第31話 ポール

 俺達は作業員を縛り上げると、証拠を添えて船を座標で銀河警備隊に突き出した。

 通報者名は匿名でなく、ポールの強い要望でケイン・マクミランの名が使われた。亡き友の汚名返上のつもりだろう。

 船のデータはコピーが作れないようになっていたため、リストの画像などを写真にとることにした。

 ポールから一旦報酬が支払われたが、今後も追っていくから一部を分割して後払いにしていいぞと言った。遠回しの、最後まで付き合ってやる、だ。

 ポールは人懐こい笑みを浮かべて、ダチには無料サービスでやってやるなんて言ってくれてもいいんだぜ?と減らず口を叩いた。

 それは、エンジェルズカーゴでみせた非情な顔ではなく、いつものポールだった。


 麻薬密造船の話題は、惑星間の代理戦争の次に取り上げられた。噂はあったが、ついに見つかった、というのがネットの声だった。

 船を保有していた会社は取り調べを受けて倒産した。それは、シノギモトジメの子会社だった。

 株価が下がった親会社のシノギモトジメはスポークスマンを用意し、自らの潔白を証明するために銀河警備隊麻薬取締課の立ち入り調査を受けたが、洗浄されたあとのクリーンな金で立ち上げたクリーンな会社だったため叩いてもホコリは出なかった。悪いやつは会社の一番上の奥深くにいる。

 通報者のケイン・マクミランの名前はネットでは有名になったが、それが汚名のままで死んだ麻薬捜査官の名前だと知るものは『関係者』以外にはいなかった。


「銀河警備隊の野郎、ケインの母親に、違法薬物の横領や売買についての容疑が晴れましたので、不名誉除隊を取り消しケイン・マクミランの2階級の特進と殉職手当をお支払いします、とさ。ふざけるんじゃねぇや。ケインのお袋さんにとって、どれだけショックを与えたか知らないふりしやがって。」

 ポールがバーでマンゴージュースを飲んだ。

「酒無しでよく愚痴れるもんだ。」

 俺はバーボンを舐めると片目を閉じた。前世からの癖ってやつだ。ガンマンの頃には既にあった。

「まぁ、あの快楽薬物ゲーデスマイルの効果を見ちゃうとアルコールさえも飲む気なくなっちまって、な。健康的ヘルスフルなポールになっちまいそうだ。」

 ポールはパイレーツキラーよりピッタリそうなあだ名を呟いた。

「俺は、一人っ子でさ。」

 ポールが身の上話をはじめた。

「親父には恋人が出来て、それで離婚してお袋と暮らしてたんだが、ある時、お袋が脳梗塞で倒れちまって。俺が十代の頃は、ずっとお袋の面倒を見てたんだよ。」

 ヤングケアラーをしていたらしいポールが大きな目を閉じた。

「お袋は結局、俺が21の頃に亡くなってさ。燃え尽きたっていうのかな。何もできなくなっちまった。そんな俺が唯一見た娯楽が電子書籍の漫画だった。金を使う気もなくて、同じ話を何度も見返したよ。地球時代の宇宙飛行士の話なんだが、デブリを集めて回る仕事をしてた。それを読む内に、宇宙なら、ドブみたいに価値のない俺でも受け入れてくれるだろうか。俺をそう思わせてくれたんだ。」

 ポールはマンゴージュースを飲み干すと、甘いものがまだ欲しいのかラッシーを注文した。

「ケインはそんな俺を知ってる数少ない一人でさ。新しいものや流行りのものが大好きで、そんな奴に感化されたのか、俺もスペースネットでネタを見つけては、冗談とか言い合ってた。…最高のダチだったんだ。宇宙に行く手伝いをしてくれたのもあいつだった。本当、クソみたいな連中に殺されていい奴じゃないんだ。死んでからもハメられて墓にツバされるような奴じゃないんだ。」

 ポールは酷く感傷的だった。

「名誉挽回、汚名返上出来たな。」

 俺が力強く言うと、ポールは笑った。

「そういうことだ。まだまだやるぜ。三十路のおっさんになる前にもっと活躍して、あの世に行ったあいつに自慢しないとな。お前の分までやったぜ、て。」

 いつもの減らない口に戻った。

 ていうか、まだ20代だったのか。


 俺は周回遅れのランナーだったが、人生には何周回ったと回数を数える監督なんていない。自分のペースで走れば良い。俺はそれを知るのに40年かかった。ポールは俺より大人だ。最近の若いもんは立派なのである。


