第13話 モンフォール

 通路には生々しい弾痕の他に、刀傷まであった。海賊がカトラスを振り回したのだそうだ。それに対抗して船員は隠れるか、ファイアアックスを振り回して抵抗したのだという。

 地球の大航海時代かっての。

「この船はガスや水、鉱石などを運んでおりまして、船員も腕自慢の荒くれ者たちばかりいたのですが、かなりの船員たちが海賊にやられてしまいました。船長も死にました。銃で撃たれてしまって。」

 イワンが悲しそうな顔をする。

「最後の抵抗をしようとした時に、貴方から返信があったわけです。スペースニート。」

「それは大変でしたね。船長。」

「ええ、まったく。」

 イワンは頷くと、ふと笑顔をつくった。

「お腹は空いてないですか?」


 俺達は食堂に通された。

 男達が物珍しい動物を見る目で俺やクロコを見る。パニに手を合わせる者もいた。

 オレンジの髪をドレットにした黒人系地球人型の男が俺に声をかけた。

「よう。筋肉質の男なら山程見てきたが、太ってるやつは初めて見た。俺はフィッシャーだ。スペースニート。」

「スペースニート、鬼灯博だ。」

「あんたの噂なら聞いてるぜ。正体はマキンチンとかドラゴノイドみたいな戦闘型宇宙人で孤独な流離さすらい人だって噂も、はたまた宇宙艦隊長官のぼんくら息子で、エルフ族だっていう奴もいたが、まさか、黄色系地球人型で女子供連れてるオタクとは思わなかったよ。」

 笑い出す男達に、俺は笑って返した。

「正体不明が信条でね。くれぐれもバラさないでくれよ。まぁ、正体を秘密にしていると噂に尾ひれがついたり、誰かが創作したりするもんだ。誇張されればされるだけ、海賊がビビって手を出さなくなるだろ?そういうことさ。」

 素性が知れて有名人になると、俺や家族が危なくなる。俺は言いくるめして、正体をバラすなと念をおした。

「なるほどな。イメージ商売というわけだ。じゃあ、無職でも息してる俺達のヒーローに、今日はテキーラで乾杯といこうじゃないか!みんな!」

 フィッシャーはイワンよりも船長みたいな顔をして、周りの男達を見回した。


 オォーっ!


「やったぜ!」

「そうこなくちゃな!」

 肉体労働者たちが馬鹿でかい声をあげた。


 ショットグラスに酒を注ぎ、カンパーイとやって、派手なミュージックが鳴り響いたら、もうアルコール共和国の仲間入りだ。


 労働者たちは、キツい仕事に比例してはっちゃけるのに慣れていた。

 俺は歳のくせに酒の飲み方がわからず、一杯目のショットを一気した。

「オィ〜〜〜、やるね。」

「火星流の飲み方じゃねぇか?」

 囃し立てられる。火星流とやらで男達が一杯目のショットを一気飲みする。

「っああ!」

 喉が、食道がじんじん焼ける!

「お、これ俺のお気に入りの曲なんだよ。」

 細マッチョの蜥蜴男がステップを踏み出す。

「おー、やったれやったれ。」

「またかよジンボー。」

 ジンボーと言われた男がブレイキンを踊る。

「対抗しろ、ロック。」

 アップロックで入ってきた虎の獣人型のロックが、手は使いませんよと腰に手を当てて、周囲にコサックダンスのステップでぐるぐると回りだした。


 しばらくブレイキンが続いたが、キチキチな音楽に変わると皆で踊りだした。


 俺も音楽に身を任せた。こういうのはノリが命だ。



 …45分ほど経って、



「お前、おもしれぇ!おもしれぇよ、お前。」

 これまでの経緯を軽く話した俺に、ベロンベロンになったフィッシャーが俺の肩を叩く。

「そうすか、はい。」

「なんだよ、真面目か。酒だ、酒!」

 俺の陰キャな態度がノリが悪いように見えたらしく、赤毛の白人系地球人型のケビンがテキーラのショットグラスを差し出す。

「いただきます!」

 俺はテキーラを飲み干した。ベロベロになる。

ワハハハハ!!

 酒の場ならではの『砕けた』空気が心地良くなってきた。

 これまでで、かなり足腰にキてる。酔ってグリグリと身体が回りだし、俺は太った身体を揺らした。

 筋肉のない女との会話に飢えている男達が、クロコとの会話を楽しんでいたが、海賊との飲みで場慣れしたクロコがうまく接待し、うまく酒を飲ませ、うまく潰していた。

 キャバクラ三段活用だ。

 隅でパニとピー助が呆れていた。


「アタシ、あんたみたいなおデブちゃん好きだよ。」

 プロレスラーもびっくりな筋肉体型のエリザが俺の首をネックハンギングした。

「ブタさん捕まえたー。」

 頬を舐められて恐怖を覚える。


 wow〜〜〜!ピューウ!


 男達の中で口笛や揶揄やゆするみたいな声があがる。

 何でイチャイチャシーンに見えるんだ!高等教育の学生か!

 俺は青ざめ心の叫びをあげた後、開き直ることにした。

「あざーーす!無職の豚ちゃんでーす!」

 怒涛の涙を流しながら俺はテキーラのショットを掲げた。

 こうなりゃヤケだ!無礼講ぶれいこうだ!


