第24話 キラーマンティス

 ボロボロの地図をサイバーアイで画像写真として撮り、脳チップに保存する。電脳は便利だ。

 地図ではここは軍事施設から遠い。通信設備を探そう。

 他にも何かないか町を歩き回った。町の中の廃屋はいおくは一通り調べたし、靴や着るものもあった。靴は何とか履けたが、着るものはズボンのサイズが合わず、精々せいぜい患者服の上に前を閉じずに丈の小さいジャケットを羽織る程度だった。

 デブは着れる服のサイズに限界がある。仕方なかった。

 通信は相変わらず届かないが、サバイバルできているから当面は大丈夫、かもしれない。


 俺はサボテンを取るだけでなく、草が生えている所を見つけては採取し、牛の所に行って与えた。

 生態系として、俺がいることでバランスを崩している自覚があるからだ。

 食えるサボテンは、そうそうすぐには生えてこない。このままいけば、牛を下手くそに解体して、肉を焼いて食うことになるだろう。

 そしてその後は、飢えて死ぬかもしれない。


 脳チップの通信はオフラインモードのままだ。簡単なゲームでもダウンロードしとけば遊べたかもな。ソリティアとか。空腹が紛れるのにな。


 俺は町外れに点在する農場の位置を照らし合わせ、新たな食料開拓に乗り出すことにした。

 通信出来ないなら、当分生活しないといけない。

 この星では農作物は主にトウモロコシを栽培していたらしいのだが、土地の栄養が悪いため、中々畑の植物が育たなかったようだ。

 そして、実り豊かに育った所に、雑食のキラーマンティスが群生となって襲ってきた。

 トウモロコシ畑や家畜や人間をむさぼり食ったあと、廃屋で時折見かける破壊の跡にその名残をのこし、どうやらキラーマンティスはこの土地からいなくなったらしかった。


 モビルカーが欲しかった。町と農場を往復することを考えれば、ごく近くしか調べられなかった。

 潰れた牛舎や豚舎。壊れた柵、枯れ果てた畑に、何も無い民家。

 空振りばかりが続き、惑星の自転で昼と夜を一週間分経験した。

 髭が伸びて、服は汚れ、風呂に入りたくてたまらなかった。

 小さな水辺を発見したとき、俺は裸になり、頭を突っ込んで髪を洗い、体を洗った。どうせ飲めない汚い生水だ。気分だけでもスッキリさせたかった。

 ある農場の一つに、トウモロコシが点々と生えていた。当たりだ。

 俺は興奮して調べたが、トウモロコシの実は固く変色しているものが多かった。でも、ボイルすれば食えるかもしれない。

 昔は広大な敷地にびっしり生えていたトウモロコシ畑の子孫に、俺は涙が出るほど嬉しくなった。


 そんなこんなで一ヶ月が経った。

 サボテンも食ったし、トウモロコシも食った。畑の中には大豆もあり、それはサヤごと手で収穫して一部を保存した。何も無い荒野に思えたが、あるところにはあるものだ。


 贅肉は減り、体重も減った。

 だが、乾きや飢え死にはしていない。

 俺は意を決して捜索範囲を往復で数日かかる距離まで広げた。

 少しずつ、少しずつ歩けるようになる。

 夜は火をおこして動かないとして、壊れたアスファルトの道の上を近場では50キロ程度、2日から3日ほどかけて歩く。足が棒みたいに感じることもあった。歩くのに慣れていない。

 廃屋はいおくで手に入れたショルダーバックに、収穫したありったけの食料を入れ、暑さに気を配り、町のレストランに農作物を保存する。

 町を中心に据えて行動し、GPSがないため何度も迷いそうになりながら、動く恒星の方向を大雑把な頼りにして歩き続けた。

 食料を確保していったが、このままでは埒が明かなかった。


 ここで俺は、この星のネットワーク通信を古いタイプの信号に変えていった。電波通信まで質を落とした時に功を奏し、GPSが起動した。

 サテライトがある。俺は文明の喜びを噛み締めた。

 GPSだけでも違うものだ。

 こいつがあれば砂漠だろうとどこだろうと迷うことがグッと減る。惑星の地表の地図を手に入れたようなものだ。

 文明バンザイ!


