第15話 夢の一億クレジット

 俺たちはエネステでフィッシャー達と別れた。

「あんたのこと忘れないよ。この船でのことはニュースになるだろうが、スペースニートのことは正体不明にするのか?」

「そうするつもりだ。聞かれても正体不明で、うんと怖くてヤバい奴ということにしといてくれ。名前を聞いただけで誰も手出しできないようになれば、仕事が楽になる。」

「ニートの仕事か?」

 フィッシャーがニヤリと笑う。

「ニートの仕事だ。フィッシャー船長。」

 俺もニヤリと返した。




 エネステで思う存分たっぷり補給したチップドワキザシはムーランドを目指した。



 俺はムーランドで仕事をして飯を食うことを検討している。ニートを辞めるんじゃない。『休業』するつもりだ。悪目立ちしすぎた。

 それに、危なくなくて簡単な労働でクレジットを稼げるなら、そっちの方がいい。

 働きたくないでないござるから、なるべく働きたくないでござるにバージョンアップした感じだ。

 ニートに必要なのは頼りない就職支援でなく、ニートという存在を許容する寛容で多様な社会だと思う。俺は宇宙に出て、つくづくそう思った。


 スペースニートへの取材として取材のため通信してきた。どこから嗅ぎつけたのかと思って、送られてきた名刺映像をみた。

 グレイ型宇宙人の顔映像を見た時、彼の名前を思い出した。アール・コデだった。

 匿名にするし、守秘義務を守るといったアール・コデの言葉を信用してインタビューにこたえた。独自の情報網を持つマスメディアにコネをつくっておく意味もある。

 サザーランド号のことを一部始終話し、俺の正体を知っている者として、質問の中でトンコル政府に追われた話がでたが、それは両親に話した内容をかいつまんで話した。

「成る程、成る程。」

 彼は1割2割のフィクションさえ信じた。あるいは信じたふりをした。

「トンコル政府についてはまた後日ということで、ひとまずサザーランドでのことは私の独占取材ということで記事をうたせて貰いますね。独占取材!サザーランドの奇跡。スペースニートの海賊退治!てんでどうでしょう。」

「そこはお好きにどうぞ。貴方以外に話す気はないですし、以前の記事同様、正体不明で名前も匿名ということで。」

 アール曰く、ネットをやってる者なら誰でもネタとして知っているような時の人らしかった。自分で言うのも何だが、アール・コデは思わぬネタを拾ったことになる。

「分かりました。記事を楽しみにしててくださいね!スペースニート。」

 そういってアールは笑顔で切った。半分作り笑いだろう。俺はアール・コガを芯から信用して良いのか、はかりかねた。


 ムーランドにつくころには、俺の通り名は有名になっていた。サザーランドの奇跡。その記事の信憑性を疑うものもいたが、宇宙を支配しようとする勢力が良くも悪くも『かっちりした』秩序を掲げ求めている宇宙で、だらしがないもの代表の無職の男が暴れまわるのが何やら面白いらしく、蔑みながら評価するというコメンテーターが増えた。


「銀河警備隊とか警察とか、職業としてバウンティ・ハンターみたいなのまでいるのに、正義のヒーローをきどって自警団まがいのことまでして感謝されるのって、危ない上にコスパが悪くて百害あって一利無しだと思うんですが、ニートだから馬鹿なんすかね?ていうか、これでもし見返りに金もらってたらそれは労働でニートじゃなくないですか?自己矛盾を抱えてる奴に助けられてもねぇ、と思いまーす。」


 そんな評価コメントをするインフルエンサーもいた。

 ま、笑えば笑え。

 親や人を困らせているのだから、その分、人が困ってたら助けるのがニートの道だ。知らんけど。



 俺はムーランドの賃貸住宅ガイドを閲覧しながら、どこに住もうかまで考えた。

 ここまで紆余曲折あったが、それなりに順調に生きている。いや、そうでもないか。

 海賊もそうだが、俺はトンコル政府とバックのカーン派と呼ばれる秘密結社にビクビクしていた。

 調べていたが、トンコルには複数の国があり、俺がパニを受け取った所は白人系地球人型主義の思想が色濃く残るミーア連邦という最大国家だった。

 銀河帝国が滅んだのにまだ懲りてない連中だ。有色人種系地球人型のパニを運ぶ時、違和感を感じてよかった。

 現在、白人系地球人型が差別されることはほとんどない。世論は白人系地球人型が悪いのではなく、カーンが悪いということになったからだ。

 今は選民思想になることなく、多様性を押し付けることもなく、居心地の良い無関心の時代だ。そういう社会学者の声もある。俺はできれば彼らの言う人権意識について怠惰な『眠っている人々』であっても、無関心で居心地の良い社会が良い。


