第21話 リング

 クロコに俺の船とピー助をまかせ、俺はゴツい軍人に挟まれたか弱い宇宙人みたいに宇宙船ガンマンスピリット号の中に入れられた。

 もうどうしようもない。パンに挟まれたきゅうりみたいな窮屈な気分で、俺は軍人たちに囲まれた。

「で、彼が噂のスペースニートか。」

 額に目があり左目を眼帯で覆った男が、俺を上の目でじろりと睨む。

「しばらくは俺達と運命共同体だ。よろしくな、おっさん。」

 一際大柄な白人系の男が俺に手を差し出した。筋肉強化個体マッソロイドの為、体毛はなく漢数字の一みたいなゴーグルをはめていた。

「スペースニート、鬼灯博です。宜しくお願いします。」

 俺は握手する。男は握力が強かった。ていうか、年下かよ。

「もうすぐ三十路でお前もおっさんになるだろ、ギリアム。」

「けど、ヒロシは40代で俺らより年上だぜ?アーンク。」

 握手したギリアムが三つ目のアーンクに言い返す。

「マジかよ。最年長の俺より5個以上も年上か。」

 グエンという角刈りの男が手を顎を乗せ、中東系のアイハムが腕立て伏せをする手を止めた。

「アジア系地球人型でも童顔だな。」

 唯一の鳥人型宇宙人で頬に傷のあるハクトウワシに似たデボンが、羽を弄りながら俺の顔に感想を述べた。

 5人の兵士と俺と隊長、そしてこの船のパイロットを合わせて計8名、敵地侵入というわけだ。


「挨拶はすんだ、みたいね。」

 隊長のビサ・ミアが船長室から顔を出す。

「おう、ばっちり親睦を深める所だぜ。」

 ギリアムが俺と肩を無理やり組む。

 愛想笑いした俺は、ゴーグルの下のギリアムの目と綺麗な睫毛まつげを間近でみた。

「ん?どうしたオッサン。」

「いや、乙女ゲーみたいに綺麗な目をしてるなぁ、と。」

 ギリアムはポカンとした顔をしたが、次の瞬間、周囲で大笑いが始まった。

「初対面で男口説くかぁ。」

「いや、違います違います。素直な感想が出ちゃいまして。」

「ギリアム、お前、言われてるぞ。」

「オッサン、面白いやつだな。」

 ギリアムがゴーグルを外すと、神秘的な紫の瞳が長い睫毛に揺れていた。

「俺は見た目通り筋肉強化個体マッソロイドなんだが、お袋から生まれてきた天然個体でよ。純正の筋肉強化個体にはないこの瞳の色が、まぁ、ちょっとしたコンプレックスなんだ。」

「綺麗な瞳でも、コンプレックスになるんですね。イケメンなのに、勿体ない。」

 ギリアムは顔立ちがイケメンだった。俺みたいな陰キャのブサメンとは大違いだ。

「あぁ、まぁ。オッサンには悪いが、俺は女にしか興味がなくてな。」

「いや、俺も女性にしか興味はないですよ。」

 俺が笑うとギリアムが面食らった顔をした。

「お前の負けだよ。ギリアム。作戦が終わったらバーで二人仲良く飲みに行け。」

「気持ち悪いこと言うな、デボン。」

「男二人がイチャイチャするのは構わんが、そろそろブリーフィングの時間だ。」

「そういうんじゃないって。」

 ギリアムのツッコミが宙に消え、集中モードに入った。


「今回やることはシンプルだ。まず、我々は海賊に偽装し、スペースニートを生け捕りにしたということでダコダにてコンタクトをとる。スペースニート。貴方にはおとりになってもらいたい。」

