第29話 守るための詐術

 宇宙海賊、一斉摘発か!?

 宇宙の無職ニート、大暴れ!


 トップニュースのトピックに躍り出る。

 俺はネットのネタではなく、泣く子も笑う程度には有名になった。


 俺は報酬を絵の売買と共に手に入れた。

 不労所得バンザイ!

 だが、税金がごそっと金を奪っていった。

 美術品を売買した時の譲渡所得にかかる税金というやつだ。今回は額がとんでもなく多かった為に、結構もってかれた。

 トホホ。

「さて、ニートするか。」

 ニートをするという動詞は、何もしないでダラダラ人生をネットワークに浪費することとほぼ一致する。


 俺ら、宇宙海賊に勝ってしまう。という見出しで宇宙の匿名掲示板の文字が並ぶ。

「スペースニートでさえも宇宙海賊を退治してるのに、お前らときたら…」

「/(^o^)\ ノーン」

「働くか海賊と戦うか、どっちか選べと言われたら迷うわ。」

 古代の地球のインターネットアーカイブにありそうな駄文が並んでいた。最近の若いものはクラスの典型文テンプレというやつも並んでいる。


 俺は二日酔いでも爽やかな気分でネットワーク通信をしていた。

 ビバ仮想空間メタバース


 気分が顔に出て、ニヤニヤする俺に何か柔らかい感触がした。

「!?」

 ログアウトした。クロコが俺にくっついて寝ている。

 俺の半分しか生きてないのに、よく頑張ってくれてるよ。

 俺がクロコの頭をぽんぽんと撫でると、ピー助から「えっちぃ!」と叫ばれた。

 ビクッとしてクロコを見たが、寝ていた。

「ごめんなさい。」

 俺はそういって、またネットの海に沈んだ。



 ここまで来たら、海賊との戦いだ。

 銀河警備隊は信用できない。スパイになっている敵が置き去り系のサイコパスじゃなければ、とっくに俺は死んでいた。

 キャプテンズギルドの面々はどうか。ネットワークではない現実の世界で彼らと顔を突き合わせ、友情を得たようでいて、得たのは『沢山の知人』である。

 金で動き、金で戦う。仕事仲間に近く、海賊とのいざという時の戦いに何度も彼らを駆り出すわけにはいかない。

 パーティーは盛り上がったし、次は無料ただでも参加してやると息巻く英雄趣味ヒロイズムおとこ良女おんながいた。そこは期待かな。

 

 海賊同盟の光道化師フォトンピエロは、絵画収集は趣味で、本業は金融業と不動産の地上げだった為に、彼に借りがある者、借金した者、そして、土地を追われそうになった者たちがニート同盟を通じて俺に感謝のメッセージを送ってきていた。


 先祖代々の農作物に囲まれ、大根を手にした笑顔の写真をみると、胸が熱くなる。俺の人生はろくでもない。けど、火傷しながらヒーローごっこして伝わることもあるもんだと思った。


 調子こいて詩人になっていた俺に、請求書の雨が降った。

 宇宙船のメンテや改造代金とか、そういうものは基本だ。その上で、ムーランドで買い切りの部屋を買った。

 買い切りとは、分譲とも違う独特の制度で、部屋を買うのは同じだが、資産として売る権利を販売者が持つというもので、十年単位で帰らなかった場合、前の販売者に全ての権利が戻って来るという部屋だ。

