第16話 マイコ・ヘロン・アカサカ

 アカサカコーポ本社のある惑星マネカは別名惑星ビジネスともいわれている。

 金融街が丸ごと星になったような企業戦士の聖地であり、この星の小さなアパートサイズの事務所でも、この星に上場してオープンする為に人生全てをかける者で溢れていた。

 地価だけで数億クレジットの場所もあり、それぞれの億万長者ならぬ『億万兆者』が企業の絶対権限を持ち、別の星で邸宅を構え貴族生活を送っていた。

 就職できたスペビジは宇宙でも有望な人物ばかりであるが、優秀な人材だけでなく、観光で訪れる者までスペビジが多く、憧れのマネカという曲も作られている。

 惑星の問題として就職した若者の死因第一位が会社に公認されない過労死で、次が徹夜連勤で使う興奮系薬物などの過剰摂取、3位に自殺と続く暗い側面を持つ。

 要するに、俺の存在から最も縁遠い世界の星だ。

 永遠に関わることはあるまいと思ってた星に、俺の船はジャンプした。


 人工の恒星と、テラフォーミングされたマネカは宇宙ステーション並みに黒と灰色がかった人工物だけの星に見えた。もう少し地表の近くからはみればビルでデコボコしているような惑星だ。

「とまれ!無許可でのマネカへの侵入は禁止されている。」

 マネカの宇宙軍の通信に従い減速する。

「アカサカコーポにアポがある。着陸許可を願う。」

 俺はアポイントメント電子証明を宇宙軍に送った。

「1時間前だと。大遅刻じゃないか。」

 宇宙軍の中の人がぽつりとこぼす。

 この星では遅刻は厳禁だ。宇宙軍で足止めを食ったと言えば宇宙軍でも反省書を書かないといけないらしい。

「確認した。さっさと入ってくれ。」

 俺は宇宙港まで船を進めた。


 宇宙港から空を飛ぶタイプのスカイタクシーを拾う。アポイントメント電子証明を送ると自動操縦でタクシーは発進した。

 クロコ、パニ、ピー助は宇宙港で留守番だ。ビジネスに必要ないものは入れない。

 空の上を車が埋め尽くして飛び回っているのだが、混んでタクシーが止まることはない。ここに住むスペビジは寝袋生活キットを使って会社に住んでおり、飛び込みのセールスの売り込みなどしようものなら、時間をとられて怒った社員によりセールスマンは高層ビルから飛び降りる羽目になる。命より時間が大事というブラックジョークがこの星では真実であるかのように話されていた。

 タクシーはアカサカコーポの本社についた。

 運賃はアポイントメント電子証明により会社持ちになっている。つまり、無料タダだ。

 俺はタクシーから降りた。

 ビジネススーツでなく、宇宙服にパーカーを着た俺はこの星最大のアウトローなのだが、自分に忙し過ぎて誰も俺を見るものはいない。

 受付のアンドロイドにアポイントメント電子証明を送る。

 45階フロアBの案内地図が仮表示された。

「ありがとう。」

 俺の声は無言のフロアに響いた。

 エレベーターに乗る。

 会議などで集合するときはかかる移動時間まで計算されているはずなのだが、エレベーターは満員になった。床に目張りと番号があり、そこに立つようになっている。

 階を上がる度に番号で人が入れ替わり、無言で肩をぶつけ合う。

 30階を過ぎた辺りで人が極端に減った。

 俺が思わずため息をついたら、息がかかったスペビジが注意しないものの嫌な顔をした。

 45階についた。

 チップによりフロアを導線が光で示され、そこに沿って歩く。

 フロアBのR35の会議室についた。一応ノックする。

「すみません。入ります。」

「5分前遅刻か。これだから非ビジネスは。」

 中にいた鳥人型のスペビジが、シェードサングラスの下で目をギョロギョロさせながら無遠慮なことをいう。

「遅れまして申し訳…」

「あぁ、そういう挨拶はいい。要件を伝えよう。依頼をまとめたファイルと検索AIエンジンを渡す。質問はAIに聞けば何でも分かる。会議があるのでこれで失礼するよ。」

「あの、」

「話は終わりだ。出ていってくれ。有意義なミーティングだった。お嬢様をよろしく頼む。」

 最後の、お嬢様、という単語だけ声色が優しかった。


 ……。


 こんな所、絶対に働きたくないでござる。

 エレベーターでフッと笑ったが、反応するものは誰もいなかった。


 帰りのタクシーの中でファイルを見る。

 内容はこうだ。

 マイコ・ヘレン・アカサカを惑星レストから惑星コエンクエに運ぶ。

 それだけなのだが、AIによると、今年で14歳になるマイコという少女は、ヒロイックファンタジーに傾倒する、中等教育2年生がかかる麻疹みたいな精神嗜好、所謂いわゆる中2病にかかっており、俺の記事や活躍を見て、会いたくなったのだという。