「囮、ですか?」

 もう仕事が嫌になった。

「我々は海賊同盟がダコダに潜伏しているという確証を得たあと、スペースニートを保護しつつ、ダコダを脱出する。質問は?」

「証拠は画像記録ですか?」

「勿論そうだ。画像を取るといっても、単なるアジトの外観よりも、敵の内部に侵入し、人員から潜伏先の地図まで、出来る限り多くの敵の情報を把握する。」

「本作戦での交戦の留意点は?」

「我々が充分に偽装していても、相手は海賊だ。バレてもバレなくても交戦の可能性が十分考えられる。突発的な戦闘になる可能性を考えて行動してもらいたい。他には?」

「この船でダコダへ行くのですか?バレそうだけど。」

 俺も質問する。

「ガンマンスピリットから途中で、鹵獲されたダガー船に乗り換えて出発する。」

「万一の場合、囮は死んでも保護対象ですか?」

 おいおいおい。保護してくれよ。

「囮が死亡した場合、出来れば死体を運びたいが、それが不可能であれば保護対象から外しても構わない。それと、万一の場合でも隊員に関しては生死を問わず、全員のダコダからの脱出をもって作戦の完了とする。囮が海賊に拿捕だほされた場合は、救助作戦まで作戦内容に含まれる。」