 銀河警備隊の動きとして、他の麻薬密造船を追ったわけだが、ニュースにないと言うことは摘発出来なかったのだと考えた。独自に調べてみたが、民間の個人でやれることには限界がある。


 裏の情報につながるディープネットでは、大騒ぎだった。

 おおよそ反社会的な組織が一斉に抗争を始めたのだ。取引をしていたのに、手に入るはずのブツがない。そうなると、力でブツを確保するしかない。その結果、奪い合いで多くの血が流れる。

 その最前線に海賊がいた。どれほどの取引が破産になったか。打撃を与えることができたのだ。


 親友を組織に殺されたポールは、それを自業自得というだろう。俺は、反社会的組織やその周辺の命と人権まで配慮しきれない、というのが思いだ。流れ弾で市民が殺されてないかの方が気になった。


 数日後、チタンの物資配達をコツコツとやっていた俺に通信が入った。

 ポールからだった。

「スペースニート。銀河警備隊から連絡があった。冗談じゃないぜ。」

「どうしたんだ?」

「警備隊の奴ら、通報者が俺だって知ってた。ケインの知り合いをあたってまわったんだろう。まるで犯人探しだ。そして、ヤクの船を見つけたのが俺だって知ったら捜査官にスカウトしてきやがった。」

「スカウト?」

 俺は特殊部隊のイオ・ゼン課長の顔を思い出した。

「そうだ。俺の手腕を見込んで働きませんか、ときやがった。それに、捜査状況は少し離してくれたかな。」

「捜査状況はどんなだった?」

「海賊の奴らは密造船をいくつか放棄していた。きっちり証拠を隠滅した空船が見つかったんだとよ。海賊同盟でヤクが手に入らないとなると、次に起きたのが薬物争奪の抗争だ。海賊同盟が独占していた所でヤクの密造が行われて、そこの摘発で麻薬取締局は忙しいんだとよ。」

「そうか。これからどうする?」

「ふざけてやがるが、俺はスカウトを受けるつもりだ。」

「麻薬捜査官になるのか?」

「ああ。ケインの仇討ちのつもりで始めたが、世の中のクソの片付けに人生を費やすのも悪くないと思ったんだ。ゴミを片付ければ、その分宇宙は綺麗になる。」

「そのスピリットには賛同するよ。」

「それで、早速なんだが、あんたに仕事を頼みたい。」

「どんな仕事なんだ?」

「ケインはいくつか仕事を残していた。その中に、溺死液ドロウンリキッドの名前があった。」

「溺死液の?」

「ああ。ナノジェルで構成されたスライム体の溺死液になっても、あいつには弱点があったんだ。コドン麻薬への依存だ。」

「サイボーグなのに麻薬中毒とはな。」

 人間でなくなっても尚求めるのが麻薬の恐ろしさだ。

「コドン麻薬はムラが激しいと言われてる麻薬だ。原産地によって効き目や感覚が違うものらしい。溺死液は惑星ダラマンでつくられたコドン麻薬をタバコに混ぜて吸うことにこだわっているらしい。つまり、ダラマンのコドン麻薬を追えば…。」

「溺死液引いては海賊のアジトがわかる、ということか。」

「俺はケインの仕事を引き継いで、ダラマンで麻薬輸送船ブルーピン号に追跡機をつけるつもりだ。あんたはそれを追ってどこの惑星かを突き止めてもらいたい。そしたら、後払いにしてた報酬を払うよ。」

「いいよ。引き受けた。」

「ありがとう。スペースニート。」

「そこは捜査へのご協力感謝します、だぜ?捜査官殿。」

 俺が前世の癖を披露すると、ポールは相好そうごうを崩した。


「またあんまり金にならない仕事をして。」

「まぁまぁクロコさん。こういうのは道義にも叶うから。」

「信義よりお金です。信ずる物は力と金ですよ。」

「だから、発想が海賊っぽいんだって。」

 ブスッとしたクロコとマイペースに水を飲むピー助を乗せて、俺は惑星ダラマンへ向かった。

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