第22話 働きたくないでござる

 殴る蹴るの暴行に、俺は必死で技を繰り出して避けた。

 相手のパンチを手でさばきながら、身体を後退して避けつつ、相手の膝を踵を使ってまっすぐ蹴る。独特の動きに、ジョーが苛立った。

「ケンポーか。ウザい動きしやがる!」

 俺は動きながら、相手に効きそうな技がどれか分かってきた。

 俺には体重がある。つまり、肘打ちや体当たりが強い。

 拳を低く掻い潜り、腕をとって震脚しながら頂肘という肘打ちに似た体当たりを決めると、ジョーの体が浮いた。

 そのまま背中で更に体当たりする。鉄山靠てつざんこうという技に近い。

 相手が金網に吹っ飛ぶ。

 ハァ、ハァ、ハァ、ハァ。

 デブゴン怒りの鉄拳といった感じだ。

 顔は汗と血にまみれ、宇宙服が重く感じた。

 まだだ、まだ倒れないのか。

「オーっラ!」

 体当たりには体当たりと、突っ込んできたジョーを俺は膝で迎撃する。それでも勢いが止まらない。

 捕まった。そのまま胴締めする。

 クマの抱擁みたいな技に息ができない。

 宇宙服の中で骨が折れてしまいそうだ。

 俺はジョーの鎖骨と鎖骨の間に指を突き入れた。秘中という所に、中指を添えた人差し指が入り込む。

「ぐぅ。」

 苦しんだジョーが腕を緩めると、俺はそのまま膝で蹴って離れた。

「ハァハァ、オエッ。」

 吐くような咳をする。

 泥仕合まで持ち越す。

 拳銃を手にした海賊が、金網から俺めがけて発砲しようとした。

「馬鹿野郎!」

 コモドのジョーはそいつを睨む。

「俺の楽しみを奪うな!こいつは俺の獲物だ。」

 蜥蜴型といっても、人間だ。頭から汗を流しながら、ジョーはまだ殺る気だった。

「そろそろ決着をつけてやるよ。首を折ってやる。」

 ジョーは舌なめずりさえしてみせた。


 まだか、偽装海賊。まだなのか?

 ジョーは俺のパーカーを掴むと、そこから金網の壁へ投げ飛ばした。

「そらよ!」

 頭を金網にぶつけ、俺は悲鳴をあげた。

 顔面に金網の跡がついた。

 痛い痛い痛い痛い。

 この野郎!


 俺は様々な格闘技の要訣をまとめた、必殺の後ろ回し蹴りをジョーの顎に打ち込んだ。

 遠心力を最大に活かし、踵と足の裏が鋭くジョーの顎を打ち、脳震盪を起こす。

 俺はそこからお手本のような飛び蹴りを胸に当て、距離をあけて片膝をついた相手にダッシュして膝にふわりと飛び乗ると、頭に体重を乗せた膝蹴りをきめた。

 シャイニングウィザードだ。

 突進させた勢いが加わり、ジョーが倒れた。

 前世よりの勘がささやいた。

 こいつは、頭蓋骨を割るほどパワーが強いが、きちんとした格闘技を習得していない。

 天然で強いわけだが、それにしたって力学的に最適化された動きというものがある。

 宇宙プロレスといったが、こいつが技を覚えていたらもっと簡単に殺されていた。ゾッとする。


 追い打ちしたかったが、身体が思うように動けない。ジョーは無限のスタミナでゆっくりと起き上がってくる。


 駄目だ。殺される。


 突然、地響きと共に爆発があった。

「なんだ!?」

 観戦を決め込んでいた幹部たちが驚き、海賊らが騒ぎ出す。


 今がチャンスだ!


 俺は自在鎌で金網をバツの字に切り裂くと、金網にぶつかるように走った。

 金網を抜けて海賊に体当たりし、駆け抜ける。

 猪を思わせる突然の俺の突進に、反応できた海賊はいなかった。

 俺は銃で狙われたが、続いてまた爆発が上がり、射線が外れる。

 必死で遮蔽物を利用しつつ、逃げる。逃げる。逃げる。

「待てやーーーー!ニートぉーー!」

 待てと言われて待つ奴はいない。


「こっちだ!ヒロシ!」

 俺が通路を必死で逃げていると、偽装海賊と合流した。

 赤いドクロがこれほど有り難いマークに見えたのは初めてだ。

「証拠は十分に集まった。脱出するぞ!」

 兵士の手の中でカチカチとクリック音がして、爆発が起きる。

「武器庫に爆薬があったから細工しといたのさ。」

 ギリア厶が俺にタオルみたいな布切れを渡し、俺は顔面を拭いた。タオルは真っ赤に染まった。

「大丈夫か?」

「ほとんど鼻血だ。」

 強がるが、あちこちが腫れて痛い。ブサイクに磨きがかかったみたいだ。

 俺はもらった救急スプレーを顔面にふりかけた。鼻に突っ込んで吹きかけると膜が出来て出血が止まる。

 鎮痛効果により顔面の腫れが引いていく。宇宙服をめくって打ち身だらけの肌にかけておく。腕が痛い。骨にヒビでも入ってなければいいが。


「脱出船は?」

「こっちだ。急げ!」

 俺達は走った。

「いたぜ!」

 海賊にみつかり、銃撃戦になった。

 この状況なら、自在鎌の出番だ。

自在鎌スウィングサイス!」

 俺が念動の鎌を振るうと、鎌は青い軌道を描き、海賊どもの首を刈り取った。

「どうやった!?スペースニート。」

「ニートの企業秘密だよ!」

 通路に、海賊を連れた光道化師フォトンピエロがあらわれた。

「グプププ。」

 光道化師は笑った。

 遮蔽物に身体を隠しながら、俺は鎌で光道化師を狙う。

「喰らえ!」

 光道化師は一瞬滑るように動き、死神の鎌を避けた。


 スウィングサイスを避けた?