 家に返ってくる頻度の低い部屋を没収するため、その特殊性から、大型賃貸とか期限付き分譲と言われたりもする。

 宇宙を股に掛けるパイロットが明日を知れぬ身として、その星の仮の住まいとして契約することが多い。

 中には各星系に買い切りの部屋を幾つも持つ者もいるのだが、要するに、デカい買い物をしたのである。

 それと、お父様の全身義体代である。全身義体とは義肢や人工臓器などを局所でなく、全身に適応したもので、サイボーグという奴に近い。

 全身をサイボーグにしようとすると宇宙船が軽く何台か買えてしまう話はした。

 父は脳だけで生活する脳人間ブレイノイドから、箱の中で生きていく箱人間ボックスマンに進化した。ならば、全身義体サイボーグに最終進化してもいいはずだ。

 俺は掲示板でやり取りし、海賊の賞金で思い切ってお金を出すから昔のお父様の姿を取り戻してくれ、と切り出した。

 光道化師は賞金がついていたが、私刑にした俺に残されたのは、殺人で逮捕や立件されないという防衛権だけだった。

 生死不問デッドオアアライブといっても、証拠の死体がなければ賞金はでない。そういうことらしい。

 それでも、俺は必要なクレジットを報酬から両親の口座に送った。このままにしてはおけない。クレジットさえあれば余命だって買えるのだから。多分。


 そんなこんなしていたら、貯金がみるみる減っていった。俺は金を貯めるのは下手な上に、使うのも上手ではないらしい。

 見かねたクロコが資金を任せろというので、資金運営をクロコに一任した。お金に関しては年上年下関係ない。


 俺は、海賊退治に使命をかけた方が良さそうだ。


 組織のある部門のおさが倒れたらどうなるか?

 そいつの右腕が出世して出てくるのである。それは、どの組織でも同じことらしい。

 光道化師の側近だったパチェットという植物型宇宙人が出世したが、こっちは上司みたいに不気味ではない代わりに、短気で有名なのだそうだ。

 蛇は頭を潰さないと倒せない。だが、海賊同盟の頭は誰だ?

 俺はその疑問を解決するべく、アール・コデに連絡した。


 殺到するマスコミの取材を拒否していた俺の独占インタビューをニュースの記事に載せる代わりに、その答えに応じてくれた。

「それについては、私の口からはなんとも。一応、海賊同盟の初代盟主はデッドマン・ロジャーでしたけど、今は総帥とか総長みたいな奴がいたんじゃなかったかな。そういうアングラに強い友人をあたってみますよ。任せて下さい。」

 俺はいつもの詐術で、インタビューを終えた。


 ストーリーはこうだ。

 カイファンドは、実はキャプテンパルゴが創設に関わっていて、パルゴの子孫であるエミリーがそのトップであった。

 海賊の幹部の光道化師ガガバが、そんなエミリーを誘拐し、巨額の身代金やエミリー自身の金を引き出そうとするのを、カイファンドからの依頼を通じて知った俺は、これを止めるべく、エミリーの会社であるカイファンドの資金協力のもとで、キャプテンズギルドから船長らを集めて奪還作戦を決行。これに成功した。

 キャプテンパルゴの隠し財宝の話や、社長はプログラムなどの不都合な真実は、これで覆い隠される。前世詐欺師だった俺の詐術だ。悪い方向で使えば、たくさんの人を不幸にしてしまう。

 それを、俺は関わった人を守る為に使っていた。 

「成る程。あの人嫌いで有名なカイファンドはキャプテンパルゴが由来でしたか。」

「これはエミリーの口から真実が出るまでオフレコに願いますが、奴隷貿易を後悔したパルゴは、あの鳥人基金の立役者でもあったようです。エミリーの口からそれが出た時、パルゴの評価は一変するでしょう。」

「成る程、面白い。面白いですよ。ホーズキさん。」

「彼女は存在を知られ、身の安全からナーバスになっているかもしれません。取材の際はお手柔らかにお願いします。」

「ええ。それに、大手を軒並み取材拒否した彼女の名誉のためにも、この真実は書かせてもらいますよ。」

「宜しくお願いします。」

 これでいい。プログラムはチート能力みたいだが、えげつなく人を出し抜きあう世の中でチートで報われてる人がいてもいいじゃないか、と俺は思う。

 俺はメール欄を開くと、さっきの内容を手紙レター通信で彼女に送った。もっともらしい事が並んでいるので、意図をくんで彼女も納得するだろう。


 海賊の目撃情報はデマでも何でもニート同盟に入るようになり、今度は情報の信用ができなくなってしまった。また、キャプテンズギルドでは海賊退治への指名に俺の名前が出るようになった。

 こうなると、困るのが偽物による犯罪行為である。俺は海賊退治の専門家でも投資詐欺やロマンス詐欺の公告塔でもない。変な公告にスペースニートの名前が使われ、スペースニート(株)なんてのもできたり、どこかの星や国が無職の人の就業キャンペーンを頼んできたりした。 

