第28話 百鬼夜行

「くっそぉ〜、ここまできておいて。」

 俺はカリカリと黒髪をかいた。

「ヒロシさん。どうにかならないか考えましょう。」

「戦艦相手に歩が悪い上に、今頃彼女の船は曳航ビームされてる。どうしたものか。」

「そういえば、容量の大きいプログラムファイルがありましたね。」

「ああ、見てみるか。」

 俺はルビーにプログラムの解析を依頼した。

「プログラムの内容は、さっきのnebeプログラムか。」

 not in employment but earning プログラム。不労所得倍増プログラムといった所か。

 ネーベプログラム。最初の方はneetの略しないスペルに似ている。

「ミスターカイの元データというわけか。驚いたな。」

 こんなプログラムなのに、船に積んどけるくらい容量が小さいなんて。

「これを使ってしまいましょう!」

「なんでだよ!?」

「力さえあれば、理屈はあとからついてくるのです!」

ちから、ねぇ。」

 妙な説得力はある。それは海賊に弄ばれたシビアな過去からきたものかもしれない。

「ルビーさん。このプログラムを私の銀行口座のクレジットを使ってラン!です。」

「あ、こら!」

「こういうのは、先んじて使っておくものです。バレて禁じ手になる前に!」

 ズルいが理屈だ。だが、

「まともな人の道から外れた事は、したくない。」

「そういうのが貧乏神を招くのです。塩まいてあげます。」

「あ、やめろ。食塩を俺にふりかけるな!クロコさん。やめて!」

 馬鹿やってる内に、少額だったクロコの口座の数がピコッと大きくなった。

「ん?」

 数字は数字を呼び、段々と大きくなっていく。

「nebe(ネーベ)プログラム。ラン完了。」

 ルビーが何かのたまった。

「ほら、ほら!ちからこそパワーです!」

「え、あ、う?」

 目まぐるしく銘柄が売り買いされ、値段が上下し、プログラムが着実にクロコのクレジットを増やしていく。

 馬鹿な。数百年前の資産運用プログラムが機能している、だと?

