第26話 アシャーヒエの風呂屋

 チップドワキザシの近くに、黄色い船がやってきた。

 俺は近くの有人居住惑星に降りた。

 鋼鉄を思わせる光る鈍色にびいろのチップドワキザシと並ぶように、エミリーの黄色の船が宇宙港に降りる。

 港の中ならば、港の掟が優先される。無闇矢鱈に銃を撃つことはあるまい。そんな算段だった。


 黄色の船から、明るい栗色の髪をした美人が降りてきた。卵型の顔立ちで、身体の線がわかる宇宙服を着ている。ちょっとムチムチした感じのナイスバディだ。

 おじさんの目で見てしまうが、俺はあくまで被害者だということをお伝えしたい。

「エミリー・ロックだな。」

「ヒロシギャラリーのヒロシね。まさか、スペースニートとは思わなかったわ。」

 俺の顔をみて分かったようだ。エミリーがそういって不敵ふてきな顔をする。

「で、絵を狙ってるのはどういう理由わけなんだ?説明してくれないと売るのも渡すのも、データを破棄するのもできないものでね。」

 俺は片目を閉じた。

 暗に絵画を壊すぞと脅す。

「データを破棄。貴方それでも画商なの?」

「画商はサイドビジネスでね。本職はニートさ。」

 本職は無職と言いのけた俺に、エミリーはプハッと笑った。

「貴方一人?」

「いや、相棒が一人と一羽。安全をとって、船の中にいるよ。」

「飲みにいかない?理由はそこで話すわ。」



 宇宙港のバーにいくのは初めてだった。

「カシスオレンジ一つ。」

「あ、俺はトリアエズビール。」

 呪文を唱えた。

 トリアーエズビールという銘柄の瓶ビールが来た。そうきたか。

「青い〜 ネモフィラの花〜が〜 咲く頃になれ〜ば〜 季節のはじまり〜」

 夜ともなれば歌手が生歌を歌うのだろうが、バックミュージックは録音音楽だった。飲む方も気安い雰囲気だ。


 酒で滑るように話をする。

 彼女は元々家が裕福だったらしいのだが、代を追う事に没落していき、今の彼女は賞金稼ぎになったらしい。なんとも宇宙世紀の職業だが、それと絵画がつながる理由が分からない。

「貴方は、キャプテンパルゴをご存知かしら?」

「宇宙海賊の?」

「そう。海賊同盟の創設者の一人よ。奴隷商人で鳥人型からは今でも忌み嫌われてる。その一方で、銀河帝国から略奪したクレジットや宝を、銀河連邦へ寄付したことで名士とも言われてるわね。」

 エミリーはカシスオレンジに口をつけた。

「そのパルゴがどうしたんだ?」

「帝国が滅んだ後、また帝国が復活することを恐れたパルゴは、莫大な財産の一部をある場所に隠した。キャプテンパルゴの財宝といえば、誰でも知っている話じゃなくて?」

「その手のガセネタは、話題にはなっても存在しないだろ。」

 埋蔵金とか軍の隠し資金とかダイヤの惑星とか、宇宙ではその手の話がゴロゴロ転がっている。

「普通ならそうね。でも、海賊同盟の幹部である光道化師フォトンピエロが、コンタクトシリーズとよばれる3枚の絵を狙っていて、それがパルゴの財宝につながってるとしたら、どう?」

 俺は緑の筋が笑顔の形をした、不気味な植物人間を思い出した。よくよく海賊同盟とは縁があるみたいだな。

「俺が持ってるのが、ファーストコンタクトで、後2枚は?」

「セカンドコンタクトは光道化師が持ってる。最後の1枚は、祖母が持っていたものを私が受け継いだ。」

「受け継いだ?それってつまり、」

「パルゴの本名はフランシスコ・ロック。私はパルゴの子孫なのよ。」

 エミリーはそういって、腰に手を当てた。

「これで分かったでしょ。財産を受ける正当性は私にあるの。今の海賊同盟は宇宙の単なる略奪者だし、貴方は縁もゆかりも無いただのニートだし。分かったら、ファーストコンタクトを頂戴な。」