 だが、光を超えたタキオンを使う超素粒子回線でなく、電波を使うタイプの回線なんて…。脳の最新の通信チップに電波送受信機能がなかったら詰んでいた。転ばぬ先の杖だ。

 そして、絶望感は増した。電波で通信の信号を送るとなると、『何』光年の彼方に届くまで『何』の部分だけ年月がかかる。

 助けてくれと送って誰かが拾うのに、何年も何十年も、下手したら何千年何万年とかかるのだ。

 人間は、流行りのアンチエイジング処理や機械化でもしない限り、一世紀も持たずに死ぬ脆い生き物だ。それも上手くいっての事で、金がないとか医療がないとか、何かのきっかけで自然死ナチュラルデスする動物でもある。


 500年とは言わず、せめて3世紀から4世紀は生きたい。宇宙に出たのが完全に裏目に出てしまった。

 ここで生活して、老いて、頑張ってもがんとか医療ポッドなしでは死ぬ病気にかかって、自然死。

 い、嫌だ。人類が地球に住んでた頃からいざ知らず、簡単に死ぬのは嫌だ。

 ハイアースや富裕な星独特の死生観で、俺は自然死に忌避感を示した。



 夜になった。


 GPS地図では、様々なことが分かった。

 軍事施設は無かった。

 正確には

 施設の代わりに、クレーターになっていた。おそらくは核爆発だろう。


 初期人類にとって、核の制御は必須だった。人工で水素からヘリウムに核融合ができ、更にある程度コントロールできるようになった時、人類はその莫大なエネルギーでさらに遠い宇宙へと飛び出したのだ。ワープジャンプを見つける前の出来事である。

 宇宙の歴史なら古代史だ。地球が環境破壊で住めなくなったが人類は生き延びた。宇宙播種船ノアや多くの宇宙船が、壊れた揺りかごから出ていったのである。感動のドラマとして、幾つも映画になった。


「僕たち宇宙人、大きな宇宙と小さな星が、手と手を合わせて夢の国〜。」

 俺は一人で歌った。

 そして、出来た国が最後には銀河連邦と銀河帝国に二分して宇宙大戦を行うのだから、人類は戦闘種族として懲りてない。

 戦争の時に、多くの人類が品種改良され、宇宙人デザイナーズのご先祖様が出来た。

 始まりの宇宙人である光合成できる人類や戦闘人類マキンチンを除いて、帝国で生まれてまだ数百年しかたってない種ばかりだ。宇宙帝国がなくなり奴隷から自由になった種族だったが、まだ種族同士の距離感は拭えていない。