 更に30分後


「スペース?」

「ニーット!」

 記念の集合写真をとる。チーズみたいにニートという単語を使われるのは癪だが、もうどうでも良い。

 真っ赤になった俺は、パニから水を貰いながら、意外に飲める自分を自分で褒めたくなった。

「後でモザイク処理してやるよ。」

「ありがとうございます。ヒクッ。」

 俺は頭を下げてシャックリした。


 フィッシャーや俺達のいる集団とは別の集まりの会話が聞こえてきた。

「ウォッカだすか?」

「この際だ。船長室の机の一番下の引き出しにある、とっておきのやつを俺が持ってこよう。皆、船長のウォッカが飲みたいかー!」

 イワンが言うと、労働者たちは喜んだ。

 …この期に及んでまだ飲み足りないのか。


「船長の帽子とマントもってきたぜ!」

「そりゃいい、海賊かぶれの野郎だったからな!」


「俺はキャプテンサザーランド。危険だぜ!マントの下にパンツはいてない。」

 マントを羽織ったクリスが馬鹿をやる。

「勇敢だった船長に!」

 乾杯が上がり、ニヤケ顔のワットから貰ったグラスを俺も掲げた。

 飲む、ウォッカだ。それも度の強い。

「うみゅーーーん。」

 俺は心配するパニの膝に頭を置くと、潰れた。




「う、うん。うん?」

 パーティー会場だった食堂に、トドとなった俺が転がっている。

 状況を確認する。チップから過去の行動をリピートして思い出す。

 ハイアース宇宙港で俺は、チップのバージョンアップを完了していた。もはや、首元にコネクターや差込口のない電脳コンピューターと言って過言ではない。

 俺は、潰れたあともゾンビとなって活動していたようだ。

 俺は労働者の皆さんの前で腹踊りして盛り上がり、人生を語る潰れたモーティマーに訳のわからない人生相談をして、そのうち船員は部屋に帰るものもいれば、食堂に転がる者もいた。

 宇宙のおしゃれとして、宇宙服の上に灰色の長いフーディジャケット(パーカー)を羽織っているのだが、パーカーには染みが浮いていた。

 この生地は汚れに強い。シミの所をティッシュで拭くと、はい、染みがとれました。そんな生地だ。前を開けて着ると、身体の線が隠せると言われている。


 吐くというより頭痛がした。

 フラフラと起き上がる。

「ぼーくらは、みーんな、生きているー。」

 寝言か。人がいてホッとした。

「生きーているから、悲しんだー。」

 この声は、モーティマーか。綺麗な涙を流していた。カナヘビ型宇宙人の彼の人生は、辛い。


 クロコとパニは?二人共どこかにいるのか?

 労働者はみな、スティーブコーポの社員登録がされていて、電脳で彼らの名前が表示される。

 俺は横たわったルークを通過し、座り込んだビショップを蹴らないように注意して、白目を剥いたキングをまたいだ。

 人を指さしてチェックしつつ、そろそろと移動する。


 ペットボトルの水を飲むと、何か救われた気分になった。

「っはぁ。」

 口をぬぐうと、食堂をあとにした。


 俺のチップには、無意識に船の地図がインストールされていた。

 エネステはまだ遠いのだろうか?

 居住区画のライトが切れかけていて薄暗い。ライトが点滅してるなんて珍しい。

 俺の感覚がピーンと張り詰めた。さり気なくホルスターに手をやる。

 何だ?嫌な予感がする。


 ギチギチギチギチ…

 何かを擦ったような音がきこえた。

 振り返ると、黒マントを羽織り帽子を被った男が立っていた。キドという名前が表示されるが、ノイズが混じっている。

 おかしいな。サイバーアイの視界にノイズだと?

 キドは片手をあげた。挨拶らしい。

 俺は挨拶に応えて近寄る。


「ヒロシさん!」

 パンッ

 クロコの9ミリが火を吹き、キドの胴体に命中した。

 よろけたキドの姿が搔き消え、代わりに黄色い化け物が姿を現した。

 パンッパンッ

 人の形をした黄色と黒の毒々しい芋虫みたいな化け物は獣の動きで、クロコの9ミリを避ける。

「!!」

 俺はウェーブ銃を早抜きし、ブラックマンバが光弾を吐いた。

 ピギィ〜〜〜〜!

 白い脳漿のような液体を撒き散らして、光弾が化け物の身体を焼きとると、化け物は四つん這いになって天井のダクトに飛びつき、悪夢のように素早く逃げた。

「ヒロシさん、大丈夫ですか?」

「ああ。あれは何なんだ?」

 俺は銃をくるりとリホルスターすると、二日酔いが月までぶっ飛んで覚めた。鋭い目つきになる。

「船に住み着いていたモンフォールという生物らしいです。電脳に錯覚を生じさせて対象を騙して襲いかかり、食欲旺盛で人も食べるとか。」

「何でそんなもんがいるんだ。」

「スティーブコーポのライバル企業が生物兵器として生産していたものが野生化して、この船に住み着いた。とイワンさんは言ってますが、様子を見るに多分嘘ですね。」

「捕獲したやつが海賊のせいで逃げ出したとか、そんなんだろ。」

「はい。話を聞いたとき、私もそう思いました。」


 どうする?


 弾かれたように俺は、食堂、という言葉を思った。彼らが危ない!

 俺は食堂へ走った。

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