第20話 スカウト
アマビエは航路の遅れを客に謝罪した、らしい。
本物の宇宙戦を見た金持ちからは、口々に宇宙艦隊への出資を申し出るものがおり、まさかとは思うが、このためにこの船が飛んでいるのではないかと記者に思わせるような一幕もあったそうだ。
それらは近くにいながら、ニュースでしか知り得なかった。
生き残った俺達は予定通り危険手当を貰い、睡眠をとる時間になって、俺はやった労働の恐ろしさに悪夢を見た。
失敗したら、俺だけじゃない。クロコ、パニ、ピー助も一蓮托生でデブリになる所だったのだ。
何度も冷や汗で唸って起き、お茶を飲んだ。
クロコもパニも起こしてしまったかもしれなかったが、二人が何か言うことはなかった。
惑星ダコダ。そこに海賊同盟の本拠地があるらしい。
そこは盲点だった。
ダコダはテラフォーミングで空気のある惑星に変わったが、小隕石が衝突して大気が厚い雲に覆われ、寒さで動植物が絶滅してしまい、僅かな地衣苔類があるだけの星になってしまった。
裸で外をうろつけば即凍死するだろう、人類が住むには過酷過ぎる星なので、ダコダは植民がうまくいかず、入植者の噂もきかない。
温暖な植物惑星にテラフォーミングしようにも費用が莫大で、最先端の科学でも数世紀にわたるため、空気と氷があるけど人は住めないという、忘れ去られた惑星の一つのはずだった。
そこに、海賊が目をつけたのだろう。
ここにきて、俺は迷った。ダコダに海賊同盟がいる。その情報を軍や銀河警備隊などと共有するのか。
そんな俺に、トンコル大使館からの通信が入った。
「スペースニート。トンコル政府が君の容疑を取り下げた。」
どういうことだ?
「政変だ。トンコル政府の主要国が変わった。前の主要国の国家元首は子供の臓器売買の容疑で立件される。ついては、売買される所だった子供を証人として連れてきて貰いたい。」
「子供の身柄は保護されるのか?」
「そうだ。子供は新トンコル政府で身柄を預かることになる。」
これは政治だ。トンコルという惑星でおきた政変を正当化するための政治行為に違いない。
だが、パニが万一カーンのDNAをもっているとバレたら処刑される。それは防ぎたい。
「俺もついていく。」
「それは
真意が見えない。
パニを利用してトンコル政府の主要国だったミーア連邦からアコ連合国に代わった時に、ミーア連邦の大統領を吊るし上げるのは有り得る話だ。
だが、両方とも裏でカーン派だったら?
疑えばきりがない。
「僕なら行くつもりだよ。」
「パニ…。」
「嘘も方便。でも、嘘の責任はとらなくちゃ。僕は臓器売買で売られた子供で、偽皇帝カーンの息子なんて蔑称で呼ばれてる。それで良いんだよね?」
パニは片目を閉じた。
前世からの俺の癖ってやつを、真似したものだ。
「今まで逃がしてくれて、ありがとう。でも、ヒロシが海賊同盟やトンコル政府を相手に戦いを挑む必要はないんだ。本来、僕を守る必要はないんだ。」
「袖振り合うも多生の縁、て言葉がある。俺はパニを助けたくて…。」
「それでも、ヒロシは命をかけすぎだ。海賊から賞金をかけられてまで、僕を守ろうとしたのだから。大丈夫。僕は死なない。死のうとも思わない。守ってもらった価値のある人間だと、僕は僕を信じることにしたんだ。」
「パニ。」
クロコはパニを抱きしめた。
「クロコ。今までありがとう。」
ピー助が片足をあげた。
「ま、がんばれ。」
「ありがとう、ピー助。ブッポウソウの話楽しかった。」
ピー助と何の話をしてたんだ?
