第25話 ファーストコンタクト

 宇宙に出た途端に、オンラインになりスペースネットワークにつながる。

 放棄惑星エンドラ。

 宇宙でも太陽系に近い、有人星系の片隅にある化石のような惑星だった。

 太陽系は太陽以外の資源を取り尽くしたと言われるくらい、人類は資源をこすりに擦って太陽系を捨てた。

 島流しには丁度いい星だ。


 惑星で水や食料を確保したつもりでも、俺は飢えていた。

 まだ無重力なのも構わず、ソースが球の粒になったトンカツをタッパーから素手で器用に食い、プラ容器のパックを開けてクリームとコーヒーのゼリージュレを飲み干す。

 更に、茶色い球になった牛すき焼きを、タッパーを少し開けてチュルチュル吸うように肉を食うと、おにぎりに噛みついた。

「ヒロシさん?」

 生きてる、生きてるぞ俺は。

「ヒロシさん。」

「ふぁい!」

 フランスパンにまでかじりだした俺はクロコをみた。

 クロコが涙と笑みを浮かべていた。

「良かった。銀河警備隊に船から何者かに拉致されて、行方不明だと聞かされて、私、私。」

 俺はフランスパンをくわえたまま、クロコを抱きしめ、背中を軽く叩いた。

 パンをブチッとちぎる。

「モグモグ。ありがとう、クロコ。命の恩人だよ。」

「私、毎日通信回線を広げて、貴方のヘルプサインがないか、あちこち受信してたんです。もしかしたら、て。生きてて良かった。」

「そう簡単には死なないさ。とはいえ、本当に危なかった。化け物に食われる所だったよ。」

 クロコの肩ごしに紅茶のプラパックをとり、飲み口を開けてチューチューすすった。

「ヒロシさん、痩せたんじゃないですか?」

「腹はまだ出てるけどね。お陰で、いいダイエットになった。海賊のスパイには、お礼ついでにやっつけてしまわないとな。」

「やめましょう。」

「どうして?」

「返り討ちに会います。相手は誰かすら、まだわかってないんですよ?」

 クロコのサラサラした銀の髪がくすぐったかった。出会った時はロングだった髪を、ショートにしている。

「もう首を突っ込むのはやめましょう。命がいくつあっても足りません。」

「ありがとう。本当に助かった。ありがとう。」

 俺はクロコの髪をなで、とさかを立てて見ていたピー助に手を上げた。

 ピー助は「よかったな、ヒロシ」と足を上げて応えた。



 重力を発生させ、俺はシャワーに入り、髭を剃った。

 宇宙服を着る。

「っんなぅっ!」

 これこれ、生体カテーテルが身体に入るこの感じ。久しぶりだぜ。

 服の腰ベルトのホルスターにウェーブ銃ラコン・ブラックマンバを下げ、灰色のパーカーを羽織れば、スペースニートの出来上がりだ。

 デブだが、中年の腹は少ししぼんだかな。くびれができた。


 俺はスペースネットワークに繋がった。

 おお、一ヶ月ぶりのスペース・メタバース・ネットワークよ。

 全ての惑星はオンラインで繋がらないといけない。俺はそう思った。


 働かない駄目な人たちによるニート同盟から、続々と海賊の情報が入ってきていた。

 クロコはやめろと言ったが、俺はダコダの海賊基地を潰した。奴らは許す気はないだろう。引き返せない所にきている。

 島流しに失敗したからには、回りくどい真似をしないで即座に殺してくる。俺は情報をチェックしておく。


 暗号掲示板では、親が犬を飼ったことが貼られていた。墨色の箱人間になったお父様と艶々した顔のお母様が、犬と一緒にピースしている。両親が無事。それが一番安堵する。


 俺のいない間、クロコは売れ残っていたデジタル絵画が少しさばけて、その金で生活していたようだった。


 金、金、金だ。

 宇宙に出ようと人類のやる事はしょっぱい。




 前世芸術家だった俺は、久しぶりにバイヤーで稼いでみることにした。

 一点物のデジタル絵画を画廊で見る。

 デジタル絵画の世界は、オリジナル以外のコピーにはコピーと分かるサインがつき、オリジナルの一点物を資産として運用するものだ。

 それを裏手にとって作品にわざとコピーとサインをつけ、有名になった芸術家もいる。そんな捻くれた一面があるのが、芸術というやつだった。


 売れない絵描きで、冒険者になって海外の絵を描いて故郷で売り、珍しさで勝負して糊口ここうをしのいだ異世界の芸術家のエルフを前世に持つ俺は、異国や惑星の風景画の審美を得意とする。

 前世の導きで油絵調の絵を好み、審美眼で勝負する。


 芸術の世界はシビアだ。素晴らしいか素晴らしくないかより、売れるか売れないかが全てなのだから。素晴らしさと売れるかは比例関係ではあるものの、絶対ではない。


 芸術家はつくるものとして、一定のクオリティを持った絵描きを初期の作品群を買い叩くのと引き換えに、大規模な宣伝やタイアップで使い、有名にするというやり口で儲ける人々がいる。

