第23話 しかし、飯がない

 銀河警備隊の旗艦ギャラクティック・ピースメーカー号に乗せてもらう。

 俺は艦長に挨拶することなく、医務室に運ばれた。

 モビルカーに激突したような多数の打撲と内出血、そして左の腕の骨への損傷が認められ、生体を固定したあと身体の中で溶けるボルトが麻酔下で左腕に入れられた。

 全身アザだらけで、医療ポッドで治療を受ける。

 俺は激しいアドレナリンの後の強い疲労感から、ポッドの中で気を失った。


 次に目が覚めた時、ベッドの上にいた。

 多分、治療ポッドから介護ロボットに抱きかかえられてきたのだろう。

 ボロボロだ。運動不足を解決すべくチップドワキザシの中でヨガとか格闘技の型とか身体を動かしてはいたが、有酸素運動で走り込んでいた訳では無い。

 スタミナの無さが破滅を招こうとした。ムキムキにはならなくても痩せなければ。俺はぼんやりとそんなことを思った。


 ベッドにしては粗末だ。錆びているし、誰もいない。

 ベッドから起き上がる。医療ポッドの中では、手術から筋肉への注射による乳酸の分解に至るまでするため、疲労感が抜けていた。

 だが、頭がなんとなく重く、ふらつく。酒でも飲んでいるようだった。

 俺はベッドから出た。宇宙戦艦の中にしてはしょぼい処置室と診察室を通る。

 青い半袖半ズボン姿の俺は、裸足をペチペチ言わせながら首をかしげ、医務室を出た。



 俺はここにきて、途端に広がる青い空と惑星の地面に驚いた。

 医務室だと思っていた所は小さなクリニックだったみたいだ。



 ここは、どこだ?



 俺は嫌な感じがした。

 俺はどこかの荒野の町みたいな所にいたが、人がいなかった。

 まさか、銀河警備隊がゴーストタウンに俺を置いていったとは考えにくい。

「起きたか。」

 町の電柱のスピーカーから声が流れた。

「お前はやりすぎた。俺達の流儀で島流しにさせてもらう。この星からお前は一生出られない。」

「なんだと!?」

「せいぜい俺達海賊に楯突いた自分を呪うんだな。HAHAHA。」


 通信は、繋がらない。スペースネットワークにつなげようにも、中継されるステーションがないかのようだった。

 だが、俺は引き籠もりのニートだった。水と飯さえあれば、引き籠もって生きていくのに安住を感じる陰キャな宇宙飛行士タイプだ。

 負けるか!脱出するまで安全に引き籠もってやる。

 まずは水と飯だ。俺は町を歩いた。

 誰もいないが、廃墟の中には店があった。

 水道は通っていない。

 地面に落ちていた空のチップスの袋を見た。賞味期限がかすれて読めなかった。


 誰もいないのはおかしい。

 居住可能な惑星には人類が植民しているはずだ。

 この惑星はそうではないというのか。

 裸足が痛かった。自在鎌の刃でタイヤから切り取ったゴムを使って、足に紐を巻き付けてサンダルの代わりにした。履き心地は悪かった。


 恒星は天高く、暑かった。

 昼間の内に、できるだけ行動しておいた方がいい。夜は危険だ。

 クリニック、店、人が住んでいただろう住居があって、警察署とダイナーみたいな小さなレストランがあった。

 レストランを漁った。地下室に入ると、地下水を組み上げる装置が働いており、水があった。

 俺は内心小躍りした。乾き死ぬのは嫌だ。

 見た目綺麗なコップに、水を組み上げて飲む。

 動力はなんなんだ?


 ゲッ!