パニは覚悟をきめ、俺はパニを新トンコル政府に渡すよう決意した。
ダコダより、今はトンコルだ。チップドワキザシはトンコルに向けて発進した。
ジャンプした先のトンコルは、万年冬だった。
新トンコル政府とマスコミがパニを迎え、大統領が演説し、俺は貴賓席の椅子に座るという名誉を与えられた。
居心地が悪かった。しょんぼり座っているのが関の山だ。
後日、パニはson of ka**と呼ばれた少年、と見出しをつけて大々的に報じられた。まさか、本当にカーンの遺伝子をもっているとは思われていなかった。
これで、良かったのか?
カーン派が
「ヒロシさん。」
クロコが肩を落とした俺の背中に手を置いた。
「パニに何かあったら、駆けつければいい。」
「クロコは割り切るの上手だな。」
「割り切らなければ、辛いだけ。」
俺は自分の腹を見た。
中年の腹は簡単には
「そうだな。」
俺は大きな子供の顔をした。
俺は手持ち
俺は結局、銀河警備隊に通報した。
それが、現実的な解決になるのかは別として、気持ちは幾分かすっきりした。
俺はチップドワキザシで宇宙を彷徨うスペースニートとして、多数の取材のオファーがあった。
宣伝してインフルエンサーになる気になれなかった。何しろ、恥の多い人生だ。アール・コデの独占取材だけで十分だろう。
俺はムーランドを拠点とした。
ミーハーかもしれないが、船乗りたちの星だ。
お金の都合で住むのは無理でも、近い内に住めるようにはなりたい。
キャプテンズギルドの仕事を見てみる。
そういえば、パニはディープネットにアクセスしていたな。
俺はメタバースの深度を深めた。
仕事でもアンダーグラウンドなものもある。
ニート連合なるホームページにアクセスし、管理人と話して、俺宛のメッセージボードをつくって貰ったのだが、ファンレターめいたメッセージが届くのみで、仕事や依頼のメールはなかった。
惑星ダコダで検索したが…軍が行ったという形跡がない。何故なのか怪しんだが、答えが出るものでもない。
「ヒロシさん!スペースニュースチャンネル7で、パニさんが!」
「えっ!」
俺はチャンネル7を開く。
マイトレーヤ・アハト少年、トンコルにて出馬。当確でトンコルの最年少政治家誕生へ。
…どういうことだ?
「政治家になれば、誰も手出しできなくなるのでは?良かったですね。」
彼はカーンのDNAを持っている。てっきり、カーン派はパニのカーンの遺伝子を狙っているものと思っていたが。
もし、パニをカーンの再来にしようとしていたとしたら。
いや、カーン派は白人系地球人型以外は人類にあらずと言い張る人種差別主義者だ。有色人種系地球人型にそこまで柔軟な態度をとるだろうか?
とすると、これは単純に新トンコル政府の意向なのだろうか。それにしては何か腑に落ちない。
考え込む俺を見て、クロコが不安そうな顔になった。
「良かった、ですよね。」
「ああ。パニの身の安全が確保された。いいニュースだ。」
一抹の不安や違和感を残して、俺はいいニュースと決め込んだ。
キャプテンズギルドにスペースニート指名の依頼が入った。
依頼の内容は護衛。
ニートに護衛をまかせるという響き自体は滑稽でも、内容は真剣だ。
何しろ、ダコダに行く船の護衛だ。
依頼主は表向きには宇宙リースという会社になっていたが、通信先のアドレス名は予想の斜め上だった。
依頼主の本当の名前は、銀河警備隊特務課。
存在してはいないとされる特殊部隊からの依頼だった。
俺は通信した。
「スペースニートだな。」
「ご依頼の方ですよね?」
白髪の目立つ初老の男が出た。襟を見るに軍服を着ている。
「そうだ。奇妙な依頼に思えるだろうが、貴方に護衛、いや、同行をお願いしたい。」
同行。嫌な単語だ。警察が使う言葉だ。
「それはどういう事でしょうか?」
「海賊同盟の居場所を通報したのは、君だったね。」
「はい。」