 ムーランドについた。

 流行りは宇宙服の上にポンチョを羽織ることだが、俺は灰色のパーカーを着ていた。茶色のフード付きマントを羽織ればフォース教の信者になるのだが、残念ながらこの宇宙にフォースや超能力の類はない。

 なら、自在鎌はなんなのか?俺も詳しくは分からない。前世の得体のしれない力だが、確実性からいえばウェーブ銃の方が信頼できる。前世のガンマンの腕は宇宙では必須スキルのようだった。


「やぁ、スペースニート。」

「どうも。」

 ガンショップによった。

 てっきり最初のニュース記事に俺の顔や名前が載っているとばかり思ってたんだが、初期の記事にも名前や顔画像が乗っていなかった。なのに、このガンショップ 三毛猫の親父は俺の素性を知っていた。

 つまり、それだけ情報収集能力がたかい優秀な大人だってことだ。俺は密かにこういう高齢者にリスペクトを送っていた。

 店の店主でガンスミスでもあるオヤジさんは、俺のウェーブ銃の出力調整や面倒をみてくれた。

「聞いたぜ、トンコル政府に追われてるってな。」

 ウェーブ銃の調整をしながら、オヤジさんは独り言のように尋ねた。

 まだ拡散してない情報を知ってる。どこから仕入れるのだろうか?

「はい。まぁ。誘拐とかしてないって言いたいですね。」

 俺が頭をかいた。パニは物珍しげに陳列棚の銃を眺めていた。

「そこの子が、例の臓器売買されそうになった子供かい?」

「そうなんです。偽皇帝カーンの息子、なんて呼ばれて。売買される子供たちにつけられた呼称かもしれませんが、許される物言いじゃないですね。」

「それは…酷いな。」

 本名をカール・ファイブというオヤジさんが眉をひそめる。夜はサックスを吹いてそうな白髪の黒人系地球人型の老人は、沢山の宇宙にある無数の胸の悪くなる話を聞いているだろう。だから、まさか本当にパニがカーンの血を引いているとは思わない。

「巷では偽皇帝カーンと何か関係してるとか何とかいうやつがいたが、まさかそんなことだったとはな。」

 会話が聞こえたのか、パニが警戒した顔をする。

「そいつを信じて海賊まで変に動いてます。俺やパニの命まで狙ってて。子供を殺そうなんて、海賊には仁義も矜持きょうじもへったくれもないですよ、カールさん。」

「まぁ、子供に銃を向けるやつはだいの大人と呼べないわな。海賊共も落ちぶれたもんだ。」

 店主カールは、ブラックマンバから目を離し、ふと遠くを向いた。

「俺の名前は、正確にはカーンルでね。」

 ぽつりと呟く。

「無知無学な親がカーンと名付ける所で、神父さんからたしなめられて慌てて最後にエルをつけたもんだから、変な名前になっちまった。それでも、カーンよりはマシだったと思う。」

 カール、いやカーンルのオヤジさんは口調は穏やかだが、パニのことが己の信ずるべきモラルに触れたようだった。

「沢山の人種を弾圧し虐殺し差別した偽皇帝カーンはもう話題にもしてはいけない。ましてや、カーンの息子だか子供だか言われて狙われるなんてあんまりだ。しかし、臓器売買なんて貧者の医療をトンコル政府が斡旋するとは思えないけどな。」

 クローン臓器や機械臓器が主流の中、他人の臓器を移植する臓器移植は代替生体パーツも買えない貧困層や医療の未熟な惑星で行われており、その様から『貧者の医療』と呼ばれている。

 臓器売買反対を掲げる意識高い系の政治団体はあるが、臓器移植について声を出しても金を出さないため、問題が中々解決しないのが現実だった。


 オヤジさんは世の不条理を嘆いた後、俺にブラックマンバを返した。オヤジさんにも嘘をついたが、事実はつくるもの。パニの身の安全のためにも素直に真実を話せばいいと言うことではない。

 オヤジさんはまとめ買いした弾代を、少しだけ安くしてくれた。当分行きつけになりそうだ。



「私、戦闘用にバージョンアップしたいです。」

 クロコは俺にそういった。

「どうして?」

「ヒロシさんの役に立ってない気がするのです。」

「いやいや、サザーランドでも助かったよ?」

「もっと役に立ちたいのです!」

 ズズイと俺の顔に近づいた。健気な気持ちは組みたいが、ムキムキのターミネーターみたいになったクロコは見たくない。

「せめて、神経反射加速装置リフレックスとか照準装置スマートリンクだけでもつけたいです。」

 俺はその2つを検索した。

 ゲッ!こんなに費用がかかるのか!?