 お金が寂しいとばかりに、お金同士で集まって、キングマネーに進化するのを、俺は呆然と見守るだけだった。


「クロコ。」

「はい。」

「気づけばおくびとになってるぞ。」

 一億稼いだ人みたいになっている。今頃クロコが金を預けてる銀行とか金融関係とかパニックを起こしてるかもしれない。

「私のこと、好きですか?」

「え!?いい相棒だと思ってるけど。どしたの?」

「これで、お役に立てますね。」

 クロコはいたずらっこの顔をした。大人しい彼女は嘘で、こっちが本性なのかもしれない。

「お役に立つというか、養って欲しいところまでいってるというか。」

「こーら、アンドロイドにお金を強請ねだらないの。」

 10代に見えるクロコが、40代の俺の頭をツンツンした。どこか説教臭い俺への仕返しだ。

「でも、これでミスターカイの正体がプログラムの可能性が出てきましたね。」

「いや、どうする?こんなものが海賊の手に渡るとか、それこそ恐怖なんだが。」

「座標へ向かいましょう。そして、エミリーさんを救出するのです。」

 クロコが、フンッと小さな胸をそらす。

「どうやって救出する?」

「ちょうどお金があります。」

 クロコが自分の耳を触って、通信を開いた。

「キャプテンズギルド。使わない手はないのです。」



 光道化師の船が、ある小惑星に向かっていた。

 月より小さな小惑星。

 そこは宇宙有数の企業カイファンドのトップシークレットであり中枢だ。

 地下にカイプログラムを入れた超巨大なコンピューターがあり、ロボットの手により維持、改築がされているのであった。


 そこに辿り着こうというとき、光道化師の船が突如としてレーザー、ウェーブ、ミサイル、機銃の集中砲火を浴びた。

 全て小隕石群に偽装した俺達の船からである。いつもの海賊のやり方への仕返しだ。

 クロコ主催の祝一億クレジット超えバラマキ記念、一人報酬百万クレジットで、計九十九と一隻による百鬼夜行作戦が開始された。

 資産の派手な使い方である。口止め料も込み込みでしめて一人百万クレジット。ぶっちゃけアマビエの護衛とかより貰う額は大きい。


 キャプテンズギルドにて、目的は海賊退治、スペースニートよりと銘打ったこの作戦ミッションは、お祭り騒ぎしながら宇宙を駆ける猛者達に伝わった。


「総員、隕石を盾に一斉射だ!」

 スペースニート、ポールが叫ぶ。

「俺の船でも構わんぞ。」

 キャプテン・"ブルドッグ"・スマートがクラスBの船で力強く宣言する。そのシールドはDクラスの法外なブツだ。

「ローリングサンダー隊!敵のシールドとエンジンをおしゃかにしてやるぜ!」

 元軍人のローリングサンダー部隊、"チーフの"ジョンが他の戦闘艇と連帯し見事な砲火を浴びせた。

「オラオラ!火の玉ボーイのお通りだ!」

 ファイヤーボーイの火線が火を吹き、レディマーキュリーの大型ミサイルが飛んでいく。

「ブラッドローズ号も、たかられると大したことねーな!」

 秋田ともフランスともいえないイントネーションでスピードローニンがつぶやく。

「今まで俺らを散々ひどい目に合わせていたお返しなんだな!俺の宇宙魚雷とっておきを食らうんだな!」


「敵、シールド停止。エンジン停止。作戦を第二段階に移行!」


 俺が指示すると、口々に了解が届く。

 複数の船が曳航ビームを放ち、船がシールドを失い無防備になった海賊戦艦に取り付いた。


「諸君!撃鉄を起こす時間だ!」

 特殊部隊ヴォジャノーイの元メンバーがAKを構える。

「やるぞ、センパーファイ!」

「ウーラー!」

 同じく特殊部隊SSAT《エスサット:スペシャルスペースアタックチーム》の元兵士達が、どこで揃えたか最新ウェーブ小銃を掲げた。

 俺はドッキングベイから、自在鎌でブラッドローズの船の外側を切り抜いた。宇宙船を破壊しながら中に進む。

 宇宙船内は空気がそこかしこに漏れて危険だった。ピエロを思わせるヘルメットを被った海賊と、キャプテンズギルドの猛者がそこかしこで銃撃戦を展開する。

「俺の銃は、早いぜ!」

 カウボーイ・ダンディがウェーブ銃で加勢し、火炎瓶まで投げつけた。

 俺も負けじとガンマンや兵士など、火事場をくぐってきた前世を背後霊にブラックマンバを引き抜く。

 銃弾と光を浴びて、海賊が一人、また一人と沈黙に沈んでいく。

「こういうのはどうだ!?」

 キャプテンパーストが次々にグレネードを投げた。

 爆発する。

「グププププ…。フォフォフォフォフォ!」

 出たな!

 赤い道化師を模した光道化師フォトンピエロが歩いてきた。

「化け物め!地獄の釜で温野菜になりやがれ!」

 元SSATのコマンドージョーことジョーニアスの部隊がウェーブ銃を連射した。

 光道化師は残像を残しながら全ての弾を避けた。


「奴は俺にまかせろ!」

「スペースニートをサポートしろ!」

 俺は光道化師に立ちはだかった。

「降参しろ。今なら安楽死で許してやる。」

 俺が凄むと、光道化師が笑った。

「威勢がいいな。俺はエミリーを手に入れているのだぞ。」

女性レディに対して『手に入れた』だぁ?俺達オッサンはな。気持ちの悪い奴らに思われたらおしまいなんだよ。エミリーを返せ。ケリをつけてやる。」

 俺は親指を人差し指で輪をつくり、手の甲を見せた。念動を集中させる。

「無駄だ。貴様のマジックなら俺は見切った。」

「そうかよ!」

 俺は指を離すと、イメージ通りに青い軌道を描いて鎌のやいばがスィングした。

「フォフォフォフォフォフォフォフォフォ。」

 空気があれば風ができるくらい激しい動きで、奴は鎌の軌道を避けた。

「やっぱり予知能力は本物か。」

「その通り。瞬間を予知し、この生まれつきの素晴らしい肉体で避ける。貴様のトリックは通用しないと言うことだ。」

「よく喋るきゅうりだ。味噌つけて食っちまうぜ?」

「ほざけ!」


 落ち着け、奴とて人間だ。人知を超えた動きをしているが人間だ。無茶苦茶だけど人間だ。

 骨格を無視して奴は動く。中身は地球人型でなく、筋張った繊維とかなのかもしれない。つまり、近接や格闘技には持ち込めない。


 ならば奥の手!


