第18話 豪華客船アマビエ

 惑星コインクエ。

 有人星系でも比較的富裕層が住んでる惑星だ。

 惑星全体で沢山の学校があり、福祉も充実している。永住惑星にランキングをつければ、上位に食い込むだろう住みやすい星に見えるが、税金が高く、また人々が肉体労働を嫌う為に筋肉強化個体マッソロイドを生産をして、奴隷としてただ働きさせている暗部があった。

 生まれによっては住みやすいが、決して幸福でも健全でもない星だ。


 ここの教師が優秀とかそういうのは知らないが、金持ちが通信教育で指名するということは、そういうことなんだろう。



 …。


 パニは生まれによる差別は存在してはいけないと言うが、人類が種として多様化し、従属種族を作った今となっては、生まれでの差別を当たり前にする世界である。奴隷はどんな理不尽でも主人に従うのが幸福であるなどと吹聴する社会学者も多いのが現実だ。

 宇宙は意外と住みにくい。


 俺はもの思いつつ、コインクエにマイをおろした。

 マイは銃撃戦で血のついた宇宙服を着替え、ドレス姿になっていた。

「先生方に直接お会いした後、執事のラファエルが迎えにくる、そうです。」

「父親じゃなくて?」

 マイは寂しげな顔をした。

「お父様はお仕事が詰まっておりますので。」

「それにしたって、『本物の』海賊に襲われても娘を迎えにいかないとはね。」

 宇宙港につく前に、俺はマイに全てをネタばらしした。狂言海賊のつもりが、本当になってしまった、と。

 彼女の表情からは彼女の心情は分からなかったが、怒りの表情ではなかった。

「お父様の考えがあっての事ですわ。私の、その、我儘わがままでした。」

 マイは何かを悟った顔をした。

「宇宙の薔薇の中では、男装の騎士マイスノーは剣で相手を峰打ちするのですが、その理由がわかりましたわ。あんなに血を見たのも初めてですし、銃で撃たれたのも初めてでした。」

「ま、峰打ちやって相手が降参して、悪いやつは負けました。勧善懲悪でちゃんちゃん、とはいかないのが宇宙だな。今回は海賊船のシールド発生装置を壊したが、そのまま見逃してたら、奴らのことだ、騙し討ちしたかもしれない。そういう世界だ。」

「そんな。」

「だから、撃つか撃たれるかの二択しかない。どっちにせよ、恨みは買ったけどね。」

 秘密の匿名掲示板には、うちの家では俺の逮捕や不審者の発見も兼ねて、警察の毎日の巡回路になったらしい。警備保障の見守りもついて安心した。

 箱人間の父がクラスA宇宙船操縦免許証とともに、銃まで持って写ってる画像が置いてあったのは驚いたが。

「これで旅行も終わりでしょうか?」

「それは一区切りついたね。これを機に、マイみたいな資産のある家のものが、人類の平和とか幸せとか、宇宙にある差別とかをもっと考えてくれると、下々としては助かる。変な学生運動とか思想に加わらないで、パニみたいに自分の頭で考えて欲しいかな。」

 俺はパニの肩に手を置いた。

「これで、永遠にお別れでしょうか?」

「いや、それはわからんぞ。」

 パニは笑顔になり、クロコは微笑み、ピー助は片足を上げて、俺は片目を閉じた。

 俺のウインクは、そう、前世からの癖ってやつだ。

「いつか、どこかの宇宙そらの中で。シーユーアゲインっていうだろ?今度はもっと安全で穏やかな旅を約束するさ。」

 俺の軽口に、マイは、やっと笑った。




 危険手当てが加味され、何より口止め料をより高く積んで報酬が上乗せされていた。感謝の言葉よりデカい額のチップ。そうやってクレジットで人を殴る真似をしてきたのだろう。金の払い方一つでも、人の在り方までわかるものだ。


