第27話 キャプテンパルゴの遺産

 細い通りから、三叉路を抜け、大通りを走る。

 人と肩がぶつかり、苛立つスペビジを避け、背後に迫るピエロに肝を冷やした。

 大通りは人が多すぎる。ここで前世の出番だ。

 前世で、雑踏に紛れるのに長けた俺がいた。

 全体的な人の歩調を把握し、人の壁を利用して気配を消す。

 建築中だが、人のいない工事現場の看板の裏にフッと隠れる。

 遅れて、ピエロが走ってくるのが気配でわかる。

 ピエロが来た道を引き返しはじめた。俺はそいつの背後から忍び寄り、後ろから手で口をおさえ、抜いた銃の銃口をピエロの背中に突きつけた。

「動くな。喋るな。よし、ついてこい。」

 俺はそういって、相手に見えてなくてもを片目を閉じた。

 これは、そう、前世からの癖ってやつだ。

 俺は背中にくっつくようにピエロに接近し、看板の裏に移動した。

「さて、」

 俺は相手のピエロの面をとった。

 猫みたいな顔が特徴の宇宙人の男だった。

 種族はどうでもいい。

「お前、光道化師フォトンピエロの部下だろう?」

「そ、そうだ。」

 男は万能通話機オールフォンを胸に下げていた。

「良い携帯だな。」

 突然オールフォンが鳴った。

「光道化師が出たら、俺と代われ。」

「わかったよ。」

 素直でよろしい。

 男はやり取りしていた。俺は群衆から見えないようにブラックマンバを腰に構えているので、逃げようがない。

「ガガバ様からだ。」

 光道化師フォトンピエロガガバ、か。

 差し出されたオールフォンを左手で受ける。

「もしもし。」

「スペースニート。縁があるな。」

「それは俺も思ったことだよ。」

 オールフォンに映し出された俺をみて、相手がしばし沈黙した。俺も沈黙したのを察し、ガガバはグププと笑った。

「俺は絵が好きでね。俺から名画を奪おうとした女をどう扱うか考えている所だよ。」

 捕まったか。

「人質交換といこう。あんたはエミリー、俺はこの男というのはどうだ?命は平等だぜ?」

 ガガバは笑った。

「その無能は貴様の手で始末しろ。それより、その様子じゃ貴様も持っているんだろう?キャプテンパルゴの名画を。」

 エミリー、何やってんだよ。俺じゃ光道化師は無理とか言いながら、あんたも無理なんじゃないか。

「その言葉には、持っているとハッタリ効かせておこうか。俺の絵は高いぜ?」

「女の命よりもか?」

「あんたの命よりもだ。光道化師。なぁ、その絵は俺やあんたの持つべきものじゃないんだ。彼女の名前を聞いたかい?」

「エミリーお嬢様を知らない海賊なんていないさ。それと、間違えるな。貴様と俺とは対等ではない。エミリーを殺されたくなければ、サードコンタクトを渡せ。」

 ん?サード?

 その瞬間、探り探りだった俺はこの事態を察した。奴はエミリーを捕まえてはいないし、エミリーから絵を手に入れていない。

「その前に、エミリーの声を聞かせてくれよ。彼女、俺が無職だからって仕事のできない無能扱いしてたからな。無能はどっちだと一言ひとこと文句を言ってやりたいんだ。」

 俺はついでに確証を得ようとした。

「その必要はない。見せしめに女の皮を剥いで、お前に送りつけてやろうか?スペースニート。」

 やっぱりそうだ。通信がとれないが、彼女はうまく逃げている。

「趣味の悪い物言いだな、光道化師。いいから彼女を離せ。そしたら、俺が窃盗の容疑で彼女を警察につき出すからさ?」

 最後のジョークに、光道化師はあくまで余裕の笑いをとった。

「その様子じゃ、貴様絵を持ってないんだろ。無駄な会話だったな。彼女は殺す。貴様も首を洗って待ってろ。」

「海賊の脅しはどうしてこうテンプレートなんだろうね。俺はあんたを倒す。覚悟しとけ、光道化師さん。」

 俺は凄む光道化師をからかいながら、オールフォンを切った。

 会話戦では俺に軍配が上がったようだ。

 エミリーは捕まっておらず、そして絵画のありかも分かっていない。これはアドバンテージだ。

「あの、命だけは。」

 演劇の猫みたいに顔に毛の生えた男が手を合わせた。

「面倒くさいから殺さない。でも、ここで殺したことにする。戻って海賊の上司に皮を剥がされるか、稼業をやめて今の碌でもない人生をやり直すのかはお前の勝手だ。じゃあな。」

 俺はリホルスターしながらオールフォンを男に投げた。男がフォンを受け取るや、俺の正拳突きが男の顎先を揺らす。前世の格闘技の要訣を注ぎ込んだ一撃は、男を脳震盪で気絶させるに十分だった。


 俺はクロコを呼んだ。

 俺がガガバとの会話で得たことを話す。

「通信があるかもしれない。俺達は宇宙港へ急ごう。」

「銃撃ちたかったのに。分かりました。」

 クロコさん。どしたの?今日はガラが悪いぜ?