「全員、フォトンピエロから離れろ!」

 俺は死神の鎌で地面を丸くくり抜くと船に穴を開けた。

「何!?」

 光道化師ガガバは落とし穴にかかったように、くり抜かれた船の底に落ちていく。空気が派手に吸い込まれて、船内では敵味方がパニックを起こした。

 俺はガガバが宇宙空間にストンと落ちていったのを確認して、船内と船外の間の船体や、船内の詰め物になるものを穴にぶち込んで詰めていった。

 敵の死体まで勝手に吸い込まれて、空気穴が閉じる。

「ボスは命綱なしの宇宙遊泳に出た!まだやるなら、ボスのいくだろう地獄に一足先に送ってやる!手を上げろ!」

 俺が叫ぶと、海賊は抵抗をやめた。



 エミリーは医療ポッドを改造した拷問装置の中に裸でいた。

 脳波でイエス・ノーを分析し、医学を無視した拷問をかける装置だ。なんて奴らだ。

 医療ポッドでは頭部を水責めにされていたみたいだ。あのサディストめ。この星系の恒星の光にでもカラッカラに焼かれるといい。

「エミリーさん。」

 俺はエミリーをポッドから出すと、すぐに宇宙服とヘルメットをかぶせた。

 エミリーはぐったりしていたが、目の焦点があった。

「いや、嫌ぁ!」

「イテテ、落ち着いて、俺です!スペースニートです!」

「スペースニート…?ガガバは?」

「やつならお日様を浴びに船から出ていきました。なんなら、そのまま地獄に直行コースで。それより大丈夫ですか?」

「私、私は奴にパゴダの財宝の座標を知らせてしまった。」

「それなら、大丈夫。カイファンドの星に向かって登録すれば、あっという間にシンデレラの仲間入りですよ。俺達は一億も使ってしまいスッカラカンですけどね。」

「そう。」

 エミリーは疲れた笑顔を浮かべた。

「良かった。」



 エミリーはDNA情報として、綿棒で口腔内の細胞を取ると、ファンドのコンピューターにアクセスした。

「アクセス承認。個体を極めてパゴダの子孫であると判定。ようこそ、貴方で一人目のXPプランのメンバーです。アドナイ、ナレク、ナーメン。」

 エミリーが俺の方を向いた。

「ビビデバビデブーだとさ。宇宙一の金持ちになった気分はどうだい?」

「最高よ。ピクシスおじさん、おばあ様、そして財宝を手にできなかったパルゴの子孫たち。失ったものを取り戻していくわ。その前に。」

 俺の口座にとんでもない額のクレジットが飛んできた。

「ファーストコンタクトの値段。こんな額でよろしくて?」

「毎度あり!お嬢様!」

 俺が笑ってペコリと頭を下げると、エミリーは大笑いした。



 俺はクロコの口座に送金しようとしたら、クロコは首を振った。

「チップドワキザシの修理代や諸々の経費で大変でしょうから。それに、ご両親に送って下さい。」

「そうだな。お父様の全身義体代に使えるかも。」


 人は金の為に生きているわけではないが、金がないと人は生きられない。昔はパンで今は金だ。


「おい、スペースニート。勝ったんだから、祝杯を上げるぞ!」

 キャサリンから通信がきた。

「酒がないとは言わせねぇな。」

 ブラックドッグケンが片目をとじる。

「おっと、俺達を忘れるな!」

 百人以上で飲む所?そうだな。

「ムーランドで祝杯パーティだ!皆、帰るまでが遠足だぜ!」


 船の通信を埋め尽くす歓声に、俺は笑って答えた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る