「よく、お嬢様をお守りくださいました。御主人様やお嬢様に代わって、お礼申し上げます。」

 執事が代わりに頭を下げた。

「いや、こちらこそクレジットを多めに頂いたこと、感謝申し上げます。」

「今回のこと、くれぐれも内密に。」

「通信を切ったら忘れたことにしますよ。また何かありましたら、遠慮なく通信使って下さい。それまでお互い、貴方誰だっけ、です。」

 俺はそこまでいうと、執事は、では、と頭を下げた。


 通信が、切れた。

 これで金持ちだ。いや、小金持ちくらいだな。

 さて。

 俺はクロコとパニに相談し、金の一部を親に送金する。一度でいいから仕送りというのをしてみたかった。

 掲示板には、宝くじに当たったからお裾分けを送るとだけ書いた。我ながら下手な嘘だ。

 今回俺は人を大量に殺した。これじゃ、俺は殺し屋だ。

 しかし、これでも始まったばかりだ。溺死液ドロウンリキッドとの因縁もある。

 トンコル政府やカーン派の動きも不気味だった。

 まだ、彼らの動きはない。刺客がくるかもしれない。


 俺は敵対する相手に戦いを挑むことにした。

 毒喰らわば皿まで、である。


 海賊同盟の本拠地は当たり前だが、どこか分からなかった。

 ならば、海賊退治の依頼をこなし、海賊の口から奴らの居場所を聞いてやる。


 俺は船を改造した。装甲は厚く、貨物室は運搬用に広く。

 チップドワキザシの頭の形だけが名残りを残し、元はバジャー・ミニだと言わないとわからないくらいの快速運搬戦闘艇になった。


 残りは維持費と生活費だ。クロコの服も買った。

 俺は最近デブから小デブになった。宇宙はダイエットに向いているらしい。




「豪華客船アマビエの護衛、これか。」

 海賊退治、という仕事はめったにない。

 海賊が宙域をいつまでもいるとは限らないからだ。潜伏先が分かったとしたら、民間より銀河警備隊に連絡がいく。

 海賊との戦いがあるとするならば、観光客船の護衛。

 豪華な観光客船は海賊の格好の的だ。

 当然宇宙軍や宇宙戦艦が護衛をすることが多いのだが、海賊もさるもので、ド級の大型船を旗艦に大量のダガー船を集めて群がるように襲いかかり、戦艦を破壊してしまうケースも多発している。

 大艦巨砲主義で小型艦の数が慢性的に少ない軍は苦肉の策として、キャプテンズギルドや武装した民間船を雇うことにしている。

 勿論民間船が海賊とつながっているかどうかの審査もあるが、俺はパス出来そうだった。

「危険だが、危険手当ついてて報酬は問題なさそうだ。」

「やりましょう。」

 何故かクロコがグッと親指を立てた。



「スペースニート。それを名乗るのはこれで5人目だ。あんた、本物か?」

「4人も奇特な奴がいるのか。まぁ俺は、ニートしてる意味では本物だね。働きたくないんだが、金がないとニートもできない。」

「そりゃそうだ。ややこしいから、あんたはヒロシと呼ばせてもらうよ。護衛する場所はアマビエについたら知らせる。宜しく頼む。」

「宜しく!」

 軽口で採用される。

 履歴書だしてスーツでかっちり、志望いたしましたのは〜なんて宇宙の荒くれであるキャプテンズギルドには似合わない。そういうことだ。

 今回の護衛は頭数を揃える意味で、簡単な検査で済んでいた。

「よう。偽スペースニート。俺様が本物のスペースニート、ポールだ。」

 通信が入ったが、俺の顔を見るなり、緑の髪を馬の背中みたいなリーゼントにしたロックな風体のグレイ型宇宙人が顔をしかめた。

「どうした?ポール。」

「あんた、本物だろ。画像写真が出回ってるぜ?」

 画像が送られてくる。荒い画像だが、俺に見えなくもない。ていうか、太ってるから目立っている。

「他人のそら似だろ。」

「自分から名乗っておいて、今更他人面するなよ。海賊に自分のサインを送ったんだって?俺にもくれよ。あれ、流行ってるんだ。働きたくないでござるというやつ。」

 俺はサインを贈った。

「ありがとな。友達ダチに自慢できるぜ。」

「一応これでも正体不明なんだけどな。」

「一人ぼっちの地球人型だってバレてるぜ。船の中に引きこもりたくてスペースニートになったんだろ?」

「まぁね。」

 話を合わせる。

 クロコやパニはバレてない。良かった。

 特にパニは公にバレるとまずい。偽皇帝カーン関係とか宇宙の問題になる。

「他の奴らにも知らせていいか?」

「あんまり気が乗らないけどな。」

「そう言うなって。サザーランドの奇跡とか見て、あんたみたいになりたくて宇宙に出た連中もいるんだから。ニート連合とか知らないのか?」

「いいや。」

「入ってみろよ、みんな本物のスペースニートに会いたがってる。俺ならサロンとか開いて有料配信やって、インフルエンサーで食っていくぜ。」

 インフルエンサー、か。

「不健全な感じがする。」

「不健全なのは身体つきだろ。痩せようぜ。」

 ポールは爆笑した。



 アマビエについた。味方である識別信号を送る。

 アマビエは海の船の豪華客船を模した外観をしており、重力を発生させる輪っかの中にいた。

 近くによると引力が発生するため、遠巻きに護衛する。

「チップドワキザシだな。アマビエの後方だ。」

 今回の護衛のバイトリーダーみたいな地位の奴が、俺を後方へと配置する。

「宜しく。スペースニート。」

 眼帯を嵌めた女性が通信してきた。

「宜しく。」

「スペースニートキャサリンを名乗ってたんだけど、太ったあんたの画像をみて名乗り直した。今はただのキャサリンさ。あたしはデブが嫌いでね。」

「それはどうも。」

「タフガイだと思ってたのに。騙された気分だよ。」

 ニートって自分から名乗ってる奴がタフガイかどうか気づけよな。

「ま、それだけ。」

 そういって通信が、切れた。


 他にも通信があった。

 大概はサインのおねだりだった。

 快く贈る。

 顔がバレても、敵対するものを倒せば関係なくなる。

 そのくらい覚悟を決めている。


「こちら宇宙戦艦ハンムラビ。未確認情報だが、海賊の目撃情報があった宙域が進路上にある。各員、一層身を引き締めて貰いたい。」

 不確定な情報だけで、アマビエの航路をかえることはできない。ということだった。

「また、客船の中に海賊のスパイがいるという情報も入っている。留意されたし。」

 こっちは船内に入ることもない。無視しても構わない情報だろう。


 豪華客船アマビエは、億万長者の金持ち達を乗せて、ゆっくりと航行していった。

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