 俺は生きていれば面倒を見るが、死んだら最悪放って帰る、ということか。死体まで持って帰りますよという隊員とえらい差だな。

「相対時間10分後にダガー船への乗り換えを行う。各自準備をしといてくれ。解散。」



 10分後、俺や、赤いドクロといった月並みなペイントがされた宇宙服を着た兵士たちが、隊が鹵獲ろかくしたというダガー船に乗り換えた。

 ここでガンマンスピリット号の船長は離脱し、ダガー船をビサ・ミアが海賊の船長として操縦することになる。

「髭面はいないんですか?」

「髭?」

「俺が見た海賊は、皆髭をはやしてました。」

「そうか、髭か。確かに髭がないのは不自然だ。」

 グエンがハッとなった。軍隊では清潔第一で髭を剃るのが当たり前だが、海賊は不潔な髭面が多い。

「俺は必要ないな。」

 ギリアムが赤いバンダナで頭を覆った。

「盲点だったな。付け髭だけでも付けとくか。」

「隊長にもつけさせるか?」

「やめとこう。進言しただけで首の骨が折れちまう。」

 軽口を挟みつつ、しかし真剣に兵士はヨレヨレの海賊をつくろった。

 見た目的には80点な海賊団が出来た。残り20点は臭いがあんまりしないことだ。


 俺は灰色のパーカーのジッパーを閉じつつ、腰の銃がないのを気にしていた。生け捕りになった奴が銃を持っているはずがない。

「はぁ。」

 緊張する。

「大丈夫だ。あんたのケツはギリアムが守ってくれるよ。」

 そういうアーンクにギリアムが睨んで見せる。

「この作戦は、バレてるの覚悟だな。」

 俺がそういうと、アイハムとデボンが俺を見つめた。

「どういうことだ?」

「俺が生きたまま簡単に捕まるわけがない。」

「そりゃ凄え。」

 グエンが苦笑いした。

 口を軽くして返したが、本音は隊にいるという海賊のスパイからの情報漏れがあるのではないかという思いがあった。

「俺達のケツは、あんたにあずけた方が良さそうだな。スペースニート。」

「どうしてもヤバくなったら任せろ。銃持ってないけど。」

 俺はしたり顔で片目を閉じた。

 前世からの癖ってやつだ。

「総員、ダコダに到着するぞ。」

 緊張しているのは俺だけじゃなく、ビサ隊長もそうらしかった。

「うちの隊長、宇宙船免許持ってないんだ。」

 おい、運転代わってくれぇ。



 惑星ダコダに到着した。

 ビサ隊長が、丁寧語とはうってかわって綺麗な海賊語で話す。つまり、ガラが悪くなった。

「賞金さえもらえたらどうでもいいんだよ。とっととこの豚を引き払って貰いたいね。」

 ネイティブパイレーツ語だな。俺は思わずウンウンと頷く。

「分かった。座標を送る。」

「早くしな。」

 宇宙から大気圏を突入し、ダコダの秘密基地に案内が許された。

 偽装海賊は遮光ヘルメットを被り、変装を完璧にしていた。無言になる。


 ダコダの星の一角。

 塵の含まれた吹雪の舞う大地に、ダガー船は降り立った。

 俺は大人しく手錠をはめられて、静かに連行される。

 極寒の寒さに宇宙服をヒーターモードにした。

 とはいえ、剥き出しの頭部はヒーターモードできるわけではない。耳が痛かった。フードを被って誤魔化す。


 わざと乱暴に、偽装海賊が俺を小突く。

 畜生。


 地表から白い建物の中に入った。建物の中は寒いが少しはマシだった。

「そのまま歩かせろ。」

 館内放送に従う。カメラで俺達をみているようだった。

 ダコダの地下に、クラスDの宇宙戦艦があった。

 カトラス船、ダガー船が並ぶ。予想よりも人が多い。

 皆、俺のことをめつけていた。

「無様な姿じゃないか、スペースニート。」

溺死液ドロウンリキッド。」

 俺の前に、体表面が流動している黒いマネキンが姿を現した。紙タバコを手にしている。

 溺死液の他に、三人がいた。

 黒い鎧みたいな宇宙服を着た、植物を思わせる緑の肌の体毛のない男。植物特有の筋が笑顔に見える。

 緑は緑でも爬虫類の緑の肌と赤いモヒカンをした巨漢の蜥蜴型宇宙人。多分男だ。

 ワーウルフといわれる灰色狼の頭をした男が、トゲの多いパンク・ロックな格好で腕を組んでいる。


 溺死液ドロウンリキッド光道化師フォトンピエロ、コモドのジョー、銀河狼コスモウルフ。いずれも海賊同盟で検索すれば、銀河警備隊が賞金をつけた海賊同盟の幹部たちだ。


「こいつがスペースニートか。贅肉の塊みてぇなやつだな。」

 筋肉質のコモドのジョーが口を開いた。

「そう馬鹿にしたもんでもないさ。こいつは俺の手から何度も生き延びてきたんだからな。」

 溺死液がタバコを吸う。

「グプププ、それでも捕まればおしまいだ。」

 光道化師が不気味に笑った。

「…。下らん。さっさと殺せ。」

 銀河狼は顔に獰猛なしわを寄せた。

「いや、この基地の主は俺だ。久しぶりに人の背骨が折れる音をききてえ!なぶり殺しだ。お前ら!こいつをリングに上げろ!」

 ジョーが大声をあげると、周囲の海賊たちから歓声が上がった。


 …何をする気だ!


