液の居場所が分かっただけだ。

 銀河警備隊には何にも期待なんて…。

 ん?

 俺にはツテがあることに気づいた。

「銀河警備隊に特務課がある。俺はその課長と知り合いだ。組織に海賊のスパイがいることを教えてくれたのも彼だったな。コンタクトをとってみる。」

 ポールは口癖のようにマジかよ、とつぶやき、棒キャンディを口にした。

「特務課なんて噂話の中だけだと思ってたぜ。もうすぐ俺もアノーピにつく。」


 俺はイオ・ゼンに通信した。

 俺の身を守れなかった奴らだ。出来れば通信したくないが、他に道はない。

 挨拶もそこそこに、ポールという男の活躍でコドン麻薬のルートから溺死液の居場所を突き止めたことを話すと、ゼンは画面で頷いた。

「承知した。ウチで部隊を派遣し、溺死液を捕まえる。通報に感謝する。」

「その旨をポールに話してもいいかな。麻薬捜査官としてお宅に入隊希望だ。」

「構わんよ。その手腕を見込んでウチの候補生に迎えてもいい。そう伝えてくれ。君の席もある。」

「お宅の人手不足は深刻だな。分かった。」



 ジャンプ代を惜しまず、ものの数時間で宇宙のどこかから彼らがやってきた。

 戦艦で来るかと思ったが、クラスBの宇宙戦闘艇だった。気分は肩透かしだ。

「お久しぶりです。」

 ビサ・ミアだった。

溺死液ドロウンリキッドの船はあそこですね。」

「はい。」

「船をマーキングします。」

 軍レベルが持っている、船の構造や特徴がスキャンされるマーカーが放たれた。追跡装置もついている。

「このあとどうするんですか?」

「銀河警備隊の援軍を待ちます。本当なら溺死液がいることを確認したいのですが、動きがバレれば奴らの逃げ足は早いですから。」

「それまで待機だと?」

「ええ。」

 確実だが、地味だ。

 だが、そんなものかもしれない。宇宙船百機で百鬼夜行なんてやるほうが珍しいのだ。

「スペースニート。」

 ビザ・ミアは表情を少し崩した。

「我々は医療ポットにいる貴方を守れなかった。そのことについてお詫びを…。」

「殺されてませんから、そういうのはいいです。」

 俺は強がりを言った。

「その代わり、二度と起きないように再発防止につとめて貰いたい。海賊のスパイは分かりましたか?」

「スパイはウチではない他の実動部隊の中にいる、とだけ。」

 ミアが目を伏せる。

「ウチの部隊の身体検査では全員がシロでした。どうやら、組織犯罪対策局暴力犯罪対策課の対海賊係、つまりドクロ狩りの中にいるようなのです。」

 対海賊係は海賊専門の取締部隊である。通称ドクロ狩り。だが、あまりの海賊行為の多さから手が回っていないらしい。

「ダコダではドクロ狩りとの共同作戦でした。それで、彼らの中から目ぼしい相手をピックアップ出来たのですが…。」

「中から逮捕には至っていないというわけですか。」

「ええ。警備局にも伝えてはいるのですが。」

 銀河警備隊にも公安みたいな組織はある。だが、自浄能力は不足しているらしい。お役所にはお役所の苦労があるみたいだ。

「相手は俺を殺さずに惑星に置き去りにした。それで手がかりになりませんでしたか?」

「それについては、おそらく銀河警備隊の中で目立つ真似をしたくなかったのかもしれないと考えてます。」

「いや、それなら宇宙に俺を放れば確実に殺せてた。相手は意図を持っていたと思います。」

「それは何だと?」

「相手は島流しだと言ってました。昔ながらの海賊のやり方に固執している姿から、デッドマンロジャーや古い海賊に理想とかを求めている奴かも知れません。そうなると、若い人というより年上の人ではないかと思います。そういう、昔気質むかしかたぎなベテランはいませんか?」

「成る程。」

 ミアには思い当たる節があるようだ。


 そんな会話を挟みつつ、俺達は援軍を待っていた。

 そこへ、通信が入った。

 俺は通信に出た。

 濡れた黒いマネキンの顔。溺死液だった。

「やぁ、スペースニート。宇宙そらにいつまでもいないで、こっちに来たらどうかね?」

「何故分かった。溺死液ドロウンリキッド。」

「お前と同じくらい、俺も目がいいものでね。」

「目だけじゃない。銀河警備隊に『耳』がついているのだろう。」

「ハッハッハ。よく分かっているじゃないか。」

 溺死液が液の表面を揺らして笑う。

「銀河警備隊の前身である銀河連邦軍は昔、海賊と取引をしていた。その腐れ縁というやつが、俺達をここまで生かしてくれている。光道化師フォトンピエロの仇討ちといきたいが、俺は一足先に逃げるとしよう。」