 エミリーは少し古い口調で俺に絵をせがんできた。

「3つの絵を1枚に合わせると、絵から宇宙の座標が浮かび上がるとか?」

「当たらずとも遠からずね。3つの絵のデータは断片になっていて、結合させればデータが手に入る仕組みよ。絵にそれほど価値はないわ。」

「縁もゆかりも無いといったが、縁なら今できた。俺も1枚噛ませてほしいかな。」

 俺は酔って気が大きくなった。

「嫌よ。ニートなんかに何が出来るのよ。おまけに、貴方、海賊同盟で懸賞金がでてる賞金首よ?」

「それって、あれか。絵を渡した瞬間レーザーされて、あんたが海賊に賞金をおねだりするパターンか。賞金稼ぎだけに。」

 俺が首を切る動作をする。

「想像力だけは豊かなのね。逆よ。大人しく絵を差し出せば、命だけでなく、あなたが関わったことまで忘れてあげる。それに、海賊から賞金を貰うなんて、バウンティハンターでも最低の部類よ。」

 俺の瓶ビールも彼女のカシスオレンジも、お互いに空けてしまおうという所だ。

 俺はビールをぐいと飲んだ。

「どうしても手に余るかな。」

「ええ。あなたじゃ無理よ。」

 独り言を否定された。

「いや、光道化師を倒してセカンドコンタクトを奪うということがさ。」

「相手は予知が出来ると吹聴してるやつよ?頭に穴があくだけだわ。やめときなさいな。貴方と奴とじゃ戦いにもならないわ。」

 予知。なるほどな。俺みたいにチート能力を持っていて、自在鎌の軌道を予知して避けた。それなら自在鎌をかわしたのにも納得がいく。

 超能力がなくてもチート能力がある世界だ。そんなのもいるさ。問題は対抗策だな。

「ますます燃えてきたね。キャプテンパルゴの財宝の中身も気になってきた。」

「呆れた。」

 エミリーがため息をつく。

「じゃあ、こうしよう。俺はあんたにファーストコンタクトをやるのを約束する。2枚を一人が持ってるよりも、リスクが分散するだろ?そして、俺とあんたで協力してセカンドコンタクトを奪い次第、俺がファーストコンタクトを君に売る。てのはどうだ?」

「売る?くれるんじゃなくて?」

「タダより高いものはない。あんた達は無料ただで貰って変に裏を勘ぐるより、二束三文でも金が絡む方が信用できるだろ?俺は仕事した分を、絵の価格にして金を貰うわけさ。」

「なるほど。想像力だけは豊かなのね。」

 エミリーはセリフを繰り返すと、もう一杯のカシオレを頼んだ。

 俺は濃いめのハイボールだ。格好いいカクテルとかウィスキーのロックより、とりあえずビールかハイボール。庶民的から脱しきれない。

「仕方ない。わかったわ。悔しいけど、海賊同盟相手に単身で挑むのは愚かだって、私も思ってた。これを。」

 画像の添付された通信がきた。2枚の絵だった。

 チェロの絵、そしてイルカの絵だった。チェロにもイルカにも、別の楽器と動物のオーラが描かれている。

「パルゴは2面性のある男だった。絵でもそれを表現してみたかったみたい。これは2枚の絵のコピーよ。」

「心動いたのは、ファーストコンタクトだけだな。」

「それはお目が高いわね。パルゴ直筆の絵は1枚目だけなの。後の2枚はお抱えの画家のものよ。最も、世に出せば、セカンドとサードの方が売れるでしょうね。」

「…。」

 俺はハイボールを飲みながら、考えた。

「光道化師は惑星アシャーヒエにいるわ。」

 アシャーヒエ。検索した。

 都市型惑星だ。

「サラダの親戚にしては、光合成しにくい所にいるんだな。」

 俺の軽口に、エミリーが笑った。不謹慎な差別発言だったかな?

「貴方には私のバックアップをして貰うわ。その仕事の出来によっては、貴方を信頼してもいい。」

「ニートの仕事なんて信頼しちゃいけないが、スペースニートの仕事は信頼してもらいたいね。ビジネスパートナーなんだから、ここは奢るよ。では、後はひそひそ通信で。」

「あら、ごちそうさま。」

 エミリーがグラスを鳴らした。



「それで、鼻の下を伸ばして厄介事に突っ込んだのですね。ヒロシさん。」

 クロコに話すと淡白な物言いで睨まれてしまった。

「大してお金にもならないようなことを。しかも、海賊を敵に回した危険な仕事。」

「ごめんよ〜。」

「いいです。私も戦います。」

 クロコはP90ヘラクレスといわれる小銃を手にしていた。銃の上に弾倉があり、狭い空間でも取り回しがいい良銃だ。

「この世界は、舐められたほうが負けなんです。」

「それは海賊の考えだよ。」

「でも一理はあります。ヒロシさんはエミリーさんに安くみられたんですよ?それは、嫌です。」

 俺は頬をかいた。慣れないバーでいきがろうと肩ひじをはった結果だ。


 バーテンダーだった俺はどこいった。西部の酒場でバーボン飲んでた渋い俺もだ。俺はたくさんの前世に恥じた。

「分かった。チームでいこう。アシャーヒエに向かうぞ。」

「あたちもたたかうわ。やるぞー。1、2、3、ギャー。」

「ピー助は檻の中にいなさい。」

 俺の船はアシャーヒエにジャンプした。



 アシャーヒエ。

 高層ビル群と、1日が48時間のどこにでもある星だ。昼時間に睡眠時間をシエスタと称して確保し、夜時間を休日にする人々もいた。人間の25時間の体内時計に合わせた生活をしていた。