「紹介が遅れたが、私は銀河警備隊特務課課長のイオ・ゼンだ。普段、我々のような者は表に出ないのだが、君とは顔を見て話をさせて貰えればと思い、通信アドレスを送った次第だ。身内の恥の話をすることにもなるが、他言無用に頼む。」
「はい。」
ゼンは何やら渋い声をしていた。
「まず、君の通報を受け、艦隊をダコダに派遣することを司令官に進言したのだが、受け入れられなかった。確証が何一つない。そんな理由でだ。ガセの可能性が高い、と。」
「ガセな訳がないじゃないですか。海賊本人から聞いているのに。」
「わかっている。私は理由の中に、海賊のスパイが我々にいるか、海賊と我々の上層部がつながっているのではないかと疑っている。だから、特務課の方で独自に調べることとした。」
それはわかる。だが、
「そこで、何故私が同行する流れに?」
「その前に、君はこの男を知ってるね?」
俺の後頭葉に黒いマネキンの顔が現れる。間違えようがなかった。
「
「そうだ。彼は海賊同盟の幹部の一人で、海賊行為だけでなく、最近ではコラの副大統領を暗殺した容疑で捜索をうけている。白昼堂々姿をみせ、相手を殺害し立ち去るという大胆なやり口で、幾多の殺人容疑がある人物でもある。」
「彼がどうしたんです?」
「奴が次に狙うターゲットが、トンコルの若手政治家のマイトレーヤ・アハトであることが明らかになった。君はマイトレーヤ少年と関わりがあるはずだ。」
俺は青ざめた。
「海賊同盟の本拠地がダコダだとしたら、奴もまたダコダに潜伏している。ここで奴を倒さねば、マイトレーヤ少年の命が危ない。そして、溺死液から生き延びた君の能力を、私は高くかっている。私は君をスカウトしたいのだ。」
「スカウト、ですか。ニートの私が、銀河警備隊の中にですか?」
「ニートを名乗っているが、君は多くの依頼をこなして報酬を得ているね。」
ギクッ。
「つまり、君は所得を得ているわけだ。スペースニートを名乗る君にも税金を払う義務がある。ムーランドは税が安いため船乗りが集まっているが、申告漏れがあるのではないか?」
「そ、それで。税務署に通達する気ですか?」
「いや、同行に協力するのならば、君の払うべき税金を調べてこちらで精算してあげよう。そう言っているのだよ。延滞税や罰金、あるいは脱税で刑務所行きにはなりたくないだろう?」
ほら見たことか、と脱税で痛い目をみた前世の俺が頭を抱えた。
俺は腹をくくった。銀河警備隊に入るつもりはないが、溺死液とは決着をつけねばなるまい。パニの為にも。
「では、同行させていただきますが、私、いや俺はどこにも所属するつもりはありません。スカウトの件は無かったことにして下さい。」
「うちに入りたがる者は多いが、迷いなく拒否されたのは初めてだ。」
ゼンが片眉を上げた。ほほう?と言いたげだった。
「分かった。今までの税金の精算を報酬として前払いさせてもらおう。」
前払い。個人的にはこれも苦手だ。前払いされると逃げるなよと言われてる気分になる。
「仕事内容としては、うちの部隊の者と同じ宇宙船に乗り、作戦に参加してもらう。詳細は部隊長のビサ・ミアから説明してもらう。君がニートだから説明をする訳では無いが、仕事を承諾した以上それを拒否することはできないのでそのつもりで。では交換する。」
別の通信アドレスに飛ばされた。結構強引だ。
「今回の作戦を担当する特務課のビサ・ミアです。」
黒髪でショートボブの黒人系地球人型の美女がうつった。美人というか、ハンサムな女性といった感じだ。
「スペースニート、鬼灯博です。」
「貴方の噂は聞いてます。作戦の詳細については現地につくまでの宇宙船内でブリーフィングします。宜しくお願いします。」
「こちらこそ、宜しくお願いします。そちらの宇宙船に同行することになるんですね?」
「そうです。」
チリチリと前世が囁く。
嫌な予感というやつだ。
だが、俺にはどうやら拒否権は無かった。
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