 そして、宇宙に出たがる我儘娘わがままむすめに手を焼いているツバサ・アカサカは、この際だから宇宙は危険な場所だということを分からせようと、今回のミッション途中で似非海賊を用意して船を襲わせ、散々怖い目にあってもらって宇宙に恐怖を感じてもらい、あわよくば中2世界から現実を生きてもらおうと画策しているのだという。

 茶番劇の海賊以外は宇宙で起こり得る危険程度のリスクで、要するに安全ということだった。

「質問はございませんか?」

「お宅はうちのAIとして再利用していいの?」

「社内のトップシークレットに分類されているため、お伝えしたあと自己消去デリートするようになっております。」

 このメッセージ内容を伝えるためだけにスタンドアローン型の高知能AIを使うなよ。勿体無い。

 セレブの考えることは分からんが、お守りをやってくれということは大体分かった。

 もうすぐ宇宙港につく。

 俺は溜息をついた。


 俺は船の中でクロコとパニに説明した。

「てなわけで、流石に報酬一億とはいかなかったが、口止め料や迷惑料もコミコミで報酬が入るらしい。」

 二人共呆れていた。そりゃそうだ。

「しようもない仕事だがクレジットがたんまり入る。やらない手はないし、やるしか無い。皆で宇宙は怖いぞというショーをやるわけだ。」

「私達は、見せものですか?」

「大金が手に入るなら、俺は見世物になっても構わない。二人共そのつもりでいてくれ。」

 本当は嫌だ。

 その言葉を俺はぐっと飲み込んだ。プライドより金、そういうこともある。



 惑星レストは金持ちのバカンス惑星だ。マネカを億万兆者と称したが、彼らのプライベート地がレストということになる。

 海、砂浜、釣られる為に生きている人工の魚、生態系を保ち愛嬌を振りまくための人工のイルカやアザラシ、木々もそのへんの草さえ管理され、野生化した生物は珊瑚くらいで、生物由来の珊瑚やダイヤは金やプラチナより高値で取引された。

 海辺でなければ、避暑地のような林に囲まれて、宮殿や屋敷が並ぶ。庭師により手入れされた広々とした庭には、トゲのない薔薇なんかが百花繚乱咲き乱れている。


 ここは浮世離れしている。そんな所だ。


 宇宙港からロールドロイツェの豪華なモビルカーに乗り、一軒の宮殿に向かう。

 玄関の門を通ってカーは進み、宮殿入口で止まった。

 出てきた俺たちは、浮いていた。

 執事やメイドらしき人々が眉をひそめる。

 ルネサンス頃の貴族のファッションが流行りなのだというが、宇宙服にパーカー、黄色い袈裟に赤いTシャツは目立つ。

 シャツにパンツルックのクロコだけが辛うじて目立たない感じだったが、レースのヒラヒラがついてない。

 全員、ラフな格好だ。

「お嬢様がお待ちです。その、スペースニート様。」

「様はいらないよ。今日の俺はただの運び屋さ。」

 俺は厳格そうな老執事にウインクした。

 前世執事をしていた俺からみても、この一団を主人に会わせるのには躊躇する。差別意識を抑えるのも大変だろう。


「来てくれたのね!」

 廊下をパタパタと駆ける音がした。

 執事が頭を抱え、女中のメイドが額に手を当てる。

 バンッとドアがあき、クリノリンスタイルというスカートを膨らませたドレスを着た少女が現れた。

 縦ロールにした長い金髪を振り乱し、白磁のような肌を紅潮させ、赤と青のオッドアイを見開いて、俺達を見ていた。

 アニメか人形でしか見ない顔の造形。

 彼女のせいではないが、遺伝子をいじくりすぎて原型がない。

「あら、スペースニートはどこなの?取り巻きの方ばっかり?」

 ここです。このデブです。

「お嬢様。失礼ながら、このお方がスペースニートでいらっしゃいます。」

「あら、あの、ごめんなさい。わたくし、金髪で鋼の肉体のちょっと3枚目だけどハンサムな方を想像していたものですから。」

 それはコブラという。スペースしかあってない。

「ルッキズムは感心しませんな。」

 俺はそれだけ言うと、マイに向かって片目を閉じた。

 前世からの癖ってやつだ。条件反射だな。

「でも、見栄えがよいものは良い地位を得やすいものなのですわよ。人間という生き物の社会的生存戦略と先生がおっしゃってましたわ。」

 無自覚な差別意識。

「お嬢様、お客様にそう仰るものではありません。たとえこのような者でも、宇宙では泥にまみれて頑張って生きているのですから。」

 差別に侮蔑が加味される。いかにも貴族だ。

「そうですわね。お坊様を連れてる時点で、高潔な方だと気づくべきでした。」

「じゃあ、泥臭い宇宙へ参りましょうか?マイコお嬢様。」

「マイと呼んでくださいまし!宇宙を駆ける気高き薔薇!マイスノー様にあやかっていてよ!」

 俺は肩をすくめた。

 こんな女の子、海賊に襲われてもしおらしくはならんぞ?

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