第30話 薬物、ダメ、ゼッタイ

「お届け物です。」

 ドッキングベイのカメラに、クロコが笑顔で挨拶した。

「入れ。」

 表は工業用貨物船。裏では違法薬物製造船エンジェルズカーゴの扉が開く。

 俺は顔でバレる可能性がある。まだ顔の知られていないクロコと、無名のポールに任せるしか無かった。

 エンジェルズカーゴは惑星に止まらない。驚くべきことに、多くの船がやるように食料など定期的な補給を受けるのに、専属の会社だけでなく民間の船にも頼っていた。

 俺はエンジェルズカーゴへの物資輸送依頼を引き受けた。クロコとポールには警戒されないように配達便らしい格好をしてもらい、ポケットから小型のドローンを落としてもらう。

 帽子を目深に被ったポールが、靴紐を直す動作でこっそりドローンを落とした。偵察ドローンはハエくらいのサイズだ。小さいが値段は高くついた。

 俺はカメラを動かした。予定通り、ドローンが昆虫みたいに床を這う。

「ありがとうございました。」

 ポールが積荷をおろし、クロコが挨拶して出ていく。積荷は食料のじゃがいもだった。


 さあ、ここからだ。


 船のドッキングを解除した。遠隔操作できるかを試す。

 割と怪しいルートで手に入れたハエドローンは、離れてもちゃんと動き、機能した。よしよし。

 食料庫から、キッチン、食堂を抜けて、船員室に続く。

 俺は船員室入口を目指した。

 クラスB以上の宇宙船は必ずわかりやすい船の平面地図を設けるべし、と宇宙船を運行する法律で定められている。万が一のために避難を確実にするためだ。

 俺はエンジェルズカーゴの平面地図を撮影し、更に地図に備え付けられたデータを入手した。船の立体構造図だ。

 ハエは船員室を離れて、影から影へ移動した。

 居住区の他は貨物室になっている。貨物船が怪しかった。

「貨物船。離れないのはどうしたんだ?」

 向こうから通信が入る。

「船のマシントラブルです。直せないほどではありませんので、少し時間を下さい。」

 クロコが前もって用意していた台詞をいうと、了解と返ってきた。

 予定より相手のレスポンスが早い。俺は急ぐ必要があった。

 貨物船につくと、気密性の高い扉があった。偶然、中から防護服を着た人が出てきた。

 扉を抜ける。

 ビニールで隔離された向こうは、畑だった。

 植物の故郷である太陽の光に似せた人工灯が植物を照らす。

 ドローンの画像を共有して、ポールが解説した。

「よく知らないが、大麻とか麻黄とかだ。麻薬の基本になるやつだな。こんなにズラッと並んでるとはな。…奥に進んでくれ。おっと、画像でしかみたことないやつもあるぞ。この濃い黒紫の花はゲーデスマイルだ。死刑確定だな。船の構造からいって、更に奥が加工工場だな。」