「物騒なことはやらないほうがいい。怪我するし、夢見が悪くなるだけだよ。」

 危険な道に足を突っ込むくせにビビリの臆病、という矛盾した俺の矛盾したセリフだった。



 宇宙港についた。

 エミリーに何度か通信を送ったが、返ってこない。

 ようやく返事が返ってきたのは、朝日が昇ってきてからだった。

「ごめんなさい。追手を巻くのに時間がかかったわ。」

「それはいいけど、光道化師について興味深い話がある。」

 俺が、光道化師との会話をかいつまむと、エミリーが首を傾げた。

「じゃあ、ガガバは私がファーストコンタクトを持ってると思ってたわけ?」

「そうなんだ。蒐集家コレクターのくせに絵の居所が分かってなかった。当てずっぽうが外れた訳さ。セカンドコンタクトはあったか?」

「それについては、絵の数が膨大で、数千枚くらいの中から調べてる最中よ。気分の悪くなる絵ばかりだわ。」

 デジタルだからコンパクトに大量の絵を保管できる。不気味な奴の趣味の絵だろうから、内容はあまり見たくないものなのだろう。

「宇宙港まで来てくれ。手分けして探そう。」

「ええ。もう向かっているわ。」

 俺は一安心した。


「おまたせ。」

 エミリーが俺の船にきた。ピー助がうぇるかむといい、クロコがジトッとした目で威嚇する。

「これがメモステよ。二人で手分けして探しましょう。」

 船に端子を接続する。ウィンドウを2つに分けた。

「私は上から調べるから、貴方は下から調べてみて。」

「オーケー。」

 俺は船のディスプレイを使って画像を見た。

 奇妙な絵ばかりだった。

 天使が槍で子供を突き刺している絵とか、認知症にかかった画家の自画像とか。直球のエログロナンセンスな絵まである。見ていて気持ちのいいものではない。

 タイトルで検索をかけるも、奴は名前をつけてアーカイブをしていないタイプの人間だった。番号を見ながら、順番に見るしか無い。

 暗闇で犠牲者の頭をかじる巨大な老人の絵まで来て、ようやく見つけた。

「あったぞ。セカンドコンタクトだ。」

「良かった。気持ちの悪い絵は嫌いなのよ。」

 同感だ。

 「このデータと俺のデータを、君のデータにうつす。」

「いけない。3つとも入れるとメモリーが大きすぎて、私の脳がパンクしちゃうわ。時間がないから、貴方の船に3つのデータを入れて、結合させてしまいましょう。」

「よし。」

 俺の電脳からファーストコンタクトをチップドワキザシにうつした。更に、セカンドコンタクトを船にうつす。

 最後にエミリーが船に画像をうつした。

「ルビー、3つの画像を結合してくれ。」

「画像情報、解析、結合します。」

 3つの画像が1つになった。

「座標のファイルと動画ファイル、なにかのプログラムファイルか。最後のだけが矢鱈と容量がデカいな。動画をみてみるか。ルビー、動画を再生してくれ。」

「動画を再生します。」



 動画冒頭から、いきなり黒字に白でドクロの旗が出てきた。

「これを見ているのが、私の子孫であることを願う。」

 顔に傷のある、茶髪で長髪の偉丈夫がいた。

「銀河連邦が勝って、世界は自由を手に入れた。私は奴隷商人から仕事を取り上げるため、市場しじょうに介入した。しかし、それで多くの鳥人達を売買したのは事実だ。私は彼らから復讐されるだろう。だが、それが我が娘達に向かうのだけは、子孫たちに向かうのだけは避けたい。私は代理人のペーター・ピクシス氏をミスターPとして、鳥人基金を設立し、多くの鳥人達へのお詫びを行うつもりだ。」

 パルゴは手を強く握りしめた。

「一方で、娘達の子孫が貧困に陥らないように、このプログラムを使った。ビューティフル・パディフィールド・プログラム。このプログラムが起動したら、私の隠し資金をもとに自動進化投資プログラムが資産を運営し、自動的に金が増えていくはずだ。通貨や資本主義が絶えてなければ、この方法は古典的ながら有効な手段になるだろう。」

 宇宙信用金庫。宇宙信用銀行の前身だ。

 投資でロボットアドバイザーというのはいるけど、彼らに全てを任せて資産が増えるかは微妙だ。ましてや、数百年前のプログラムに何ができるというのか。投資で失敗して資産を溶かし、マイナスになっているのが関の山ではなかろうか。