 俺はビビった。核だ。

 歴史の授業で聞いたことがある。

 超小型核分裂動力装置が開発され、万年単位での機械の駆動が可能になった時、当時の人類の生活はまた革命が起きた、と。

 今では原料の放射能漏れやエネルギー効率の悪さを気にするため、核分裂エネルギーを用いることはない。

 ということは、初期人類の残していった惑星ということになる。原始人の洞窟の中に閉じ込められたようなものだ。

 とはいえ、水はどうにかなりそうだ。

 後は食事だが、レストランにも食料がなかった。


 俺は警察署に向かった。なんでも良い。

 手打ちのコンピューター端末などがおいてある。

 紙の書類の山があり、記事は英語ですぐに脳で翻訳された。

「怪物の攻撃?」

 気になる記事があったが、書類は月日のためか黄ばんで虫食いになっていた。

 端末に触ったが、どれが電源か分からない。下手に手を出すのはやめた。

 あちこち見て回る。

 警察署は壁が壊れており、それが人為的なのか月日によるものか分かりかねた。

 金庫には銃があり、弾もあったが錆びついていた。発射できても暴発するのが関の山だった。

 他にも町のあちこちを見て回る。

 町の外の風景は、切り立った崖みたいな山がそこかしこにあり、乾いた大地が広がっていた。

 無名になった居住可能な惑星に、島流しならぬ星流しを受けた実感がどんどん溢れてきて、叫び声さえあげたくなった。


 水はある。後は食事!


 原始時代というより、異世界の俺の出番かもしれなかった。

 異世界では地球の中世ヨーロッパみたいな世界が多く、例えば、木を擦ったり火打ち石を打ったりして火を起こす技術は彼らには日常だった。

 前世ドワーフやオークだった俺は、崖の山で囲まれて渓谷となった場所まで移動し、あたりの様子をうかがった。

 小さな蜥蜴が走って逃げた。

 このあたりには人どころか生き物も不明だったので、見ただけでも友達にあったように喜んだ。

 生き物はいる。


 しかし、飯が無い。


 食料になりそうなめぼしい動植物も見当たらない。

 空腹は危険だが、脱水はもっとヤバい。

 俺はレストランの地下に引き返し、水を補給すると、水をいれる水筒を用意して近場で何かないか歩いた。


 闇雲に歩いたが、何もない。

 この星はどうなってるんだ。


 そして、遠くに鉄柵を見つけた。

 なにかの施設があるのか?

 近づくに連れて、看板が見えた。

 俺は走って近づき、看板を読み上げた。

「危険。これより先、軍の実験場。侵入することを禁ずる。」


 ここ、初期人類が頻繁に行った原子力開発のための核の実験場近くだったんじゃないか?

 俺は恐れおののいた。

 時間や体調がわかる宇宙服が恋しい。

 放射能を検知するジキジキ音がしたような気がした。

 俺は町に引き返した。今日はここまでだ。



 美しい夕日が沈んで、夜が来た。

 俺は廃墟の中で比較的安全に見える住居の部屋の中に入ると、ガラスのない窓から外を眺めつつ、通信を試みた。

 空の星星ほしぼしを見ても、どこがどの星かわからなかった。衛星の月が一つ、顔を出して輝いている。

 俺は何故こうなったかを考えた。

 考えるに、銀河警備隊にいるという海賊のスパイの仕業なのだろう。俺を殺さずわざわざ惑星においていく。その有り様や心理状態はサドを通り越して変態めいている。

 昼間の放送は多分録音されたものだ。クリニックを調べた時に、ドアに光線のでるスイッチがあった。光線にものが触れるとスイッチが入る仕組みになっている。

 放送されたということは、放送局があると言うことだ。どこだろう。

 俺は物思いながら、最後は眠りについた。


 ピピピピピピ…

 電子音で俺は起きた。

 廃墟のリビングに、時計があり、七時に目覚ましがついていた。

 主を失って、何万回鳴ったのだろうか?何億回か?