 どうせインフルエンサーになってるのだからインフルエンサーらしく振る舞えと言いたいのだろうが、迷惑だ。

 第一、俺に就業キャンペーンを手伝えという人はニートをわかってない。

 無職は選んで無職になったわけではない。無職になった理由とて、俺みたいに会社に門前払いで拒否され就業できなくて無職になったり、病気やリストラからの再起の途中だから無職だったり、その人なりのトラウマで社会的な再起が不能状態の人が無職してたり千差万別なのだ。

 だから、就業キャンペーンなんてほぼ無意味である。うつ病を気合いで治せというのに似ている。虫歯を気合で治せというのにも似ている。気合という言葉は便利だ。

 そんな精神論なんかより個々への具体的な解決をしなければならないから、集団としてニート問題は根が深いんだと思っている。



 それはさておき、俺は自分への依頼を見ていた。

 貨物や人の運送、護衛、そして、海賊退治。

 光道化師みたいな大物の悪党との戦いにロマンを感じた船長たちが、スペースニート関係なく本格的に海賊退治に乗り出してきてくれている。それは海賊から狙われている俺には有難いムーブメントだった。

 俺に海賊退治に参加しないかと熱心に依頼を送るやつがいた。スペースニートポールだ。彼曰く完全に覚醒した今はパイレーツキラーポールとあだ名を変えたのだそうだ。いや、知らんけど。

 今回は一人で仕事を決めたというより、付き合いで参加することにした。裏表のないポールは友人になれそうだったし、働かない俺にクロコの目が段々冷たくなってきた所だったので丁度良かった。


 俺とポールはムーランドのシーサイドバーで待ち合わせした。

「乾杯。」

「うぃ。乾杯。」

 緑の髪を馬のたてがみみたいにリーゼントにしたパイレーツキラーポールが、イエロークレーターという人類が太陽系にいた時代から続く黄色のカクテルを飲んだ。

 覚醒したという彼は、パンクからトゲを抜いた黒の革ジャンを羽織り、働かないでござるTシャツを着ていた。

 俺はトリアーエズビール、トリビーを口にする。仕事の相談で、酒場を利用するのはアウトロー検定の基礎みたいなものらしい。祝勝パーティでご作法を知った。

「デカい海賊団を切り崩したんだ、トリアーエズなんて飲まないで、もっと高い酒を頼めよ。ビールならジラフとか良い銘柄があるだろ。」

「取り敢えず頼んだ酒で十分さ。それより、仕事の依頼だろう。」

「あぁ、それなんだが。」

 ポールがカクテルを飲んだ。

「あんたの腕を見込んで、海賊同盟の大物を倒したいんだ。血熱病ブラッドフィーバーのクリストフってやつだ。」

 ポールの話によると、血熱病というあだ名は、小惑星の閉鎖的な居住区に、クリストフが高熱と下痢と出血を伴う感染力と致死率の高いウィルスを巻いて、星一つの人口を全滅させた時についたものなのだそうだ。エゲツナイこと極まりない。

 海賊同盟では違法な快楽薬物担当のボスらしく、宇宙での薬物の製造、流通、販売に手を染めていた。


 生育すれば簡単に製造できる上に、依存性がマリファナや大麻より強く、宇宙時代の薬物の玄関口となっているコドン麻薬から、吸えば粘膜をただれさせながら、よだれと糞小便を垂れ流して喜び笑うと言われる超劇物のナームデッドに至るまで一手に引き受けているらしい。


 そうした違法快楽薬物の多くは純化学薬品か、植物や菌類からとったものを加工して製造される。

 もっというと、快楽薬物のために品種改良された植物があって、生育するだけで強い快楽効果をもつ薬物が手に入るため、単純所持するだけであらゆる惑星から重犯罪扱いや極刑となるような植物の種が、この宇宙には存在するのだ。