 惑星がある程度『都会』になると、似たりよったりな見かけになる。コンクリートで地表が固められてるのに酸素があるのは、人々が光合成をしているからだろう。

 特徴といえば、今はほぼ絶滅した葉緑体をもち体毛の薄い初期宇宙人のフォト人がいた星で、植物合成系宇宙人にとって快楽を感じるという特殊な光合成のシャワーが体験できるという施設があることぐらいだった。

 ある波長の光を浴びると、葉緑体もどきの細胞小器官から快楽物質が出るらしい。葉緑体をもってない俺からしたら、そういうものかね、という感じだった。



 ネオンとサイリウムの光、夜時間を休日にする会社員がビールの蓋をあける頃。

 俺はフードをおろして暗い街中を歩いた。

 雑踏の中、誰も俺に構わない。常に混んだ人の群れに混じって、ぞろぞろと歩く。夜だからか、人の波はカラスのように黒かった。

 半植物のセル人の極悪犯罪者、光道化師フォトンピエロを見失わないように尾行する。

 光道化師は自らピエロの仮面を被っていた。彼の取り巻きも同じくピエロのフェイスマスクをつけている。

 目立つように見えて、もっと奇抜な格好の人々もいたりで誰も気にしていない。

 大通りから細い道へ分岐し、強靱モツ鍋と書かれた看板の下をくぐった。

 快楽の入浴とも呼ばれているウルトラシャワーは、電子機器に影響があるらしく、奴は電脳化さえしていない。

 そして、奴は自らの芸術コレクションをステメモ(スティックメモリー)に保存している。

 ウルトラシャワーの間だけは部下にステメモを持たせていた。


 俺達は奴の入浴時間を狙って、部下を襲い、ステメモを奪う。そういう作戦だった。

 俺はエミリーの手引をする係というわけだ。

 サイバーアイを録画モードにして、脳コンピューターこと電脳でエミリーに動画を送る。

「ピエロが風呂屋に入った。」

 俺はボソリと呟く。

「確認したわ。そのまま風呂屋に入って。」

「俺も入るのか?」

「当たり前でしょ。」

 俺は風呂屋にはいる。

 光道化師は部下に何かいうと、一人でエレベーターに乗っていった。

「VIPルームに向かったのが、俺の目から見えた?」

「見えたわ。そこから先は私の仕事ね。そうそう、そこの店は実は普通の風呂も入れるの。楽しんできたら?」

「はいはい。」

 俺はため息をついた。


 エミリーは自動運転にしたホバーカーを使い、風呂屋の屋上から侵入して、VIPルームに侵入。予知を使うという厄介な光道化師でなく部下からステメモを奪い、速やかに星を脱出する。


 騒ぎが起きる前に風呂屋を出たいが、風呂屋に来ておいて風呂に入らないのも変だ。

 ここで俺はクロコと交代した。

「待ち合わせ通りだね。風呂入ってきなよ。」

「ダーリンは?」

「シャワー浴びたから平気さ。」

 そんな会話をして、外に出た。

 俺は光道化師に顔を見られてはいけない。

 クロコは女性型のアンドロイドらしくカラスの行水で風呂を終えた後、VIPのあるエレベーターの昇降の明かりを見つめていた。


 クロコの視覚を共有する形でエレベーターを見ていた俺だったが、エレベーターの下の明かりがつくと、中からピエロ顔の部下たちが出てきた。脇のホルスターからだろうか、偏ったT時の短機関銃を手にしている。

 にわかに騒がしくなってきた。

 エミリー?

 俺は通信したが、出ない。

 ドジッたか?

 俺は風呂屋の中に入るか外で待機するか、判断を迷った。


「おい!お前!」

 ピエロのマスクをした一人の男が、俺に向かって叫んだ。

 しまった。外にも部下がいたのか。

 捕まってたまるか。


 俺は風呂屋から夜の街へ走り出し、雑踏を泳ぐように逃げ出した。

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