第19話 古典的な岩

 豪華客船アマビエは、日本食やラーメンやカレーといった食品を宇宙で提供するビミブランドの美味インダストリーの出資を中心に、マイの父のアカサカコーポの親会社であるスティーブコーポなど多くの企業の協賛で出来たクラスCの大型船である。

 宇宙を『啓蒙する』目的で旅行するという思想船や宇宙の聖地を求めるような船と違って純粋な娯楽船であり、カジノを備えていた。

 カジノがある。つまり、大量の金が動く。

 勝てば豪華な客席に移動する、なんて催しもあり、イベントが開催させる下時間しもじかんこと『夜』は歓声と絶望と熱狂の渦に包まれた。

 サーカスや映画、演劇、宇宙に包まれてのフィットネスなんてものもあったが、圧倒的なのはギャンブルだった。


 前世ギャンブラーだった俺が、俺にもやらせろと脳裏に言葉を走らせたが、ギャンブルは宇宙船を買った時の成功体験だけで充分だ。

 トラブルだらけの旅だが、部屋の中でヴァーチャルエロゲーをしながら引きこもり続けていたらと思うと、大分進歩したと思う。

 だが、履歴書に書くとしたら職業欄は真っ白なままだ。社会なんてそんなもんさ。



 俺はアマビエに並走しながら、暇になるのを感じていた。

 弱い引力を体感しながら、あくびを噛み殺す。

 船体を回転させて重力を発生させると、アマビエの航行に影響があってはならないため、今は無重力での航行だ。

 無重力ゆえにタッパーに入った好物のパスタの入ったビーフシチューが食えず、結局、おにぎりを2個食った。

 タピオカの入った甘いジュレを食後に飲みながら、運転をオートにしてボンヤリしていると、通信が入る。

「これより、海賊目撃宙域に入る。各員警戒せよ。」

 野生の動物じゃあるまいし、海賊を目撃したからといって、そこに毎回海賊がいるとは限らない。それに、俺の船のレーダーは民間船にしては性能がいいのだが、流石に戦艦のレーダーより高性能ではない。

 つまり、しばらくは戦艦にお任せだ。

 今回のアマビエを防衛する皆でオープンチャット通信が開かれており、最初は俺は話題の人という扱いだったが、働けよとお説教やお節介の通信が多く届いてからは、話半分ににチャットを流していた。

『企業のCMとかに出たらいいのにね。』

『企業のイメージが悪くなりますよ。』

 俺が自虐すると、その通りトゥルーという単語や笑う顔文字で埋め尽くされた。

『大きな岩が多くない?』

『小惑星群に入った?』

「そんなまさか。」

 俺は声にだして否定した。航路上に小惑星など存在してはいけない。そういう宙路だ。

 あるとしたら…。

「敵の偽装、とか。」

『敵の偽装、とか。』

 俺は言葉を一致させてチャットに流した。

『岩への偽装とか古典的すぎない?』

 チャットでキャサリンはそういったが、古典的はかつて有効だったから古典的になるんだ。

 俺はレーダーを確認する。

 大きさ的にダガー級。

 それが点在している。

 俺の意図を否定しなかった船長が一斉に調べだし、戦艦に報告する。

 戦艦は一層の警戒を、などと述べるに留まった。

 気がつけば、アマビエを中心に岩が遠巻きに広がっていた。

『俺の船で岩にレーザーしてみる。』

 俺はチャットして、照準を岩の一つにつけた。

 カメラで岩を記録し、発砲許可はなかったが、岩にレーザーする。

 岩が溶けて、中からダガー船が撃ってきた。

『マジかよ。』

『戦闘開始だ!』

「誰だ!発砲したやつは!総員発砲待て!総員、発砲待て!」

 戦艦が慌てるが、撃たれてるのに撃ち返さないバカはいない。

 シールドを削られてグラグラと船体が揺れ、チャット欄は恐慌状態になった。

「ちっ!」

 古典的があたってしまった。

 岩が次から次へとダガー船に変わり、レーザーとウェーブキャノン、実弾とミサイルの嵐になった。

「敵、エンジンに向かって質量弾!」

「速やかに質量弾を発射!軌道を変えろ!」

 ノイズが入りながら、戦艦内部の声が聞こえてきた。

「戦艦内が盗聴までされてる。」

 俺は戦慄した。

 何が各員一層の警戒、だよ。

 相手から作戦や司令が丸聞こえじゃないか。

『どうするんだ?』

『散開して各個撃破しかないだろ。』

 敵は美しい集団軌道を描き、レーザーを一斉射している。軌道的にレーザーのどれかがあたってしまう。

『シールド破損!助けてくれ!』

『シールドがこわれ』

『畜生!』

 無音の爆発に従って、チャット欄が荒れた。やられたのだろう。


 どうする?