「この画像写真を証拠にできるかな?」

「ゲーデスマイルがあるなら、もうぶっ壊しても文句言わないさ!」

 ポールの船から熱源反応が起きる。

「おい、まだ手を出すな!」

「もう遅い!」

 ポールが勝手に攻撃を始めた。接舷のため薄く張ったエンジェルズカーゴのシールドが削れて、エンジン部が焼かれる。


 エンジェルズカーゴの船では人工灯が一瞬消えて、赤いランプが回った。

「コードスリー発令。コードスリー発令。作業員はただちにその場を廃棄。コードスリー発令コードスリー発令…」

 エンジェルズカーゴの内部が慌ただしくなり、作業員が手に小さい火炎放射器を持ってくる。

 火炎放射器がゲーデスマイルに炎を吹きかけた。

「マズイ!奴ら、証拠隠滅する気だ!」

「そうはさせるかよ!船に乗り込むぞ!」

 ポールが船をドッキングする。

 一つ一つ船をドッキングする時間が惜しい。

 俺の船は貨物室のある船の外装にドッキングベイを伸ばして張り付いた。

「分厚いな。」

 外装の装甲に気後れする。

「仕方ない。やるか!」

 俺は自在鎌を大きく振りかぶると、切り取り作業に向かった。

 丸とバツをかけ合わせた形に切り裂いていく。船の中に入る貨物室のエアギリギリまで切り抜いて、身体の入る最小限の穴を開けて物置の天井から中へと侵入した。

「警告!空気漏れを感知!警告!空気漏れを感知!…」

 狭い物置から船内にでる。

 物置の入口をしめて、唖然とする作業員に銃を向けた。

「外から来ただと…。」

「特殊部隊か!?」

 軍や警備隊はよく、船の外装に張り付いて船外から中へと切り抜いて突入する。軍はレーザーカッターで俺は自在鎌というわけだ。

「いいから作業を止めて手を上げろ。」

「くそっ!」

 作業員が火炎放射器を向けるより、俺が発砲する方が早かった。

 倒れた作業員の手から火炎放射器が転がり落ちる。

「下手に動くな。俺の銃は早いぜ。」

 なにせ、前世譲りだ。と、心の中で付け足した。


「パイレーツキラー。貨物室を押さえたぞ。」

「流石だスペースニート。俺はちょいと撃ち合いの真っ最中でね。」

「加勢しようか?」

「これぐらい屁でもねぇ。スペースニートは証拠をおさえといてくれ。」

 強がっているが、通信からも銃声が聞こえる。

 ポールの資金不足だ。俺を雇うだけでは人数が足りてない。

「作業員を連れてそっちに向かう。」

 やれやれ、こういうワンオペ仕事はしたくないんだが。

 俺はあるアイデアを思いついた。エゲツないが、仕方ない。

「全員、ドッキングベイに向かって歩け。さもないと撃つかガスマスクを外す。」

 俺はブラックマンバの銃口で指示し、天井に一発撃った。

「やめろ!それだけはやめてくれ。」

 もしもガスマスクを外すと、麻薬で汚染された空気を吸うことになる。

 彼らが焼いたゲーデスマイルは花から根まで全てが快楽薬物になる植物だ。生で食っても燃焼させても、人を依存させる快楽物質をまき散らすように生きているし、成分が凝縮した果実と種は宇宙一の違法薬物と言われている。

 煙として空気中に放出されると痺れるように甘いと言われる香りがして、一定量吸うと少量でもあっという間に快楽と夢の中に落ちていき、ラリってしまう。

「いいか。抵抗した奴は撃つかマスクを外す。その意味がわかるなら、抵抗しないでドッキングエリアまで歩くんだ。」

 少しでも吸えば、緩んだ笑顔でけたたましい笑い声をあげることになる。死神ゲーデのスマイルだ。こうなると人間ではなくなる。

「薬物、ダメ、ゼッタイだな。ポール、君の船のドッキングドアを閉めて置くんだ!そっちにゲーデスマイルの煙がいくぞ!」

 俺はヘルメットの中で叫ぶと、貨物から居住区へとつながる気密室のドアを切り裂いた。


 ポールは船のドッキングの扉を閉じると、ポールの船ディアミランダ号が汚染されることを防いだ。

 ゲーデスマイルの煙は毒ガスより早くエンジェルズカーゴの船内を駆け巡った。この植物は広義の『動物食の植物』で、快楽を武器に動物の脳を破壊し、依存させ、中毒で殺し、死体は肥料となって土壌を潤すというとんでもない代物だ。