「すまない、クロコさんや。うちにはそんなクレジットがない。」

「お金なら稼ぎましょう!働いて。」

「変に働きたくないでござる。」

 反射的に言うと、クロコの圧が強くなった。

「分かった。分かった。宇宙船で荷物を右から左する仕事があればやるって。船は小さいから、燃料とか差っ引くと地道で安いけど。」

「やるなら、海賊退治では?」

「俺は宇宙のヒーローじゃない。ただのニートあがりだよ?」

「けど、私達の船はダガークラスの海賊船でもやっつける事ができました。中型の海賊戦艦相手でも、やりようはあるはずです。あるいは、運ぶならダイヤとか輸送量が高いものを運ぶとか。」

「仕事は面倒臭くてやりづらくて割に合わなくて難しいから仕事なんじゃないの?そんな単純かつおいしい仕事あるわけが…。」

「あるよ、ヒロシ。」

 メタバースサーフィンしていたパニが声をあげた。パニはハイアースでチップを注射してから、すっかりネタバースサーファーになっていた。

「運ぶのは人なんだけど、運んでくれたら一億くれるって。」

「い、一億クレジットだって!」

 俺はパニの見ている広告をシェアしてもらった。

 場所は不明だが、ある企業財閥系の富豪の娘を惑星から惑星に運ぶだけのお仕事。それで一億クレジット。

 キャプテンズギルド経由でもない、こんな眉唾もののしょーもない広告誰が書いたんだ。

「こんなうまい話はないよ。世の中しょぼいは…ず…。」

 だが、クライアントをよく検索してみると、スティーブコーポレーションの傘下の企業アカサカコーポとある。パニはディープネットからスペースニート関連で情報を得たようだ。

 情報にはコメントがついていた。


 サザーランドの奇跡を起こしたスペースニートに頼みたい。パスワードはサザーランドの写真画像のN3。

「写真画像?サザーランドでとった集合写真のことか。それをN3のコード羅列記号に変換して、パスワードに当てはまる、と。」


 パスワードが解除され、通信アドレスにつながった。人と話すのに若干躊躇ちゅうちょしたが、思い切って通信をかける。

「ご通信ありがとうございます。そのお顔、スペースニート様に間違いございませんね。」

 七三髪で眼鏡で出っ歯の黄色系地球人型のスペビジとつながった。

「はい。私にご依頼があるということで、要件を伺いに通信しました。」

 ビジネスマナーを知らない俺は、取り敢えず知ってる敬語を使って話す。

「ご依頼の記事はご覧になりましたか?」

「ええ。どなたかを運んで欲しいとか。」

「宇宙船で送迎していただきたいのが、我が社の社長令嬢でありますマイコ・ヘロン・アカサカ様でして、一度、アカサカコーポレーションの本社までお出で頂き、そこで私の上司からご依頼の件につきましての具体的な内容をお伺いいただきたく思っております。」

「すみません。何より報酬の額が大きいものですから、ご依頼が本当か確かめづらかったもので。」

「うちの広報部が目立つように、かつ、スペースニート様に伝わる程度には秘密裏に依頼をしたかったものですから、真偽についてご心配をおかけしたことをお詫び申し上げます。」

 別に心配はしてないが、宇宙ではそういう辞令があるのだろう。

「承知しました。アカサカコーポの本社まで向かえばいいんですね?」

「はい。お待ちしております。スペースニート様。」

 スペースニート様というフレーズが気に入ったのか、最後にそういって通信は切れた。


「一億クレジットか。」

 親に返済させてる学資ローンや借金がポンと消えるだけではない。箱人間の父が全身義体になることだって可能だし、余った金で宇宙船をデカくすることも、何か会社を起こすことさえ可能になる。


 金があれば命だって買える。

 宇宙はそう豪語する所だ。


「よし。せっかくのチャンスだ。億万長者になってみるか!」

 クロコとパニが首を縦に振って同意する。

 お父様、お母様、俺はやるぜ!

 俺はエイエイオーと拳をあげた。

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