 思ってるうちに俺は尿意をもよおしたが、思わず小便を漏らす所だった。

 排泄、特に小さい方は宇宙服にほぼ全てをまかせていたのだ。

 水のない流れないトイレで用を足すのも何なので、生まれてはじめて外で排泄した。たっしょん、というやつだ。


 さぁ、飯だ。飯を探さねばならない。

 かといって、あてはない。

 飢え死にするのを待つわけにはいかないが、目星くらいはつけておきたい。

 俺は警察署で紙の資料を漁ることにした。


 1日かけて、分かったことは少しだった。

 この星には怪物がいる。キラーマンティスという上半身はカマキリで下半身はバッタに似た化け物が、集団で町を襲った結果、宇宙に移住していったのだという。

 ほとぼりが冷めた頃に我々は戻るだろう、と町の偉い人が演説したらしいが、そうはならなかったわけだ。

 この星では牧畜も盛んに行われていた。

 つまり、食肉になる動物が野生化している可能性がある。

 他にも、水耕栽培や植物があったようだ。

 俺は周辺の地図をもとに探すことに決めた。


 警察署、いやシェリフの詰め所にあった望遠鏡で外を眺める。

 サイバーアイで熱処理画像をつくって調べたりもした。


「記事によると、この辺りに牧草地があったそうだが」

 俺は畜産農家がいたらしい町外れにやってきた。

 いるとすれば、この辺か。

 牛舎は壊れており、見る影もない。だが、黄色い大地の遠くに、茶色い生物を見つけたときは思わずガッツポーズをとった。

 野生化した牛の群れだ。バイソンのように見えるが、ホルスタインの身体つきをしている。

 野生の牛は、よく見ると群生したサボテンらしき植物を食べていた。

 そういう種に進化したのかもしれない。

 俺はゆっくりと牛に近づいた。世代交代で人間を知らない種になったらしく、俺を見ても逃げない。

 牛を食べながら、この星で生活していくのか?

 植物はサボテンに似ていて、トゲがある。

 俺はつぶらな牛を前に、殺して食う決意を固めた。

 食うぞ。俺は肉食獣だ。ガオー。

「ウーンモッ」

 気の抜けた牛の声がした。

 駄目だ。お前らを加工して食う自信がない。

 思えば、肉に加工してもらい、清潔で安全な食肉を食べていたのは、畜産農家や解体業者、加工業者のおかげである。彼らがいて、ちゃんとした肉が食えるのだ。

 昔は地球の屋敷や家で鳥をシメて食べるなどあったようだが、牛をシメて食べるのは大掛かりな上にリスキーだ。

 それより、俺は彼らが食べていたサボテンを見つめた。牛はトゲも食べている。

 決してヴィーガンではないが、肉資源を無駄にしたくない俺は、サボテンをいくつか取っていった。

 切り口を少しだけ舐めてみる。液は少しだけ酸っぱい。

 仕方ない。食ってみるか。

 牛が、食い物を取られたので抗議の声をあげていた。


 レストランに戻る。

 サボテンのトゲを抜き、薄皮を剥いてみた。

 まずは生で少しだけ食ってみる。

 ねっとりとした食感で筋が硬い。

 ナイフで筋を取り除きながら食う。

 うん。大味で酸っぱいが、食えないこともない。

 次に、ナイフで硬い筋をあらかじめ取り除き、果肉を焼いて、レストランにあった塩コショウをふりかけた。

 レストランで食うと、料理に見えてくる。

 食った。

 青臭い匂いが減ったが、アスパラガスの硬い食感が口の中で音をたてる。

 胡椒で食えなくもない。牛を殺して解体して食うより手間暇もかからない。


 サボテンだけでなく、アロエの葉っぱがくっついたパイナップルみたいな形をした植物が生えていた。その球の部分を食う。

 ん。こっちは甘い。

 トゲも少なく、牛は葉も含めて、もしゃもしゃこいつを食っていた。

 こいつは食える。希望が見えてきた。サボテンもどきと名付けよう。


 最後に丸いサボテンを試してみる。

 「うわっ。苦い。」

 苦い、にっっがい。

 食えたものじゃない。舌が痺れる。

 牛はこいつも食ったのだろうか?

 俺はサボテンの一部を吐き出した。

 次に、胃の中が焼ける感じがした。

 しまった。毒か!?

 気を大きくしてたから、結構食っちまったぞ。

 俺は反射的に宇宙服の体調ディスプレイで毒物検査しようとしたが、ボルトの入った左腕の肌をツンツン指で叩いただけだった。

 パニクると変な習性が出るものだ。


 他のサボテンを試す気力もなくなり、俺は水を多めに飲んだ。毒物を減らすには、吐き出すのと同時に体内の水分を増やす。

 多分そうだ。


 俺は何時間レストランの地下にいたのだろう。

 目をつぶっても場所が分かるような気がする。

 毒物は、毒物は、どうだっけ?

 俺はフラフラと我が家になった廃屋に帰った。


 ヨウ トントン トントン ヨウ

 俺は奇妙な夢を見た。

 太陽が上がる前に太陽が昇り、太陽が沈んだ後も太陽がそこに留まる。そんな夢だった。

 口の中に強烈な苦みが残っていたが、朝になれば口の痺れはとれていた。


 サボテンに、毒があるとは。


 でも、食えるサボテンと食えないサボテンの区別がついた。

 しばらくはサボテンと水だな。


 俺が痩せこけてくたばる事は、この贅肉が許さない。脂肪が安心材料に思えるのは、初めてだった。

 

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