 俺は海賊たちに脇を抱えられ、手錠を外され八角形の金網で囲まれたデカいリングに叩き込まれた。

「うぉおおおお!」

 ジョーが興奮する海賊らの声を浴びながら、リングの中に入る。

「ジョー!ジョー!ジョー!」

 汚い男女から声があがり、ジョーは軽く腕を上げてこれに応えた。

 こいつ、俺を格闘技で殺すつもりらしい。

 無限の俺が、脳裏で弾けた。

 俺は起き上がると、来い来いと挑発するジョーに正対する。

 俺はジークンドーのステップを踏んだ。格闘に長けた者は、虚実きょじつといってジャブやフェイントと本命の技を組み合わせるのだが、これはあくまで虚だ。

「おお?」「デブが何かやってるぜ。」

 空気が一気に盛り上がる。

 ボクシングの俺を使って更にジャブで牽制する。

 打たれたジョーは敢えて攻撃を受けていた。

 ジョーの筋肉質の体つきは宇宙プロレスラーのそれで、端から打撃でかなう相手ではない。

「ペチペチ殴っても効かねーぞ!デブが!」

 そういえば、俺は人を殴ったことがほとんど無い。達人の前世の技にまかせて、変に殴って拳を傷めないといいのだけれど。

 ジョーが丸太の腕を振るうように殴ってきた。

 俺はその腕をとると、自分の体をジョーの内側に入りこませた。

 そのままジョーの腕に手を置いて、体重と重心を下方向にかけ、ベクトルで相手を崩す。合気柔術だ。

 誘いが効いた。これがじつの部分だ。

「うおっ!」

 更に腕を取ったまま、柔道の俺で一本背負いにまで持っていく。ジョーの身体が空中を舞った。

 ジョーはリングの床に頭と背中を派手にぶつけた。倒れた所で取っている右腕を捻り、脇に思い切り蹴りをいれる。

 肩は外れなかったが、ダメージはあったはずだ。

 俺はこの動作だけで上がりそうな息を、呼吸法で抑え込んだ。

 俺の意外な技に、海賊たちが呆気にとられる。

 ジョーが起き上がり、笑顔になった。

「殺しがいのある玩具やつだ。他の奴らみたいに簡単にぶっ壊れんなよ。」

 楽しい遊具を見る目で、俺に襲いかかる。

 ジョーは右腕のダメージなど物ともせず、ワンツーと拳を打ったあと、太い足で回し蹴りした。

 拳を避けきれず顔面に当たったが、回し蹴りは空手の受けの姿勢でさばき、軸足を下段に突いた。

 ジョーは床を這うように移動すると、立ち上がる。

 距離をとりながら、俺は鼻血を拭う。

 アドレナリンと恐怖にたいして、驚くほど頭が冷えている。

「オラオラオラ!」

 ジョーが間合いに入ると、拳を次々と叩き込んできた。

 手を回すように受けたりウィービングに似た動作でかわしたりするが、鍛えてない身体には膝への負担から動きが鈍くなり、とうとう胸や腹を殴られて体をくの字にして苦しんだ。

 人から殴られた経験も浅い。出っ張った腹を殴られた苦しみを前世達の経験でこらえる。

 ジョーは苦しむ俺を楽しみながら、前蹴りして体を倒した。

 起き上がる暇を与えず、マウントすると、上から殴りつけてきた。

 俺は拳で防御するが、痛みと苦しみ、鼻からの出血が広がり、顔面が血だらけになった。

 俺は、ピンチだった。

 頭を殴られて脳が揺れ、意識が遠のく。

 自在鎌を使えば、この状況を脱するかもしれない。だが、やれば海賊たちに撃ち殺される。

 このまま死んでたまるか。

 俺はもがいた。

「死ね!」

 抵抗がなくなっていく獲物をいたぶる喜びで興奮したジョーは、重心が崩れやすくなった。俺はジョーの背中を思い切り膝で蹴り込んだ。

「!?」

 勢いあまって床まで殴ったジョーの腕をとって、ブリッジして身体ごと回るように体勢ポジションを逆転させた。柔術の技だ。

 俺は上にまたがるポジションをとったが、胴体脇を殴ってきたジョーにたいして痛みで嫌がり、立ち上がるように逃げた。


 奇跡的に脱出して、うまく距離をとれた。


 俺は、フラフラだったが、前世師範だった俺たちが叱咤した。

「驚いたぜ。ここまでやれんのは本当に久しぶりだ。」

 ジョーは嬉しそうに立ち上がる。

「ちょっと、タイム。インターバルはないのか?」

 俺はハァハァと呼吸が乱れる。

「インターバル?殺し合いにインターバルだとよ。」

 ギャハハハハ!

 ジョーが煽るように見渡すと、周りの海賊が笑い出す。

 そこに特務課の偽装海賊の姿は無かった。


 見捨てられた?

 いや、違う。確証とやらを手に入れにいったんだ。


 ならば、時間を稼ぐ必要があった。

「なら、せめて血だけでも止めさせてくれ。鼻血まみれで死ぬのはみっともない。」

「俺は血が好きだぜ?俺が素手で血まみれの死体をつくる。これはアートだ!なぁ、お前ら!」

 また笑いと歓声がわいた。

 俺はパーカーの袖で鼻血を拭う。

「ヌルヌルしてて気持ち悪いんだ。」

「ガタガタいうなら、またこっちから行くぜ!」

 相手がガードを上げて、こちらへやってくる。

 交渉決裂して、暴力の出番か。

 これでは体力が持たない。

 俺は事態が好転することを願った。

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