「これで得た利益を、隠し資産として暗号化したデータこそ、私が子孫に残す遺産となる。人類は宇宙に進出して長いが、分け合うことが出来ず、手に手を取り合うより競争して奪い合うのが人類の本質だと宇宙にさらけ出してしまった。その本質に寄生するこのプログラムが、将来、子孫を潤せるならば、それに越したことはない。」

 パルゴは片目がサイバーアイだった。わざと虹色に光らせた左目が長髪から覗いた。

「私は、自動進化投資プログラムをミスターX、ギリシャ語のカイと名付けた。このプログラムは自己進化を続け、やがて人間の知能を超えるだろう。」

「カイ!?カイって、カイファンドのカイか!?」

 X(カイ)ファンド。投資や信託で莫大な利益がでている会社である。

 全てアンドロイドやAIが受け付けているので有名で、社長はロボットだというジョークがあるが、まさか本当にプログラムだったとは…。

 これは事が大きすぎる。宇宙でカップラーメンをすすってるスペースニートの器を超えた出来事だった。

「ミスターX(カイ)と鳥人基金の運営者P、2つ合わせて救世主クリストス(XP)計画プランとし、我家を剣と怨嗟の時代から守る救世主とならんことを願う。これを見ているだろう子孫は、DNAデータをカイプログラムへの直接のアクセスポイントに送れ。それでクリストス計画の仲間入りが完了する。」

 パルゴは静かに目を閉じた。

「私は義賊ではない。ただ、私の子孫が幸せに暮らしていれば、それで満足という自己中心的な男だ。再度になるが、これを見ているのが、私の子孫であることを願う。秘密が守られ、しかし万が一の時に子孫にだけ渡りますように。」

 パルゴは十字をきった所で映像が終わった。


 呆然となった。

 世の中には俺の手に余ることがあるもんだ。その実感がわいた。

 エミリーは沈黙していた。

「私を育ててくれたピクシスおじさんは、このことを知っていたのかしら。」

 エミリーが言葉をこぼす。

「おじさんは、私が特別な娘だと言っていた。祖母も私を選ばれた人間だと言っていた。でも、それなら何故おじさんや祖母は質素に暮らして死んでいったの?何故、私の家は没落したの?何故、この計画に皆参加しなかったの?」

「知らなければ、分からなかっただけだろう。このメッセージが子孫に渡るのが君の代だったというわけだ。」

 まごついたような真理が俺の口から出た。

光道化師フォトンピエロは、私のことをあった時から、お嬢様と呼んだわ。これと関係があるの?」

「かもな。急いでアクセスポイントに向かおう。虫歯の治療と手続きは、早いほうがいいってね。」

 俺は片目を閉じた。


 2隻の宇宙船が、同じ座標へと向かう。

 その後ろに、突如としてホエール級のクラスD海賊戦艦がやってきた。

 船首に赤い薔薇。ブラッドローズ号。

 光道化師の海賊船だ。

「謎はわかりましたか?エミリーお嬢様。」

「ガガバ…。」

 エミリーが光道化師との会話を俺にまで拡張する。俺は会話に聞き耳を立てた。

「3枚の絵。パルゴが隠した財宝について、知らないのであれば、どうです?私と謎解きしませんか?」

「貴方みたいな男を信用できるわけないでしょ。」

「あの汚らしいニートを信用して、この私を信用なさらないのは残念ですよ。お嬢様。フフフフ。」

「光道化師。貴方は何を企んでるの?」

「企む?そう、海賊は皆企んでいるものです。私がほしいのは伝説となったキャプテンパルゴの財宝です。セカンド以外のコンタクトシリーズのどれか1枚を、貴女が手に入れているのは分かっています。私は3枚を集め、この謎を解き明かしたあかつきには、お嬢様、貴女を私の妻に迎えたい。」

 聴いてて生理的に嫌悪感がはしった。急に何言い出すんだ、このキャベツ野郎は。

「何のつもり?」

「私はね、お嬢様。貴女という人を高く評価しておるのですよ。届かないもの、美なるものをちからづくでも奪いたい。これは男の本能です。貴女にはノーと言わせない。蕾から花へと育っていく貴女を殺さずに見守ったのも、そのためです。」

 気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い。

「…。」

「貴方のその可憐な小舟は、私の船で拿捕します。スペースニートはこの場で散って貰うがいいでしょう。」

 ヤバい!この流れはヤバい!

「ルビー!緊急でジャンプだ!」

「了解、キャプテン。」

 適当な真空のある座標へ飛ぶのと、レーザーの雨が降るのとでは紙一重だった。

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