 銀河連邦も銀河帝国も、当初この植物を敵を無力化する生物ガスとして使っていたくらいだ。後にその惨たらしいまでの効果に戦争でも禁じ手にされた。


 貨物室はゲーデスマイルや麻薬を全て焼いたあと、空気ごと宇宙に煙を排出する仕組みになっていた。俺はそれを壊したことになる。

 ポールとつながった通信内で、撃ち合う音が段々と減っていった。代わりに、場にそぐわない笑い声が聞こえだす。

 その意味が分かった船員が、銃を捨てて慌てて降伏した。吸ってしまうと脳が永久的に破壊され、意識も人格も体も何者かに乗っ取られた感覚のまま人生を終えることになる。

 その快楽を、脳が吐瀉物を撒き散らすと表現した作家がいた。その後、作家は二度とまともに会話することさえ出来なくなってしまった。

 息を止めて近くの酸素マスクに殺到するも、船員達は筋肉の弛緩した顔で倒れていった。

「嫌だ!助けてくれ!俺はただの乗組員だ!俺は悪くな、い。」

 ポールにすがり付いた船員がズルズルと笑顔で倒れ込んでいく様を、駆けつけた俺は見た。

「てめえ等のせいで沢山の人間の人生が散々狂っていったんだ。自業自得だぜ。」

 ポールはそう言いながら、引きつった表情で立っていた。

「そうだな。さて、これから尋問でもやるか?」

 俺がそういうと、酸素マスクを吸う男が叫んだ。

「俺達はヤクをつくる作業をしていただけで、他の事なんて知らねぇ!」

 その『だけ』という言葉にポールが怒りの表情を浮かべると、叫んだ男のマスクをはいだ。

「やめ、やめてく、れ?」

 男が崩れ落ち、呼吸をするだけの動物になるのを見た作業員はいっせいに恐怖した。

「お願いだ!やめてくれ!喋る!何でも喋るからやめてくれ!」

「初めからそう言え。いいか、ヤクをつくってるだけといったが、それだけで俺はお前らを皆殺しにしても構わないんだぜ?」

 ポールは普段からは考えられないほど恐ろしい目つきで、作業員を睨んだ。



 尋問にもならないくらい無抵抗になった作業員からの聞き取りの通りに、メインコンピューターにアクセスする。他の麻薬造船の情報は、普通の貨物船群に紛れ込んであった。船員がある暗号キーを回すと、麻薬造船だけリストアップされる仕組みだ。

血熱病ブラッドフィーバークリストフの居場所はどこだ。」

「クリス様の居場所、し、知らないんだ。本当だ。クリス様はヤクを売った金で星や国の債権を買って、支配下に置いた惑星にすんでいる、とか、色んな噂はあるが、誰も正確な場所を知らないんだ。」

「そういう債権とかを個人名義で買うわけ無いだろ。何か架空の会社なり何なりあるはずだ。言え。もし知らないとか言ったら…。」

「落ち着け、ポール。」

 俺は意気込むボールに待ったをかけた。

「俺は嘘か本当かなんとなくだが、わかる。こいつはさっきから本当のことを言ってる。」

 俺の前世である詐欺師の勘だ。

「なぁ、知ってるなら教えてくれ。見ての通り、相棒は非常に機嫌が悪くてね。誰か言わなければ、一人ずつ人間ではなくなることをするかもしれない。」

 脅しつつ、相手を観察する。震える一人が前に出た。

「…クリス様は複数の会社を経営なさってる。資金洗浄マネーロンダリングした金で経営してる会社でシノギモトジメ・ホールディングスって名前だ。聞いたこと無いか?」

 いかにも犯罪者がつくりました、みたいな変わった会社に聞こえたが、嘘ではない。株式会社の中には、名前のインパクトだけで付けた『キラキラ社名』がある。

 親会社のキラキラ社名で子会社が苦労していると言われてる会社の一つだ。株の世界で見たことがある。株式公開で上場までしている会社の運営資金に薬物が絡んでいるなんて、とんだニュースだった。

「クリス様は表ではジャック・ダイヤンと名乗り、星や国の警察でさえも手出しできない方だ。海賊同盟の大幹部でいらっしゃる。」

「なぁ、海賊同盟を束ねる一番偉いボスは誰だ?」

 俺の質問はどこか間抜けに聞こえた。

「俺達も総帥については名前しか知らないんだ。デッドマンロジャーの名前をついで、デッドマンジョンと呼ばれている。それ以上は知らない。」

 俺はポールにひそひそ通信をした。

「どうする?銀河警備隊につきだすか?」

「話も記録したし、そうするよ。」

 ポールはいつもの調子に戻っていた。

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