 分断と軋轢あつれき、銃と蔑視の時代は、現在でもまだ暗い影を落としているのだ。


 たそがれてる場合じゃない。俺はここから脱出せねばならないのだ。


 朝が来た。


 俺はトウモロコシを茹で、大豆をポリポリ食べながら、脳では通信基地らしき建物をついに見つけた。

 準備を整える。

 俺は、農場で見つけたオーバーオールを履き、半袖の上にジャケットを着て、ほどけた靴紐を結んで、ショルダーバックを肩にかけた。

 ファッションは二の次だ。


 通信基地へ、俺は歩いた。


「歩け歩け、しっかり歩け、足よ地面に根をはるな。」

 歌いながら歩く。

 そういえば、吟遊詩人の俺とかいたっけ。

「荒野の砂塵、に、おいてく怪人、まったく迷惑、歌うは名作。韻を踏みながら歩く、これぞ詩作。ソネットみたいに歌ってみたい〜。」


うーむ、異世界の歌と違って、日本語で吟じると全然格好良くない。


「スペースニートロンリーロード、すべてが乾く、黄色の大地、スペースニートロンリーロード、光る命〜。」


 俺があれこれ言いながら歩いている内に、また夜がきた。

 レストランで少し料理してきたものを食べる。

 大豆を砂糖で煮た水煮に、焼きトウモロコシ。

 甘くて美味かったサボテンもどきを小さく切って、匂いと味的に大丈夫そうなソースで枝豆と和えたもの。

 それらを容器の中から出して食べた。調味料もだが、他の植物や肉があればもっと美味い、はずだ。

 俺は持ってきた草を美味そうに食べる牛に愛着がわいていた。彼らは俺のことをサボテンを取るけど、同時にくさを与えもする変な生き物として見ているようだった。


 牛乳が欲しくて雌牛の乳に触ったら嫌がられて蹴られたことは内緒だ。畜生。


 そんなこんなで通信基地についた。


「スペースニートロンリーロード、乾く大地〜乾く大地〜。」

 通信基地の扉を開けた。

「誰かいますか〜。」

 音階をつけたが、聞いているものはいない。

 俺は床に血痕を見つけた。

 ゾクッ

 感じた。嫌な予感。

 俺は無言になった。

 いつでも自在鎌スウィングサイスを念動するつもりで、施設の中に入る。

 レーダーですよと言わんばかりの大きなドームがついている施設の中は、乾いた血液がそこかしこあった。グロテスクに赤く汚れた布切れまである。

 放送室らしき部屋に入る。

 通信設備があるが、どれを操作するのかは俺は知らない。だが、脳チップには非常用の百科マニュアルがついている。

 見慣れない通信から見知らぬ宇宙船に至るまで。機器について具体的に知らなくても、手順を踏めばなんとなくだが、機械の操作ができるのだ。


 マニュアルに従い、俺は電源ボタンを押し、ツマミを回した。

 マイクで喋れば町のスピーカーに声が届くはずだ。地理的に通信基地は軍事基地に近い所にある。実験でヤバくなった時に避難を呼びかけたりもしたのだろう。


 宇宙への通信機器は、電波を使った旧式の他に、超素粒子回線のものがあった。

 受信はできないが、送信はできるみたいだ。SOSと座標と日付をのせて送る。スペースニートより、と。

 光の速さの電波と違って、タキオンは光の速度より速く動くため時空の概念を超え、一瞬で通信される。

 仕組みを大雑把に言えば、タキオンは送信されると現在から一旦未来に飛んでいき、未来から過去に遡って移動し、現在に受信される。タイムトラベルする性質がある結果、現在から現在まで時空を超えて瞬時に通信がされるため、送受信することで光なんかよりも早く通信が可能になるというわけだ。

 何万光年だろうと何億光年だろうと一瞬だ!

 やったぜ!


 俺はどっちが来るか考えた。

 海賊同盟なら、多分俺は終わりだ。

 だが、銀河警備隊につながれば、完璧だ。

 どっちに転ぶかは分からない。

 ニート同盟のアドレスなどに送りつけたため誰も来ないかもしれない。


 俺は通信設備から出て、空を見ようとした。

 だが、そこにはキラーマンティスがいた。


 上半身はカマキリに似ている。下半身は見えないが寸胴でバッタだ。背丈は2メートル近い。

 キラーマンティスは鎌を振り上げた。

 俺も自在鎌を念動する。

「このっ!」

 キラーマンティスの首が飛び、昆虫の生命力で鎌が俺のジャケットを切り裂いた。

 こいつら、通信に群がるのか!?