 俺はない知恵を絞った。

 このままではシールドを削られて、俺も宇宙の藻屑と化す。

 俺は、一番姑息な手に出た。

 レーザーの軌道を宇宙戦艦のシールドに遮らせ、遮蔽物にしたのだ。

『その手があったか。』

 俺の船の挙動を見た他の船長たちが、戦艦を遮蔽物にする。

「盾になる奴らが俺達を盾にしてどうする。おい、馬鹿共を艦から引き剥がせ!」

「各員、散開せよ。戦艦のシールドが持たない!各員、散開せよ。」

「そっち、通信するまでもなく盗聴されてるぞ。」

 ポールが呆れた声を出す。

あたし達はあんたらの装甲じゃない。まともな作戦指示を出さないなら、このままあんたらに盾になってもらうよ。」

 嫌がる戦艦の船体にキャサリンがはりつく。

「そうだ。戦艦はシールドを最大にして防御し、俺達が隠れて一斉射で反撃するのはどうだ?」

 俺は作戦を発案する。本当はアマビエを盾にしたいのだが、沈められても困る。

「馬鹿を言うな。艦が沈むぞ!」

「それがどうした!」

 戦艦の船長の叫びに、民間船の船長の一人が返した。死にたくないのはお互い様だ。


 ほとんどが戦艦を盾にしたが、少数の船がアマビエを盾にしだした。

 豪華客船についているシールドは白く淡く可視化されるほど強い。そのモヤがみるみる内にレーザーで消失していく。

 俺は何隻になるか、ダガー船を沈めていた。他の船もだ。給料分の仕事はやっている。

 だが、相手は数にまかせてやってくる。

『駄目だ。宙域を離脱する。』

 逃げ出した船がウェーブキャノンのフォトン弾に当たって轟沈した。

『死ぬ!死ぬ!死んだ!』

 恐怖した船がレーザーを味方に当ててしまい、当てられて激昂した船が逆に沈めてしまう一幕まであって、やっと事態が動いた。

「巡航艦隊が到着するまで、相対時間で30分!」

「間に合わんな。」

 だから、会話が聞こえてるっての。

 俺は音頭をとった。

「聞いてくれ!30分でこちらに味方の艦隊が来る!それまで生きてアマビエを守れたら俺達の勝ちだ!作戦は一つ。囲まれた中での一点を突破して、思い切り逃げること!戦艦は盗聴されたから、あとはチャットを使え!」

 運が良いのか悪いのか、オープンチャットは民間船は全員参加していた。

 参加要請が入るが、全て拒否した。海賊だ。もうこのオープンチャットを嗅ぎつけやがった。

『戦艦はレーダー画像送れよ!』

『スペースニートに画像送れ!』

 チャットが騒ぎ出す。

 俺の元に立体レーダー画像が送られてくる。

 ルビーに処理させると、イワシの群れに囲まれた様な画像が浮かんだ。

 それが段々と、隙だらけの空間を作り始める。

 穴があき、ダガー船がΩ(オメガ)の形で配置されていた。穴のあいた部分から逃げれるように見せかけて、一斉射で叩き潰すつもりだ。

 俺はそれよりも、つくられた穴の反対側、Ωの上端部分に注意を向けた。よし、一か八か。

『開いた穴は罠だ。針路送る!ゴリ押しで突っ込んで生き延びるぞ!』

 俺がΩの上端を突破するように進路をつくると、反対意見はありつつも、民間船は従った。

「本艦は弱所に向かって前進する。」

 戦艦は下端の穴、罠に突っ込もうとした。

「戦艦はチャット通信に従うように。」

 アマビエの船長は戦艦の船長より話がわかるらしい。俺達と同調して進む道をとった。

 通信を傍受したのかしてないのか、海賊が慌ててΩの下端を閉じて、上端へ向けて丸の形をとろうとした。

 護衛対象であるアマビエを旗艦として、その前を戦艦が進み、戦艦の後方から周囲に俺達が隠れ撃ちをする。

 アマビエは大きいだけに身動きが取りにくい。しかし、大きいだけに海賊でも航路を変えることは難しい。

 アマビエは見事な回頭で針路をとった。航海士の腕がいい。

 戦艦と俺達がキャノンを一方に集中砲火させて、海賊のいない空間をつくりあげ、アマビエがそこに入り込んでいく。


 まだか、まだかよ援軍!

 宇宙艦隊を視界にとらえながら宇宙旅行したくない、という金持ちのために、こっちは全滅しかけてるんだぞ!


 クロコが砲手を努め、俺は運転に集中した。

「こちら、巡航艦隊旗艦テキサスホース。」

 騎兵隊の登場だ!助かった!

 海賊が味方などお構いなしにジャンプして逃げていく。逃げ足だけは、早い。


 俺は相対速度で同速の1隻の船に曳航ビームを放った。

 通信する。

「こちら、スペースニートだ。お前達は海賊同盟か?」

「海賊同盟?なんだそりゃ。」

 乱れた左右のバランスが違う小汚いカイゼル髭の男の顔が写った。

 だから、何で海賊は海賊とわかる髭面ひげづらなんだ?

 そんなに朝、髭を剃るの面倒くさがってるのか?

「誤魔化さなくていい。海賊同盟の座標を送れば、あんたを見逃してやる。」

「俺に身内を売れ、てのか?」

「いや、」

 俺は一瞬前歯を噛みあわせた。

「俺の命を狙ってる溺死液ドロウンリキッドや海賊同盟には、もううんざりしていてね。一戦やらかさないと俺の気がすまないんだ。」

 宇宙の狼の顔で、俺は海賊をにらんだ。

「そうか。あんた、賞金付きのニートのおっさんか。」

 おっさんで悪かったな。てか、こいつ若いのか?

「俺の口を割りたいなら、俺と決闘しようぜ。このままドッキングさせて、一対一で銃を早ぬきするんだ。俺はナイフでの刺し合いも好きだけどよ。」

「言わないなら、このまま曳航ビームを浴びせて、テキサスホースに突き出すつもりだが。」

「…ちっ。小心デブが。ほらよ。」

 海賊は座標を送る。

 氷と冬の惑星ダコダ?

「海賊同盟は、寒い所が好きなのか?」

「知らねえよ。約束は守れ。」

「ほら。」

 俺は曳航ビームを切った。

「マジで切りやがった。あばよ、お人好し。海賊同盟に氷漬けにされて死んじまえ。」

 海賊は、最後まで海賊らしい口の悪さで去っていった。

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