 俺は光道化師に姿の見えない鎌を振るった。何度も、何度も。

 光道化師は残像を残すかの様な動きで自在鎌と銃弾を避けてみせた。

「フォフォフォフォフォ!」

「奴に構うな!たとえ銃で撃っても避けられる!」

 ビサが周りの海賊たちにウェーブ銃を放つ。

 銀河狼コスモウルフがやってきて、銃を構えた。

 ギリアムが銀河狼に小銃を撃つも、弾丸が白いモヤに阻まれる。

 シールドを身体に纏っている、だと。

 正気か?

 シールドは物理でもあるがエネルギーでもある壁だ。船の外装ならいざ知らず、人体にまとわせれば中の人間は焼け焦げてしまう。

 そんな物をまとっているのが信じられなかった。

 俺は胴体に鎌を放った。

「何?」

 銀河狼は突然の刃を避けようとして、肩を切り裂かれた。時の女神の終わりの鎌にシールドは意味をなさない。

「チッ。」

 仕組みは分からないが、俺が何かしたのが分かったらしい。

 銀河狼は引き際よく逃げていった。

「スペースニート!」

溺死液ドロウンリキッド!」

 呼ばれて呼応し、俺の鎌は溺死液を切り裂いた。

 バラバラになった溺死液はしかし、アメーバの流動性でくっつき、すぐに再生した。やつの不死身の理由はこれか!

「グレネード!」

 アーンクが手榴弾を投げた。

 爆煙が巻きおこった。

 俺たちは今のうちに逃げ出す。

 俺と偽装海賊は、ダガー船に逃げ込んだ。

 エンジンスタート。逃げようとする。

 俺は操縦席で炎を吹かすと、その場で回頭した。

「レーザーと機銃をたっぷりくらえ!」

 周囲に兵装をありったけ打ち込む。

 レーザーが並んでいた船を焼き、機銃が穴をあけ、ウェーブ弾で爆発が上がる。

 基地は中で兵器をぶっ放す奴から身を守るようにはつくられていない。

 カトラス船のエンジンが爆発し、基地が振動した。

 激震で天井にヒビが入る。

 俺はシャッターされていた射出口をミサイルでこじ開けた。

 見ると、ジョーと幹部たちがあ然とした顔をしていた。

 俺がレーザーすると、ジョーの近くの地面が焼け、天井が崩れ落ちていく。

 ジョーは瓦礫の下敷きになった。

 俺は回頭し、射出口から宇宙へ飛び出した。

「あばよ!」

 俺は月並みに叫んだ。




 宇宙空間に出た。

 ビサ達が銀河警備隊と通信している。

 俺は彼らにいわれるままの座標に向かった。

 レーダーが機影を捉えたと思ったら、シールドが削られた。

 宇宙戦艦だった。破損させたはずだが、宇宙を飛んで追いかけてきたからには、あれでも充分ではなかったらしい。

 通信が入った。

 銀河狼だった。

「貴様のせいでダコダは壊滅状態だ。その借りを返してもらう。俺の戦艦イービラン号でデブリになるがいい!」

 戦艦が斉射を始めた。

 主砲のエネルギー弾がダガー船の近くを通り、それだけで飴のようにシールドが吹き飛んだ。

 反撃せずに思い切りエンジンを全開にいれ、速度を上げて座標に向かう。

 シールドがゼロ状態になり、船が焼けた。このままではつく前に船が燃え尽きてしまう。


 俺は一か八か、短距離ジャンプを決行した。


 超空間に時空子で飛んでいき、無空間に現れる。

 ジャンプ先に物質がないとふんで飛んだ。

 一か八かの賭けだった。

 イービランから離れて座標近く。

 そこには、銀河警備隊の艦隊が待っていた。

 イービランは艦隊を前に引かなかった。

 そのまま砲撃も高らかに突っ込んでいく。無謀だ。

 艦隊はイービランに集中砲火を浴びせた。

 イービランは派手に爆発しながら、艦隊に体当たりしてくる。火船かせんとなったイービランから、小型の船が脱出していく。

 無人のラムアタックをかけた戦艦だったが、複数の巡洋艦がイービランに曳航ビームをかけ、艦隊の外へとベクトルを操作した。

 特攻に失敗した戦艦イービランは、デブリを巻きながら爆発し、宇宙の藻屑となっていった。


 デブリに船体が持たなくなる所だったが、俺は例のごとく大型艦を盾にして逃げ込んで、辛うじて助かった。

 喜びよりも、安堵で俺は脱力した。

 ボコボコにされてもうゴメンだ。

 働きたくないでござる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る