 憎い相手のポケットにゲーデスマイルの種、なんてフレーズもあるくらいだ。持ってるだけで死刑になる麻薬の種に絡んだブラックジョークである。ちっとも笑えないが。


「死んでから分かったんだが、俺のダチのケイン・マクミランは銀河警備隊麻薬取締課所属の違法な快楽薬物を取り締まる潜入捜査官だったんだ。」

 ポールがまたカクテルを口にする。

「海賊が買収して根城にしていた製薬会社に社員として潜入し、快楽薬物専門の製造工場をみつけて打撃を与えるというアプローチで捜査の手を入れたんだが、クリストフと接触してそれがバレて、あいつは殺されちまった。」

「残念な話だ。」

「まぁな。しかも、警備隊はクリストフを殺人で逮捕するどころか、快楽薬物の横流しの容疑でケインを除隊扱いしやがった。遺族への殉職手当をケチりやがったのさ。だが、最近俺の所に、ケインのステメモ(スティックメモリー)が送られてきてな。」

 ポールは空を睨んでいた。何か辛そうだ。

「ステメモの動画では、ケインの奴、こう言ったんだ。警備隊には海賊の手がまわってる。もう誰も信用できない。ポール、もし俺が死んだら、お前にこのデータを託す。後を頼むってな。」

 ポールはカクテルを流し込んで、言葉を紡ごうとした。

「俺は、俺は幼馴染のダチを助けることが出来なかった。だから、奴の弔い合戦がしたいんだ。」

「でも、弔い合戦なんてどうやってやるんだ?」

「ステメモには、快楽薬物をつくってる秘密の工場のありかを記したデータが添付してあった。そこに行って、工場を破壊する。俺一人では無理でも、スペースニートと一緒ならできるはずだ。」

 ポールのグレイ型特有の大きな黒い目が俺をまっすぐにみた。

「確かに人手がいりそうな話だ。工場ってのはどういう規模なんだ?」

「調べたんだが、驚くなよ、クリストフはとあるクラスCの工業用宇宙船の中で、半ば公然と快楽薬物を作ってやがった。」

「宇宙船の中で麻薬製造だと!?」

 俺は片眉を上げた。これは前世からの癖ではない。

「宇宙は治外法権だ。見つかりにくい上に、宇宙船の中を調べるなんてことは滅多にない。水や堆肥なんかを惑星から仕入れて、船の中でゲーデスマイルを育てることだって可能だ。」

 聞けば聞くほどゾッとする話だ。

「ケインは動画の中で、麻薬がつきないのは、そういう船が沢山、目的地のない航路をぐるぐると移動しながら中で育てているからなんだと言っていた。そうした船の一隻の航路図を、ケインが手に入れたんだ。」

 成る程。ケインが消されてしまったのも納得だ。

「それで、船を沈めればいいのか?」

「いや、その前にやることがある。調べたんだが、ケインの突き止めた船は、ある星の正規の工業用貨物船として登録されていた。つまり、ただ沈めても海賊行為にされてしまうんだ。今回の仕事は、船を沈める前に直接乗り込んで、麻薬を製造してるという証拠記録をとることが必要だ。」

「なら、たとえば俺の目はサイバーアイだ。船のエンジンを止めて、船内に突入した記録をとればいい。」

「なに?お前失明したりしてたのか?」

「酷い近眼でね。ハイアースのジャポネというところでは、それだけでサイバーアイへの保険が効くんだ。」

「すごいな。恵まれすぎてるだろ。」

「上には上がいるから、恵まれてるとは感じなかったな。」

 俺は二杯目にバーボンウィスキーをシングルで飲んでみた。バーボンは地球のアメリカという国で作られたものだが、それが火星に、土星にと名称が広がっていき、アメリカをルーツに持つ船乗りが好んで飲む定番になっている。

 前世、ガンマンだった俺が飲んでいた味に、よく似ている。それより芳醇で美味いくらいだ。


「標的は何といってもクラスCだ。武装は大したことがなくても、身体がデカい。エンジンを止めて中に入るにしても、広い施設内を歩いてる内に証拠隠滅でもされたら意味がない。一度、侵入する必要があるな。」

 頭の中を回転させながら喋る。

「侵入?どうやるんだ?」

「俺の相棒にお願いするのさ。」

 俺はクロコの顔を思い浮かべながら、ポールに片目を閉じた。

 こっちは、前世から癖ってやつだ。

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