「俺と君との仲だろ。正面から対決といこうじゃないか。」

「分の悪い博打はやらないに限る。またな、スペースニート。」

「待て!」

 溺死液の船は、大胆にも地表からジャンプして消えた。マグマの海が切り取られ、津波のような荒波を立てた。

「ミアさん。逃げられたぞ!」

 俺はミアに通信を送った。

「追跡機能が生きてます。我々は奴を追います。」

「俺達もついていく。」

「では、ジャンプを願います。」

 座標が送られてきた。

「ルビー、ジャンプだ。」

「駄目です!」

 これまで無言だったクロコが叫んだ。俺は慌ててジャンプをキャンセルする。

「どうしたんだ?クロコ。」

「海賊は何も考えないで逃げることはしません。深追いした所で、海賊戦艦が待ち構えているだけです。」

「そうか。ジャンプはマズイな。」

「しかし、追いかけねぇと行方が分からなくなるぜ!」

 通信先のポールが慌てる。

「では、我々がジャンプ先の空間を調査してみましょう。」

 座標から離れた位置へ特務課の船がジャンプした。観測用のビーコンを放つ。

 危なかった。

 飛んだ先に海賊戦艦が群れていたのだ。

「逃げると見せかけて、誘い込むのは海賊の常套手段の一つです。」

 クロコがフンフンと鼻息を荒くした。

「ヤバかったぜ。」

「危ないところでした。」

「ナイスだったよ、クロコさん。」

 ドヤるクロコの頭を撫でた。クロコは目を細める。

「えっちぃー」

 …いや、これはエッチじゃないぞ、ピー助。


 暫くして、通信が入った。

「追いかけてこない所を見ると、場数を踏んだようだな、スペースニート。」

「ウチには優秀な相棒がいるものでね。」

「お前のせいで大損になったクリストフがお前に挨拶したがっていたのだが、残念だよ。」

 その言葉に、俺はゾッとした。

「クリストフには、摘発に懲りたら麻薬稼業から足を洗って、気質かたぎの商売だけにするんだな。そう伝えてくれ。」

「それを伝えただけで、俺までレーザーされそうだ。」

 溺死液が笑う。

「お前の口からそう伝えろ。クリストフにかわる。」

 クリストフは、金髪に金のヒゲをはやした白人系地球人型だった。灰色の目はサイバーアイだろう。

「お初お目にかかる。私がクリストフ・モンテオだ。」

 血熱病ブラッドフィーバーは通り名に反して、成功したスペビジの実業家の顔つきで俺に挨拶した。表と裏の顔の差が激しいタイプだ。こういうやつは信用してはいけない。

「君の高い倫理感と道徳に基づく行動によって、私の所有する会社は極めて大きな損害を出した。君の命程度では損失はまるで補填出来ないが、こちらにも感情というものがある。君にはそれ相応の苦痛と罰を受けてもらうつもりだ。」

「それ相応の罪を犯しているのは君の方だろ。」

 遠回しの殺人予告に、俺は片目を閉じて応えた。前世からの癖だ。

「君は利益の為に何億何兆もの人を破滅させてきた。そのツケを払う日が来る時が永遠にこないとでも思ったのか?」

「ツケの取り立てにくる者たちが沢山いるが、私に払わせたのは君が初めてなのだよ、スペースニート。」

 クリストフは血管が怒張し、顔に縦筋を描いた。キレたというやつだ。

「君は殺す。その前に、便所の中でも安心できないような不安と恐怖を味あわせてやる。」

「海賊にも仁義あり、と思っていたが、その欠片もないことをしておいて、被害者みたいなこと言うなよ。」

「私は人が求めるものを提供しているだけだ。そういう意味で今回の件、私は純然たる被害者ではないか。」

「全然違うね。人が依存から欲しがる薬物を悪魔の囁きで売りつけ、その人を動物に変えてしまう行為をした君は純然たる加害者だ。逮捕できないというのなら、光道化師みたいな最後を遂げてもらう。」

 俺も負けじと応戦した。

「正義の味方ごっこしといて、ただですむとおもうな。スペースニート。」

「悪の手先ごっこよりマシだと思うけどね。血熱病ブラッドフィーバー。」

 俺はまた片目を閉じた。獰猛な顔でウインクをすると、藪睨みに近い表情になった。

「では、近い内にまた会おう。」

「またな、クリストフ。早く法廷画に描かれることを願うよ。」

 通信は切れた。

 俺だけじゃない。確実に家族の身がヤバい。

 通信を終えると俺は頭を抱えた。

 …そうだ!

「ビサ・ミアさん。俺の家族の保護をそちらで頼みたい。ハイアース警察にもお願いしているが、もしも両親がさらわれたり殺されたりしたら、俺は死んでも死にきれない。」

「言われなくてもそうするつもりだ。ああまで脅されても屈しないのは流石だな。」

「ああいう口合戦のコツは、あまり後先考えないことだと知ったよ。」

「まぁ。」

 ミアはそういって、くすりと笑った。

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