 あの有名な芸術家の初期の作品、と宣伝するわけだ。値段は確実に釣り上がる。個人では公開チャンネルで芸術家自らが宣伝するパターンもある。


 噂ではリャナンシーという芸術家専門の殺し屋がいて、芸術家の作品を遺作にし価値を高めるために芸術家を殺してまわってる、なんて話もあるくらいだ。

 地球の中世の妖精が、現代にリメイクされたような話だな。


 俺は、値段の安く、まだ無名の画家の作品を自分の審美眼で買い、売れてきて価格がそこそこ釣り上がったら小出しに売る気長きながなやり方を選択している。

 芸術はつくるもの云々として、宣伝をうって賭けに出たのは、宇宙船を買う前の時くらいだ。

 人気が出そうな芸術家の作品は、早く目をつけたバイヤーが青田買いで買っていくので、競合相手は多かった。


 ネットワークでデジタル画廊を渡り歩く。

 流行りそうなものはソールドアウトになっているか、画家により値段が高くついていた。自分の絵の相場を知った絵描きはすぐ経営者になる。それは、どの業界でも同じことだ。

 宇宙時代において、絵は歴史になるほど素晴らしいのに売れない画家ゴッホなんて滅多にいないのだ。


 そんな気分で絵と値段を見比べていた。

 ガラクタ市場と呼ばれるアンダーグラウンドの絵画まで漁ることにした。


 そこで、ふと、ある作品を見た。


 薔薇かなにかの花が、惑星地表に咲いている。

 薔薇を覆うように透明な別の花の植物がオーラのように大きく描かれていた。

 それだけだ。風景画をひねっただけの退屈な絵だと言われるかもしれない。

 だが、俺はゾワゾワした。

 タイトルは、ファーストコンタクト。

 作者を調べたが、無名の画家の情報だ。

 分からない。分からないが、平凡なこの絵がほしい。

 俺は目星をつけた絵の他に、この絵も買った。

 宇宙を旅行し、時が経てば値段も上がる。

 そういうお楽しみとは、全く別の感覚の絵だった。



 絵を買って、人気上昇中や売出し中の絵が無事に売れた。

 まだまだ上がると思わせる『お手頃な』値段設定のものがサクッと売れて、本命と思った絵は売れない。

 そんなものだ。

 ファーストコンタクトという絵は、完全に俺の趣味だったので、売り出すのはやめといた。どうせ売れないか、売れても二束三文だ。ならば、俺の絵画アーカイブにしまって、時々眺めるに限る。

 絵をさかなに酒を飲むほど風流では無いが、売るのが勿体ない絵画ならモネ、もといモモの睡蓮の画がある。元の絵とそっくりなのに、元の絵より睡蓮が力強く光合成しているような気がして、気に入っていた。


 通信が入った。

「失礼します。ヒロシギャラリーですか?」

「ええ。御用は何でしょう?」

 値段交渉までメールで通信するため、ヒロシギャラリー名義での会話通信は初めてだった。

「そちらがお持ちの絵画で、コンタクトと呼ばれるシリーズの絵がありましたら、お譲りいただいたい。」

「コンタクト、ですか?」

 通信先は女性の声だった。

「私はエミリー・ロックと申します。ファーストコンタクト、セカンドコンタクト、サードコンタクトという3枚の絵があるのですが、そちらにファーストがあるとの話を耳にしました。お持ちであれば、相応のお値段で購入させていただきたいのです。」

「ちょっと待って下さい。」

 俺は慌てた。

 売る売らないを選択する自由のため、俺は絵の購買情報は売り手にも秘密扱いにしている。ギャラリーにない絵を売ってくれということは…。

「もしかして、絵の購入履歴をハッキングして私まで辿って来られたのですか?」

「…。」

 通信の主は答えない。

「あの、そういうのは違法行為ですよね。非常に困るのですが。画廊協会に訴えますよ?」

 警察機構は星の数ほどいるが、自警が基本だ。

 画廊協会に訴えが通ると、今後絵画を所有できない、所有しても売買できないように、相手側の個人情報が制限を受ける。

 一番重いものは絵画を絵画と脳が認識できないようなブロックがかけられる。認識刑と言われるものだ。無法地帯になった市場で決められていった掟での刑は、そこらの星の警察より遥かに重くなる。

「ファーストコンタクトをお売りになって下さい。」

「嫌です。お断りします。」

「どうしてもですか?」

「どうしても、です。」

 俺は意地をはった。

「もういいわ。」

 途端に通信先はサバサバした物言いに変わった。

「大人しく渡しなさい。ヒロシ。通信元の座標を手に入れたわ。貴方、宇宙空間から通信をとってるわね。私は今、そちらに向かってるの。」

 なんだなんだ?脅しか?

「船の残骸からギャラリーを探し出す真似はしたくないの。分かる?分かったら、さっさと絵を送信して。貴方の船を沈めないであげる。」

 脅しだ。

「あの、一体どういうつもりですか?」

「人の命より重いものって、存在すると思う?」

 ゲッ。決め台詞というか啖呵きってきた。

「私はあると思うわ。その絵を今すぐ送信なさい。あなたが持っていていい絵じゃない。」

「嫌だといったら?」

「船を沈める。」

 通信がきれ、画像を送るアドレス付きのメールが送られてきた。

 エミリー・ロック。

 宇宙海賊かと思って検索をかけたが、同性同名は多い。

 しまった。厄介事だ。

 変に肩肘張らず、気弱な商人になって絵を売り払えば良かった。

 俺は、ファーストコンタクトを電脳から引き出して眺めた。


 俺はいいと思ったが、これのどこに命をかける価値があるんだ?

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