 俺がそう思うのもつかの間、キラーマンティスが次々と設備に群がってきた。

 身を起こし、鎌を振り上げて威嚇してくる。

「これも海賊スパイのトラップうちか!」

 どのみち生かしておくつもりはないらしい。

 だが、俺はただのニートではない。無限俺と自在鎌を操るスペースニートだ。

 三角の頭で、相手をかみ砕くように口を開いた。

 俺は思念と精神力を強め、自在鎌を次々繰り出した。

 敵の頭を、鎌を、胴体を切り裂く。青い血液が飛び散る一方で、俺はジャケットから血が流れ、鎌で頬に切り傷をうけた。

 前世、運動抜群だった俺は景気よく飛び跳ねながら、敵の鎌を避ける。鎌で切り裂くというより、鎌で捕まえて獲物を頭からかじりつく動作で、俺の後ろの資材を破壊した。

 自在鎌にはそれなりの弱点がある。

 同時に複数は出せない。鎌の刃は一本きりだ。一筆でなぞるように軌道を描く。

 弱点があるとはいえ、頭を刈れば人は死んで動かない。

 キラーマンティスは頭を刈り取っても鎌を振り回して暴れた。自在鎌が青い軌道を描いてキラーマンティスを切断するが、切断する先から別の個体が俺を襲ってくる。

 俺は通信施設の入口に陣取って、同時に襲いかかるのを防いだ。


 30分は経っただろうか。


 入口はキラーマンティスの死体で埋まり、扉を塞ぐまでになった。救助を待てば良いのだから、俺はここを食い止めればいい。

 俺は肩で息をした。脳がストレスを感じて重く、全身が蝕まれるかのような疲労感を感じる。

 精神力がよく持ったと自分で自分を褒めたい。

 夜は深まっていく。

 キラーマンティスの群れは入口に鎌の跡を残しながら迫ってきた。

 ここで、俺はマンティス達の行動をみて驚いた。

 彼らは、死体を共食いしたのだ。


 バリバリと音を立てて硬い外骨格を齧るキラーマンティス。食欲は尽きなさそうだ。


 終わらない。このまま俺まで食われそうだ。


「へへへへへ。」


 俺は笑った。もう駄目だ。なら、笑って誤魔化すしかない。運の尽きというやつだろう。


 俺は死んだら転生するのだろうか?


 そして、いつか俺が俺を思い出してくれる時が来るのだろうか?


 それならば、未来の俺に繋がりを感じる。

 孤独に死んでも寂しくはない。


 スペースニート、キャプテンホーズキヒロシ。キラーマンティスに貪り食われて死亡、か。

 嫌だな。

 俺は俺の前世辞典を巡った。

 どいつとこいつも、必ずしも家族に囲まれて老衰で死んだ感じではないのが笑える。


 諦めて死んだといわれるより、醜く藻掻もがいて足掻あがいて死んだと言われたい。


 ビビってるな、俺。

 まだ、身体は動くだろ?


「こいよ。」

 スペースニートが相手だ。

「かかってこい。」

 俺は頼りない棒を手にしていた。


 その時、聞き覚えのある宇宙船の音がした。

 俺の船のエンジンだ!

 刃の欠けた脇差し号の音だ!

 炎が巻き起こり、船は通信基地の入口に着地した。

 チップドワキザシから、銃を手にしたクロコが颯爽と現れた。

 通信と地声で叫ぶ。

「クロコ!こっちだ!」

「ヒロシさん!」

 パンッパンッ

 着陸ベイからクロコが階段で降りるなりキラーマンティスに発砲する。

 俺は棒の先端に意識を集中させ、鎌の刃を召喚した。

「うおおおおおお!わおおおおお!」

 最小限の念動で鎌を構成すると、俺は叫びながらキラーマンティスを切り払い、チップドワキザシへ突っ走る。

 クロコを抱きしめるように階段を駆け上がった。

「ルビー、ベイをしめろ!準備でき次第、発進!」

「了解、キャプテン。」

 着陸ベイを閉じるなり、俺の船は放棄惑星の外へと逃げ出した。


 まだ、くたばる訳にはいかないみたいだ。

 宇宙に出るなり、俺は貨物室に向かい、食料から甘いデブ御用達のドリンクを一気飲みした。

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